米ラスベガスで1月6日~9日にかけて開催された世界最大級のテクノロジー見本市「CES」では、AIロボットやAI家電などを出展した中国企業のブースが多数を占めた。一方、日本企業の存在感はますます薄まっている。
現地を訪れたジャーナリストの座安あきのさんが、中国のIT最前線に立つ「開源社」で唯一の日本人メンバーである高須正和さんに、世界のものづくりの潮流を聞いた――。
■もう日本企業は世界で勝てないのか?
かつて、「メーカー」になれるのは、巨額の資本と設備を持つ大企業だけだった。しかし今、その常識が音を立てて崩れ去ろうとしている。
この劇的な地殻変動を、ハードウェアの聖地・中国深圳の“ド真ん中”から捉える人物がいる。Alibaba(アリババ)、Tencent(テンセント)、Baidu(バイドゥ)などテック界の巨人らがこぞって支援する中国最大級のオープンソース連合「開源社(KaiYuanShe)」。そこに、たった一人の「国際メンバー」として迎え入れられた日本人、高須正和氏(51)だ。
技術戦略の羅針盤となる「中国オープンソース年度報告」の発行やガバナンスの策定を担うこの組織は、中国テック業界における「精神的支柱」ともいえる絶大な権威を持つ。その中で高須氏は、現地の貢献者に贈られる賞を2年連続で受賞。「中国のイノベーション現場で、今最も信頼されている日本人」といっても過言ではない。
スイッチサイエンス社の国際担当や早稲田大学ビジネススクール非常勤講師を務め、世界中のエンジニアコミュニティと連携している高須氏は、最前線で目撃した世界の潮流について、こう語る。
「昭和の時代、製品企画やマーケティングは『選ばれた人』の仕事でした。しかし今は、新卒でもゼロから企画し、制作に関わるのが当たり前の時代。
世界全体で見れば、数万人しかいなかった『ハードウェアのつくり手』が、現在は数十万人に増えている。将来的には新たな企業が増えるにつれ、桁違いに増えていくはずです」
目の前で起きている変化は、単なる技術トレンドの話ではない。ビジネスのルール、個人のキャリア、そして日本経済の立ち位置すらも根底から覆す、まさに「地殻変動」である。なぜ今、「つくり手」が激増しているのか。そしてAIが加速させるこの変化の中で、私たちはどうすれば生き残れるのか。高須氏へのインタビューから、その変化の本質を紐解いていく。
■「買う人」ではなく「つくる人」が激増している
2026年1月9日、米ラスベガス。「CES 2026」の会場で高須氏は看板を示し、こう語った。
「かつてここは『コンシューマー・エレクトロニクス・ショー』、つまり家電の見本市でした。でも今は、会場のどこを見ても、単なる『消費者のための家電』は主役ではありません。みんながここで見ているのは、『これがあると人間の能力が上がる』という道具ばかりです」
展示の話題の中心は、NVIDIAが提示した「アイデアから実装まで数分で移行できる」という次世代のAI開発環境や、工場や介護の現場で滑らかに動くヒューマノイド(人型ロボット)たちだ。その姿は、AIが画面の中に閉じ込められた存在ではなく、質量を持った「フィジカルAI」として現実世界を動かし始めていることを如実に表していた。
同時にCESのターゲットが、消費する側(Consumer)から、創り出す側(Creator)へとシフトしている現状をはっきりと映し出していた。
なぜ「つくり手へのシフト」が加速しているのか。その正体は、開発プロセスの劇的な短縮にある。NVIDIAがAIの実装時間を「数分」に縮めたように、ハードウェアの世界でも、かつて数年かかった製品化のプロセスを「数カ月」に圧縮するプレイヤーが現れている。
■1年かかった開発がAIであっという間にできる
「ビジネスのサイクルそのものが変わった」と語る高須氏がその象徴として名を挙げるのが、上海発の半導体メーカー「Espressif Systems(エスプレッシフ・システムズ)」だ。
エスプレッシフ社の本質は、単なる「安価なチップを作る中国企業」というだけではない。開発者がアイデアを即座に実装できる「開発環境」の提供にある。かつてインターネットにつながる製品(IoT製品)を市場に出すには、3年から5年の歳月が必要だった。しかし、エスプレッシフがWi-Fi通信などの「製品の本質ではないが必須な機能」を安価なチップとオープンソースの開発環境として提供したことで、状況は一変した。
「他社なら製品化に1年かかるところが、エスプレッシフを使えば『あっという間』に出荷できる。彼らは、つくり手たちの『新しい企画を早く試したい』『本質的な価値の開発だけに集中したい』というニーズに完璧に応えたのです」
この流れを決定づけた技術革新がある。同社のチップを中核に据えた開発モジュール「M5Stack(エムファイブスタック)」だ。
高性能なチップ(頭脳)に加え、ディスプレイやバッテリー、ケース(身体)までもがオールインワンでパッケージ化されている。箱を開ければすぐに起動するため、開発者は「配線の悩み」をスキップし、最初から「この道具で何を実現するか」という創造だけに没頭できるようになった。
■取引先はソニーや日立などの大手ではなく…
2024年4月、エスプレッシフ社がM5Stack社の過半数の株式を取得し、正式に子会社化したことで、変革の流れは決定的なものとなった。背景には、「2D2B(to Developer to Business)」と呼ばれる戦略がある。まず個人や企業内開発者(Developer)に愛されることで市場を作り、その熱量をテコにして産業用(Business)へと広げていくアプローチだ。
「本来、半導体メーカーの顧客はソニーや日立のような大企業です。しかし彼らはあえて、M5Stackを通して個人の開発者や大学の研究者を徹底的に支援している。今のイノベーションは『企画書』ではなく、個人やスタートアップの『とりあえず作ってみた』という衝動から生まれること、そして今のビジネス意思決定の多くは開発者によってなされることを知っているからです」
一般の目には「オタク」や「マニア」と映るかもしれない、多彩な開発アイデアを有するつくり手たち。旧来のビジネスでは、こうした開発者たちは営業や広報活動の一環として、あくまで将来的な量産が見込める場合のみ相手にされる存在だった。しかし、今や開発者への対応はビジネスの中心を担うようになった。
そうした観点においても、素材である「高性能チップ」と、道具である「使いやすい製品」、「誰でもすぐに作り始められる環境」が資本レベルで統合されたことの意義は大きい。これらの環境変化がインターネットで多くの人に評価されるようになったことで、最新技術が開発者の手元に届くタイムラグは極限まで短縮された。

高須氏はこれを「ハードウェア開発の民主化」と呼ぶ。資金も設備もない個人が、アイデアひとつで、わずか数カ月のうちに製品を市場へ送り出せるようになったのだ。
■日本企業が抱える「最大のリスク」
この圧倒的なスピード感を前に、日本企業が固執する「PDCA(Plan-Do-Check-Act)」サイクルは限界を露呈している。
日本的な「正解探し」で綿密な「Plan(計画)」を練り上げている間に、中国やアメリカのつくり手たちはプロトタイプを市場に投入し、改良まで終えてしまう。日本企業が技術を「囲い込む」ことで利益を守ろうとする間に、エスプレッシフなどはオープンな開発環境を用意し、世界中の開発者コミュニティを味方につけてきた。
「既存の取引先だけ」「すでに大きくなったビジネスだけ」で開発する日本企業と、世界中のコミュニティが開発に参加し、「これから世の中に出てくる新しいもの」を相手にビジネスする彼らとでは、イノベーションの総量で勝負にならないほどの差が、開きつつあるというのだ。
「アメリカや中国では日々、膨大なビジネスアイデアと、それに対する数多くの投資の検討がなされています。とりあえず形にしたものを早く世に出すことで、市場の反応を見る。失敗と成功の場数を通じて『決断と判断のノウハウ』を蓄積する高速なサイクルが確立している。対して日本は、その速度感に追随できていない。成功事例の後付けの論評に終始し、うまくいく前に何がなされていたのか、うまくいくためには何が必要なのか、真面目に検討されていない印象があります」
現代において最大のリスクは、市場調査に時間をかけて完璧な企画書を作ることではない。「未完成でもいいから形にして、市場に問う」。
打席に立たないことこそが、最大のリスクなのだ。
■「日本人の当たり前」がアドバンテージになる?
AIの進化もまた、この流れを不可逆なものにしている。これまではスキル不足で形にできなかったアイデアも、AIが補完してくれることで、誰もが早期に“社会実装”の現場に参加できるようになった。
世間では「AIに仕事を奪われる」という悲観論も根強い。しかし高須氏の見方はその逆だ。AIのおかげで、若すぎる人やスキルが不足している人でも、社会へ「デビュー」しやすくなっている。これからの時代、キャリアを分けるのは「AIを使いこなせるか」ではない。「AIを使って、自分は何をつくり出すのか」という意志の有無だと、高須氏はみている。
消費する側で一生を終えるか、創る側に回ってAIという最強のパートナーを味方につけるか。その選択が、個人の豊かさを決定づけることになるのかもしれない。
一方で、深圳やシリコンバレーのダイナミズムを語るとき、どうしても「日本は遅れている」「失われた30年」といった自虐的な議論になりがちだ。しかし、海外の現場を渡り歩いてきた高須氏は、その定型文をきっぱりと否定する。

ユニクロトヨタ無印良品など、世界で成功している日本企業は厳然として存在します。アメリカは世界最高の人材が集まる特異点、中国は14億人が教育を受けた数のパワーがある。比較相手が強すぎるだけで、日本がダメなわけではありません」
むしろ、混沌としたスタートアップの世界において、日本人が当たり前だと思っている資質が、強力な差別化要因(アドバンテージ)になり得るという。
■納期を守る、品質をごまかさない、丁寧に仕上げる…
高須氏自身、海外のパートナーから「日本人は時間に正確で、しつけが行き届いている」と評価され、信頼を得てきた経験がある。深圳のような、スピードは速いが玉石混交のプレイヤーがひしめく環境において、納期を守る、品質をごまかさない、丁寧に仕上げるといった「日本的な規律」は、実は希少な価値を持つ。
「日本人は内向きだと言われますが、円安の今は、逆に海外に出るチャンスでもあります。海外で働く日本人が増えれば、『日本人の強み』が再評価される場面も増えるでしょう」
「国産AIを守れ」「日本の技術力を取り戻せ」──。ネット上では威勢のいい言葉が飛び交うが、高須氏は現場に立つ立場から、そうした意見にも距離を置く。
「『国産』と言うなら、『自分が作る』という意味で語るべきです。他の日本人に期待するだけの人は当事者ではありません。現場の人間は『自分の製品が世の中にどう評価されるか』にしか関心がないのです」
「つくり手になる」ことは「稼ぎ手になる」ことと同義だ。テクノロジーの進化で「創る」と「売る」の距離が縮まった現代において、手を動かす者だけが市場と接続し、対価を得るチャンスを手にすることができるからだ。
■「面白そうだから」の日本人マインドこそ強い
だからこそ高須氏は、50代を迎えてなお大学院に通い直し、「部活の1年生」に戻って学び続けているという。過去の経験則(評論)が通用しない激変の時代において、必要なのは「学習」と「行動」だ。
「単に本を読むだけでなく、実際に動いていることが周囲に伝わると、そのエコシステムに人が集まり、縁が引き寄せられ、環境を変える力になります」
高須氏が「創る側の当事者」として動き続ける背景には、単なる「受け手」であり続けることへの強烈な危機感がある。世界は今、容赦なく「創る側(Creator)」と「使う側(Consumer)」に分断され、その溝が深く大きくなっていることを日々実感しているからだ。
「使う側」でいることは、確かに楽だ。しかしそれは、海外のテック企業が用意した箱庭の中で、彼らの養分となり、代替可能な労働力として生きる未来を意味している。
一方で、武器はすでに私たちの手元にある。エスプレッシフやM5Stackのようなツールを使えば、多額を投じずとも、だれもが「IoTのつくり手」になれる。AIを使えば、コードが書けなくてもアイデアを実装できる。資本も設備も持たない個人が、世界と対等に戦えるようになるのだ。
高須氏は、この状況下における「日本の勝機」をこう指摘する。
「現場で開発している人間は、日本の開発者コミュニティの強さを知っています。仕事以外のプライベートで『新しいツールが面白そうだから片っ端から試してみるぜ』というようなDIYメイカーの層が世界の中で最も厚いのが、日本なんです」
■これからは大手ではなく“個人”が社会を変える
シリコンバレーのエンジニアは忙しすぎて、こうした“無駄な実験”をしない。対して日本には、高いスキルを持ちつつ、一見無駄に見える遊びに没頭できる「余白」を持つエンジニアが多いという。
実際、日本で出版されているM5Stackの解説書は40冊を超え、エスプレッシフもこの熱狂的なコミュニティを「ビジネスの核心的価値」と認めている。日本から生まれた「未来のスタンダード」は、常にこうした現場の熱狂から始まっているのだ。
「未来を予測する一番いい方法は、それをつくることだ」
パーソナルコンピューターの父とも呼ばれるアラン・ケイのこの言葉は、テクノロジー業界では昔から繰り返し引用されてきた。高須氏自身も、以前からこの言葉を頻繁に使ってきたというが、その意味合いはしばしば誤解されていると感じている。
「これは“有名な人が未来を当てる”という話ではありません。自分が実際にコミットできる範囲で、手を動かすことを選ぶ。そうした小さな実装の積み重ねが、結果として未来を変えていく、という意味です」
重要なのは、その取り組みが今どれほど注目されているかではない。むしろ、多くの人がまだ関心を向けていない領域こそ、個人や小さなチームが主体的に関われる余地は大きいと、高須氏は言う。
実際、M5Stackや、その周辺に広がる開発者コミュニティも、広く知られるようになる以前は、ごく限られた「中の人」たちが黙々と試行錯誤を続けていただけだった。
■消費者になるな。稼ぐ側になれ
「深圳や中国もDIYのクリエイションも、これまで何度も“ブーム”として持ち上げられたり、逆に政治や社会情勢を理由に一括りで批判されたりしてきました。でも、そうした評価の波とは関係なく、現場のプレイヤーたちはずっと物を作り続けてきたし、今も作り続けています」
外から見れば、中国は「すごい」「危険だ」「バブルだ」と、評価が極端に振れ続けてきた。しかし、工場や開発コミュニティの中にいる人間にとって、そうした空気は本質ではない。
「作る人は、世間の評価や流行そのものを気にしているわけではありません。自分が今やっていることが、社会の中でどんな役割を持ち、どこにつながっていくのか。その関係だけを見て、手を動かし続けているのです」
深圳が“スタートアップの街”として語られるようになるずっと前から、そこでは無数の試行錯誤が続いていた。評価は結果として後から可視化されるものであって、作る側にとっては目的ではない、ということだ。
現場を知らないまま過去の栄光を懐かしんだり、海外製品に「国産」のシールを貼り替えて溜飲を下げたりしている間に、世界はもっと先へ進んでしまう。
評論家にとどまり「日本の衰退」を嘆くのか、当事者として「手を動かし」未来を発明するのか。「つくり手」が爆発的に増えるこれからの世界で、私たちが立つべき場所は、間違いなく後者であるはずだ。

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座安 あきの(ざやす・あきの)

Polestar Communications取締役社長

1978年、沖縄県生まれ。2006年沖縄タイムス社入社。編集局政経部経済班、社会部などを担当。09年から1年間、朝日新聞福岡本部・経済部出向。16年からくらし班で保育や学童、労働、障がい者雇用問題などを追った企画を多数。連載「『働く』を考える」が「貧困ジャーナリズム大賞2017」特別賞を受賞。2020年4月からPolestar Okinawa Gateway取締役広報戦略支援室長として洋菓子メーカーやIT企業などの広報支援、経済リポートなどを執筆。同10月から現職兼務。朝日新聞デジタル「コメントプラス」コメンテーターを務める。

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(Polestar Communications取締役社長 座安 あきの)
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