充実した定年後を過ごすためには、どんな家に住むべきか。不動産事業プロデューサーの牧野知弘さんは「定年後の人生において、家の選択はとても大切だ。
会社人生での価値観の延長線上にいる自分を取り払って、完全自己都合の家を選ぶのがいい」という――。
※本稿は、牧野知弘『50歳からの不動産 不動産屋と銀行に煽られないために』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■見栄とプライドにとらわれない家選び
さて人生における見栄、例えば湾岸タワマン住まい、あるいはプライド、例えば一流企業の部長だった云々、を捨て去るとこれからの家選びが全く違った観点から見えてくることに気が付くはずです。
サラリーマンの人に多いのが、昔の同僚との付き合いが今後も続くことに対するこだわりです。私がサラリーマンだった時の先輩や同僚の多くが退職後も飲み会やゴルフなどに勤しんでいる姿をフェイスブック等で拝見します。日本の古き良き伝統ともいえる会社を中心としたひとつの社会の姿です。社員は家族のような存在で、その関係は会社を離れた後も延々と続いていきます。
私もこうした席に時々ご一緒します。交わされる会話のほとんどが当たり前のことかもしれませんが昔話です。昔を振り返って、懐かしむ。悪いことではありません。だいたい事実がやや脚色され、成功談であっても失敗談であっても面白おかしく、そしてその内容はかなり美談化されます。

ただ会社人生はすでに終了していますから、新しい出来事が追加されることはありません。したがって出かけるたびに同じ話を繰り返し、なぜか同じネタでも毎回、皆で笑いあうという奇妙なことがおこります。
■「軍資金」としてタワマンを売る
こんな席で過ごしていると、例えば自分だけ違う生活ステージにすすむことを言い出しにくくなるものです。上司はいつまでたっても上司。お酌をしながら上司の人生訓に耳を傾ける。昔の失敗談のネタはすべて自分の失敗。頭を掻きながら「いやあ、あの時は失礼しました」と繰り返す。
私は決してそうした会が嫌でもありませんし、くだらないとも思ってはいませんが、こうした思い出話だけで日々を過ごすには、まだ残された人生は多くの人にとってはとてつもなく長いことが気になります。昔からの見栄だけを保つ人生はなんだかむなしく感じるのです。
「タワマン売りました。ほう、なんぼで売れた、すごいな、で、どこに買い替えたんだ」
という会話をするのではなく、タワマンを自分にとってのネクストステージのための軍資金として売りましょう。そして移り住んだ地で新しい人間関係を捕まえに行く。
そこには昔から変わらない上下関係だとか、一緒に同じ釜の飯を食ったなどという関係はありませんが、自身の生きざまを改めて見直し、構築しなおす、過去の否定ではなく、未来への新たなる一歩を語れるようにしたいものです。
■通勤時間も資産価値も気にしなくていい
そこにはこれまで絶対的な存在だった雇い主である会社もなければ、常に忠実でなければならない存在だった上司も、面倒くさいが常に教え導かなければならなかった部下の存在もありません。全くの自己都合による選択ができる素晴らしい機会があるのです。
その舞台である家は、会社まで何分かかるといった会社ファーストは関係ない。ひょっとすると値上がりするかもしれないといった金銭欲からも離れた立場で選ぶことができるのです。
自分の時間を自分で好きなように創造することができる定年後の人生において実は家の選択はとても大切なのです。これまでの価値観をいったん捨てて、自分が過ごす家の価値を深く考えてみることを強くお勧めします。
そのうえで、決めたマンションや家が、今自分が住んでいるものであったなら、それはそれでとても良いことです。今まで以上に地域社会に足を運んで、友達の輪を広げてもよいです。サラリーマン時代には興味があっても時間が許してくれなかった地域の歴史や文化、芸術に触れてみるのもよいでしょう。
■「推しの家」が最高の選択になる
少なくとも、あわててさして興味のない地域サークルに入って、つい部長風を社員でもない人たちに吹き付けて嫌われるような選択をしないことです。人と無理に交わらずとも、地域にある自然に溶け込み、自分の趣味だけを追求するのでもよいでしょう。

自分なりの楽しさ、幸せを見つけることはとても楽しい行為なのです。どうしても会社に縛られて生きてきた人は、他人から指示されるのを待つ傾向があるといいます。それは会社の中で恙ない人生を送るのには悪くない処世術だったのかもしれませんが、それはあくまでも他人に押し付けられた価値観に従っているにすぎません。
自分のこれからの家を自分の価値観で思い描いて買う、借りる。それはデベロッパーが勝手に提供する良いマンションである必要はありません。有名建築家が独尊で語るデザインである必要もないはずです。他人から褒められたいという欲望からは切り離された「自分はこれが好き。誰が何と言おうとこれなんだ」という「推しの家」が見つかればそれが最高の選択になるのです。
このように考えてくると、昔の先輩や同僚との際限のない昔話の反芻に付き合う時間はそれほどないはずです。たまに会って昔を懐かしむ程度にとどめておくことが人生の潤滑油となることでしょう。
■新築も築浅も関係ない
こうした「完全自己都合」の家を選ぶのに新築か中古でも築浅の物件を選ぶ必要はありません。理由は簡単です。
もうあなたの寿命の範囲で壊れる、朽ち果てる家は少ないからです。
新築または築浅中古を選ぶのは、長く住むことを前提とし、さらに売却しやすいことを優先的に考える場合です。ところが現状の自分自身を考えてみましょう。あと20年程度の住まいです。その先はおそらく高齢者施設が待っています。
20年後の資産価値が大事でしょうか。もちろん売却して多額の譲渡益を得られるのは嬉しいかもしれませんが、70歳代後半にもなっては、おカネの使い道も限られます。次のステージである高齢者施設に入所する足しにしたいという目論見もあるかもしれませんが、それを前提としてしまうと、都心などごく一部に選択肢が限られてしまいます。それを目的に家を選択するなんて悲しい話です。繰り返しますが、自分の勝手都合で好きな家を選ぶときに「資産性」はあまり考えない方が良いのです。そうした考えはもっと若い時に企みましょう。
■築古の家は水回りのリフォームがお勧め
築年の古い家でも、しっかりリニューアルすればかなり甦るものです。
築古の家を快適に住むためにお勧めしたいのが、水回りのリフォームです。家の劣化で目立つのがキッチン、トイレ、お風呂、洗面などの水回りです。
この箇所は毎日使う場所であるだけに、繰り返しの使用で劣化が進みやすいのです。劣化した水回りを毎日使用するのはあまり愉快な話ではありません。いっぽう壁クロスの汚れや柱のキズ、フローリングの黄ばみなどは見た目に嬉しくはないですがじきに慣れてしまうものです。また床のたわみも、シロアリなどに食い荒らされている場合は別ですが、踏み破らない程度のものでしたらリフォームの優先度は低いといえましょう。
水回りの徹底的リフォームができれば、朝、顔を洗うとき、食事を作るとき、トイレに行くとき、そしてお風呂に入るとき、それは新築戸建てやマンションですごすようなさわやかな感覚ですごせます。生活における清潔感は重要なのです。
また壁クロスの更新などは自分で簡単にできます。クロスは価格が比較的安いので、DIYショップで仕入れて、糊で貼っていくのは意外と楽しい作業ですし、貼り終わったときの爽快感、充実感を味わえます。
マンションの壁はたいていがクロス貼りですが、クロスをはがさずに、上からペンキを塗っても構いません。夫婦共同作業で塗る。
子どもたちに手伝ってもらうのもよいかもしれません。
■人生第2ステージにふさわしい家をデザインする
これからの第2ステージをすごす家を自分たちでデザインする。欲しかった家具や食器をそろえてみる。照明で部屋の環境を思い切り変えてみる。予算の都合もあり、考え出すときりがありませんが、自分たちがこれから過ごす第2ステージにふさわしいコンセプトを決めて、それにふさわしいデザイン、設備仕様にしていく過程はきっと楽しい時間であるはずです。
築年数に加えて、選択に迷うのがマンションか戸建てかというものです。これもどちらがよいというものはありません。表層的なリフォームであればマンションのほうがしやすいですが、築年が古くなると上下水道などの配管が傷んでいる、共用部は自分ではどうしようもできないなどの制約があります。戸建てであれば、予算の問題はありますが、配管設備類も含めて最新のものに更新できるメリットがあります。
いずれにしてもこれまでの会社人生での価値観の延長線上にいる自分をまず取り払って次なるステージを考えてみることです。そのステージが戸建てで実現できるものなのか、マンションのほうがよいのか、を考えていくべきです。

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牧野 知弘(まきの・ともひろ)

不動産事業プロデューサー

東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て、三井不動産に勤務。その後、J-REIT(不動産投資信託)執行役員、運用会社代表取締役を経て独立。現在は、オラガ総研代表取締役としてホテルなどの不動産事業プロデュースを展開している。著書に『不動産の未来』(朝日新書)、『負動産地獄』(文春新書)、『家が買えない』(ハヤカワ新書)、『2030年の東京』(河合雅司氏との共著)『空き家問題』『なぜマンションは高騰しているのか』(いずれも祥伝社新書)など。

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(不動産事業プロデューサー 牧野 知弘)
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