なぜトランプ大統領と安倍晋三元首相は友好的な関係を築けたのか。ライターの梶原麻衣子さんは「最初の大統領選の際に、安倍さんが政治的なリスクを覚悟ですぐに会いに行ったことが大きい」という――。
(第1回)
※本稿は、梶原麻衣子『安倍晋三 ドナルド・トランプ交友録』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■功を奏した「外務省の入れ知恵」
異例の「大統領就任前」会談は2016年11月17日夕方から始まった。ニューヨークのトランプの自宅があるトランプ・タワーで1時間半にわたって行われた安倍とトランプの初めての会談は、トランプ側の希望で、家族中心の少人数で行われたという。
大成功だったと言われているこの異例の初会談。どのようにアイスブレイクしたのか、安倍自身の言葉を引く。
〈外務省からもたらされた一番の情報は、ピコ太郎。(トランプの)娘のイヴァンカさんの娘さんのアラベラちゃんが歌っていた映像があった。あれを会談の寸前に秋葉(剛男)さんが私に見せて。これだと思ってね。クシュナー夫妻が迎えに出てくれたので、「世界で一番かわいいPPAPだね」と言ったら、ドカンと受けたのね(笑)。
トランプさんともその話から入ったところ、彼が大笑いしてですね。そのあとに「あなたはCNNやニューヨーク・タイムズにめちゃくちゃに批判されながらも、大統領に選ばれた。
私は実は、NYTと提携している朝日新聞社からめちゃくちゃに叩かれたけれど、再び総理大臣になることができた」と言ったら、彼はものすごく喜んでね(笑)。某新聞社は頭にきたでしょうが〉(2021年6月10日、筆者取材)
■計算されたアイスブレイク
今ではこのアイスブレイクのきっかけも知られたものだろう。タレントのピコ太郎が「PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)」を踊りながら歌う動画が世界的に「大バズ」となったものだ。トランプの孫娘がこれを真似た動画も話題になっていたのである。
「暴言王」のトランプと言えども、孫娘を褒められて悪い気はしない。安倍の狙いは大当たりで、初の対面は温かい雰囲気で始まったようである。ちなみにピコ太郎は安倍・トランプ関係構築に貢献したという理由で、2017年11月のトランプ訪日の際に開かれた晩餐会に招待されている。
安倍・トランプ会談がこうして笑いに包まれながら始まった頃、トランプ・タワー近くの路上ではトランプに対する抗議活動が行われていた。プラカードには「トランプは我々の大統領ではない」と書かれていたと報じられている。
■異例の大統領には異例の対応を
この会談には物言いもついた。なにせ大統領就任前に他国の首脳と会談するのは前代未聞、前例なき出来事だったためだ。だが、それでも押し切った理由について、安倍はこう述べている。

〈大統領選挙については当初、外務省などは「ヒラリーが勝ちますよ」と言っていました。で、NYに国連総会で行った時に、大統領選挙のさなかなんですが、ヒラリーさんから面会の申し出があったんですね。外務省からはもう勝利は間違いないと言われたので、お会いしたんですよ。
でも私も政治家ですから、政治の世界は何が起きるかわからない(ことはわかっている)。一応、向こう(トランプ陣営)からの要望はなかったのですが、こちらから「お会いしませんか」と言っておけば、向こうが断ったとしても、一応、誠意を尽くしたことになりますよね。ですから一応、言っておいた方がいいんじゃないかと。
こちらが担保としてそれを持ちかけることについても、批判的な人はいたんです。でもやっておくべきだと思いまして。ショートノーティス(短期間での依頼)になったので、そのあとは遊説(の日程)が決まっていました。もうギリギリに言ったものだから(その時には会えなかった)。
ウィルバー・ロスさんという弁護士がいて、彼(トランプ)の顧問の弁護士をしていて、その後商務長官を務めることになりましたが、これはやはりよかったんですね。まずロスさんと会って。

トランプ大統領は非常に日米のバランスについて敏感で、トヨタを攻撃したり、日米安保の片務性についても攻撃的だった。為替についても攻撃していた。これは早く会って、頭を切り替えてもらわなければならないということで、とにかく早く会おうということにした。
大統領になる前に会うのは異例なんだけれど、異例な方が大統領になるわけだから、こちらも異例の対応をしようと。外務省の反対は強かったが押し切って電話をして、「ペルーに行く予定があるから、アメリカに行く。あなたはどこにいるの。どこにでも会いに行くから」と申し入れた。するとNYにいるというので〉(2021年6月10日、筆者取材)
■世界が見守った日本の動向
序章でも述べた通り、安倍は11月8日に投開票が行われた米大統領選の結果が出るや、10日にお祝いの電話を入れている。さらに安倍は14日から外交担当の首相補佐官である河井克行をアメリカに送り込み、米側の政権移行チームのメンバーに接触させている。
各国は、異例の大統領の、予想外の勝利にショックを受けていた。そして様子見をしようという態度だった。いきなり飛び込んで行っては、想定外の仕打ちに遭う可能性もないではない。
なにせ相手は政治経験ゼロ、政治をリアリティショーと見なしているとしか思えない相手である。飛んで火にいる夏の虫よろしく、トランプショーの格好の見世物になる可能性すらあった。
■ファーストペンギンになった安倍晋三
トランプとの大統領就任前の会談に、外務省はもちろん大反対だった。現役首相のカウンターパートは、現役の大統領しかいないからだ。当時外務事務次官を務めていた杉山晋輔はこう振り返る。
〈安倍さんからこんな要望が来ました。
「トランプさんに会いに行きたいんだけど、ダメかな?」
「ダメです」と即答しました。なぜって、たしかにトランプは大統領選に当選はしましたが、それはあくまで次期大統領になることであって、現実にはバラク・オバマ大統領がいるわけですから。日本の首相が相対するのは大統領一人なんですからと〉
〈「やっぱりダメか」というから、こちらは「ダメです」という。こんなやりとりが続く中、安倍首相の意向が非常に強いこともあり、最終的には「ではなんとかやってみます」ってことになりました。
しかし、これは安倍首相の政治家としての直感というか、センスというか……まさに政治判断だったと思う。世界中の国々のリーダーたちが、トランプがどのような政治家なのか、どんな人間なのか、なにをやってくるのか、というように用心深く距離を取っている中で日本のリーダーがただ一人、しかも現職大統領がいる中で、会うという決断をするのですから。
本当に大きな政治的なリスクを覚悟して安倍さんは決断したんだと思いますね〉
(杉山晋輔「トランプ氏にあんなことができるのは安倍首相だけだった…外務次官が思わず「ダメです」と止めた“仰天の一言”」、『プレジデントオンライン』2024年11月5日公開記事)
■トランプが喜んだ「オバマ無視」
安倍もこう振り返る。
〈外務省としては、これまでやったこともないし、まだオバマ大統領がその職にいるわけですから、外交儀礼上もやったことはない。どの国もやっていない。果たしてどうなのかという話もありました。失礼じゃないかと。
しかし彼(トランプ)は、在日米軍はもういらないんじゃないかとか、貿易バランスが一方的に日本が儲かっているんじゃないかとか。思い切った関税をかけるとか、円が不当に安くなっているとか。そういう議論をしていたんです。
これはこのまま就任されたら大変なことになると思ってね。やはり人間って、一番最初に、その世界で会った人って大切じゃないですか。だから最初に、トランプが大統領になる前にこちらが説明しておく必要があると思い、テーマを絞って、トランプ・タワーで会ったんですがね〉(2021年9月8日、筆者取材)
リスクを恐れず飛び込んだ分、リターンは大きかった。初会談で意気投合、笑顔で記念写真と相成った安倍とトランプだったが、何よりもトランプが喜んだのは「自分に真っ先に会いに来たこと」以上に、「オバマに会わずに(APECに出て)そのまままっすぐ東京に帰ったこと」だったと、初会談のためにアメリカに飛び、走りまわった河井克行は証言する。

また、トランプの側にも〈思うところがあったようです〉と安倍は述べている。
〈彼は国内外から異質な人物として見られていて、そのことに不満を持っていたはずです。そこにG7メンバーである日本の首相が早々に会いに来た。それを彼は多としたのだと思います〉(安倍晋三「日本復活の礎となった日米同盟再強化」、『外交』64号)

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梶原 麻衣子(かじわら・まいこ)

ライター・編集者

1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。

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(ライター・編集者 梶原 麻衣子)
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