夫婦のどちらも国民年金の場合、老後の家計はどのように成り立たせればよいのか。ライターでファイナンシャルプランナーの松田聡子さんは「ポイントを押さえておけば、夫婦2人とも国民年金のケースは単身者よりかなり楽になる」という――。

■夫婦ともに国民年金で生活できるのか
前編では、50代独身女性Aさんの事例から、持ち家や節約習慣、そして覚悟があれば、国民年金だけでも生活の目処が立つことを見てきた。
では、夫婦2人とも国民年金というケースはどうか。満額受給だとしても、夫婦合わせて月約13万8000円(2025年度)。「2人で14万円なんて絶対に暮らせない」と感じる人もいるかもしれない。しかし、ファイナンシャルプランナーとして多くの家計を見てきた経験からいえば、単身者よりも夫婦のほうが、家計の安定度はずっと高い。
夫婦で国民年金のみというケースは、その多くが自営業を営んできた世帯だ。そして自営業者には、会社員にはない隠れた強みがある。実際の相談者の家計簿とデータを基に、夫婦ならではのスケールメリットと自営業者のリアルな懐事情を見ていこう。
■2人暮らしは「ひとり暮らし×2」ではない
夫婦2人の生活費はどのくらいになるだろうか。総務省の「家計調査報告(家計収支編・2024年)」によれば、65歳以上の夫婦無職世帯の消費支出は平均で約25万6000円だ。これだけを見ると、年金14万円では毎月11万円以上の赤字になってしまう。
しかし、この金額は厚生年金をもらっている世帯も含んだ平均値であり、収入が多ければ支出も増えるものだ。
国民年金のみの世帯の多くは、身の丈を意識している。
ここで重要なのが生活費のスケールメリットだ。同調査における65歳以上の単身無職世帯の平均消費支出は約15万円。単純計算すれば2人で30万円になりそうだが、実際はそうならない。住居費や水道光熱費の基本料金はひとつで済むし、食費も食材を無駄なく使い切れるため効率がよい。通信費も家族割がある。単身で月10万円かかる生活レベルなら、2人になっても15万~16万円程度で収まることが多い。「ひとり分の生活費×1.5倍」程度で済むのが夫婦世帯の強みなのだ。
■自営業者夫婦1カ月の家計簿
筆者が実際に相談を受けた、ある自営業の夫婦(地方在住・60代後半・建築業)Bさんの家計を見てみよう。持ち家(ローン完済)があり、世帯の年金受給額は国民年金の満額より少ない約13万円だ。
平均の25万円よりずっと少ないが、前編のAさんのような月6万円という極限の節約生活と比べれば、月13万円の生活には多少のゆとりがある。夫婦合わせての年金収入が月約13万円で支出が13万2000円なら、計算上は毎月トントンということになる。
仮に多少不足していたとしてもBさんはまだ現役なので、特に問題はない。このように夫婦というユニットでの生活防衛は、非常に理にかなっているといえる。
■自営業者が持つ6つの強み
さらに、自営業者には会社員にはないアドバンテージがある。それが以下の6点だ。
【強み①:節約が習慣になっている】
毎月の給料が決まっている会社員と違い、自営業者は収入の変動が激しい。そのため入ってきたお金を全額使ってしまわず、悪いときに備えて支出を締める習慣が身についている人が多い。平均的な統計データなど関係なく、自分の収入範囲内で暮らすスキルが高いのだ。
【強み②:長く働ける】
自営業者最大の強みは「定年がない」ことだ。総務省の「労働力調査(2024年)」でも高齢者の就業率は上昇傾向にあるが、自営業者はもとから高かったのではないか。個人の信用で仕事をしている人も多く、一度固定客が付くと廃業まで続くケースも珍しくない。業種によっては60代ならむしろ若手で、80代まで現役で稼ぐ人もいる。月数万円程度の赤字なら、少し働けばすぐに埋められる。

【強み③:持ち家率が高い】
店舗兼住宅や事務所兼自宅など、事業のために持ち家を確保しているケースが多い。ローンも事業の好調期に完済していることが多く、老後の住居費負担が軽い。
【強み④:いざとなったら事業用資産を活用できる】
前述の建築業のBさんも、自宅以外に資材置き場としての土地を持っていた。「いざとなればあれを売ればいい」という安心感がある。会社員は退職金の額や受け取る時期を自分で決められないが、自営業者は保有資産をいつ売るか、貸すか、自分でコントロールできる。
【強み⑤:早くから「自助努力」をしている】
「自分には退職金も厚生年金もない」と20代の頃から自覚しているため、個人年金や不動産などで会社員よりも早くから老後準備をしている人が多い。
【強み⑥:なかには会社員よりずっと裕福な人も】
「国民年金=貧しい」というイメージがあるかもしれない。しかし、現役時代に事業で成功し、不動産や株式などの資産を築いている人は少なくない。フロー(年金)は少なくても、ストック(資産)が厚いのが自営業者の特徴だ。
■夫婦特有のリスクには注意が必要
ここまで自営業者の強みを見てきたが、ひとつだけ、会社員以上に警戒しなければならないリスクがある。それは、夫婦のどちらかが先に亡くなってしまった場合だ。
会社員の夫が亡くなれば、妻には遺族厚生年金が支給される。
しかし自営業者の場合、18歳未満の子がいなければ遺族基礎年金は支給されない(寡婦年金が受け取れるケースはある)。つまり夫が亡くなった瞬間、世帯の年金収入(約14万円)はいきなり半減(約7万円)してしまう。
一方で、生活費は半分にはならない。住居の維持費や光熱費の基本料金は変わらないため、ひとりになっても生活費は2人暮らし時代の6~7割(約9万円)程度かかってしまうのが一般的だ。収入は7万円、支出は9万円では、毎月2万円の赤字が続くことになる。
2人揃っていれば強い自営業夫婦も、ひとりになった途端に脆くなる。この落差は、国民年金世帯ならではのリスクといえるだろう。
■夫の死で顕在化したリスク
では、実際に夫の急死というリスクに直面し、そこから生活を立て直したある妻の実例を見てみよう。筆者は資産運用についての相談を受けたのみだったが、その際に聞いた話が非常に印象的だった。
Cさん夫婦(ともに60代前半)は地方都市の郊外で小さなパスタ店を営んでいた。2人が30代のとき、車でのアクセスがいい郊外エリアに店舗兼住宅を建てて開業。店は繁盛し、景気のよいタイミングで開業時に借りたお金も完済できた。
その後、店の売り上げは落ちたものの黒字はキープできており、返済もないため、事業を問題なく続けていた。
ところが妻のCさんが65歳になる前に、夫が急死した。悲しみに暮れるCさんに「自分だけでは店を続けられない」という現実が突きつけられた。Cさんにとって店の廃業は、収入が途絶えることを意味する。国民年金の遺族基礎年金は、18歳未満の子がいる場合しか支給されないが、もともとCさん夫婦に子どもはいない。Cさんに残されたのは300万円ほどの貯金と、65歳になれば受け取れる月額6万円程度の自分の国民年金だけだった。年金を繰り上げて受け取る選択肢もあるが、減額された年金を一生涯受け取ることになってしまう。
■廃業。そして賃貸へ
Cさんは店を閉め、店舗兼住宅と土地の売却を考えた。夫が需要のあるエリアを選んだため、時間はかかっても買い手はつくのではないかと予想したのだ。
そんなとき、地元の不動産業者を通じて「居抜きで借りたい」という申し出があった。別の飲食店オーナーが、厨房設備をそのまま使って店を出したいというのだ。
Cさんは売却ではなく、月10万円で賃貸に出すことにした。
Cさんは店舗のみを貸して住宅部分に住み続けることもできたが、高齢の母がひとり暮らしをしている実家に戻ることにした。「他人が店を営業している建物の2階に住むのはいろいろ気を使うし、母のことも気になっていたので」とCさん。
母と一緒に暮らせば、Cさん自身の住居費はかからないし、母の見守りもできる。さらに、地域のコミュニティセンターでシニア向けの求人に応募した。週3日、1日4時間程度。事務補助や受付の仕事だ。無理のないペースだが、これで月5万円ほどの収入になった。
【Cさんの現在の収入】

店舗からの賃料収入:10万円

パート収入:5万円

合計収入:15万円
不動産活用と就労によって、月収が15万円。これなら、母との生活費を負担しても十分に暮らしていけるし、年金を受け取るようになれば貯蓄を増やすことすら可能だ。
■賃貸のメリットと不安
店舗を賃貸に出したことで、継続的な収入(インカムゲイン)が確保できた。売却すればまとまった資金は得られるが、賃貸なら毎月10万円が遺族年金代わりとなる。
しかし、想定しておくべきリスクもある。最大の懸念は退居リスクだ。もし入居している店がうまくいかず退居されたら、次の借り手が見つかる保証はない。空室になれば賃料収入はゼロになり、逆に建物の固定資産税などのランニングコストを負担しなければならない。Cさんには周辺の不動産取引の動向をチェックしつつ、チャンスがあれば売却も視野に入れるようアドバイスした。
■年金生活を実現する老後サバイバル4条件
Cさんのケースは夫の急死という自営業夫婦にとっての最大のリスクが顕在化した例だが、備えと柔軟な対応があれば「なんとかなる」ことを示している。
これまでの内容から、国民年金受給者だけでなく厚生年金がある会社員も含めたすべての人が学ぶべき、老後サバイバルの4つのポイントを見ていこう。
【①老後生活の基本は持ち家】
Cさんが生き残れた最大の要因は、夫が残した立地のよい不動産だった。夫は遺族年金を残すことはできなかったが、結果として毎月10万円を稼ぐ資産を残してくれたのだ。もしこれが、売ることも貸すこともできない不便な場所にある持ち家だったり、家賃を払い続ける賃貸だったりしたら、Cさんの生活は困難なものになっていただろう。
自宅と事業所を兼ねた不動産を持つことは、老後が経済的に不安定になりがちな自営業者にとって合理的といえる。会社員の場合も、ずっと賃貸で生活するつもりなら、そのコストを加味して老後資金を計画する必要がある。いずれにしても早いうちから試算し、準備を始めたほうがよい。
【②生活力の基礎となる節約習慣】
Cさんは月15万円の収入で母と暮らしている。母にも年金収入があるし、身の丈に合った生活コストで暮らす習慣があるので、経済的な不安はあまりない。前編のAさんもそうだったが、老後の安心を決めるのは貯蓄額よりも生活コストの低さだ。
老後になってから急に生活レベルを下げるのは難しい。会社員も現役時代から、支出をダウンサイジングするトレーニングをしておく必要がある。食材を使い切る工夫、通信費の見直し、車を持たない選択など、小さな工夫の積み重ねがやがて習慣になる。
【③働けるうちは働く】
Cさんは60代でも、週3日・1日4時間の仕事で月5万円を稼いでいる。現役時代のような高収入は望めなくても、月5万円あれば年金の不足分などを補える。また、Cさんのように社会との接点を持ち続けることは、配偶者を亡くした後の孤独や喪失感を癒やす効果も期待できるだろう。
会社員も定年後の再雇用などで、長く働ける環境が整ってきた。健康であれば体力的に無理のない範囲で働き続けられるのだから、いま蓄えが少なくても過度に恐れる必要はない。人的資本(働ける身体とスキル)は最強の資産なのだ。
【④インフレに負けない「資産形成」】
そして最後は、やはりお金の置き場所だ。Cさんは不動産(実物資産)を持っていたため、インフレに対応しやすい。もし資産がすべて現金預金だけだったら、昨今の物価上昇で実質的な価値は目減りしていただろう。
公的年金は「マクロ経済スライド」によって物価上昇に完全には追いつかない仕組みになっている。現金だけでなく、株式や投資信託といったインフレに強い資産を組み入れておくことが、長生きリスクへの備えとなる。
■会社員が老後破綻を恐れなくていい理由
ここまで、国民年金だけでもなんとか暮らしている人々の事例を見てきた。受け取れる年金は少なくても、やり方次第で老後を不安なく暮らせるものだ。
会社員であれば、夫婦2人で月20万円以上の年金が見込めるケースが多い。夫が亡くなれば、妻には遺族厚生年金も支給される。もし年金だけで生活できないとしても、その不足分はそれほど多くはないだろう。早くから対策を立てれば、十分に対応は可能だ。
まずは家計を見直して、生活コストを下げることから始めてはいかがだろうか。

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松田 聡子(まつだ・さとこ)

ライター/ファイナンシャルプランナー

群馬県前橋市出身。明治大学法学部卒業。大学卒業後、IT企業でエンジニアとして15年間勤務し、金融システムや物流システムの開発に従事。その後、国内生命保険会社へ法人コンサルティング営業職に転身し、2009年に独立系ファイナンシャルプランナーとして開業。以後、個人向けマネー相談や企業向けコンサルティングの他、企業型確定拠出年金導入企業向け従業員研修の講師などに携わる。2020年より金融経済ライターとしても経済メディア、メガバンクオウンドメディアなどに実務経験を活かした記事を寄稿。著書『60分でわかる!住宅ローン超入門』(技術評論社)。日本FP協会認定CFP。

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(ライター/ファイナンシャルプランナー 松田 聡子)
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