■1カ月経っても変わらない強硬路線
日中関係が急速に冷え込んでいる。発端は確かに、高市早苗首相の発言だった。11月7日の国会で、台湾海峡での有事が日本の「存立危機事態」に該当し得ると示唆。自衛隊による介入を想起させる発言として注目を集めた。
以来、中国側は猛反発している。発言から1カ月以上が経つ現在も、国を挙げた執拗な日本叩きの手を緩めない。中国共産党系の英字紙チャイナ・デイリーが12月12日付で掲載したオピニオン記事には、「高市は日本が処理しきれない問題に手を出した」との刺激的なタイトルが踊る。
同紙は高市氏について、これまでに複数回台湾を訪問し、台湾海峡をめぐる紛争を抑止するため豪印比と安全保障上の「準同盟」構想を進めていることを挙げ、ナショナリズムに駆られた右派の産物だと断じている。
中国国営の国際放送テレビ局CGTNも11月19日、同局特別コメンテーターによる論説として、同様の論調を展開した。日本の一部政治家が中国側の対応を「過剰反応」と批判したことについては、「過剰反応でもエスカレーションでもない」と一蹴している。
■日本を叩いて「交通整理役」を自認する中国
CGTNの論説は、中国外交の原則として「闘争を通じた平和」の概念があると主張する。中国の激しい反発は、決して紛争を助長するものではなく、国益を毅然と守ることで持続的な平和を達成する手法だとの持論を唱えている。挑戦には断固たる姿勢で応じることで、抑止力が働くのだとの理論だ。
興味深いのは、同記事が持ち出したたとえだ。中国がレッドライン(越えてはならない一線)を設定したことは「交差点に不可欠な信号機の設置」に当たる行為であり、日中関係という「複雑な交差点」での正面衝突を防ぐ役割を果たすという。摩擦の当事者でありながら、交通整理役を買って出た格好だ。
同メディアは「闘争するが関係は破らない」との原則にも触れ、関係修復のボールは日本側にあると結んだ。自国を棚に上げた一方的な論法と言わざるを得ない。
中国の対抗措置は、こうした言葉の応酬にとどまらない。中国政府は日本への渡航を控えるよう自国民に警告を発した。
チャイナ・デイリーは12月11日、中国外務省と在日大使館が地震や津波のリスクを理由に、高リスク地域である日本に近づかないよう呼びかけていると報じた。日本メディアが高市発言への報復ではないかと報じたことについて、外務省報道官は「中国国民の安全と健康に対する責任から発出したもの」と説明した。
だが実態としては、地震という自然災害を政治利用した形になっており、人道上の疑念が残る。
■年収5000万円夫婦の転落生活
中国がここまでの強硬姿勢を示すのはなぜか。
台湾問題は中国共産党の「核心的利益」とされており、そこに踏み込まれた焦りがあるだろう。加えて注目すべきなのが、足元で進行中の深刻な経済危機だ。日本を中国国民の敵と演出することで、習近平政権として高まる国民の不満を逸らしたい思惑が透けて見える。
中国経済の今を象徴する事例として、かつての富裕層の転落劇がある。ブルームバーグは、北京に住む40歳女性の厳しい現状を報じている。
かつて女性は、大手IT企業で税引き後年収33万ドル(約5100万円)超を稼いでいたという。夫も外資系テック企業で高収入を得ており、2軒目の住宅からは家賃収入もあった。7歳の息子をインターナショナルスクールに通わせ、家事手伝いを3人雇ってそれぞれ料理・掃除・育児を担当させた。人件費だけで年間4万9000ドル(約1400万円)を惜しげもなく支払っていたという。
その生活は、突然の終わりを迎える。
すぐに再就職できると考えていた彼女だが、現実は厳しい。数カ月が過ぎても応募はことごとく不採用に終わった。失業した友人とアプリでライブ配信を始め、業界コンサルなど新たな事業も模索したが、どれも軌道に乗らない。配信には数人の視聴者が現れてはすぐに消え、彼女は何時間も、ただ誰もいない画面に向かって話し続ける日々が続いた。
「不要な出費はすべて削らないといけませんから」と語る彼女。華やかだったかつての生活は、景気の冷え込みと共に消え去った。
■過当競争のなれの果て…ドリンクを数円で出前できる
こうした転落劇は、中国全土を蝕む不景気のほんの一例にすぎない。
中国政府が公式に発表する消費者物価指数(CPI)は2023年初頭からほぼ変化がなく、時折小幅な上昇を見せるにとどまる。
ブルームバーグが中国の36の主要都市において67品目の価格を独自に分析したところ、2023年前半から2025年同期にかけて51品目で価格が下落していることが判明した。北京や上海など主要都市の住宅価格は27%と大幅に下落し、次のテスラと名高かったBYD車は27%、卵や牛すね肉は14%値下がりした。家賃も9%下がっている。
中国の若者たちはこの状況を、ネットスラングで「内巻(インボリューション)」と呼ぶ。過剰な生産能力により、国内の企業同士で自滅的な価格競争が引き起こされている状態を指す。
内巻の波は、若者の生活を直撃している。大卒後2年間、低賃金の仕事を転々としてきた24歳の女性は、ブルームバーグの取材に対し、経済が「ねじれている」と表現した。
彼女は今年初め、カクテル屋台を開業したという。だが、キャンペーンによっては出前アプリが「数セント」(日本円にして数円から十数円)程度で飲み物を提供するという、激しい価格競争が繰り広げられている。価格面で到底太刀打ちできず、わずか3カ月で閉店に追い込まれた。
女性は5年前に働いていた工場に戻ることも考えたが、当時約980ドル(約15万2000円)だった月給は、今や630ドル(約9万8000円)に減っていた。
「自分がやりたかった商売を潰したアプリのユーザーに、私はなってしまった」と、彼女の胸中は複雑だ。それでも安く注文できるアプリから離れることができない。
■「1日220円生活」が注目を集める
実質的なデフレと給与水準の低下が進行する中国で、人々は少しでも節約しようと必死だ。
英BBCが取りあげた中国の29歳男性は、1日2食を約10元(約220円)で賄う極端な節約生活をSNSで発信し、話題を呼んでいる。この男性自身も、こうした極度の節約生活で貯蓄したという。1食あたりわずか約110円で凌ぐ動画が注目を集めるほど、節約術への需要は強い。
節約を発信するインフルエンサーは彼だけではない。24歳の女性は、ミニマリスト生活を提唱し、中国版インスタグラムとも呼ばれる小紅書(シャオホンシュー)で約10万人のフォロワーを抱える。高価なスキンケア製品は用いず、石鹸1つで全身を洗う様子や、長持ちするというだけの基準で選んだ衣類やバッグを紹介している。
中国に蔓延するデフレを受け、こうした節約志向はますます広がっている。
■「お父さんは構ってくれない」寒空に靴下もなく
生活の悪化はそこここで起きており、中には心を締め付けるような事例も聞かれる。中国のSNSでは、西安の郊外で撮影された動画が波紋を広げた。
映っているのは7~8歳とみられる少女だ。気温約10度の寒空のもと、擦り切れたダウンジャケットに靴下もないスリッパという姿で、路上で食べ物を探していた。少女は撮影者に「お母さんは死んだ。がんで、肺がんの末期だった」「お父さんは私のことを構ってくれない」と語った。
家庭環境は複雑だ。香港英字紙のサウスチャイナ・モーニング・ポストによると、父親は定職がなく教育費を払う余裕がないという。少女には障害を持つ異母兄と4歳の妹がいる。3人の世話をしているのは異母兄の母方の祖父で、少女や妹とは血縁関係にない。当局は数カ月前に彼女を小学校へ通わせたが、学習の場になじめなかったのか、教室から逃げ出してそのまま戻らなかった。
11月に公開されたこの動画は瞬く間に拡散し、2000万回以上閲覧された。当局は調査に乗り出し、再就学支援を進めているという。父親はメディアの取材に対し、自分は精神的に追い詰められており、子どもたちを政府に預けたいと明かした。複雑な家庭環境に加え、経済的にも困窮していたとみられる。
ネット上では「なぜ動画が話題になるまで行政は動かなかったのか」「こうした子どもはまだ大勢いるはず」と批判が相次いでいる。
■偽装出勤に1日660円…若者が求める「尊厳」
格差が確実に広がる中、若者たちは出口の見えない雇用危機に焦りを募らせる。中国の若年失業率は20%近くで高止まりしている。
BBCは、たとえ職に就いていても、若者の心の内は穏やかでないと論じる。職場では解雇を恐れて萎縮し、夢のマイホームは不動産危機ですっかり遠ざかった。個人消費はGDP比で39%程度と、先進国の60%前後には遠く及ばない。
こうした閉塞感を逆手に取り、奇妙なビジネスが台頭している。無職の人々を相手に、働く「ふり」ができる場を提供するサービスだ。
広東省に住む30歳の男性は、2024年に食品事業が失敗したのを機に、SNSで見つけた「偽装出勤会社」に通い始めた。毎日30元(約660円)を支払ってオフィスで1日を過ごし、5人の他の会員を「同僚」に見立て、会社勤めのふりをしている。
オフィスの写真を両親に送っているため、「親はだいぶ安心したようだ」という。現在はAIスキルの習得に励みながら、再就職の機会をうかがう。
偽装出勤ビジネスの生みの親もまた、失業の苦しみを知る一人だ。コロナ禍で小売事業を失った30歳の男性オーナーは、「売っているのは作業スペースではなく、無用な人間ではないという尊厳だ」とBBCに語る。アイデアをひらめいた当時を振り返り、「とても落ち込み、自暴自棄だった。状況を変えたかったが、無力だった」と吐露した。
今年4月に広告を出すと、わずか1カ月で満席に。利用者の4割は大卒者で、インターン経験を証明する写真を撮影することが主な目的だという。彼はこれを「社会実験」と位置づけ、「偽りの職場が本当の出発点に変わる」ことを願っていると語る。
■中国は威圧外交を通じて自滅している
このように国内経済が混迷を深める中でも、中国政府は日本への圧力を緩めない。むしろ、国民の不満を隣国へ向かわせることに利があるとの判断なのかもしれない。
AP通信は、台湾発言の撤回圧力をかける中国の手法が、もはや「おなじみの戦略」であると論じる。2020年にはオーストラリアワインへの関税、2012年にはフィリピン産バナナの輸入制限と、経済力を武器に相手国を威圧してきた。被害者は日本だけではないようだ。
ただし、こうした威圧外交には代償が伴う。
米タイム誌は、中国はアメリカに代わる世界の指導者国の立場を目指してきたが、今回の強硬姿勢により、その信頼を損なう恐れがあると指摘する。専門家は同誌に「日本国民は、関係をここまで悪化させた威圧に憤りを感じるだろう」と理解を示し、「中国の措置は自滅的となりうる」と述べた。
一連の騒動を経て、日米の経済・安全保障の絆がさらに深化したとの指摘もある。国内問題の隠れ蓑として威圧外交を続ける中国は、国際社会での孤立を強めている。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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