富裕層は一体何にお金を使っているのか。富裕層の世帯数や資産額の推計を行う野村総合研究所(NRI)の独自調査によると、働きながら金融資産を形成した「いつのまにか富裕層」には、ステータスを示すために高級な買い物をする傾向があまり見られないという――。

※本稿は、竹中啓貴・荒井匡史『「いつの間にか富裕層」の正体 普通に働き、豊かに暮らす、新しい富裕層』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■大企業の制度をうまく使ったシニア世代
NRIでは、「いつの間にか富裕層」を、資産形成の経路によって大きく3つの類型に分けています。
1つ目の類型は主に50代後半以降の現役の給与所得者や60代前半の退職金等受給者が中心で、勤務先の持株会や企業年金制度を活用し、長期的に資産を積み上げてきた層です。
特に大企業勤務者が多く、長期投資によって、複利効果を享受しつつ、会社の成長とともに持株の評価額が大きく増加したケースもみられます。
〈持株や企業年金で蓄財した「いつの間にか富裕層」の声〉
・東証プライム市場上場企業に30年近く勤めています。勤め先の職務内容上、個別株を買うことが難しいため、持株制度と企業年金制度を利用しています。最近みてみたら、拠出金額の3~4倍程になっていました。(50代男性 会社員)
・20代から社内預金をやっていました。当時は金利が高くて10年で倍になったので、定期預金が流行っていました。投資にハイリスクハイリターンはあまり求めなくて、堅実にしかやっていません。(60代男性 会社員)

■積極投資で資産を増やしている現役世代
2つ目の類型は現役の給与所得者で、株式などを中心にリスク性資産を非常に高い割合で保有していた層です。株式のほか、暗号資産などリスク性資産への投資を積極的に行った結果、昨今の上昇相場の恩恵を受け、資産を増やしてきました。

彼らは金融リテラシーやITリテラシーが高く、情報収集や投資取引にデジタルツールを駆使する傾向があります。
■情報収集は新聞ではなくネットで
〈リスク性資産への積極的な投資で蓄財した「いつの間にか富裕層」の声〉
・コロナ前まで海外にいてそれなりにお金を稼ぎました。コロナでガクッと下がったので、そのタイミングでお金もあるし株をやってみようと思いました。また、ビットコインは2017年に10万円ぐらいのときに買いましたが、まだ寝かしている状態です。(40代男性 会社員)
・YouTubeとかを見て情報を仕入れるようにしています。投資をやっている人のYouTubeやSNSを電車の中とかでチラチラと見ていますね。お気に入りの個人投資家のチャンネルを見ることが多いです。それ以外は、ワールドビジネスサテライトとモーニングサテライトは見ていますが、新聞は読んでいません。インターネット中心ですね。(40代 会社員)

■退職金を大きく増やしたリタイア世代
3つ目は退職金の運用が成功した60代後半から70代以上の退職者層です。定年退職時に受け取った退職金などのまとまったお金を、昨今の相場上昇によって大きく増やした高齢者層です。金融機関の担当者に運用を任せていたケースも多く見られます。

〈退職金などの資産運用に成功した「いつの間にか富裕層」の声〉
・仕事を辞める直前かその前くらいで、金融機関の担当者と相談して、退職金の一部を外国株にしていました。私自身、特に運用方針はなく、減らなければいいという感じです。結果として、それなりの含み益になっており、金融機関からもリスクを抑えた方がいいと言われ、昨年一部を国債に切り替えました。(70代 無職)
このように、「いつの間にか富裕層」は、持株・企業年金、リスク性資産投資、退職金運用という3つの経路で資産を形成してきたことが分かります。
次に彼らの消費意識や行動をみていきましょう。どのようなことにお金を使っているのでしょうか。
■歴史ドラマのロケ地めぐりを堪能
類型① 「持株・企業年金」型の消費行動:モノより「体験」、人との絆を深める
・田舎出身ですが、今は東京の上場企業の役員をやっています。お客さんや社内のお付き合いで、東京のお店にも少し詳しくなりました。家族とも来られるところをリストアップしておいて、年に数回、地元から両親や兄弟を含めた親族を呼び、東京の家族と一緒に食事をしています。親族向けにはホテルも用意して、ゆっくり泊まってもらっています。(50代 会社員)
・退職後も元々の仕事の知見を活かして、個人コンサルのようなことをしています。もともと仕事人間だったので、余暇時間の使い方は妻の希望に合わせています。
例えば、旅行と言っても何処に行きたいという考えがあるわけではありません。とは言え、最近は少しずつ慣れてきて、何も目的もなく旅行に行くよりも、うんちくが語れる思い出ができる旅行が楽しくなってきました。例えば、この前は歴史もののドラマのロケ地を回ってきました。その話をゴルフ仲間にすると話が盛り上がって楽しかったですね。それぞれの土地に歴史があり、新しい変化があり、じっくり堪能して味わうのが楽しいです。(60代 元会社員)
・今は土日に子どものリトルリーグのお手伝いをしているので、なかなか時間がないのですが、子どもがもう少し大きくなったら、夫婦で野球のシーズンシートを買おうと思っています。(40代 会社員)

■夢はオーディオルームでレコード鑑賞会
・若い頃からオーディオが趣味でしたが、仕事が忙しくしばらく離れていました。退職を機に、少し広めのマンションに引っ越し、念願だったオーディオルームを作りました。最新のスピーカーだけでなく、昔憧れていたヴィンテージのアンプなどを少しずつ買い集めています。かつての会社の同僚や、学生時代の友人を招いて、ジャズやクラシックのレコード鑑賞会を開くのが今の楽しみです。お酒を片手に、音楽や昔話に花を咲かせています。(60代 元会社員)
・現役時代は出張が多く、体力には自信がありましたが、役員になりデスクワークが増えてから体型が気になり始めました。
妻の勧めもあり、夫婦でパーソナルトレーニングジムに通っています。目的は単なるダイエットではなく、10年後も夫婦で海外旅行やゴルフを楽しむための体力維持です。トレーニングを通じて食生活への意識も高まり、今では週末に妻と少し高級なスーパーで食材を選び、一緒に料理をするのが習慣になりました。(50代 会社員)

■お金持ちらしい高級品より「体験」重視
代々資産を受け継いできたような富裕層の一部には、自身のステータスを示すために、高価なモノを所有する文化が見られます。例えば、とある企業オーナーは、コロナ禍でリモート会議が増えたため、リモート会議時の背景画面に映るように、自室に高価な美術品を購入したと話していました。
しかし、「いつの間にか富裕層」の消費行動には、このようにステータスを示すために高級な買い物をするという傾向はあまり見られません。彼らにとって主なお金の使い道は、家族や友人といった身近な人たちと関係性を深める「体験」です。
これは、彼らの多くがもともと一般的な家庭環境で育ち、自らのキャリアを通じて資産形成をしてきたことが要因にあります。
富裕層同士のコミュニティで、ステータスを誇示しあうような必要性や機会が少ないため、消費のベクトルは外向けというよりは、内向けが中心です。高価なモノを持つことよりも、みんなで美味しい食事をしたり、一緒に旅行に出かけたりといったことにお金を使いたいと考えています。
また、何かを選ぶときには、自分の知識や経験が活かせるか、後で人に語れるような物語があるかを重視します。お金を使うことは、自分の人生や人との絆をより深く、意味のあるものにするためのものだといえます。

■「会社を辞めて大学院に通いたい」
類型② 「リスク性資産に積極投資」型の消費行動:自己実現や自由な時間を買うという考え
・普段の生活はあまりお金を使いません。そのお金は投資に回していますね。うまくいくかはわかりませんが、それなりな資産が貯まったら、会社を辞めて大学院に通いたいです。自分の好きなことを研究したいと考えています。(30代 会社員)
・今後、人生で大きな買い物は子どもの教育資金ぐらいしか思い浮かばないですね。しがない会社員なので、あまり凄いことは考えていません。でも早めに、60歳手前で会社は辞めたいなとは思っています。50歳までは働くかなと思っていますが、その後は旅行したり、読書したり、好きなことをして過ごせるといいですね。ただ、子どもには私立の大学には行かせたいですね。できれば留学資金も確保したいと思っています。(40代 会社員)
・高級車や腕時計には興味がないですね。普段の移動はカーシェアを利用しています。
早めにリタイアして、地方で小さなワイナリーを経営する夢があります。その準備としてワインスクールに通ったり、醸造に関する専門書を買い揃えたりすることにはお金を使っていますね。長期休暇には、国内外のワイナリーを巡り、生産者と話したりしています。(40代 会社員)

■「目に見えない資産」には積極的に投資する
リスク性資産への投資で富を築いた彼らの消費は、現在の物欲を満たすことよりも、将来の可能性や時間といった価値を得るための投資と捉えている点に特徴があります。
これは、彼らの持つ、現在のお金を将来のより大きな価値に変換する、という投資の考え方が、消費行動にも表れているためだと思われます。
彼らが資金を投じるのは、自己実現や家族の将来といった目標を達成するための消費です。そのため、日常的な消費は合理的に管理する一方、自身の学び直し、子どもの高度な教育(留学など)、あるいは早期リタイアによる自由な時間の獲得といった「目に見えない資産」に対しては、積極的に資金を投じる傾向が見られます。
彼らにとって消費は、それが個人の成長や家族の未来といった目標達成にどう貢献するのかという、長期的視点に立った価値が重要になります。
■70代男性「お金を使う趣味はありません」
類型③「退職金運用」型の消費行動:資産はあるが、消費に消極的な側面
・家を直したり、海外旅行に行ったりするぐらいですね。1回あたり100万円前後という感じです。(70代 無職)
・お金を使う趣味はありません。普段から読書とか、たまの落語、ちょっとした国内旅行くらいなので、お金はほとんど使いません。お金を使う目的がなく、基本的には年金で十分暮らしていけます。(70代男性 無職)
・寂しいことですが、年を取ると、お金儲けよりもむしろ使うことを考えた方がいい段階になります。どうやって使うかを提案してほしいくらいです。(70代 無職)
・仕事一筋で趣味らしい趣味がなく、退職後は時間を持て余し気味。妻は友人たちと観劇や食事会を楽しんでいるが、自分は家でテレビを見ていることが多いです。資産には余裕があるため、何か新しいことを始めたい気持ちはあるが、きっかけがない。最近、昔好きだったカメラをもう一度やってみようかと、家電量販店の高級カメラコーナーを時々覗いています。(70代 元会社員)

退職金運用に成功した高齢者層の消費は、保有資産の多さとは裏腹に、必ずしも活発ではない側面もみえます。旅行などにお金を使う層がいる一方で、長年の習慣が身につき、年金の範囲内で賄える質素な生活に満足している層もみられます。特に、現役時代をキャリア形成や資産形成に注力してきた人は消費に消極的なところが見えます。
彼らに対しては、個々人の価値観や生活スタイルに寄り添い、例えば専門家と巡る文化財ツアーや、自身の経験を活かせる社会貢献活動など、彼らの自己肯定感を満たす体験が求められているのではないでしょうか。

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竹中 啓貴(たけなか・ひろたか)

野村総合研究所 金融コンサルティング部 シニアコンサルタント

2018年、慶應義塾大学経済学部卒、野村総合研究所入社。金融コンサルティング部シニアコンサルタント。専門は金融機関の事業戦略、営業改革・業務改革、チャネル・マーケティング戦略、顧客接点強化など。主に銀行、証券、生命保険業界のコンサルティング業務に従事。

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荒井 匡史(あらい・まさふみ)

野村総合研究所 金融コンサルティング部 コンサルタント

2023年、早稲田大学法学部卒、野村総合研究所入社。金融コンサルティング部コンサルタント。専門は金融機関の事業戦略、チャネル戦略、現場伴走支援。主にクレジットカード業界、生命保険業界のコンサルティング業務に従事。

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(野村総合研究所 金融コンサルティング部 シニアコンサルタント 竹中 啓貴、野村総合研究所 金融コンサルティング部 コンサルタント 荒井 匡史)
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