家は賃貸にすべきか、持ち家にすべきか。元国税専門官の小林義崇さんは「感情論や月々の支出だけで語られがちだが、富裕層の思考を見ると、この議論にはすでに明確な答えが出ている」という――。
(第1回)
※本稿は、小林義崇『相続税調査でわかった 富裕層が大事にしている「お金の基本」』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。
■「持ち家」を選ぶ富裕層ならではの視点
人生最大の支出であり、同時に「良い借金」となり得る「住まい」について考えていきます。
日本では昔から「賃貸か持ち家か」という議論が絶えません。しかし、私が相続税の仕事を通じて実際に富裕層を見てきた経験からいうと、圧倒的多数が自宅を所有しています。それも一軒や二軒どころか、複数の不動産を併せ持つことが当たり前のようでした。
総務省の統計(2019年全国家計構造調査)では、日本の勤労者世帯(2人以上世帯)の年間収入を以下の5つの階層に区分し、階層ごとに資産や負債の金額を示しています(図表1)。
第Ⅰ階級:320.5万円

第Ⅱ階級:518.4万円

第Ⅲ階級:671.2万円

第Ⅳ階級:861.5万円

第Ⅴ階級:1318.6万円
これを見ると、やはり所得階層が高くなるにつれて、住宅や宅地のボリュームが大きくなっています。高所得者ほど負債の金額も大きく、借金を使って不動産などの資産を増やしている様子がうかがえます。
富裕層が不動産を買う理由はいくつかありますが、先に説明した「BS(貸借対照表)脳」によるところが大きいと考えられます。
■着目すべきは家賃やローン返済額ではない
多くの人は、月々の家賃やローン返済額といった支出に着目する「PL(損益計算書)脳」で考えがちです。しかし、BS脳を持つ富裕層の場合、負うことになる負債(住宅ローン)と手に入る資産(持ち家)の価値を比較して判断をします。つまり、いかにして家計のバランスシートを最適化し、資産を最大化するかを考えています。

そして、「税制優遇措置の存在」と「インフレ対策」の2つの観点から、賃貸よりも持ち家のほうが資産を増やす上で合理的と判断しているのです。
国は住宅市場を活性化させるため、持ち家に対して手厚い税制優遇を用意しています。所得税の減税が受けられる「住宅ローン減税」や、相続税を減らす「小規模宅地等の特例」はその代表例です。
これは国が「家を持ってください」と後押ししてくれているのと同じであり、この追い風に乗らない手はありません。税金をコントロールして手元に残る金額を最大化する「守リッチ」の発想からすれば、持ち家は当然の選択と言えます。
■家賃が上昇するほど持ち家派が恩恵を受ける
不動産はインフレに強い資産であることも、富裕層は理解しています。物価が上がれば現金の価値は勝手に下がっていきますが、物価上昇に先駆けて現金を不動産に換えることで、インフレ対策になります。
物価が上がる前に家を持てば、少なくとも家賃の急騰に悩まされることはありません。金利上昇による住宅ローンの返済額の上昇や固定資産税の増加が多少あるとしても、賃貸のように家主の判断で家賃が大きく引き上げられるリスクは避けられます。
需要の高い場所の不動産なら売却益(キャピタルゲイン)を得るチャンスもあります。不動産価格は株式とは異なり急落しにくい傾向があるため、インフレ時の堅実な資産として魅力が大きいのです。実際、昨今はとくに都心の一等地は地価・家賃相場の上昇が顕著で、早めに買っておいた人と様子見で賃貸に住んでいた人とでは、生活のゆとりに大きな差が出てきています。

図表3は、東京23区のマンション賃料と中古マンション価格の推移を示すものですが、近年は両者ともに上昇していることが見て取れます。2013年に東京23区で賃貸用不動産を買っていた人は、現在売却すれば大きな売却益を得られる可能性が高く、持ち続けていても家賃収益(インカムゲイン)をより多く得られているでしょう。
賃貸物件ではなく持ち家として買っていた人も、昨今の家賃上昇の影響を受ける事態を防ぐことができ、かつ「持ち家という資産」の価値が上がる恩恵にあずかれています。
■株価よりも低い不動産の暴落リスク
また、国土交通省の令和7年地価公示を見ると、とくに三大都市圏(東京・大阪・名古屋)で地価の上昇幅が拡大し、地方圏でも上昇傾向が継続していることが示されています。もちろんあらゆる不動産の価格が上昇しているわけではありませんが、全国的に不動産価格が上昇傾向にあり、「不動産を所有すること」のメリットが高まっていることは認識しておきたいところです。
不動産の価値は上昇することもあれば下落することもありますから、心配になる人はいると思いますが、不動産は株式のようには暴落しないということも認識しておきたい点です。
実際のデータを見てみましょう。2008年のリーマンショック時のデータによると、日経平均株価の年間ベースの下落率は約40%でした。一方、ほぼ同時期(2008~2009年)の全国市街地価格指数(全用途平均)の下落率はわずか2.5%にとどまっています。
これは、株式市場が経済情勢や投資家心理の変化に敏感に反応するのに対して、地価は比較的安定的に推移する傾向があるからです。今後日本の景気が再び悪化する可能性はありますが、そうなったとしても、生活の基盤である住居への需要は底堅く、家賃は急激に下落しにくい傾向があります。
私がインタビューした不動産投資家が「不動産は急激に上がることもないが、急激に下がることもない。
その安定性が最大の魅力だ」と語っていたように、不動産は暴落リスクが低いのです。
■富裕層は家を消費ではなく「投資」と考える
インフレ時には資産価値の上昇(キャピタルゲイン)で攻め、デフレ時には安定した家賃収入(インカムゲイン)で守る。このように経済状況に応じて使い分けられることが、富裕層が不動産に魅力を感じる理由です。
とはいえ、「持ち家は簡単に引っ越せないのが難点」「近所の環境が合うかわからない」といった不安もあるでしょう。こうした問題は、ある程度の収入や資産のある富裕層にとっては気にならないようです。
私が税理士の方から聞いた話ですが、住みたいマンションを次々と購入し、住み替えながら以前の住まいを賃貸に出したり、売却したりして収益を上げる富裕層もいるそうです。彼らにとってマンションは「終の棲家」というわけではなく、ライフスタイルに合わせて組み替えるBS上の資産ポートフォリオの一部なのです。
富裕層はただ憧れで家を買っているのではなく、税制を味方につけながら、あらゆる経済状況を乗り切るために行動しています。この視点をベースに、どうやって私たちが住まいについての選択を資産形成に応用できるのかを考えていきましょう。
■注意したい「家賃が安ければ良い」という考え
家計の支出を考えるとき、月々の家賃や住宅ローンの返済といった「居住費」は、固定費のなかでも最大の割合を占めます。ここをいかにコントロールできるかが、あなたの資産形成のスピードを左右すると言っても過言ではありません。
富裕層が資産形成において有利なのは、祖先から引き継いだ不動産によって居住費を限りなくゼロに近い金額に抑えられていることにも起因します。
これは富裕層ならではの特権ですが、ゼロにならないとしても居住費を下げることができれば、間違いなく資産形成のスピードを速めることができます。
たとえば、毎月の居住費が5万円違うだけで、1年で60万円、30年で1800万円もの差が生まれます。この毎月5万円を年利5%で30年間運用すれば4000万円以上に育つわけですから、居住費の最適化は資産形成における最重要項目といえるでしょう。
ただし、居住費は生活と密接に関係するため、単純に「家賃が安ければ良い」「住宅ローンを極限まで抑えれば得」というわけでもない点には注意が必要です。居住費の最適化とは、単なるコストカットではないことを認識しておきましょう。
■「見えないコスト」で選ぶ住まい
ここで思い出していただきたいのが、第3章でお伝えした、「幸福のモノサシを持つ」という考えです。自分にとって本当に価値のあるものを見極め、そこにお金を集中させる。この原則を、住居選びにも活用するならば、住居費はただ下げればいいものではなく、自分の送りたいライフスタイルに応じて考えなくてはいけません。
私が過去にインタビューした芸能人の方は、若手時代にパンの耳をタダでもらったり、飲み会をするときは居酒屋ではなく缶ビールを買って公園に行ったりするような生活をしていたそうですが、住まいだけは都内にこだわっていたといいます。
理由を聞くと、「急に仕事が入ったときにスタジオに行きやすいし、仕事の空き時間は家に帰れてカフェ代を使わずに済むから」とのことでした。仕事で収入を増やせることや、カフェ代を浮かせることを考えると、都内で住む方が経済的というわけです。
彼は目先の家賃という「見えるコスト」だけで考えず、仕事の機会損失や移動時間という「見えないコスト」まで計算に入れていたのです。


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小林 義崇(こばやし・よしたか)

フリーライター

1981年福岡県生まれ。西南学院大学商学部卒業。2004年に東京国税局の国税専門官として採用され、以後、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事。2017年7月、東京国税局を退職し、フリーライターに転身。書籍や雑誌、ウェブメディアを中心とする精力的な執筆活動に加え、お金に関するセミナーを行っている。『すみません、金利ってなんですか?』『僕らを守るお金の教室』(ともにサンマーク出版)、『元国税専門官がこっそり教える あなたの隣の億万長者』(ダイヤモンド社)、『2050年のインド経済 急成長する巨大市場の現在地と未来図』(NEXTRAVELER BOOKS)ほか著書多数。

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(フリーライター 小林 義崇)
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