投資すべき会社は何を基準に選べばいいのか。明治大学専門職大学院の山口不二夫専任教授は「貸借対照表に記載される資産の部には、20~30ほどの勘定項目がある。
この項目の『硬度』に注目するといい」という――。(第1回)
※本稿は、山口不二夫『火星の決算日はいつになる?』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
■会計のプロが教える「企業の財政状態を把握する方法」
財務3表(「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュ・フロー計算書」)の中でも読み方がもっとも難しいのは、貸借対照表の左側(借方)に記載される「資産の部」です。
「資産」は1年以上保持するか否かによって大きく「流動資産」と「固定資産」に分けられます。1年以上保持しないものが「流動資産」、保持するものが「固定資産」です。ただし、1年以上保持しても流動資産になる例として、製造途中のウイスキー、材木になるまで20年以上かかる林野業の立木等があります。これらは営業循環(仕入・製造・販売)の途上にあるので、棚卸資産なのです。
しかし、いきなりこの表を見ても、資産として20から30もの勘定項目とその数字が並んでいるだけなので、何をどう読めばいいのかわからないと思います。
これを読むときのコツは、勘定項目の「硬度」に注意することです。卸資産(在庫)の硬度が高い時期に決算をすると、財務諸表の信頼性が高まるのです。
硬度とは、記録された数字の確実性のことです。もう少し正確に言うと、きちんとした手続きを経ていて算出根拠が明確であるか、その確実性が硬度の差といえます。

■武田薬品の成功、東芝の失敗
「資産の部」に並ぶ勘定項目の中には、硬度が高いものも低いものもあります。それを見分けながら読まなければ、そこで表現されている財政状態を正確に推理することはできません。
会計は信頼性が大切ですから、硬度の低い項目に警戒心を持たなければいけないことはいうまでもありません。そして「資産の部」でもっとも硬度が低いのは、これまでも何度か触れてきた「無形資産」です。
第1章では、2019年に武田薬品がシャイアーを推定6.8兆円で買収した話をしました。工場の設備、土地、棚卸資産など有形の固定資産は1,7兆円分程度しかありませんでしたが、買収金額の75%は収益力をもたらす無形資産の値段だったわけです。
それに対して、これも前述したとおり、東芝は米国のウェスチングハウスを54億ドルで買収して失敗し、わずか1ドルで売却しました。ウェスチングハウスの無形資産としての価値が、ほんの10年ほどのあいだにそこまで低下してしまったのです。その後、ウェスチングハウスを1ドルで買った会社は、それを46億ドルで売却しました。ブランド価値に代表される無形資産とは、それぐらい値動きが激しく、硬度が低いわけです。
その次に硬度が低いのは、やはり「貸付金」でしょう。
■貸付金のない会社はない
私は年に50~100社の財務諸表を見ますが、貸付金のない会社はありません。
貸借対照表を一見して、貸付金がないように見える会社でも、「その他」の内訳を調査すると、必ず貸付金が存在します。どんなビジネスでも、手形決済や信用売りによる売掛金はどうしても発生します。相手の資金繰りがうまくいかず、売掛金の支払いが滞れば、やむを得ず短期の貸付金という形にせざるを得ません。
しかし1年以内に回収できず、長期化することもしばしばあります。それを無理に回収しようとすれば、相手が倒産してしまうこともあるでしょう。それでは回収不可能になって元も子もなくなるので、支払えるようになるまで業績が改善するのを待つしかないのです。
実際には、そういう長期貸付金はまず返ってこないと思ったほうがいいのですが、仕方がありません。まだ相手の会社は倒産していないのですから一縷の望みは残っています。だから貸付金は、資産としての硬度がとても低い。もちろん「受取手形」や「売掛金」も、踏み倒される可能性があるという意味で硬度の低い項目です。
■「売れない在庫」が「資産」にカウントされる
それに次いで硬度が低いのは棚卸資産。いわゆる在庫です。
棚卸資産は、その製造工程順に原材料、貯蔵品、仕掛品、製品、商品などで、「モノ」として存在しているので、無形資産や貸付金と違って確実性が高そうにも思えます。しかし、たとえば流行遅れや時期外れの商品には、たしかに「モノ」としての価値はあるものの、「商品」としての価値はありません。
典型的なのは、出版社が発行する雑誌です。1週間以上前の週刊誌や1か月以上前の月刊誌などは、次の号が発売された時点でほとんど商品価値がなくなります。バックナンバーが値打ちを持つこともいくらかありますが、基本的には、資産としての実質的な価値はゼロに近いでしょう。あるいは流行遅れのアパレル製品、人気がなく売れ残ってしまった不動産などは明らかに価値が低くなっています。
しかしそれを処分するまで、在庫品は帳簿の上で「資産」としてカウントされ、価値があるように見えます。そういう売れる見込みのない、あるいはすでに価値が低下している棚卸資産をあえて処分せずに「資産」として貸借対照表に記載しているケースもあるのです。
■りそな銀行破綻につながった「繰延税金資産」
健全な会社は、月次決算や四半期決算などの期末ごとに棚卸資産をチェックして、もう売れない在庫は処分したり、価格を引き下げたりします。ところが、会計監査で不良在庫を疑われても、「いや、これはまだ売れるんです」と言い張って、流行遅れの衣料品や化粧品などを処分しない会社もめずらしくはありません。そこに明確な線引きをするのが難しいので、棚卸資産は硬度が低くなるのです。
昔は、貸付金・売上債権・棚卸資産の3つが、低硬度資産の「御三家」のような存在でした。
しかし10年ほど前からは企業の買収が増えたこともあって、ブランド価値を含めた無形資産の硬度の低さが目立つようになっています。
また、やや特殊な問題ではありますが、硬度の低い資産として「繰延税金資産」という勘定項目があります。いかにも難しそうな専門用語なので、見聞きしたことのない人も多いでしょうが、じつは、りそな銀行は2003年にこれが原因で経営危機に陥り、政府から公的資金の注入を受けました。
■税金をまけてもらう権利
繰延税金資産とは、簡単にいうと「法人税をまけてもらう権利」のことです。かなり複雑なしくみなのですが、企業会計と税務会計の食い違いを調整するための会計処理だと思ってください。企業会計とは営利企業の社内で行なわれている会計で、税務会計は法人税の計算のため、つまり課税所得を計算するために国税庁によって規定された会計です。
日本では確定決算主義といって、企業会計で確定した利益に基づいて課税所得を計算することになっています。ところが実際には国税庁のほうが企業会計より細かく会計ルールを決めているせいで、税務会計のルールが企業会計に適用されることがあります。
たとえば不良債権の処理にかかる費用は、企業会計では間違いなく「損失」として計上します。しかし税法では、それを一定額しか認めません。すべて認めると、それによって利益を少なく見せかけ、法人税額を少なくできてしまうからです。もちろん企業は、損失を損失として計上できないのは納得がいきません。

この食い違いを調整するために、税務署はいったん企業に税金を納めさせます。その代わり、損失についての企業側の主張が正当だと将来的に認められれば、法人税の負担が軽減される「権利」を与える。その軽減分を見込んで「資産」として計上されるのが、繰延税金資産です。
しかし、これを資産として計上するには、将来にわたって十分な課税所得(利益)が出る見込みがなければいけません。なぜなら、もしその会社の収益力が低下して利益が何年も出なければ、そもそも法人税を払う必要がないからです。繰延税金資産は「収益が出て法人税を払うときに使える権利」ですから、利益のない企業は、それを持っていても使い途がありません。
■会計事務所の「待った」
使わない(つまりお金にならない)権利を「資産」として計上するのは、おかしな話です。そのため収益力の落ちている会社に対して、会計士が「繰延税金資産を貸借対照表に資産として記載してはいけない」と指導することもあります。そういう不確実性がつきまとうから、繰延税金資産は硬度の低い項目なのです。
かつてのりそな銀行は、ある意味で正直に多額の不良債権を計上し、それに伴う繰延税金資産を記載しようとしました。ところが業界でもいちばん厳しいといわれる会計事務所が、それに待ったをかけます。「これから7~8年、利益は期待できないのだから、この繰延税金資産を使用することはできない。
それならば資産に記載してはいけない」というわけです。
それにしたがった結果、りそな銀行は「資産の部」の総額が減り、貸借対照表は左右がバランスしていますから反対側の自己資本を減らす必要が出てきて自己資本比率が落ちました。
ふつうの会社はそれで潰れたりはしませんが、都市銀行は国際的なBIS(国際決済銀行)基準で厳しく自己資本比率が決められており、それをクリアしないと国際決済ができません。また国内業務を行なうにも4%の自己資本比率が必要です。
こうして、りそな銀行は自己資本比率4%超という基準を下回ってしまったために破綻し、公的資金を注入することになったのです。

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山口 不二夫(やまぐち・ふじお)

明治大学専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 専任教授

1957年、千葉県生まれ。東京大学経済学部、東京大学大学院博士課程で学ぶ。経済学博士(東京大学)。神奈川大学専任講師・助教授、青山学院大学助教授・教授を経て、2004年より現職。会計の面白さをわかりやすく伝える講義に定評がある。会計理論学会 元会長・現常任理事。著書に『日本郵船会計史』(2001年日本会計史学会賞受賞、白桃書房)、『企業分析』(共著、白桃書房)、『日本の新会計基準』(共編著、東京教育情報センター)、『火星の決算日はいつになる?』(東洋経済新報社)など多数。

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(明治大学専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 専任教授 山口 不二夫)
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