相続の準備はいつから始めればいいのか。金融教育家の上原千華子さんは「親が80代になってからお金の話をすると苦労する。
通帳や保険の内容を本人が把握している60~70代前半に相談し始めたほうが良い」という――。
■親の通帳、実家のどこにある?
年末年始、久しぶりに実家に帰り、両親の元気な姿を楽しみにしている方も多いのではないでしょうか。実家に帰ると、昔と変わらない食卓や、ほっとする空気がありますよね。一方で、親の背中が小さく見えたり、病院や薬の話が増えたりして、「そろそろ、親のお金のことも考えたほうがいいのかな」と感じる瞬間もあるかもしれません。
相続のニュースはよく目にしますが、実際には介護や入院のお金で慌てるケースが少なくありません。「通帳がどこにあるか分からない」など、親のお金が見えないまま、介護や相続の局面を迎えてしまうご家庭も多いのです。
私たちは、どのタイミングでどのように親とお金の話を始めればよいのでしょうか。
今回は、帰省時にチェックしておきたい「親のお金」のポイントと、角が立たない尋ね方をお伝えします。
■「80代になってから」では正直しんどい
親のお金のことは、「まだ元気だから」「話しにくいから」と後回しにしがちです。しかし、図表1の認知症有病率を見ると、先送りにもタイムリミットがあることがわかります。
認知症有病率は、65~69歳では数%台ですが、75歳以降急増し、80~84歳では女性の4人に1人、男性の6人に1人と推計されています。健康寿命も男性72.57歳、女性75.45歳(厚生労働省「健康寿命の令和4年値について」より)で、70代半ばから認知症や介護・入院のリスクが一気に高まります。

この段階でお金の話を始めても、うまくかみ合わず、家族は手探りでお金の全体像を探ることになります。銀行が本人の判断能力の低下を疑うと、口座凍結のおそれもあります。
80代でお金の話を始めて大変だった事例を2つご紹介しましょう。(実例をもとに、一部内容を変更しています)
■必死に自分の資産を隠したがる親たち
ケース1:母親の死後に「捜索作業」
例えば、70代後半で認知症が進んだ女性Aさん。早くに夫を亡くし、お金はすべて自分で管理してきましたが、症状が進むにつれ「お金を盗られた」といった「盗られ妄想」が強まり、子どもたちにも通帳を見せようとしません。
やがて体調を崩して入院、普通預金だけは子どもに管理を任せましたが、それ以外の資産については80代で亡くなるまで語りませんでした。
結局Aさんの死後、子どもたちが自宅中の通帳や書類をかき集め、銀行や役所に一件ずつ問い合わせることに。もはや資産整理というより財産の「捜索作業」でした。
ケース2:老後資金の大半を失っていた父親
別のご家庭では、80代前半の男性Bさんが退職後に株式投資にのめり込んでいました。家族は「趣味の延長」と見ていましたが、ある日「高額の利益が出ている。受け取りに手数料が必要だ」といった投資話を信じ込み、親族にお金を借りようとしました。
不審に思った子どもが警察に相談したところ、典型的な投資詐欺と判明。
有料の株式講座や過去の投資で、老後資金の大半を失っていたこともわかりました。家族会議で子どもが資金管理を提案しても、「まだ認知症でもないし、他人に管理されたくない」と強く反発し、話し合いが難航しています。
■ベストタイミングは「60~70代前半」
こうした事例を見ていると、「親が80代になってから」「認知症やお金のトラブルが表面化してから」動き出すのは、本人にとっても家族にとっても相当ハードだとわかります。
では、いつから話し始めるのがよいのでしょうか。
おすすめは、親がまだ元気な60~70代前半です。この年代であれば、自立して生活している方が多く、通帳や保険の内容も本人が把握しています。介護や入院が本格化する前なので、落ち着いて話がしやすい時期でもあります。必要に応じて「エンディングノート」に、将来の希望やお金のことを書き残してもらうこともできるでしょう。
一方、70代後半以降になると認知症や病気のリスクが高まり、「いまさら自分の行動パターンを変えたくない」と、話題そのものを避けることも。だからこそ70代前半までに少しずつ話し始めることが大切です。
■「お金の話」の前に「関係の貯金」が必要
とはいえ、日常会話で「お父さん、預金はいくらあるの?」「実家の住宅ローンの残高は?」「貴重品はどこに置いてるの?」などといきなりお金の話を切り出すのは、トラブルのもとです。
そんな時は「きっかけ」になる出来事をうまく利用して、自然に切り出しましょう。
例えば次のようなタイミングです。
・年末年始やお盆の帰省

・法事の帰り道や、病院の受診の帰り

・友人や親戚が相続で揉めた話を聞いたとき
親子のあいだに信頼がなければ、どんなに正しい内容でもうまく伝わりません。私はこれを「関係の貯金」と呼んでいます。日頃からこまめに連絡をしたり、生活の様子を気にかけたり、「ありがとう」と言葉にすることで、信頼残高を積み上げられます。
反対に、久しぶりに会ったのに心配ごとばかり伝えてしまうと、関係の貯金はすぐに目減りしてしまいます。「お金の話」は、信頼残高がある程度たまってから、そっと切り出したいテーマなのです。
■「親のお金」をやんわりと聞き出す方法
ここからは、帰省のタイミングで確認したい「親のお金」3項目と、角が立たない尋ね方を見ていきましょう。
①「お金の出入り口」を押さえる
細かい金額まで聞かなくても大丈夫です。まずは「お金の出入り口」をざっくり押さえておきましょう。
・メイン口座、年金の振込口座と公共料金の引き落し口座

・通帳やキャッシュカードの保管場所

・入院や介護で使える保険の会社名と連絡先
の3項目が分かれば十分です。切り出すときは「管理するから」ではなく「いざというときに困らないように」というスタンスが大切です。
「この前、親の通帳が分からなくて大変だったってニュースを見てね。
万が一のときに手続きで慌てないように、ふだん使っている口座だけ教えておいてもらえる?」
ニュースをきっかけにすれば、比較的受け入れてもらいやすいでしょう。聞けた内容はメモに残し、あとでエンディングノートに写してもらえば、チェックされている感じも和らぎます。
■山林や畑を持っているかどうかも要チェック
②「不動産」と「負債」をざっくり把握する
次に押さえたいのが、「家などの不動産」と「負債」です。細かい評価額ではなく、どこにどんな不動産があり、名義は誰か、住宅ローンやリフォームローン、カードローンや連帯保証があるかどうかだけ分かれば十分です。特に、代々受け継いできた地方の山林や畑は漏れやすいので注意したいところです。
「住宅ローンを組もうと思っているんだけど、お父さんたちはいくら借りているの?」など、自分の話をきっかけにしたり、「友だちの実家が空き家で大変だったみたいで……うちの家や土地って全部お父さん名義? 将来どうしたいと思ってる?」など、片づけや空き家の話をきっかけにすると切り出しやすくなります。
こうして「不動産」と「負債」を把握しておけば、将来の実家じまいや相続の話し合いが、ぐっと進めやすくなります。エンディングノートには、「不動産の場所と名義」「ローン・保証人の有無」だけでも書き残してもらえれば十分です。
■介護と相続で慌てないための準備
③一度で全部は無理、「パズル感覚」で少しずつ
ここまで読むと、「こんなにたくさん一度に聞けない」と感じる方も多いと思います。最初の帰省で完璧な一覧表を作る必要はありません。「今日は入り口(口座と年金・保険)だけ」「次は家や土地のことだけ」と、パズルのピースを少しずつ埋めていきましょう。
聞いた内容は子ども側がメモしておき、「さっきの内容、エンディングノートにも書いてもらえると安心だな」と一言添えてみてください。

エンディングノートは、法的拘束力はありませんが、親のお金と暮らしを整理する「親自身のノート」です。子どもが全部を管理するのではなく、一緒に必要なことを確認し、最後は親に書き残してもらう二人三脚で進めると、親の尊厳も守りやすくなります。
大事なのは、完璧さを目指して親を追い詰めることではなく、「いざというとき家族が困らない最低限の情報」を、時間をかけてそろえていくことです。
親のお金の話は、本来「親の人生の締めくくり方」と、「子ども世代の将来」を一緒に考える前向きな対話です。多くの場合、相続の前に介護のお金がやってきます。介護と相続の両方で慌てないためにも、60~70代前半の元気なうちに、日頃から「関係の貯金」を重ねながら、少しずつお金と暮らしの話を始めてみてください。
最後に、スマホのメモに「次の帰省で、親に最初にかける一言」を書いてみませんか。その一言が、将来の不安を軽くする「親のお金の話」の一歩になるはずです。

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上原 千華子(うえはら・ちかこ)

金融教育家

金融教育家。欧米投資銀行勤務歴17年、個人投資家歴26年。証券外務員一種、最新の心理学NLPを使ったマネークリニック®認定トレーナー。2018年、ウェルス・マインド・アプローチ創業。
資産運用講座を実施し、2022年より「3ヶ月マネー実践講座」を提供開始。ライフプランから資産運用までマンツーマン指導。著書に『「お金の不安」をやわらげる科学的な方法 ファイナンシャル・セラピー』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。

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(金融教育家 上原 千華子)
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