部員が襷をつなぐ駅伝。責任重大なのは走る選手だが、監督の選手采配やマネジメントも重要だ。
スポーツライターの酒井政人さんが今冬の箱根駅伝に出身高校別で最多の13人のエリート走者を送り込んだ名門・佐久長聖高校で長年駅伝監督を務める高見澤勝さんに密着した――。
■3連覇だけでなく、8位入賞も逃した佐久長聖
なぜ、走っているだけの「駅伝」に人々は引き寄せられるのか。駅伝は選手なしに成立しない。だが、どの区間に誰をエントリーし、レース全体としてどんな筋書きを描いて、頂点を目指すのか、という監督のプランやマネジメントのあり方も極めて重要な見どころだ。
その意味で、昨年末に行われた全国高校駅伝は大変興味深い内容となった。この大会で2連覇中だった佐久長聖(長野)は3連覇を狙ったが、大失敗した。
いくら練習で調子がよくても、本番でブレーキがかかる選手は少なくない。だから、監督の選手起用があたるかどうかは常に未知数で、区間エントリー決定までの選手マネジメントや展開の読みは複雑さを極める。
今大会、最長1区(10km)は超高速レースとなり、酒井崇史(3年)が中盤で苦しくなる。日本人最高記録を塗り替える28分20秒で突っ走った学法石川(福島県)の増子陽太(3年)に1分27秒の大差をつけられて19位と出遅れた。
その後も思うように順位を上げることができない。8位でタスキを受けたアンカーの林和輝(3年)は“入賞(8位以内)争い”に敗れ、前回王者は10位でレースを終えた。

3連覇を逃しただけでなく、12年も継続していた「5位以内」を確保できず、「入賞」にも届かなかった。高見澤勝監督にとっては就任2年目以来の“惨敗”といえる結果だった。
■「入賞できなくてよかった」
1区の主将・酒井が大号泣するなど、選手たちはレース後に泣き崩れた。そのなかで高見澤監督はどんな声をかけたのだろうか。
「12年間、5位以内をキープしてからの10位なので、ショックは小さくありませんでした。この結果に関して、私自身は重く受け止めています。選手たちには、『悔しいけど、これが今年度のチームの現実です。3年生は大学に入ってから、1、2年生は来年の糧になるように、この結果を次のステップにしよう』という話をしました。この悔しい思いが心に残っていれば、苦しいときに粘れて、奮起できますから」
指揮官自ら必死に敗北を正面から受け止めようとしている様子が伝わってきた。だが、その後、選手を突き放すようなちょっと意外な言葉が飛び出した。
「ただ、落ち着いて考えると、私は逆に入賞できなくてよかったかなと思っています。正直、今年度のチームで入賞してしまうと、私自身も含めて、子供たちは勘違いしちゃうんじゃないかな、と。
入賞できなかったことによって、『変わる』きっかけになる。先を見据えて、そう感じています」
■故障者が出て理想のオーダーを組めなかった
佐久長聖は2024年の全国高校駅伝で連覇を飾ったが、優勝メンバー7人中6人が卒業。今季は戦力が大幅ダウンして、選手たちは当初、13年連続となる「5位以内」という目標を掲げていたという。
しかし、過去2年は「日本一」を目指し、実現してきただけに、「取り組みや意識レベルが下がってしまう」と、高見澤監督は目標を「3連覇」に上方修正。「目標を大きくしたからこそ、大きく成長する可能性はあった」ものの、内心「厳しい戦いになる」と高見澤監督は感じていた。
「厳しいと感じたのは、チームの戦力より、3年生の足並みが揃わず、うまくチームを引っ張りきれていない雰囲気があったからです。連覇したときの3年生を知っているので、理想を追い求め過ぎたのかもしれません」
■本番直前、目標順位を修正した
3連覇を目指してきた佐久長聖だが、高見澤監督は冷静にチームを見つめていた。だが、本番直前、目標順位を修正していたのだ。
「大会前、選手たちには『3番以内を目指してやっていこう』という話をしたんです。でも実際のところは5番ぐらいになるのかなと思っていました」
意識だけでも高いところへ置くことが、選手の奥底にある能力を引き出すのではないかとの長年の経験による声かけであり、マネジメントだった。
しかし結果的には、下方修正した目標も大きく下回ることになる。王者に何があったのだろうか。

「使いたかった選手を起用できなかったのは正直ありますね。理想のオーダーを組むことができませんでした。要所、要所にズレが生じたんです」
当初は3km区間の2区に1年生、同5区に3年生を入れる予定だったが、ともに故障で起用できなかった。そして2区に出走した2年生が想定より15~20秒も遅れたのだ。8km区間の3・4区は2年生が踏ん張り、5区の斎藤晴樹(3年)は区間賞を獲得したが、故障の影響で5km区間から3km区間にまわった結果だった。6区で10位から8位に浮上するも、アンカー勝負で入賞を逃すことになる。
■8位入賞ではなく“上”を目指して戦った
高見澤監督は最終7区の林和輝(3年)に“非常識”ともいえる指示を出していた。
6区終了時で佐久長聖は8位。6位と7位のチームは80mほど前にいて、後ろから3チームが数秒差で追いかけてきた。駅伝のセオリーでは、佐久長聖を含めた4校が入賞(8位以内)最後の「1枠」を争うかたちになるが、林は“前”を追いかけたのだ。
「私は『6番を目指して走りなさい』という指示を出しました。(確実に)入賞を目指すのであれば、集団のなかで力を溜めて、最後にバンッと出ればいいと思います。
でも、それでは高校駅伝だけを見ているに過ぎないのかな、と。結果的に林は、(監督の指示に従い)集団を引っ張るかたちになり、入賞を逃しました」
ある意味采配の失敗とも言えるし、選手が期待に応えられなかったとも言える。そもそも高見澤監督の指示にはそうしたリスクが内包されていたが、どんな狙いがあったのか。
「積極的に行ったほうが本人のためになりますし、それでダメならしかたない。『あきらめがつく』という言い方は変かもしれないですけど、入賞だけを意識していくのが今後の佐久長聖や、走った選手のためになるのか。先々のことを考えると、林の走りはよかったと思っています」
■「生徒任せにしすぎた部分がありました」
3連覇を目指した佐久長聖は10位に終わり、13年連続入賞を逃した。優勝したのは1区で抜け出した学法石川だ。佐久長聖が保持していた2時間1分00秒の日本高校最高記録を更新する2時間0分36秒を叩き出した。
「入賞を目指すだけだったら、(練習の段階から)取り組みのレベルを下げてもよかったと思います。でも3連覇を目指すからこそ、高い意識でいろんな取り組みができて、高いレベルで物事を考えられた。そういう意味では、子供たちにとっては貴重な経験になったんじゃないでしょうか」
ただ、内心、自分の判断ミスも否めないという意識が監督の中にはまだある。
「正直、生徒任せにしすぎた部分がありました。
高校最高記録は佐久長聖のプライドでもあったので、抜かれたことによって、次は我々が更新するんだ、という新たな目標ができました。悔しい反面、頑張ろうという気持ちが自分自身より一層強くなりました」
■卒業生が箱根駅伝で活躍できるワケ
2023年の全国高校駅伝で日本高校最高記録(当時)を打ち立て、翌24年に連覇を果たすなど、実績のある佐久長聖は例年、多くの選手を大学駅伝部に輩出している。実際、2026年の箱根駅伝は出身高校別で最多となる13人がエントリーされた。
この結果は高見澤監督の「大学、社会人で活躍することを見据えての指導」が大きく影響している。OBの大迫傑(早稲田大、現34歳、リーニン所属)と鈴木芽吹(駒澤大学、現24歳、トヨタ自動車所属)は高校時代から強かったが、大迫はマラソンで日本記録を3度も塗り替え、鈴木は10000mで日本記録を樹立した。また全国高校駅伝に出場できなかった小池莉希(創価大学3年)は今年の箱根駅伝6区で区間記録に1秒差と迫る快走で区間賞に輝いている。
駅伝強豪校のなかにはハイレベルのスピード練習を行っているチームは少なくないが、佐久長聖の練習の特徴は常に“未来”を見つめて取り組むことだ。
「脚ができていない状態でスピード練習をガンガンやっても故障のリスクが高くなるだけです。意外かもしれませんが、(ウチは)スピード練習は本当に少ないと思います。週に1回しか行いませんから。若いうちにスピードをつけておく方法もあると思うんですけど、私はスピードを生かすためのカラダを作るほうが重要だと感じています」
走るメニュー以上に、動き作り(ドリル)や補強を徹底的に行っている。昨年の全国高校駅伝は故障者に泣いたが、世代に合ったトレーニングを行うことで、故障を予防してきた。

高見澤監督は「佐久長聖ほど補強に時間をかけているチームはなかなかないんじゃないでしょうか」と胸を張る。
「補強だけでなく、クロスカントリーコースを走ることで、起伏への対応、接地のタイミング、身体の使い方などが自然と身につきます。それからメンタル面は日々のトレーニングだけでなく、学校、練習、食事、掃除などタイトなスケジュールのなかで強化しています。子供たちは自分の時間を作るのが難しい状況ですが、そこで『我慢する力』や『あきらめない心』が育っていると思っています」
■「現在」ではなく「未来」を見据えて
野球部であれサッカー部であれ、高校の部活動は「現在」ではなく「未来」を見据えて取り組むのが“正義”だろう。難しいのは、その正義と、目の前の「目標(優勝)」の両立だ。
今年度、高3の佐久長聖の選手たちは、「日本一厳しい」という競技生活を送りながら、1、2年時に先輩たちとともに「2連覇」を達成したものの、最終学年では、優勝どころか8位入賞を逃すという辛酸をなめた。これだけアップダウンのある“究極の体験”をした世代はなかなかいないかもしれない。
果たして次のステージで彼らがどんな活躍を見せるのか。それぞれに高みを目指して走り続けてくれるか。それこそが、目の前の「高校ナンバー1」とともに高見澤監督が心に刻んでいる生涯目標であり、楽しみなのだ。

----------

酒井 政人(さかい・まさと)

スポーツライター

1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

----------

(スポーツライター 酒井 政人)
編集部おすすめ