※本稿は、大村大次郎『関税の世界史』(宝島社)の一部を再編集したものです。
■アメリカが日本車を攻撃するワケ
トランプ大統領は、関税交渉などでたびたび日本車の批判をしています。
これには、多くの日本人は、肝を冷やしたはずです。
このトランプ大統領の日本車批判には、勘違いの部分が多くありました。が、トランプ大統領が、日本車に悪いイメージを持つことに、無理もない面があります。
というのも、長年アメリカは、対日貿易赤字に苦しめられてきました。そして、対日貿易赤字の一番の原因が自動車だったからです。
日米貿易摩擦というと、日本人は1980年代のことを思い浮かべる人が多いはずです。そして、日本人の多くは、「日米貿易摩擦はもう終わった」と思い込んでいます。
しかし、アメリカにとって、日米貿易摩擦は決して過去の問題ではないのです。
■対日貿易赤字はむしろ増えている
1980年代、アメリカの対日貿易赤字がもっとも大きかった年は、1987年です。この年、アメリカの対日貿易赤字は、約570億ドルでした。
2024年のアメリカの対日貿易赤字は、約687億ドルです。
つまり、1987年と現在とでは、アメリカの対日貿易赤字は、まったく減っていない、むしろ増えているのです。もちろん、1987年と現在とではGDPの規模がまったく違うので、直接の比較はできません。
しかし、アメリカの対日貿易赤字の規模が、今も相当に大きいことは間違いないのです。
なぜ日米貿易摩擦が昨今あまりいわれなくなっていたのか、というと中国の存在が大きいからです。かつてアメリカにとって貿易赤字の最大の相手国は日本でしたが、現在は中国に代わったので、日本に対する風当たりが減っただけのことなのです。
そして、アメリカの対日貿易赤字の大半が、自動車の輸入なのです。だからこそ、トランプ大統領は、日本車を目の敵(かたき)にしているのです。
■「敗戦国」から「自動車大国」になるまで
かつて自動車というのは、アメリカの主力産業でした。
戦前の自動車産業では、日本はアメリカにまったく歯が立ちませんでした。その日本がどうやって、自動車産業でアメリカを追い詰めるようになったのでしょうか?
戦後、日本の自動車業界は、すぐに急発展したわけではありません。
焼け野原になった日本では、あらゆる物資が不足していました。
日本の自動車メーカーは朝鮮戦争特需などでようやく復興のきざしを見せ、戦後10年の昭和30(1955)年には1万3354台を生産しています。これは当時の世界第11位です。1位はアメリカで80万台近くもつくっています。1955年の時点で日米の自動車メーカー間には、60倍近くの差があったのです。
しかし、その後、日本の自動車メーカーは、急激な発展をします。
昭和45(1970)年には317万9千台となっており、15年間で実に240倍に膨れ上がっているのです。それは高度成長期により、日本人の所得が増え、自動車を購入できるようになったからです。
それとともに、自動車の輸出も激増します。昭和30(1955)年には、わずか2台ではありますが、アメリカへの輸出が始まり、昭和42(1967)年には、西ドイツを抜き、世界第2位の自動車生産国になっています(もちろん、1位はアメリカ)。
■世界一に君臨していたアメリカの弱点
戦後、急成長した日本の自動車業界ですが、アメリカは長く世界最大の自動車大国に君臨しており、そうすぐにアメリカの自動車産業を脅かすようになったわけではありませんでした。
日本の生産台数が増えたといっても、まだアメリカに追い付くほどではなかったですし、日本の輸出台数も、アメリカのメーカーを慌てさせるほどのものではなかったのです。
日本車が、本格的にアメリカ市場を席巻するのは、1970年代以降です。
1970年代に入ると、アメリカ経済に陰りが見え始めます。アメリカの自動車市場は、これまで大型車、高級車志向でしたが、小型の低価格車を求めるようになります。
アメリカの自動車メーカーは、小型車の分野に非常に弱かったのです。それまで、アメリカの自動車市場では、大型車が主流であり、またメーカーとしては大型車の方が利益率はいいので、小型車の開発が遅れていたのです。
■「燃費のいい小型車」は日本にお任せ
そして、1972年にはオイル・ショックが起きます。それまでアメリカではガソリンが水のように安かったのですが、このオイル・ショックにより、ガソリンの価格が大幅に値上がりしました。
そのため、アメリカでも燃費のいい小型車が求められるようになったのです。
燃費のいい小型車は、日本の自動車メーカーの超得意分野でした。
戦後の日本は、国民の経済力があまりなかったので、低価格で燃費のいい小型車が、自動車の売れ筋でした。そのため、小型車の分野では、アメリカの自動車メーカーよりも、はるかに進んでいたのです。
このオイル・ショック以降、日本車のアメリカ輸出が激増します。
昭和45(1970)年の段階では42万台だったものが、10年後の昭和55(1980)年には、236万台になっています。10年間で、5倍です。
もちろん、これはアメリカの自動車メーカーに大きな打撃となりました。アメリカ自動車メーカーは軒並み巨額の赤字を記録し、1980年代半ばには、自動車業界全体で40%の失業者を出すことになってしまったのです。
以降、日米の自動車摩擦が本格化していくことになります。
■日本では左ハンドルのほうが有利?
この日本車の大輸出攻勢に対し、アメリカの自動車メーカーは、「技術力による負け」を認めたくありませんでした。それはアメリカの議員たちも、同様でした。
そのためアメリカ議会は、「日本の自動車市場は閉鎖的である」として、猛烈に批判するようになっていったのです。
「日本市場が閉鎖的なために、アメリカ車は日本で売れないのだ」
「にもかかわらず、日本はアメリカで車を売り続けるので、日米の自動車貿易で深刻な不均衡が起きている」
アメリカはそう主張したのです。
アメリカの高官や財界人たちは、こぞって日本に対してなぜアメリカ車を買わないのだ、と責め立てました。
が、アメリカ車は車体が大きく燃費が悪い上に、右ハンドルです。そんな不便な車は、アメ車マニア以外は誰も欲しがらないのです。
1980年代、筆者は、テレビのニュースを見ていて、こういう場面に出くわしたことがあります。
日本の記者が、アメリカの自動車メーカーに対して
「なぜ日本向けの車を右ハンドルにしないのですか」
と聞きました。
すると、アメリカの自動車メーカーの担当者はこう答えました。
「日本は道が狭いから左ハンドルの方が有利なはず」
この問答こそが、当時のアメリカの自動車メーカーの姿勢を象徴するものでした。
■買わない人が悪いと言わんばかりの姿勢
アメリカの自動車メーカーは「自分たちは、良いモノをつくっているはずで、買わない方が悪い」という考えだったのです。
しかし「日本は道が狭いから左ハンドルの方が有利」というのは、アメリカ側の考え方であって、日本人の考え方にそれはありませんでした。日本の車のほとんどは右ハンドルであり、日本人は右ハンドルに慣れています。有料道路や駐車場の料金支払い場所も、右ハンドルを想定しているところが多いのです。
そういう現実を無視し、自分たちの考えが正しいと信じ、買わない方に責任がある、という無理な注文をしてきたのです。
そして、実はこの姿勢は今も変わっていません。
■日本のメーカーはその国の売れ筋を作る
現代のアメリカの自動車メーカーも、1980年代の姿勢とほとんど変わっていません。
アメリカの自動車メーカーというのは、ほぼアメリカ市場だけを想定して、車種を開発しており、アメリカの売れ筋の車が、主要商品となっています。
実はアメリカの自動車市場というのは、今の世界の自動車市場とは、ちょっと傾向が違うのです。
世界の多くの国の自動車市場では、小型車が売れ筋になっています。軽自動車とまではいわずとも、2000cc前後の車が売上の中心となっているのです。
ヨーロッパでも中国やアジアの新興国でも、似たような傾向があります。
アメリカでも、小型車の売上は伸びていますが、一番の売れ筋は、昔ながらの大型車なのです。GMのシルバラード、フォードのF150のようなピックアップトラックと呼ばれる「トラックと乗用車の中間のような車」が、売上の上位を占めます。排気量は5000cc近くになるものも多いのです。
日本の自動車メーカーは、アメリカに非常に多くの車を売っていますが、それは小型車ばかりではありません。日本の自動車メーカーは小型車を得意としていますが、アメリカで売上を伸ばすためには、大型車も必要であるという事を認識しています。
そのためトヨタはカムリを、ホンダはアコードなどのアメリカ向けのモデルを開発しているのです。つまり、アメリカでの売れ筋をきっちり狙ってきているのです。そのため、日本の自動車メーカーは、アメリカでの大きな売上を持っているのです。
■アメリカで売れる車では世界では売れない
一方で、アメリカの自動車メーカーには、そういう工夫はほとんど見られません。
アメリカは、長い間、世界一の自動車マーケットだったので、アメリカの自動車メーカーもアメリカ市場だけを見ていれば、よかったのです。そして、アメリカで売れ筋の大型車は、利益率も大きかったのです。だから、ほぼ大型車だけを狙ってきたのです。
しかし、現在の世界一の自動車マーケットは、中国です。中国での売れ筋は、大型車ではなく、小型車です。
そしてアメリカの自動車メーカーにとって主戦場であるアメリカの自動車市場にも、日本やドイツなど外国車が数多く入って来ています。だから、アメリカの自動車メーカーも輸出を増やさなければ、太刀打ちできなくなります。
にもかかわらず、アメリカの自動車メーカーは、世界販売向けのモデルを開発するようなことはほとんどないのです。アメリカの売れ筋の車を、そのまま世界市場にも出しているのです。
もちろん、それでは売れるはずはありません。
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大村 大次郎(おおむら・おおじろう)
元国税調査官
国税局に10年間、主に法人税担当調査官として勤務。退職後、ビジネス関連を中心としたフリーライターとなる。単行本執筆、雑誌寄稿、ラジオ出演、『マルサ‼』(フジテレビ系)や『ナサケの女』(テレビ朝日系)などの監修で活躍している。ベストセラーとなった『あらゆる領収書は経費で落とせる』(中公新書ラクレ)をはじめ、税金・会計関連の著書多数。一方、学生のころよりお金や経済の歴史研究を続けており、『脱税の世界史』『脱税の日本史』(ともに宝島社)など、「歴史を経済で読み解く」ジャンルの本も多く執筆し、好評を得ている。YouTubeで「大村大次郎チャンネル」配信中。
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(元国税調査官 大村 大次郎)

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