■「緊急避妊薬の正式承認」なぜ8年かかった
2025年9月、勃起不全(ED)治療薬「シアリス」の市販化了承が発表されると、SNS上で興味深い議論が起きた。医療従事者を含む多くの人々が、一つのシンプルな疑問を投げかけたのである。
「緊急避妊薬は検討開始から8年かかったのに、この違いは何だろう」
両者はともに、医師の処方箋なしで購入できるようになる「市販化」を目指した薬である。片や8年、片や約半年。この差は、一体何に起因するのか。
データと事実から検証してみたい。
まず、簡単なクイズから始めよう
次のうち、日本で市販化の承認プロセスが早かったのはどちらか。
A)緊急避妊薬(性暴力被害者や避妊失敗時に使用、72時間以内の服用が推奨)
B)ED治療薬「シアリス」(勃起不全の改善薬)
正解は、Bである。
検討開始から承認まで、緊急避妊薬は8年を要した(2017年→2025年8月)。
バイアグラなどの多くの先発商品は医療用医薬品で、薬局やドラッグストアでは購入できず、必ず医師の診察と処方が必須となる中、「シアリス」は国内初の処方箋なしで買えるED治療薬だ。ED治療薬の市販化は世界的には少数派でイギリスなどごく一部の国に限られている。
■会議室で交わされたであろう議論
公開された議事録や報道を総合すると、両者の検討過程では、こんな議論が交わされたようだ。
【緊急避妊薬:8年間の検討】
● 「市販化すると性が乱れるのではないか」
● 「転売のリスクがある」
● 「若い女性が安易に使用する可能性」
● 「性教育への影響を慎重に見極めるべき」
● 「悪用や乱用の懸念」
【ED治療薬:約6カ月のプロセス】● 「個人輸入の模造品による健康被害が報告されている」
● 「受診への心理的ハードルがある」
● 「循環器系の副作用リスクはあるが、管理可能」
● 「適切な条件下での市販化を検討」
結果的に、男性の「受診への心理的ハードル」は解決すべき公衆衛生上の課題として扱われたが、女性の心理的ハードルは8年かけてゆっくり検討すべき事項となった。
■1999年の奇跡:39年と6カ月が同時にゴール
ここで、薬事行政史における興味深い事実を紹介したい。
▼バイアグラ(ED治療薬)
● 米国での発売:1998年
● 日本での承認:1999年(約6カ月後)
▼経口避妊薬(ピル)
● 米国での承認:1960年
● 日本での承認:1999年(39年後)
つまり、39年間かけて慎重に検討していたピルと、半年で承認されたバイアグラが、日本ではまったく同じ1999年に承認されている。これは偶然だろうか。それとも、何らかの「調整」があったのか。真相はわからない。
■世界標準との興味深い乖離
緊急避妊薬は90カ国以上で処方箋なしで購入できる上に、価格も比較的低く抑えられている。
▼世界の緊急避妊薬
● 西ヨーロッパ:1000円未満
● 北米・オーストラリア:2400円~5000円
● スウェーデン、イギリス、オランダ等:一部機関で無料提供
● 日本(2025年まで):8000円~2万円。条件:処方箋必要、未成年は保護者同意必要
日本の価格はとびぬけて高いことがわかる。一方、ED治療薬では、バイアグラの場合(処方価格)は、先発品かジェネリックか、用量(25mg/50mg)、購入するクリニック、錠数によって異なるが、1錠あたり数百円~2000円程度が目安と言われる。
以上のような優先順位はどのような基準に基づき決められ、また、大きな価格差はなぜ起きているのだろうか。
■「安易な使用」の懸念は、なぜ片方だけに?
2020年、日本産婦人科医会の幹部は、緊急避妊薬について「“じゃあ次も使えばいいや”という安易な考えに流れてしまう」懸念を表明した。
論理としては理解できる。
では、同じ論理をED治療薬に適用すると、どうなるだろうか。「ED治療薬を気軽に使えると、男性が“じゃあ次も使えばいいや”と安易な態度になるのでは?」「25年くらい熟議してから承認すべきでは?」
しかし、そのような議論は確認できない。
「安易な使用」という懸念は、どうやら選択的に適用されるようだ。適用基準については、明確な説明がないため、推測するしかない。
■遠くの女性には惜しみなく、近くの女性には慎重に
2023年、日本政府はUNFPA(国連人口基金)の人道支援プログラムに2200万ドル以上(約34億円)を拠出した。
これらのプログラムは、世界各国の女性たちに避妊薬や緊急避妊薬を提供している。
一つだけ気になるのは、当時、日本国内の女性は、その「人道支援対象」の薬に容易にアクセスできなかったという点だ。
海外の女性には積極的に提供しながら、国内の女性には慎重な検討を続ける。この配分は明らかに矛盾している。
■「先進国」への、逆方向の助言
筆者が忘れられないエピソードがある。
数年前、日本の大学院に進学するスリランカ人女性が、友人たちからこう言われたという。
「日本に行くなら、念のため緊急避妊薬を持っていったほうがいいよ。日本では簡単に手に入らないから」
スリランカから日本へ、である。逆ではない。GDP世界第4位、G7加盟国、技術立国として知られる国への渡航に際して、いわば「途上国」から「必需品の持参」を勧められる。不思議な話である。
■8年越しの朗報と、小さな但し書き
2025年8月29日、ついに緊急避妊薬「ノルレボ」の市販化が了承された(※)。
ただし、一つだけ条件がある。
「薬剤師の面前での服用を義務付け」
つまり、購入者は薬局のカウンターで、薬剤師の目の前で薬を服用する必要がある。
例えば、性暴力被害に遭ったばかりの女性が、他人の視線に晒されながら、「監視下」で服用する状況を想像すると、酷な義務であるように思える。ちなみに、ED治療薬にこのような条件は課されていない。プライバシーのある空間で、好きなタイミングで服用できる。
■「見える問題」と「見えない問題」
8年 vs. 約6カ月
39年 vs. 6カ月
面前服用義務 vs. 持ち帰り自由
8000~2万円(国内) vs. 1000~5000円(欧米)
この一連の数字や対応の格差を見て、「明らかにおかしい」と感じる人もいれば、「別に普通では?」と感じる人もいるだろう。
その違いこそが、すべてを物語っている。
自分に直接影響しない問題は、問題として認識されにくい。
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池田 和加(いけだ・わか)
ユース・リサーチ・インスティテュート(YRI)研究員・ジャーナルマネージャー/フリーランスジャーナリスト
文化、社会、ジェンダー、家族政策などについて様々な国際的メディアから日本語と英語で発信。ハンガリーの研究機関で若者研究にも携わる。
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(ユース・リサーチ・インスティテュート(YRI)研究員・ジャーナルマネージャー/フリーランスジャーナリスト 池田 和加)

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