■総合商社が「菓子工場」を買ったワケ
薬のようなアルミシートからプチッと取り出すタブレット菓子「ヨーグレット」と「ハイレモン」、国内唯一の“弾ける”キャンディ「パチパチパニック」。3つのロングセラー商品を製造する明治産業は2023年に明治から丸紅に売却され、「アトリオン製菓」という社名で生まれ変わった。
それから2年たった2025年、約40億円だった同社の売上高は1.5倍の約60億円に急成長している。牽引するのは、丸紅から38歳という若さで出向した山下奉丈(ともたけ)社長だ。なぜ商社出身の社長が製菓会社をそこまで導けたのか。なぜ社員は「売られた」会社で尽力できるのか――。
長野駅から長野電鉄で約20分。古びた駅舎が味わい深い無人の村山駅を降りると、駅前は静かだった。緑の多い風景を見回すと、遠くの看板に見覚えのある「ヨーグレット」と「ハイレモン」の文字を見つけた。それを目指して小路を歩くこと数分。
■丸紅が模索する「次の一手」
アトリオン製菓は、1945年創業の菓子メーカーだ。従業員数は約250人。前述のように、以前は明治グループの傘下にあり「明治産業」という社名だった。だが、2023年5月10日、株の100%が丸紅に譲渡された。
なぜ商社である丸紅が菓子メーカーを買ったのか。原料の調達から、製造、卸売り――川上から川下までを一気通貫で担うことで、他社にはない独自の強みを築こうとしたからだ。
丸紅は長年食品事業に携わっており、特に菓子分野では、国内大手の卸会社・山星屋をグループに持っていた。山星屋を通じて全国の菓子メーカーと取引を重ねるうちに、ノウハウが蓄積。そして、「消費者ニーズが多様化する中で、卸だけでは差別化が難しいのでは」という危機感から、製造・加工の段階から菓子事業に関わる方針へと舵を切ったのだ。
■なぜ「明治産業」に目を付けたのか
2022年には、その実現に向けた一手として、M&A(合併・買収)案件の評価・選定から合併・買収後の統合プロセスまでを担う「事業開発課」を食品事業部内に新設する。そして翌2023年、明治との協議を経て、明治産業(現・アトリオン製菓)への出資を決断した。
「決め手となったのは、明治産業が78年にわたり、日本トップレベルの食品会社・明治のグループ企業だったことです。明治水準の製造技術、管理技術や知見、工場の体制があることは大きな魅力でした。そして、なによりも、当時ヨーグレットとハイレモン、パチパチパニックという、ロングセラー製品の製造ラインを明治産業が持ち、そのプロダクトも含めて継承できるということが、一番のポイントになりました」
丸紅食品事業部 大澤悠介部長代理は、そう当時を語る。
■38歳社長、「骨を埋める覚悟」で移住
丸紅にとっては価値ある買い物だったに違いない。
取材時、筆者はヨーグレットの製造現場を見学したが、その工程は菓子というより精密な薬の製造ラインのように見えた。材料である砂糖と粉末を合わせて顆粒にし、乾燥、押し固め、包装してパレットに積み上げられるまで、すべてが専用機器でオートメーション化されていた。しかも、工場内は驚くほど清潔に保たれていた。
パチパチパニックは、炭酸ガスの封入工程が企業秘密とのことで見学は叶わなかったが、国内唯一「パチパチ弾ける」飴をつくることができる設備である。
これらの製造ラインと、それを安全に動かす熟練の従業員も迎え入れられるのだから、その価値は非常に高いといえるだろう。
山下さんが丸紅から出向し、アトリオン製菓社長に正式に着任したのは2023年5月のことだ。辞令が出た3月は、2歳と6歳の息子がいて、妻は妊娠中。
「もちろん出向なので、自分の意思でずっとここにいるわけにはいきません。有限ではあると思います。でも、長野に行く以上はアトリオン製菓の一員として完全に100パーセント、身も心も働きたいという気持ちでした」と振り返る。
■山下社長が持つ菓子業界の「肌感覚」
家族は大丈夫だったのか。東京での生活とは大きく変化するが、妻は、「自然がいっぱいで、食べものもおいしそう。いいんじゃない」と快諾したという。唯一の心残りは、長男が4月だけ東京の小学校に通って、すぐに転校となってしまったこと。「そこだけはかわいそうでしたが、子供が小さかったので動けるタイミングでした」と迷いはない。引っ越してすぐ、自宅前の田んぼから聞こえるカエルの大合唱に、「いい環境で子育てできる」とうれしくなったそうだ。
山下さんは2007年に丸紅に入社以来、食料畑を長く歩んできた。誰もが知る菓子メーカーへの原材料販売を複数担当し、まっすぐな人柄で「山下さん!」「山下!」とかわいがられ、客先に入り込んだ。
「まさか自分がお菓子のメーカーの社長をやるとは思ってもみなかったですが、その時の経験は絶対に生きていると思いますし、非常に感謝しています」
■突然の重責に、鼓動が早まった
出向の2年前、事業開発課に抜擢された山下さんは、明治産業の株式譲渡に関しての交渉担当に。同時に、自社に明治産業の購入価値をアピールする立場にもなった。そして、M&Aが決まると、「自分で行ってこい」と出向の辞令が届いたそうだ。
「正直、辞令はうれしかったですね。明治産業のことを深く研究する中で、おもしろいところや、まだまだ成長の余地もあるということを感じていましたから。それを自分でやってみたいという思いはありました」
ただ、当時はまだ38歳。一般的に、社長という立場での出向には早い年齢だ。突然の重責に、鼓動が早まったという。
丸紅で上席だった大澤さんは、「丸紅の人間がいなかった企業に社長として赴任し、『新しく外から社長が来た』という目で見られながら仕事をしていく中では、何よりも気持ちの若さと勇気、情熱がエネルギーになる。山下にはそのすべてと『行きたい』という意志があり、派遣されたのではないでしょうか」と当時を語る。
さらに、「家族も連れて移住して、最初から根を張るつもりでやりはじめたところは、自分自身にも周りに対しても覚悟を示すやり方だなと思いました。
■「変えること」より「変えないこと」を
そして迎えた、最初の朝礼の日。山下社長がいくらまっすぐな人であれど、最初は“よそもの”である。「嫌がられたりするのでは」と身構えながらも、
「明治産業がアトリオン製菓になって変化はあると思う。けれど、日々の仕事は変わらない。いいものを作り、世の中に届けようという姿勢は変わりません。それを意識してやっていきましょう」
と話したそうだ。「変えること」より「変えないこと」を示したのだ。
通常、M&A後に新社長が来ると、現場は「何を変えられるのか」と警戒する。だからこそ、まず「アトリオン製菓にはいいものを作る技術がある。その価値を守り、今まで通りのところを大切にしましょう」と丁寧に伝えたかった。
さらに、不満や不安を吸い上げるために、期間限定で「目安箱」も設置した。
■一番の命題は下請けからの“脱皮”だった
「ありがたかったですね。よそもの扱いをされたことは1回もなくて、むしろいろいろ教えてくれたり、野菜をくれた人もいました。みなさん、とにかく気さくで風通しがいい。元々、この会社や土地が持っている文化なのかもしれません。僕自身、社長という肩書のせいで遠い存在に感じられるのではなく、なんてことない38歳の男だと知ってもらいたかったので、すごくうれしかった」
この2年半で、東京に戻りたいと思ったことは一度もないそうだ。
そうやって距離を縮める一方で、山下社長は一番の命題に取り組んでいた。下請けからメーカーへの“脱皮”だ。元々の明治産業は、あくまで“明治の下請け”という色が濃く、「明治から依頼のあった個数のヨーグレットやハイレモンを製造し、引き取りにきた明治のトラックに納めるまで」が売り上げの半分を占めていた。残り30%がOEM(Original Equipment Manufacturer=他社ブランドの商品を製造すること)、20%がパチパチパニックなどの自社製品という割合だ。しかし、明治グループから離脱後は、丸紅の傘下とはいえ、独立したメーカーとして運営していく必要があった。それは非常に大きな変化だった。
■1年目、「メーカーになる」ための奮闘
「入って1年目に、独立したメーカーとしてあらゆる機能が回るように整備することが使命でした。独り立ちで活動するには、足りないものがあまりに多い状態だったんです」
当時を思い出してか、山下社長の眉根にシワが寄った。
変化の最たるものは、サプライチェーンの整備だという。原材料の調達先から、輸送会社の手配、保管する倉庫の確保まで。さらに、客先との営業ネットワークも、新たに構築し直さなければならなかった。
とはいえ幸いにも、ハイレモンやヨーグレットを明治として納品していた卸売先は、アトリオン製菓と取引を継続してくれる企業が多かったそうだ。そこで、それらの企業との取引額を拡大するべく営業に注力。明治産業時代からの営業マンに加えて即戦力も採用し、体制を強化した。
もちろん、丸紅の傘下に入った恩恵もあった。巨大グループ内での連携だ。なかでも、国内大手の菓子卸・山星屋の存在は大きかったそうだ。同じグループ内ということで、両社は話をしやすい関係性を築いてきた。
■「総合商社」だからできたこと
例えば、季節性の高い新商品を発売する際には、事前に数量契約を取り交わすことで、アトリオン製菓は在庫リスクを減らせる。一方、山星屋にとっても、「品切れなく一定量の商品を確保できる」メリットがある。まさにウィン・ウィンの関係だ。
「こういうふうに手を差し伸べ合ったり、後押しすることで、アトリオン製菓に本来あるポテンシャルをより一層、引き出せたのではないかと思っています」と大澤さんは手応えを語る。ただし、アトリオン製菓は山星屋だけと取引をしているわけではない。山星屋と競合他社に当たる他の卸会社とも信頼関係を築いている。
また、さまざまな引き合いに応えられるよう、完成した菓子は東西に1カ所ずつ構える貨物集積所に置き、日々の受注に応じてスピーディに出荷している。メーカーとしては基本的なことだが、明治産業の頃には持たなかった機能だ。
■売り上げは2年で「約40億→60億」に急成長
そうして、メーカーとしての最低限を備えた1年目は矢のようにすぎ、2年目以降は次の段階へ。「自分たちらしいこととして、何ができるだろう」と、独自性を表現していくフェーズに入った。その最たるものは新製品の開発だ。
2024年秋には、看板商品であるヨーグレットのグミ版を発売。「スタンダード」に加え、「いちごヨーグルト」「洋梨ヨーグルト」と果実のフレーバーを用意したところ、フルーツのジューシーさとヨーグルトのやさしい甘さ、もっちりと弾力のある噛み応えが話題となった。続けて、ハイレモンのグミ版も発売。さらに、タブレットを錠剤ほどのサイズにし、外側をパリッとコーティングした「ヨーグレットミニ」「ハイレモンミニ」も発売した。
元々明治に納品していた商品に加え新製品がヒットしたことで、M&A直後、2023年に約40億円だった売上高は約60億円に増収。「利益率も、自分たちで価値をつける商品を自分たちで売っているので、おのずと下請けの頃より上がっている。まだまだ伸びしろがあると思っています」と山下社長は高みを見据えている。
確実に“脱皮”の成果を出しはじめているアトリオン製菓。その理由の1つは、「自分が丸紅という商社で学んだ姿勢が役立っているかもしれない」と山下社長は感じているという。一体どういうことか。
■商社仕込みの「ただじゃ済まさない」発想
「『1つのサービス、商品に自分が介在することで、いかにその価値を高められるか』が、商社のビジネスの醍醐味だと思います。商売人的に言えば、『ただじゃ済まさない』といいますか。丸紅時代、取引先や先輩に教えてもらう形で培ってきたその感覚が、役に立ったのではないでしょうか」
この発想が最も色濃く出ているのが広報戦略だ。「アトリオン製菓」という新たな社名を少しでも覚えてもらうため、2024年、長野県のプロバスケットボールチーム「信州ブレイブウォリアーズ」とスポンサー契約を締結。「社名変更で知名度ゼロになったアトリオンが、看板に社名だけ付けていても認知は広がらない」と、その後のおもしろい取り組み、展開を重視した。
例えば、春休みに企画した「OB選手と一緒にアトリオン製菓工場見学+そのまま移動してバスケ試合観戦ツアー」は、親子10組の募集に対して10倍以上の反響を集めたという。
同時期、鳥のかぶりものをした「阿鳥(あとり)主任」という広報キャラクターも誕生。公式TikTokで「選手と阿鳥主任、どっちが早くヨーグレットを全部剝けるか」競争を企画し、「大柄な選手が、一生懸命ヨーグレットを剝いているコミカルな姿がおもしろい」とファンから注目を集めたことも。
■単なる「子供向けのお菓子」ではない
この阿鳥主任が思わぬ展開にもつながった。アイドルグループ「SKE48」とのコラボだ。同グループの8期生が8周年を迎えたことを記念し、8月8日に予定されていたイベント「ぱちぱちぱーちぃ」の準備中、担当者が「パチパチ」つながりでパチパチパニック、そして阿鳥主任を発見。「おもしろそうな企業だ」とコラボの声がかかった。
ちょうどその頃、アトリオン製菓でも「8月8日をパチパチパニックの日」と記念日制定することが決まっていたこともあり快諾したそうだ。ぱーちぃ当日は、パチパチパニックのサンプリングはもちろん、これをかけたスペシャルドリンクの販売も実施された。
こうした展開は、子供が中心だった同社の菓子の「ファン層」の裾野を広げることにもつながっている。「何かやる時に初めから期待できる効果があるとしたら、そこをどうやったら超えられるか、いつも考えるようにしています」と山下社長。
100という価値のものがあるとして、そこに100の力を出すだけであれば、等価交換的に100の効果が得られるだけ。そこにプラスして何か違う努力をしたり、ちょっとした工夫を加えることで、付加価値が生まれ、100が150にも500にも広がる可能性がある。それが丸紅で学んだ姿勢であり、大切にしていることだという。
■78年間培った「当たり前」が力に
成功の背景には、創立から78年間、明治という大手メーカーのハイレベルな基準を懸命にクリアし続け、いつしかそれを「当たり前なこと」としている従業員の存在も大きい。常に高品質を実現する技術力しかり、高い安全衛生を維持し続ける管理力しかり、中小メーカーのレベルとは異なるものを、さまざまな面で身につけた精鋭たちだ。
「お客様に視察で来ていただいても、お褒めの言葉をいただくことが非常に多い。明治さんに鍛えられた技術がしっかり染みついているのでしょう。彼らはそれを『当たり前』であるかのように取り組むことができるのです。それこそが弊社が守り、受け継いでいかなければならない宝だと思っています」
そこに丸紅の「新しい価値を生み出そうとする」姿勢が加われば、必ずこの会社はグンと伸びるはず。それが山下さんが社長に就任してからずっと持ち続けている思いであり、狙いだ。従業員にはいつも、こういって発破をかけている。
「78年間の下請け期間で蓄積してきたパワー・ノウハウを思いっきり活かしましょう! この自由を存分に楽しまないともったいない!」
山下社長の目標は、アトリオン製菓を日本を代表する菓子メーカーに育てることだ。取材を通じて、同社にとってM&Aは、「終わり」ではなく「新たな出発」だったのだとつくづく実感した。だが、その裏で、従業員たちは何を思っていたのか。「交通事故にでも遭ったかと思った」――M&A発表の瞬間をそう振り返る社員もいる。第2回では、渦中にいた従業員のリアルな声に迫る。
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笹間 聖子(ささま・せいこ)
フリーライター、編集者
おもなジャンルは「ホテル」「ビジネス」「発酵」「幼児教育」。編集プロダクション2社を経て2019年に独立。ホテル業界専門誌で17年執筆を続けており、ホテルと経営者の取材経験多数。編集者としては、発酵食品メーカーの会員誌を10年以上担当し、多彩な発酵食品を取材した経験を持つ。「東洋経済オンライン」「月刊ホテレス」「ダイヤモンド・チェーンストアオンライン」「FQ Kids」などで執筆中。大阪在住。
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(フリーライター、編集者 笹間 聖子)

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