12月半ばに成立した東京都の女性活躍推進条例案がすこぶる不評だ。女性の生理痛の痛みを知るための「男性管理職への生理痛体験会」を含を条例案。
SNS上では「馬鹿げている」「拷問、逆差別、誤った人権重視」といった批判の声が多い。医師の筒井冨美さんは「小池都知事が“女性目線の政策”で名を残したいなら、“男性管理職に電流”よりも、先にすべきことがある」という――。
■おじさん管理職に電気を流す
12月17日、「事業者の責務として女性特有の健康課題への配慮を定める」東京都女性活躍推進条例案が、都民ファーストの会、自民党などの賛成多数で成立した。
条例案には「性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)の解消」への協力や、事業者の責務として女性特有の健康課題への配慮を定めるなど、都道府県単位では全国初の内容となる。
ところが、この“画期的”な女性活躍推進条例案が不評なのだ。
松本明子副知事は12月9日の本会議で、事業者の取り組み事例を示す指針に「男性管理職への生理痛体験会」を盛り込み、「新たな条例を原動力に、性別に関わりなく、誰もが自らの希望に応じて輝ける社会の実現を目指す」と述べている。
「男性への生理痛体験会」とは、参加者の下腹部に筋電気刺激(EMS)の電極を装着して電気を流し、子宮の収縮による痛みを再現するイベントである。
女性の健康課題に理解を深めるとして、すでに男子校の海陽学園や三菱商事などで行われており、同社のセミナーを提供したのは、フェムテック・福利厚生サービスを提供する会社nanoni(ナノニ)。
■生理痛体験をした三菱商事社員の感想
女性社長の張聖氏は「(参加した企業からは)『実際に体験することで、より配慮する気持ちが持てるようになった』といったような声をちょうだいしています」とコメントしている。しかし、三菱商事の中間管理職が社内研修の感想を求められたら、空気を読んで「有意義な研修だった」と述べる以外の選択肢はなく、社長のコメントはそのまま鵜呑みにはしづらい。
案の定、SNSでは男女を問わず、「拷問」「逆差別」「見せ物」「罰ゲーム」「誤った人権重視」といった反発の声が目立つ。
女性からも「生理痛特有の痛みをどこまで再現できるのか」「毎月数日間続くことのつらさや、吐き気・眠気といった他の症状、精神的な負担など、生理に伴う複合的な苦痛を完全に再現することは困難」といった意見や、「そこまでして分かってもらおうとは思わない」「女性側も求めていない」といった声もあがっている。

日本保守党の北村晴男議員もXで「馬鹿げている」と切り捨て、漫画家・エッセイストの倉田真由美氏も「他人の身体に痛みを与える権利など誰にもない。また、痛みを実際に感じなければ他人の痛みが分からないわけでもない」とずばりと核心をついた。さらに立憲民主党所の原口一博議員は「本当に何をやっているんだ。東京都女性活躍条例って何?」と党派を超えて不快感を示している。
2025年10月より、東京都は無痛分娩助成金を開始しているが、少子化の進んだ東京都では恩恵にあずかることのできる女性の数は残念ながら限られる。ならばと、女性のほとんどが経験する「生理痛への配慮」を促すことで「女性活躍推進」をアピールする皮算用だったのかもしれないが、評判はさっぱりのようだ。
■管理職にしてほしいのは生理体験よりも…
筆者も医師として「馬鹿げた政策だ」に近い意見を持っている。当然だが、管理職に電気を流しても、部下の生理痛は改善しない。
そもそも、仕事に支障が出るような重い生理痛の背景には、子宮内膜症やチョコレート嚢腫(卵巣腫瘍の一種)のような病気が隠れているリスクが高い。
部下が生理のたびに体調不良を訴えるならば、管理職が行うべきは「自分も生理痛体験を共有」よりも、「仕事を調整して部下の婦人科受診をサポート」ではないだろうか。
以下、現代医療で可能な生理痛対策を整理しよう。
■日本でも広まるべき生理痛の治療
▼生理痛対策だけでないピルのメリット
重い生理痛の場合、婦人科では漢方薬と並んでピルを処方されることが多い。
ピル(pill)とは本来は丸薬という意味だが、この場合は女性ホルモンを含む錠剤のことを指す。
女性が生理周期に合わせて服用することで排卵を抑制し、100%に近い避妊効果を得るだけではなく、「生理が軽くなる」「規則正しく生理がくる」「生理前のイライラが減少する」「ニキビが減る」「将来の卵巣がんや骨粗しょう症の確率を減らす」などの効果が報告されている。
ピル服用スケジュールを変えて生理日を移動させることも可能になるので、旅行や試験日と生理日をずらすことも可能である。現在ではオンライン診療も普及しており、しょっちゅう仕事を休まなくても入手可能だろう。
「ピルを飲むと将来不妊になる」のような根拠不明の都市伝説も存在するが、デンマークの研究では「長期間ピルを服用して中断した女性は、服用しなかった女性よりも妊娠率が高い(10年間の服用で1.23倍)」という報告もある。
女性の晩婚・晩産化が進行した現代では、使わない時期は卵巣はピルで休ませておくほうが、むしろイザという時に活躍するのかもしれない。元女子サッカー選手の澤穂希氏は現役時代にピルを服用して生理周期を調整していたことを公言しているが、「36歳で結婚、37歳で引退直後に妊娠、38歳で出産」と私生活においても迅速なゴールを決めている。
■英国では無料、日本は自己負担10万~15万円
▼産み終えた女性にはIUS(ミレーナ)
すでに子供があり、今後の出産予定のない女性にはIUS:Intra-Uterine System(商品名:ミレーナ)がいいかもしれない。これは、いわゆる避妊リングに黄体ホルモンを添加したもの。子宮内にリングを装着するとジワジワとホルモン剤が子宮内膜に作用するので避妊と同時に生理が軽くなり、一度挿入すれば約5年間は有効で、ピルのように毎日服用する煩わしさはない。
再び子供がほしくなった場合は、摘出すれば妊娠可能になる。タレントの益若つばさ氏が使用を公表して、知名度が上がった。
最近は出産経験がない患者でもミレーナ挿入を請け負う婦人科施設が増えつつ。ただし、未出産女性は子宮の出口が狭く、挿入時に痛みがあるため、使用を断念する人もいる。
▼欧米で普及するホルモン(避妊)インプラント
欧米では広く使用されているものの、日本ではまだ広まっていない治療法が「ネクスプラノン」などのホルモン・インプラントだ。
長さ4cm太さ2mmのスティック状のインプラントを二の腕に挿入し、女性ホルモンが少しずつ放出されることによって避妊と同時に生理が軽くなる。挿入そのものは「ピアス穴を開けるような痛み」なので未出産女性でも抵抗は少ないだろう。一回の挿入で約3年間効果が持続するので、ピルのように飲み忘れるリスクがなく、摘出すれば妊娠可能である。2023年にはユーチューバーのRちゃんが韓国での挿入を配信して話題になった。
ミレーナ同様に生理を軽くすることも知られており、英国では希望者に無料で提供されている。しかし、日本では保険適応されておらず、自己負担10万~15万円と高額のため普及していない。
小池都知事が「女性目線の政策」で名を残したいならば、「男性管理職に電流」よりも、このホルモン・インプラントの普及に尽力すれば、恩恵に預かる女性は多いのではないか。
■政治家に求められる女性活躍推進や少子化対策とは
2023年度にこども家庭庁が発足し、各種の子育て政策が始まったが、2025年の出生数は約66万人(前年比-3%)と減少は止まらず、2026年度からは健康保険料に上乗せして「子ども・子育て支援金(通称:独身税)」の徴収が予定されている。
今の日本で真に女性活躍推進や少子化対策を目指すならば、「効果の疑わしい政策を廃止し、税金・保険料・支援金などの徴収額を減らす(=手取りを増やす)」が急務だろう。

「女性副知事を登用」「女性社長に補助金」よりも、各個人が自由に使える手取り額や時間を増やすことこそが、現役世代の恋愛・結婚・出産・育児を促す最良の政策となるだろう。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)

フリーランス麻酔科医、医学博士

地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)
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