中国は世界経済にどのような影響を与えているのか。ジャーナリストのベサニー・アレンさんは「中国共産党は14億の巨大市場を政治的に利用している。
反感を買って市場から締めだされないためにも、企業は指導部の顔色を窺いながら商売をする必要がある」という――。(第1回)
※本稿は、ベサニー・アレン『中国はいかにして経済を兵器化してきたか』(草思社)の一部を再編集したものです。
■ディズニーも屈した巨大市場の魔力
欧米に対して経済力が切り札として有効に使える――中国がその事実をはじめて覚ったのはいつだったのだろう。2001年のWTO加盟で、中国の世界経済への関与は劇的に拡大していくが、加盟に先立つ1990年代後半、アメリカの卓越したソフトパワーの発信源のひとつハリウッドを手なずけるため、中国政府は早くも自国市場の可能性をその手段として使っていた。
ハリウッドのメジャースタジオが、中国による侵略の犠牲者を描いた映画を製作したのは1997年、チベットをテーマにした2本の映画が最後だった。1本目はブラッド・ピット主演の『セブン・イヤーズ・イン・チベット』で、中国政府は映画を製作したコロンビア・トライスターに5年間の上映禁止処分を科した。
もう1本はマーティン・スコセッシが監督し、ダライ・ラマの半生を描いたディズニーの『クンドゥン』で、中国からの圧力がかかり、当時のCEO(最高経営責任者)のマイケル・アイズナーが北京を訪れ、「愚かな過ちだった」と党幹部に詫びを入れるまで中国での上映は禁止された。以来、チベットやダライ・ラマを題材にしたメジャースタジオの映画は製作されていない。
■ハリウッド映画に「中国人の悪役」はいない
中国当局の対応は、アメリカの映画界を心底から震え上がらせる明確なメッセージを発していた。
だが、これ以降、中国での映画興行の魅力は増していく一方だった。2000年代、中国の映画ファンの数は急拡大し、間もなくアメリカ市場をうわまわるだろうと予測されていた。その瞬間は2020年10月に訪れた。

さらに、アメリカの映画館が新型コロナウイルス感染の規制によって閉鎖される一方で、中国では効果的なコロナウイルス対策によって、映画館は観客であふれ返っていた。
北京政府はこの強みを巧みに使い、党が望むように中国を描かない映画の上映は残らず拒否した。
その結果、ハリウッドは中国共産党の支配の実態に口をつぐむようになる一方で、中国政府が要求するこの国の統治や軍事、領土をめぐる主張はますます積極的に、しかも先回りして取り上げられるようになる。
「この10年、(アメリカの大手スタジオが製作する映画には)中国人の悪者は出てこない」。ロサンゼルスを拠点とする法律事務所グリーンバーグ・グラスカーのパートナー、シュイラー・ムーアはそう指摘し、「反中国的なテーマの脚本を目にしたら、私もクライアントには『その映画は決して中国では公開されない』とアドバイスするはずだ」と答えた。
■原作では中国→映画では北朝鮮に
2020年のパンデミックを奇妙なほど予感させる出来事が起きていた。
2013年、ゾンビ映画『ワールド・ウォーZ』の製作者は、ゾンビ流行の発生地を原作に記された中国から北朝鮮に変更した。
原作者のマックス・ブルックスは以前から感染症や伝染病に興味があり、ひとつには感染症をめぐる中国共産党の危険性を警告するために原作小説を書いたという。中国で人間をゾンビに変える疫病が発生、だが中国共産党がその事実を隠蔽したことで、この疫病が世界中に広がるのを許してしまう。
コロナウイルス感染症が本格化した2020年2月、ブルックは次のように述べている。
「物語を思いつき、パンデミックの発生国をどこにしようかと考えたとき、巨大な人口を抱え、交通網の近代化を急速に遂げた国というだけでは条件として十分ではなかった。報道を徹底的に統制できる権威主義体制の国でなければならなかった。
最初にその国の人間の意識、次にほかの国の人間の意識が封じ込められれば、私の考えた疫病が広がっていく時間が稼げる。世界中の人間が事態を理解するころには、もはや手遅れになっている」
そして、ブルックスはこう言葉を添えた。「どこかで聞いたことがある話のはずだ」
■「敵」を作り出すハリウッド
ただ、映画に対する中国政府の対応はやっかいだとは言い切れない。ハリウッドはロシア人やイスラム教徒などを敵対視する描写を頻繁に繰り返すことで、有害なステレオタイプを生み出し、イスラム嫌悪を蔓延させる一因となっている。
「私の考えでは、ハリウッド映画に中国人の悪人がいないことは望ましい」。バージニア大学准教授でメディア研究を専攻するアイン・コカスは自著『ハリウッド・メイド・イン・チャイナ』(未邦訳)でそう指摘している。
「特定の集団ばかりが悪役としてターゲットになるのは、その人間性を根っから奪うことになる」。
旧ソ連、現在のロシア、中東諸国には、アメリカの映画会社が自国民を悪と結びつけて描くのを阻止する力がない。その意味で、中国のエコノミック・ステイトクラフト(国家が政治的目的を達成するため、軍事的手段ではなく経済的手段を使って他国に影響力を行使すること)は、このように行使された場合、自国民を守るため、政府の権力がどのように使えるのかを具体的に示している。
西側の民間企業の言論を統制するため、中国共産党が市場参入の拒否権をどのように利用してきたのか――以上のハリウッドの話はとくにそれを示す格好な例にほかならないが、こうした例は何もハリウッドにかぎったわけではなくほかにも数多くある。
■グーグルもアップルも膝を屈してきた
過去20年、目の前にぶらさげられた14億人の市場という目のくらむ富を前にして、企業はつぎつぎと北京政府の前に膝を屈してきた。
グーグル、リンクトイン、アップル、マリオット・インターナショナル、メルセデス・ベンツ、ザラ、ユナイテッド航空、さらには全米プロバスケットボール協会(NBA)まで検閲の要求を受け入れ、衷心からの詫びとともに、中国共産党の優先順位に完全に沿わないツイートや発言、あるいは地図アプリを訂正、今後このような“過ち”は二度と犯さないと誓ってきた。

NBAに対する中国のメッセージは非常に明確で一貫しており、処罰も非常に厳しかった。
2019年、NBAのヒューストン・ロケッツのGM、ダリル・モーリーが香港の民主化デモを支持するツイートをしたことで、NBAは中国の反発を買い、2億ドルの損失を被ったと推定されている。
中国市場へのアクセスがもたらす経済的報酬はきわめて莫大で、北京の越えてはならない一線を受け入れることは、中国市場でビジネス上の利害関係がある多くの企業にとってもはや本能のような当然の反応なのだ。
だが、ハリウッドや多国籍企業への言論統制を、単なる域外企業に対する検閲と見るのは正しい理解とは言えないだろう。そうではなく、検閲や自己検閲は、市場アクセスを利用して相手のさまざまな行動を変えられる中国の能力が高まりつつある現象としてとらえたほうが見通しは深まる。
つまり、これはある種のプロセスであり、このプロセスはやがて徐々に融合していき、世界の誰もが認めるしかない、中国の国際的な力を裏づける巨大な基盤がかたちづくられていく。
■ノルウェーが受けた陰湿すぎる嫌がらせ
指導部の機嫌を損ねた他国政府の政治的行動を罰するため、北京はすでに10年以上にわたって関税――事実上の禁輸措置――をはじめとする経済措置を講じてきた。
2010年にノルウェーのノーベル委員会が劉暁波にノーベル平和賞を授与すると、ノルウェーの主要輸出品で、主要輸出先である中国へのサーモンの輸出が激減する。
説明のないまま突然決定された中国側の官僚的手続きのせいで、通関を拒まれたサーモンは中国の港で何週間も留めおかれて腐っていった。
この輸入制限措置について中国政府は表立っては認めなかった。ノルウェー産サーモンの輸出がノーベル賞受賞前の水準に戻ったのは、2016年に両国の関係が正常化してからで、交渉の席上、ノルウェー側は、「今後は中国の核心的利益と主要な懸念事項を支持する」と署名し、「それらを損なう行動は支持しない」と表明した。
当時を伝える『環球時報』には中国政府の姿勢が明確に記されており、サーモンの輸入制限については「制裁」と断言さえしている。
「6年間続いたノルウェーへの制裁は、中国の内政に関するいかなる外部介入に対しても、中国政府は断固たる決意で臨むことを示した」と書かれている。
■フィリピンが「バナナ禁輸」で得た教訓
中国政府の経済制裁はこれだけではない。中国船籍の船舶の侵入に対し、南シナ海で領有権を主張する他国政府を罰するために同様な措置が講じられてきた。
2012年、スカボロー礁をめぐり、中国の監視船とフィリピン海軍のにらみ合いが始まると、中国はフィリピン産バナナの輸入禁止とフィリピンへの渡航を制限した。
スカボロー礁は豊富な資源に恵まれ、フィリピンの排他的経済水域(EEZ)内にあり、国際法では海洋資源を開発する権利はフィリピンに認められている。一方中国は、スカボロー礁と岩礁を含む広大な南シナ海の大部分は自国に領有権があると主張していた。
バナナの輸入制限について、中国政府は虫食いのせいだと発表したが、日本と韓国の税関当局はフィリピンからの輸入バナナにそのような問題は認められなかったと報告している。
この経験からフィリピンの政府当局者が得た教訓は、中国との経済関係に過度に依存するのを避けることだった。
フィリピンの国家経済開発長官アルセニオ・バリサカンは当時、「他国との貿易を多様化させる努力に傾注しなければならない」と記者団に語り、「今回の出来事があろうとなかろうと、フィリピンは輸出先を多様化させるべきだった」と言葉を継いだ。
■大損失を被った韓国企業
2016年、韓国に米軍の最新の弾道弾迎撃ミサイルシステム――THAAD(終末高高度防衛ミサイル)の配備が発表されると、中国政府は同様の措置を多用して韓国経済のさまざまな部門に制裁を加えた。
米韓両国ともに高度ミサイル防衛システムは北朝鮮を抑止するためだと説いたが、システムの技術的能力は対中国にも利用できた。そのせいで中国政府は配備に猛烈に怒った。

狙い撃ちにされたのが韓国の小売コングロマリットのロッテマートで、中国国内112の小売店舗の大半が2017年中に閉鎖に追い込まれる。ロッテグループが韓国国内にある土地をTHAADの用地として提供していたからだ。
THAADの配備が完了すると、ロッテマートには防火上の懸念があったと中国政府は説明している。韓国に対する中国のあからさまな報復措置はロッテマートだけではない。K-POPグループは入国を拒否されてコンサートを中国で開催できず、動画の配信プラットフォームは人気音楽をブロックし、中国の観光会社は韓国への団体旅行を凍結した。
経済的圧力や国策によるボイコットで、いやしがたい財務上の損失を被った自国企業に対して韓国政府もいくばくかの減税措置は講じたが、ほかにこれという支援はないまま、企業はほぼ独自に中国市場で対処しなければならなかった。
こうした対応がまずいのは、今後将来において、中国の核心的利益に抵触すると判断されかねない行為に関与した際、政治的リスクがさらに高くなると韓国企業が考え、北京から同様の反応を引き起こす可能性のある行動を控えるよう自国政府に働きかけるかもしれないからである。

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ベサニー・アレン
ジャーナリスト

ニュースサイト「アクシオス」の中国担当レポーター。「パナマ文書」の分析で知られる国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の「中国文書」プロジェクトの主任記者、『フォーリン・ポリシー』の記者・編集者を経て現職。2020年にロバート・D・G・ルイス・ウォッチドッグ賞を受賞、さらにこの年、ジャーナリズム界の勇気をたたえるバッテンメダルの最終選考に選出される。中国語が堪能でこれまで中国に4年間在住。現在は台湾で暮らしている。


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(ジャーナリスト ベサニー・アレン)
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