健康で長生きするにはどうしたらいいのか。住まいるサポートの高橋彰社長は「健康法というと、食事や運動に注目が集まりがちだが、じつは“住まいの温度”が非常に重要だ。
これは慶應義塾大学の研究で明らかになっている」という――。
※本稿は、高橋彰『結露ゼロの家に住む! 健康・快適・省エネ そしてお財布にもやさしい高性能住宅を叶える本』(セルバ出版)の一部を抜粋・再編集したものです。
■「高断熱住宅は日本の気候に適さない」のウソ
日本には兼好法師がその名著『徒然草』で書いた「家のつくりようは夏をむねとすべし」という言葉が残っています。
これは、寒い冬は暖めればいいけれど、日本の夏の蒸し暑さはどうしようもないので、家は夏の暑さ対策を風通しを良くすることを基本につくるべきだという意味です。今でもこの言葉を大切にして住まいづくりをしている工務店や設計者は少なくありません。
そのせいか、日本の気候には、高気密・高断熱住宅は適さないと信じている方はまだまだ多いようです。しかし、兼好法師は鎌倉時代末期の人です。
確かに冷暖房がない時代は、室内外で温度差が生じません。そのため、通風の良いすき間だらけの家は、構造材が乾燥状態に保たれます。そのおかげで、耐久性が高いのは事実です。
ただし、それは冷暖房をほとんど行わずに、室内外に温度差がないことが前提条件です。
ところが、現代では、冷暖房を使って快適に過ごすことが当たり前です。

そうすると、どうしても室内外に温度差が生じるために、壁の中で結露が生じます。そのせいで現代の家は劣化は早いのです。
だから現代の家では、壁の中で結露を起こさないように、中途半端な断熱ではなく、きちんとした断熱・気密性能の確保が必要なのです。
高気密・高断熱化は、家の劣化を防ぐだけでなく、健康で快適な暮らしのためにも必要です。
筆者はこれまで30年間あまり、住宅・建築業界で働いてきましたが、この間、知識がない、もしくは日本の住宅性能について誤解しているため、性能不足の家を建てて後悔している方々を目にしてきました。
日本人に結露のない健康で快適な家に住んでほしい。
そんな思いから、いまは、「これから家を建てたい」という人にむけ、住まいづくりをサポートする会社を経営し、高気密・高断熱住宅の工務店を無料でご紹介するサービスを提供しています。
本稿では、その専門家の立場から、冬暖かく、健康に暮らせる家にするためのポイントについて説明したいと思います。
■なぜ日本では冬の溺死者が多いのか
近年は、毎年冬になるとニュースや天気予報で注意喚起がされているため、「ヒートショック」という言葉をご存じの方が多いとは思います。
念のために説明すると、ヒートショックとは、家の中の温度差によって、心臓や脳に負担がかかり、身体がダメージを受けることです。
具体的には、例えば、入浴する時に、寒い脱衣室で服を脱ぐと、寒さのために鳥肌が立ちます。これは、血管が収縮して血圧が急上昇している状態です。
そのまま寒い浴室に入ると、さらに血圧が上昇します。
その状態で熱めの湯につかると、温まったことで血管が広がって血圧が低下。急激な血圧の変動により浴槽内で気を失ってしまい、そのまま溺死してしまう人が多いのです。
それ以外にも血圧の急変動は、心筋梗塞や脳卒中も引き起こします。
ヒートショックで、お風呂で溺れてしまう。だから、日本では冬の溺死者数が圧倒的に多いのです。
「溺死」というと、夏に海水浴場等で溺れることをイメージする方が多いと思います。ところが、月別の溺死者数は9月が最も少なく、最も多いのは1月で、なんと9月の9.6倍にも上ります。意外に感じられるのではないでしょうか。
■リスクが最も高かった意外な“地域”
もうひとつ意外なのは、冬の寒さがヒートショックを引き起こすけれど、東北や北海道といった寒い地域でよりリスクが高まるわけではないということです。
2011年の東京都健康長寿医療センター研究所などによる「我が国における入浴中 心肺停止状態(CPA)発生の実態」によると、都道府県別の高齢者人口あたりの入浴中に心臓機能停止(CPA)となった人数の1位は、なんと、温暖であるはずの香川県です。
それだけでなく、2位の兵庫県、5位の和歌山県、7位の愛媛県など、上位には比較的暖かい県がランクインしています。

反対に少ないのは、寒い青森県が44位、北海道が46位です。寒いからといって入浴中のCPA発生件数が多くなるわけではないことがよくわかります。
むしろ、寒い地域では高気密・高断熱住宅が普及していて、家の中の温度差がほぼないために、ヒートショックが少なくなります。
つまり気候がどうであれ、家の性能が高く快適に過ごせる環境ならば、ムダに命を落とさなくても済むのです。
ちなみに、2017年1月25日付、消費者庁のプレスリリースでは、「ヒートショック」等により亡くなっている方は、約19,000人/年と推定されています。一方、2024年の全国の交通事故死者数は2,663人にとどまっています。
この数字から、ヒートショックによる年間の死者数が交通事故死者の7倍以上にも上っていることがわかります。
救急搬送されても、もちろん、命を取りとめている方もたくさんいます。ですが、半身不随等の後遺症を残して健康寿命を縮めている方も多く、死亡者数の19,000人/年の2~3倍にも上るとも言われています。これは、増大する社会保障費負担の一因にもなっています。
■「脱衣所の室温」が健康寿命を左右する
「平均寿命」が長い日本ですが、日本の「健康寿命」は残念なことに他の国と比較して突出して長いわけではありません。これが意味することは、「不健康な状態で生きる年月が長い」ということです。

なんと日本の女性は、亡くなるまでに平均で12.7年もの長い間、不健康な状態で生活しています。干支がひと回りするほどの年月は、かなりの長さではありませんか?
健康寿命を延ばすことを考えた時、参考になる調査結果があります。それは、慶應義塾大学伊香賀名誉教授らによる冬季の住宅内温熱環境が要介護状態に及ぼす影響の実態調査です。
脱衣所の平均室温で、「温暖住宅群」(14.6℃)と「寒冷住宅群」(12.4℃)に分け、要介護状態になる人が50%を超える年齢を比較しています。
その結果、要介護率が50%を超えるのは、寒冷住宅群に住む人たちでは76歳の時。一方で、温暖住宅群に住む人が要介護率50%を超えるのは、80歳という結果になりました。
つまり、脱衣所の平均室温が約2℃高い暖かい家に住むと、健康寿命を4年も伸ばすことができるということのようです。
脱衣所が寒いお宅は、すぐにでも対策を取った方がいいということがわかります。
長生きするのなら、自由に好きな場所に行けて、好きなように動ける方がいいから、できるだけ健康に暮らしたい。
それは、人として自然な願いです。
食事や運動はもちろんですが、それと同じくらい「住まいの環境」が大切なのです。
次回、ヒートショック以外の「寒さ」に起因する健康問題と、具体的な断熱対策についてお話したいと思います。


----------

高橋 彰(たかはし・あきら)

住まいるサポート社長/日本エネルギーパス協会広報室長/一般財団法人 ひと・住文化研究所理事

東京大学修士課程修了。リクルートビル事業部、UG都市建築、三和総合研究所、日本ERIなどで都市計画コンサルティングや省エネ住宅に関する制度設計等に携わった後、2018年に高気密・高断熱住宅の工務店を無料で紹介する「高性能な住まいの相談室」を運営する住まいるサポートを創業。著書に、『元気で賢い子どもが育つ! 病気にならない家』(クローバー出版)、『人生の質を向上させるデザイン性×高性能の住まい:建築家と創る高気密・高断熱住宅』(ゴマブックス)、『結露ゼロの家に住む! ~健康・快適・省エネ そしてお財布にもやさしい高性能住宅を叶える本~』などがある。

----------

(住まいるサポート社長/日本エネルギーパス協会広報室長/一般財団法人 ひと・住文化研究所理事 高橋 彰)
編集部おすすめ