住宅ローンの繰り上げ返済はするべきか。元国税専門官の小林義崇さんは「低金利が続く現在の日本では、住宅ローンを繰り上げ返済する人ほど、長期的には資産形成で不利になるケースが少なくない。
結果として1000万円単位の機会損失をすることになる」という――。(第3回)
※本稿は、小林義崇『相続税調査でわかった 富裕層が大事にしている「お金の基本」』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。
■低金利時代こそ繰り上げ返済はNG
「借金は一日でも早く返すべき」という考えは、多くの日本人が親世代から受け継いできた一種の道徳観かもしれません。
たしかにバブル経済時代の日本では住宅ローンの金利は高く、「投資をするよりも、繰り上げ返済をした方が得」という考えに合理性がありました。金利負担が重ければ、一日も早く元本を減らすことが家計を守る最善の策です。
しかし、現代の低金利の日本においては、その常識があなたの資産を増やすチャンスを奪うことになりかねません。変動金利なら1%にも満たない金利で住宅ローンを借りられる今、返済を急ぐことで得られるメリットは、かつてなく小さくなっています。
そのため、手元に余裕資金ができたときは、それを繰り上げ返済に充てる前に、一度立ち止まって考える必要があります。リボ払いや消費者金融などの高金利の借金は一刻も早く返済すべきですが、住宅ローンは違うのです。
実は、低金利下における住宅ローンの繰り上げ返済には、見過ごせないデメリットが存在します。それは、「投資で収益を得る機会」「住宅ローン減税」「団体信用生命保険(団信)」という3つの大きなメリットを、自ら手放すことになる、という点です。
■繰り上げ返済は資産を築く機会を逃す
中でも最も大きなデメリットは、「機会損失」です。
仮に変動金利で住宅ローンを借りたなら、繰り上げ返済で節約できる金利はせいぜい年1%程度。その資金を、NISAなどを活用して年5%程度のリターンが期待できるインデックス投資に回せば、長期的にはるかに大きな資産を築ける可能性があります。
ここで具体的な数字を見てみましょう。3000万円を金利1%で35年間借りたとします。繰り上げ返済をしなければ、35年間でトータル約3557万円の返済が必要です。この条件の下、5年目に300万円を繰り上げ返済した場合と、この300万円を繰り上げ返済せずに30年間、年利5%で運用した場合とを比較すると、35年後に次のような結果となります。
【①5年目に1度だけ繰り上げ返済を実施して返済期間を短縮した場合】

繰り上げ返済額:300万円

総返済額:約3509万円

減った総返済額:約47万円
【②住宅ローンの繰り上げ返済を行わず積立投資を行う場合】

元本(総投資額):300万円

運用後の総額:約1297万円

運用益:約997万円

■「投資・団信・減税」で資産を最大化する
このように数字で比較をすると、繰り上げ返済をするよりも運用をした方がメリットが大きくなることがわかります。47万円の節約と、1000万円近い利益を比べれば、どちらを選ぶべきかは明らかです。あなたの状況に合わせたシミュレーションを行うときは、金融広報中央委員会がインターネットで公開している「知るぽると」の資金プランシミュレーションを利用するといいでしょう。
さらに、繰り上げ返済は、国が用意してくれた住宅ローン減税の恩恵も減らしてしまいます。減税額は年末の住宅ローン残高に応じて決まるため、繰り上げ返済をして元本を減らすと、その分、節税額も小さくなるのです。
そして、見落とされがちなのが、「団信」という強力な保険の存在です。
団信は、ローン契約者に万が一のことがあった際に残債がゼロになる生命保険であり、基本プランで死亡や高度障害状態となったときに保障が適用され、オプションで三大疾病特約などを付けて保障を手厚くすることも可能です。
しかも団信の保険料は住宅ローン金利にほぼ含まれているため、一般的な生命保険に比べて割安になるケースが多いのです。住宅ローンを借りるのに合わせて生命保険の契約を見直すことで、保険料の節約にもつながります。
■「借金=悪」ではない
こうしたメリットも、繰り上げ返済を進めることで小さくなってしまいます。たとえば保険事故が起きた時点で住宅ローンが2000万円残っていたら2000万円の返済が不要になりますが、繰り上げ返済をして残債が1000万円になっていたら補償されるのは1000万円だけです。このように団信の補償が少なくなってしまうことも繰り上げ返済のデメリットとなります。
「借金を抱えたまま投資をするのは怖い」と感じる気持ちは、私自身も理解できます。しかし、繰り返しになりますが、低金利の「良い借金」を味方につけながら、余剰資金を資産運用に回すことは、富裕層も普段から行っている合理的な戦略です。BS脳をもつ富裕層は、お金を投じることによって「得るもの」と「失うもの」を常に天秤にかけています。
繰り上げ返済によっていくらか金利負担が減るメリットはありますが、代わりに投資機会や住宅ローン減税、団信という隠れたメリットを失うことになってしまいます。そのことを考えると、最終的に大きな資産を築くために、繰り上げ返済はすべきでないことが理解できるはずです。
もちろん個々の経済状況やリスク許容度は異なるため、「絶対に繰り上げ返済をするな」ということではありません。
ただ、「ローンはできるだけ早く完済すべき」という固定観念を一度リセットし、あなたのライフプラン全体のなかで、その資金をどう使うのが最も賢明かを考えてみてください。
■「家を買う」ことが節税の武器に変わる
家を買うという人生の一大イベントは、実は家を買う人にとって節税の絶好のチャンスでもあります。住宅取得に関連する税制優遇措置は複数あり、これを知るか知らないかで税負担が大きく変わってきます。
その一つが、贈与税の制度である「住宅取得等資金贈与の特例」です。これは、ご両親や祖父母から資金的な援助を受けられる可能性がある人は、絶対に知っておくべき制度となっています。
通常、人から年間110万円を超えるお金をもらうと、もらった人に高い税率の贈与税がかかります。
しかし、両親や祖父母から「住宅取得資金」として援助を受ける場合に限り、この特例を使うことで、省エネ等住宅なら1000万円(省エネ等住宅以外の場合は500万円)までが非課税となります。もし1000万円の贈与を受けたとすれば、本来かかるはずだった177万円もの贈与税が、まるごとゼロになるのです。
さらに、この制度は「相続税対策」にも直結します。なぜなら、親の財産を、相続が始まる前に非課税で子や孫世代に移転させることで、将来相続が発生した際の相続財産そのものを減らすことができるからです。
仮に、将来40%の相続税率が適用されるご家庭であれば、1000万円の生前贈与によって、将来の相続人にかかる相続税を400万円も圧縮できる計算になります。これは、家族全体の資産を守り、次世代へ引き継ぐための、「守リッチ」的な戦略と言えるでしょう。

■注意すべき「贈与するタイミング」
ただし、この強力な制度は、使い方を一つ間違えるだけで大惨事を招くおそれがあります。私が税務署で贈与税の担当をしていたとき、忘れられないケースがありました。
ある方が住宅取得等資金贈与の特例を使って申告をしていて、記憶では非課税枠ギリギリの1000万円の贈与を受けたという内容となっていました。その申告書に添付されていた登記事項証明書の情報をよく見ると、贈与を受けたとされる日が、家の引き渡しよりも後になっていたのです。
そこでご本人から話を聞くと、頭金は自分で支払い、親からの贈与は後から受け取って、住宅ローンの繰り上げ返済や家具の購入に充てたとのことでした。
その瞬間、私は「これは残念ながら、特例の対象外です」と告げるしかありませんでした。というのも、特例を使うには「贈与を受けるのは物件の引き渡しの前」でなければならず、受け取ったお金は頭金として全額を使い切っておく必要があるからです。「ローン返済に使ったとしても住宅取得目的の贈与では?」と勘違いしやすいのですが、特例のルールでは認められません。
■税金だけでなく追徴税まで課されるケースも
結果、その方は200万円超の贈与税がかかり、さらに納税期限も過ぎていたため、追徴税まで課されることになってしまいました。しかも、贈与されたお金はすでにローン返済などで使ってしまっていたため、納税資金もなく、税金を滞納するという最悪の事態に陥ってしまったのです。
ちなみに、贈与税には原則的な課税制度である暦年課税のほかに、相続時精算課税というものがあります。相続時精算課税制度を使えば、年間110万円のほかに2500万円の非課税枠がつくのですが、これを利用するには、期限内に「相続時精算課税制度を選択する手続き」をしておく必要があります。

そのため、贈与税の申告期限(通常は毎年3月15日)を過ぎてから、相続時精算課税制度を使いたいと思っても、残念ながら不可能です。
住宅取得等資金贈与の特例の条件としては、「床面積が一定以上の住宅を取得すること」や、「1年以内に住み始め、そのまま居住を継続する」など、ほかにも細かいルールが定められています。
■親子で賢く資産を築き上げる
こうした条件を満たせているか事前に確認するためにも、税理士や不動産会社の担当者と相談しながら住宅購入の手続きを進めましょう。
住宅に関する税制は頻繁に変わりますが、この特例は住宅ローン減税と並ぶ、二大節税チャンスです。ただし、住宅ローン減税と違い、贈与税の特例は、「あげる人(両親や祖父母)」の存在がなくては使えません。特例を受けたいのであれば、ご両親や祖父母の協力を得る必要があります。
家族といってもお金の相談はしづらいかもしれませんが、限られた節税の機会であることを伝えつつ、少しでも贈与を受けられるか話してみてはいかがでしょうか。
私自身が親になって思いますが、子どものためにお金を使うことは、自分のために使うのとはまた違った満足感を与えてくれます。そのような価値あるお金の使い方をできる機会を作るという意味でも、家を買うときはご両親などとも相談することをおすすめします。
一生の間に何度もない、家を買うという大きなライフイベントを、ぜひ後悔のないように進めていただければと思います。

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小林 義崇(こばやし・よしたか)

フリーライター

1981年福岡県生まれ。西南学院大学商学部卒業。
2004年に東京国税局の国税専門官として採用され、以後、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事。2017年7月、東京国税局を退職し、フリーライターに転身。書籍や雑誌、ウェブメディアを中心とする精力的な執筆活動に加え、お金に関するセミナーを行っている。『すみません、金利ってなんですか?』『僕らを守るお金の教室』(ともにサンマーク出版)、『元国税専門官がこっそり教える あなたの隣の億万長者』(ダイヤモンド社)、『2050年のインド経済 急成長する巨大市場の現在地と未来図』(NEXTRAVELER BOOKS)ほか著書多数。

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(フリーライター 小林 義崇)
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