パスワードを安全かつ簡単に管理するにはどうすればよいのか。東京大学環境安全研究センター特任研究員の飯野謙次さんは「私が現在使っているパスワードは384個もあるので、覚えきれない。
ファイルで管理して、必要なときだけアクセスできるようにし、セキュリティも万全にしている」という――。
※本稿は、飯野謙次『失敗マップのすすめ 2つの質問に答えるだけで「ミスしない・させない」を仕組み化できる新ツール!』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■社用スマホを自宅に忘れる
時に忘れるのがスマホです。いざ使おうとして「ないっ!」と気が付き、慌てて家まで取りに帰ることもあります。そして、充電器に挿しっぱなしのスマホを見てがっくりくるのです。
職場と家が近い人は「取りに帰る」で済みますが、離れたところに住んでいて、社用スマホを家に忘れたら大ごとです。
さて、この「社用スマホを自宅に忘れる」をはじめとする忘れ物の撲滅の仕方を、本書『失敗マップのすすめ』(飯野謙次著、日経BP)で提案する新メソッド「失敗マップ」を使って考えてみましょう。このケースは、図表1「失敗マップ」の第1~第4エリアのどこに当たる失敗でしょうか?
なお、失敗マップとは失敗を4つのエリアに分類し、エリアごとに効果的なリカバー方法を考え、再発防止策を考える思考の地図のことです。
A:第3エリア
これはあくまでも個人の失敗です。そして社用スマホを持って出るのは毎日のことでしょう。第3エリア、それも左下の角に入る事案です。
■スマホを忘れない工夫
さて、この「スマホを忘れる」という失敗、世間はどう対処しているのだろうと「グーグル先生」に尋ねてみました(「スマホを忘れる」というシンプルな失敗についてもたくさんの方がいろいろなストーリーを発信されていて、本当に飽きがきませんね)。
すると最近のグーグル先生よろしく、いの一番に表示されるのは「AIによる回答」だったのですが、その内容には思わず「ん?」と首をかしげざるを得ませんでした。いわく、
● 位置情報を確認する

● 遠隔ロックやデータの遠隔消去を行う

● 契約先の携帯会社に利用停止を申し出る

● 警察に遺失届を提出する
この回答は、公共交通機関、飲食店での置き忘れや落とし物による紛失について書かれており、明らかに、家に忘れたのと、いつの間にか手元にない時とを混同しています。
今回はAIの間違いではありますが、「スマホを忘れちゃって」と言われた場合に、自宅などにただ置き忘れたのか、外などどこかに忘れたのか(その場合は「なくした」と言いそうなものですが)を勘違いして起こる失敗などもありそうです(ちなみにこうしたコミュニケーションにおける勘違いも、第3エリアにプロットできます)。
実はこの、スマホを忘れるという失敗は、以前は私もよくしでかしていたので、最近は前述の通り、クリップ付きの伸びる携帯ストラップで、着ている服か身につけたバッグのどこかに固定しています。電話をするときには固定したところが引っ張られて少々不便ですが、置き去りにしたり、落としたりすることはありません。
携帯電話以外にも、私は次の日に携行しなければいけない物があると、それを必ず玄関、あるいは次の日に履いていく靴の上に置いて就寝します。それを手にしないと出かけられない工夫です。
一度でも社用スマホを忘れたり、忘れそうになったりしたことがあるなら、これと同じように、社用スマホの充電器は玄関に置いたり、鍵と一緒にしておいたり、何かの工夫が必要でしょう。
■「よくやっちゃうミス」を防ぐコツ
まずは失敗マップの下半分、個人の身近な問題について見ていきます。個人や少人数で、頻繁に作業をするときに押さえておくべきコツは次の通りです。
● 「不注意だったから次回からは注意深くやろう」という考えは持たない

● できるならその場ですぐにやる

● 置き忘れ防止には、その物を自分の体にくっつける、思い出すトリガーを配置する

● トリガー配置が難しいときは、場所が変わるときに、入ってきた時の自分を思い出す

● 正しい手順を書き出して、それに従うようにする

● パスワードは適切に管理しつつ、関係者であれば誰でも「手順」にアクセスできるようにする

● 終わった作業はいったん見直す

● 役割分担があるときは、役割を入れ替えて見直す

● 複数人での作業時は、コミュニケーションに代名詞を使わない

● 指差喚呼(かんこ)を行う

■「忘れた」か「手順を間違えた」がミスの原因
実は、第3エリアは4つのエリアの中でも、特異な存在です。それは、ほかのエリアの対策はエリア内で共通なのに対して、第3エリアの対策は1人作業なのか、2人作業なのか、それ以上の複数人作業なのかで立て方が変わってくるからです。

今回は、「1人作業」「2人作業」「グループ作業」に分けたうちの「1人作業」について、具体的な対策を解説していきます。
1人作業の失敗は、必ずといっていいほど、次の2つのどちらかのミスを含んでいます。
● 忘れた

● 手順を間違えた
どちらの場合も、自分の記憶力・智力を過信したことが原因です。忘れたのであれば、「今度からしっかりしよう」という決意は役に立ちません。その決意すら忘れてしまうからです。まずは、自分の記憶力・智力は足りないという自覚を持ち、頼るのをやめることです。
Tips 1 すぐにできることならやってしまう
人間、誰しも気が進まないことは後回しにするものです。これは自然な行動といえましょう。しかし、言われたその場でやってしまうことによって、この後に説明する工夫をする必要がなくなります。後回しにしないでやってしまいましょう。
■リマインダーメールを利用する
Tips 2 思い出すトリガーをつくる
やらなければいけないことを思い出すためのトリガーは頭の中に置くのではなく、物理的な存在である必要があります。付箋であったり、私の場合はリマインダーメールがタイミングよく自分に届くようにしたりしています。

このリマインダーメールも、誰々という名前をタイプしただけでは不十分です。首尾よく届いたのはいいけど、この人と何をするんだったっけと思い出せないことがありました。
恥ずかしいと思いながらも、
「あのお、リマインダーがセットしてあったんですけど、いついつは何の予定だったでしょうか」
と尋ねたこともあります。そんなことがないよう、今では何をするということもタイプするようになりました。やはり、自分の智力には限界があるのです。
■電車や飲食店、コンビニを出る時は注意!
また、物に関する失敗も、このトリガーの設定で解決できます。
例えば大事なものの置き忘れですね。私は大事なものは、先ほどのスマホのように、体から離れないような工夫を実践しています。それができないものについての対策は、正直、苦慮しています。雨がやんだ後の傘、普段は持たない書類の封筒などです。これらの持ち物を置き忘れやすいのは、空間の境界をまたぐ時、すなわち電車、飲食店、コンビニなどを出る時です。
それほど大きくなくても忘れやすいのが、いつもの事務所のコピー機ではなく、コンビニのコピー機などでコピーを取ったときの原本です。
忘れる理由の1つには、コピー機のカバーが原本を覆い隠してしまい、視界に入らないということがあるでしょう。
最近もコンビニのコピー機に原本を忘れてしまったのですが、「次回からは、使い慣れていないスキャナーやコピー機の蓋の下に原本がある間は、蓋の上にも何か別の物を置いておこう」と考えました。
このように、何か持ち物があれば、空間の境界を出るときに、それを思い出させてくれるものを配置するのが効果的ですが、飲食店の入り口ではそうはいきません。濡れた傘を傘立てに置くときは、なるべく目立つところに置くしかありませんが、鞄や書類の入った封筒などは、なるべく預けないで席まで持っていくことにしています。
それができないときは、空間を出る時に、「自分はここに入る時はどういう姿をしていたか」を思い出しましょう。
■締め切りに余裕がありすぎて忘れる
Tips 3 トリガーは「その場で」設定する
本書をだいぶ書き進めた頃、失敗、下手をすれば大失敗となりうることが起きました。
その時には本章の原稿はほぼできていたのですが、多くの学びが得られたこともあり、戻って書き足すことにしました。
2025年3月から4月は、主たる仕事先が変わったため、健康保険を含めた社会保険が切り替わりました。そのための手続きを社会保険労務士事務所に依頼したところ、「必要な情報を送るように」というメールを受け取りました。しかし、そのメールのことも手続きのことも記憶から消え失せてしまったのです。
言い訳になりますが、「時間的に余裕があるからゆっくりでいいよ」とそのメールにあったので私も油断して、トリガーを設定しませんでした。そして、アメリカに1週間出張したり、いくつかの会社、自分自身、そして母親の確定申告と忙しくしているうちにすっかり忘れてしまいました。
しかもなお悪いことに、依頼した事務所の担当者からもリマインドなどは来ませんでした。最終的には手続きを無事に済ませることができましたが、本当にギリギリでした。
この事件から、学んだことがいくつもあります。まず、締め切りがはっきりしないけれどやらなければいけないことができたなら、その時に締め切りを決めて、トリガーを設定してしまうことです。そのトリガーが鳴動したときも、何か理由があってその作業を先送りにするなら、あらためて同じトリガーを先の日程に設定し直すことです。
もう1つ学んだのは、自分がやり取りする相手は機械ではなく、人間であるということです。人間なのだから、完璧ではありません。何か決めたとしても忘れることがあるのです(これを自分も忘れて平穏無事に日々が過ぎていくなら、世の中ももう少し気楽に生きていけそうなものですが、現代の日本社会はそうもいかないようです)。
自分に仮の締め切りを厳しく決めて忘れないようにするのと同じく、相手にも仮の締め切りを課してあげるのが親切なのかもしれません。
■正しい手順を付箋に書く
Tips 4 「正しい手順」を見ながら作業する
次に、手順を間違えることについて考えましょう。まずは、正しいと思っていた手順そのものが間違っていた場合です。この対策は非常にシンプルで、正しい手順を何かに書き出して、次回からはその手順を見ながら作業をするとミスを防げる可能性が高まります。

よくあるのが付箋に書き出して、パソコンモニターの邪魔にならないところに貼り付けるという方法です。古典的な方法ですが、必ず目に入るし、その手順が必要なときには探出す必要もなく有効です。ただしこれは数に限度があるのが難点ですね。ミュージカルの『ライオンキング』のポスターみたいになったモニターを見たこともあります。おそらく「どのメモがどの辺り」というのを覚えているのでしょう。
■書き出してはいけないパスワードの管理方法
Tips 5 パスワード管理は適切に
一方、重要で正しくても書き出したり貼ったりしてはいけないのがパスワードです。セキュリティーの意味がなくなります。
私が初めて自分のパソコンを手にしたのは、1982年だったと思います。日立のベーシックマスターレベル3。研究室の後輩が売りたいと言ったのを安く買ったのを覚えています。ブラウン管モニターには、背景にグリーンの文字やドットが表示される仕様で、コンピューター雑誌の機械語ゲームのソースを打ち込んで、もっぱら遊びに使っていました。
この頃日本のパソコンは瞬く間に性能を伸ばしており、研究室には富士通のFM-11がありました。パスワードは、1つをみんなで共有していました。そう、かつては、パスワードは最初に必要な1つだけでよかったのです。
ちなみに、私は現在、使っているパスワードを覚えきれず、ファイルで管理しています。
数えてみたら、384個ありました。覚えられるわけがありませんね。
ただし、これらパスワードは必要なときだけアクセスできるようにし、欲しいパスワードを拾ったらサッサとアクセスできなくしています。また、万が一に備えて、各パスワード内の「絶対忘れない文字」を伏せ字にしてあります。
■デジタルの時代にも帳面は重宝する
Tips 6 大事な手順は、いつでも誰でもアクセスできる仕組みにする
モニターに貼り付けるなど他人の目についてもいい手順であれば、ファイルとして保存して、必要なときに開けるようにしておくのもいいでしょう。
今、私は失敗学会と、2024年1月にサイドローズエルピー(以下、サイドローズ)東京営業所の後身として立ち上げたいいのや開発の2つの組織を運営・管理していますが、その方法は、それぞれ手順書をつくってネットにアップしています。関係者は共通のパスワードでいつでもアクセスできるほか、簡単に編集できる機能もつくり込んであり、手順が違えば書き直せるようになっています。
これができるようになるには、HTMLを勉強する必要がありますが、身構えることはありません。改行記号の<br>をつけなかったり、ファイル名に拡張子の「.html」をつけなかったりしても、次のような2行のテキストファイルは今のブラウザではちゃんと表示されます。
● 1.手順1

● 2.手順2
HTMLの入門解説にはいろいろ面倒なことが書いてありますが、面倒なことは後回しにしてネットに質問を投げれば、太字、作表、目次なんかもどうすればよいか、親切に教えてくれます。
もう1つ人気の手順記録は、大切な情報を集めたノートブックです。電子的なものではなく、物理的な存在のある、「帳面」とも呼ばれるものです。私たち人間は、特性として、どのページのどの辺りに何を書いたかを覚えるのは得意な傾向にあるため、このデジタルの時代にも帳面は意外に重宝します。
あまりに情報が多すぎたり、作業頻度が極端に少なくてどこに書いたかを覚えられなかったりする場合は文字列検索のできる電子式に軍配が上がりますが、そうでなければ帳面に書いてもいいですね。

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飯野 謙次(いいの・けんじ)

東京大学環境安全研究センター特任研究員

スタンフォード大学工学博士。1959年大阪生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、General Electric原子力発電部門へ入社。その後、スタンフォード大で機械工学・情報工学博士号を取得し、Ricoh Corp.へ入社。2000年、SYDROSE LPを設立、ゼネラルパートナーに就任(現職)。2002年、特定非営利活動法人失敗学会副会長となる。 著書に『ミスしても評価が高い人は、何をしているのか?』(日経BP社)などがある。

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(東京大学環境安全研究センター特任研究員 飯野 謙次)
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