衆院解散から投開票までわずか16日間という戦後最短の「超短期決戦」は、早くも後半戦へと突入した。高市早苗首相が仕掛けた「奇襲解散」の真の狙いは何か。
いま有権者は何を基準に政治参加や投票行動を決めているのか。政治ジャーナリストの角谷浩一さんが解説する――。(聞き手・構成=亀井洋志)
■かつての自民党は「右派オンリー」ではなかった
今回の解散・総選挙で高市首相が破壊しようとしているのは、穏健保守政党としての自民党です。重要なポイントは、自民党は右から左まで幅広く政治家が存在しているということです。基本的には保守政党ですが、リベラル寄りのハト派もいれば右派系のタカ派もいます。そういう人たちをバランスよく包括していることが、自民党の強みでした。このため、岩盤支持層だけではなく広範な国民の支持と期待を集めてきたのです。
ところが、いまの自民党は右派が党を牛耳ってしまっています。なぜ、そうなってしまったのかというと、派閥が無くなったからです。派閥は自民党の中にある党のようなもので、保守本流といわれる宏池会(岸田派)や、旧田中派の流れを汲む平成研究会は「経済重視・軽武装」路線を重視してきました。石破派(水月会)を率いた石破茂前首相も旧田中派の出身です。一方、岸信介氏を源流とする安倍派(清和会)はタカ派色が強く、憲法改正や防衛力の強化を主張してきました。

■1人に権力が集中する危険性が高まっている
自民党内では各派閥が互いにしのぎを削って、競い合ってきました。党内で激しく議論をした末に物事が決まった時は、一丸となる。それが本来の自民党の姿でした。ですから、これまでならば安倍派が勝ったから政権運営を担ってきた、という結果でしかなかったのです。第2次安倍政権は8年も続いたため「安倍一強」と呼ばれましたが、その後には岸田政権や石破政権も誕生したわけです。
しかし、2024年に表面化した「裏金問題」をきっかけに主要派閥は解散・解消に追い込まれました。派閥政治が崩壊したことにより、特定の人に権力が集中する危険性が高まりました。その結果、今回の選挙ではタカ派優遇が露骨な形で表れています。
石破政権で総務相だった村上誠一郎氏や、文部科学相だった阿部俊子氏、沖縄北方担当相を務めた伊東良孝氏らを比例順位で下位に処遇するなど、穏健保守の人たちを追い込むようなやり方が跋扈しています。その反面、24年衆院選で非公認とされた裏金議員たちを今回は公認し、比例重複も認めてしまっています。
これに呼応するように、参政党の神谷宗幣代表は高市政権の政策に批判的な自民党議員の選挙区に刺客を送るなど「リベラル狩り」を公言しています。参政党は、岩屋毅前外相の大分3区や中谷元・前防衛相の高知1区などで新人を擁立しています。

■「国旗損壊罪」を作りたいのは、国旗のためではない
高市首相は今回の衆院選を経て、自民党を戦闘的な右派政党に生まれ変わらせようとしているのではないか。純化路線の始まりです。菅義偉元首相の引退を機に、それをたしなめる長老やベテランがいなくなりました。いま、高市氏は「国旗損壊罪」の創設に意欲を示し、自民党と日本維新の会の連立合意で通常国会での制定を目指しています。日本国旗を破いたり燃やしたりするなど損壊した場合、刑事罰を科すというものです。
しかし、近年、国内でそんな光景を見たことがあるでしょうか。確かに、外国では日本国旗を燃やすなどの抗議活動を目にすることがあります。1980~90年代の米国で安くて性能がいい日本製の自動車が米市場を席巻した時、自動車産業で働く人々が日本車を叩き壊し、日の丸を焼くなどのパフォーマンスを行ったことがありました。また、中国や韓国の反日デモで、日の丸が燃やされることがしばしば起きています。
国内では、87年に沖縄国体で日の丸の掲揚に対し、青年が国旗を引き下ろし焼き捨てたことがありました。しかし、その男性は現行法の器物損壊罪などで処罰されましたし、もう40年近くも前の出来事です。そもそも日本では反政府的なデモや集会であっても、国旗や他国の旗を焼いたり踏みつけたりして意思表明するというカルチャーはありません。
要するに、高市首相の本当の狙いは愛国心や国家に対する忠誠心を国民に求めたいということなのでしょう。
■日本人がお金を使わないのは政治のせいである
いま国民生活は物価高に直面し、困窮しています。そのような状況下でも、日本は家計の金融資産における預貯金の比率が高いという特徴があります。けれども、私は特段、日本人は預貯金が好きな国民性だとは思っていません。国民感情に通底しているのは、現在の生活がいつ壊れるかわからないという不安感で、それが人々を貯蓄に走らせているのだと思います。
この国には、何が起きるかわからないという不安が絶えずあるのです。地震大国であり、台風や豪雨による大規模災害は毎年のように発生しています。国民年金の支給額は低く、老後の生活だって心配です。
企業が利益を設備投資や給与のベースアップに回さず、内部留保を積み上げているのもやはり経営不安があるからです。高市首相の台湾有事での「存立危機事態」発言に反発した中国は、自国民に訪日自粛を要請したり、レアアースの輸出規制を強化したりするなど対抗措置をとりました。政権が代わると他国との付き合い方もコロッと変わってしまうのですから、何が起きるのか予想ができない。ですから、政治は国民の利益について、もっと真剣に考えるべきです。

■「若者が保守化している」のも無理もない
中高年層からいまの20~30代の若い人たちに対して「保守化している」などといった嘆きが聞かれますが、私はこうした「若者」という括り方はもうやめるべきだと思っています。
例えば、2011年の東日本大震災の時に高校生だった人たちは、学校生活や大学受験がままならなくなりました。2年後の13年には成人の日は東京でも大雪に見舞われて、散々な目に遭っています。
コロナ禍の経験も、彼ら彼女らの人生観や社会観に暗い影を落としています。20年から21年にかけて「非常事態宣言」が多いところで4回も発令されて、学校に行けなくなりました。授業がリモートになって友達にも会えなくなった。部活動もできず、高校野球などスポーツ大会が中止になって選手としての希望を奪われてしまった人もいるでしょう。親が職を失い、大学受験を断念して、家族のために就職した人もいたはずです。
何か一つのことを成し遂げようとするにしても、常にプランB(代替案)を考えておかなければならない。多感な年頃にそんな体験をしてきた人たちは、もしかしたらこの国で社会不安に対して最も敏感な世代なのかもしれません。ですから、安定した社会をつくってほしいと願って自民党に投票する人もいるでしょう。
ただ、安倍政権があまりにも長かったから、本来、自民党が右から左まで多元的な政党であることをあまり知らない世代ともいえます。
そのことを、われわれ大人は知っておかなければなりませんし、政治家はしっかりと肝に銘じる必要があると思います。
■前橋市長選で明らかに投票行動が変わった
もう一つ、私が重要な視点だと考えているのは、「推し活」という文化が政治の世界に入り込んだことです。
前橋市の小川晶市長が部下の既婚男性とラブホテルに行っていた問題が報じられて、議会やメディアは道徳観や倫理観から彼女を批判しました。小川氏は辞職に追い込まれましたが、出直し選で再選を果たしました。しかも、投票率は前回よりも8%高い約47%で、次点候補に1万票の差をつける圧勝でした。
この現象をどう見るか。要は、有権者の間で、きちんと仕事さえしてくれれば、プライベートで何をやろうが自由じゃないかという考え方が広がっていったということだと思うのです。部下との不倫は猛省するべきことですが、じゃあ、市長が男性だったらここまで叩かれるのか、との見方が確かにあるのです。
国会の議員会館を回っていると、女性の秘書たちは「ラブホテルに行くというのは男性の発想だ」と口々に言います。人目につかずに政治家の会合を設けることにかけては一流ですから、彼女たちの言葉には一定の信憑性があると思います。
相手の男性も退職に追い込まれて大変だったとは思いますが、とうとう一度も表に出てきて釈明しようとしませんでした。全部、小川市長が矢面に立って、正面からぶつかりました。
それを見た市民たちは「つらかっただろうな」とか「恥ずかしかっただろうな」と感情移入したのだと思います。特に女性の有権者はそこに彼女の覚悟を見て、評価した人が多かったのではないか。
そんなことより、市民としては小川市長が就任当初から掲げていた学校給食の無償化を実施してくれたほうがいいのです。つまり、組織票ではない、眠れる大衆たるサイレントマジョリティーは、実は政治家の仕事ぶりをよく見ていたということの証左なのです。
■「SNS選挙」が終わり、「推し活選挙」へ
群馬県は強固な“保守王国”で、過去には官製談合や贈収賄事件が発生して、前橋市では副市長が逮捕されています。自民党と土建屋がつるんで甘い汁を吸う仕組みができあがっていましたが、そこに風穴を開けたのが小川市政の発足だったのです。
ですから、有権者意識は「政党」はあまり関係なくて、「小川さん推し」が再選の原動力になっているのです。
今回の衆院選でも「推し活」が重要なキーワードになってくると思います。いま、高市首相が使用しているコスメやボールペン、バッグなどを買って応援する「サナ活」という現象が起きています。「サナ活」の人たちは、選挙区(奈良2区)以外の人は高市氏に直接投票できないから、地元の自民党候補者を選ぶことになるでしょう。高市氏が総理になった直後から、奈良県で自民党員になりたいという希望者が爆発的に増えたといいます。
「サナ活」も小川市長のケースと同じで、男性優位の政界で頑張っているから、という理由が背景にあります。「サナ活」が総理就任から3カ月を経ても60%以上の高支持率を維持するエンジンになっているのです。
昨年の参院選までは、国民民主党や参政党のようにSNSを巧みに活用した政党が議席を伸ばしました。しかし、高市政権のこの爆発的な支持率を見ると、SNSに代わって「推し活」が政治や選挙を左右するほどの影響力を持ち始めたといえます。
■玉木氏と神谷氏の本音は連立を組みたい?
石破政権が相手の時は厳しく批判していればよかったのですが、今回、国民民主党の玉木雄一郎代表や、参政党の神谷宗幣代表など参院選のヒーローたちはそこまで盛り上がっていません。安全保障政策や経済対策では大差がないのですから、あまり高市政権を相手にゴリゴリと批判し過ぎると、自民党に票が流れて逆効果になることがわかっているからです。両党とも、本音では高市政権と連立を組みたいとの意向が垣間見えます。
立憲民主党と公明党が結党した中道改革連合にも勝機はあるはずです。昨年、戦後80年を迎えましたが、戦争を知る政治家が与党にも野党にもまったくいなくなりました。ブレーキ役がいなくなったため、改憲や核武装を含めた防衛力の増強など、自民党の右派は政策の自由度は広がったと考えています。また、維新も右派色が強い高市政権の「アクセル役」を自認しています。
しかし、多くの国民には先人たちによって戦争の記憶が伝承されています。ですから、自由度が高くなった自民党の右派に対して、危機感を持つ人たちも増えているのです。
■「左派の受け皿」をどれだけ広げられるか
平和の党を掲げてきた公明党ですが、自民党とともに26年間も与党でいたために、本来、自分たちとは考え方が異なる安全保障政策やエネルギー政策を認めてきてしまった。いまさら野党として出直すためには、一度解党してリセットする必要があったのです。そこで互いに協力できる相手を探したところ、立憲民主党しかなかったということです。
公明・学会票は1選挙区当たり1万~2万と見られていますが、学会員は26年間、敵だと思っていた立憲の候補者に投票するわけだから、フル回転できるかどうかはわかりません。24年衆院選では、共産党が約50選挙区で立憲と選挙協力を行いました。そのおかげで立憲が勝てた選挙区がたくさんあったのですが、今回は共産党の協力票は大きく減ることになります。
とはいえ、戦後最短の超短期決戦を強いられながら、急ごしらえの新党で過半数に足るところまで候補者(236人)を立ててきたのは、率直に評価できます。衆院選は政権選択選挙なのですから、政権交代というのであれば、相手に一泡吹かせるだけではダメだからです。結党大会で当初は200人と言っていたのですが、元職の人たちにも声をかけるなど相当苦労してかき集めています。課題は後継者が続くかどうかです。
志位和夫氏が引退した共産党や、健康上の理由から議員辞職した山本太郎氏のれいわ新選組はパワーダウンが否めません。左派・リベラル票の受け皿となる野党の勢力が小さくなっているのは懸念される点です。

■「自民優勢」は本当か? 激戦の選挙区予想
〈自民単独過半数の勢い〉〈自維300議席超うかがう〉
メディアでは、立て続けにこんな見出しが躍る。角谷さんはこう怒りを滲ませる。
「選挙のたびにこうした地滑り的な与党勝利の報道が出ることに、私は強い違和感を覚えます。メディア各社が横並びで同じトーンで書くのは、選挙報道のバンドワゴン効果になってしまい、誘導以外の何物でもない」
選挙区をつぶさに見ていけば、激戦区はまだまだたくさんあるという。
「自民は連立を組む維新や、参政党と保守票の食い合いになるし、一方の中道は新党なのにブームに乗れない。超短期決戦のため準備不足で、有権者への浸透度は低いままです」
組織票も公明党は最盛期には850万票もあったのが、24年衆院選の比例区の獲得票数は596万票。もっとも、この時は自民党の「政治とカネ」問題の煽りを受けたと考えられ、21年衆院選では711万票だった。
では、共産党はどうか。
「共産党も先ほどお話しした前橋市長選では、半分くらい小川晶氏に流れたとみられています。結局、有権者はどこの政党に属していようが、勝手に自主投票している可能性があります。その典型がおそらく『推し活』なのでしょう」
それゆえ、角谷さんは「まだまだ不確定要素が多い」と指摘する。異変が起きやすいのは、やはり首都圏をはじめとする大都市圏域だ。注目選挙区を見ていきたい。
■公明票抜きで苦戦を強いられる現職閣僚たち
「現職閣僚」で接戦が予想されているのが、東京3区の石原宏高・環境相と同19区の松本洋平・文部科学相、埼玉3区の黄川田仁志・地方創生相だ。
「前回からわずか1年4カ月で選挙ですから、やはり現職の大臣が有利ですが、東京3区では中道の阿部祐美子氏、埼玉3区でも中道の竹内千春氏が善戦するとみています。東京19区は松本氏が一歩リードしていますが、東京は公明・学会票が大きく動くので非常に読みづらく、逆転現象が起きる選挙区も出てくると思います」
東京7区の丸川珠代氏は前回、裏金問題で大敗したが、埼玉9区の夫・大塚拓氏とともに今回も厳しい戦いを強いられそうだ。
■当落線上にいる大臣経験者も
東京24区の萩生田光一氏は前回、裏金問題の影響で公認が受けられず、無所属で出馬した。旧統一教会との関係も噴出したが、立憲の有田芳生氏と激戦の末、辛勝。今回、有田氏は比例転出し、中道新人の細貝悠氏が挑むが、いまのところ萩生田氏が優勢に選挙戦を進めているという。
「今回は公認を得て、復権モードです。丸川氏のように前回落選した人は禊にはなりませんが、選挙は勝てば官軍ですからね」
東海地区は、愛知1区の減税日本・ゆうこく連合の河村たかし氏が堅調。
「中道に合流しなかった原口一博氏(佐賀1区)と組んで、パワーがあります。愛知はやはりトヨタ城下町で、同盟系が強い。2区の国民・古川元久氏や7区の日野紗里亜氏らが安定した戦いをしています」
■法体系が歪む選挙を許していいのか
前回、大阪で全19選挙区を制した維新だが、角谷さんは今回、2区や10区、15区などが接戦になるとみる。維新が今回は全勝とはいかないのは、やはりダブル選挙の影響が大きいという。吉村洋文・大阪府知事と横山英幸・大阪市長が揃って辞任し、衆院選とともに知事選・市長選が行われる。「大阪都構想」の実現に向けて「民意を問う」というが、都構想は過去2回、住民投票で否決されている。角谷さんがこう話す。
「吉村氏は、国政への転身が何度か浮上してきました。例えば2区で出馬して自維連立に対する有権者の判断を仰ぐというのなら、まだしも理解できます。一体、何のために出直しをするのか。主要野党はどこも候補者を立てないのですから、都構想の民意を問うことにもならない。高市氏の私利私欲の裏で、もう一つの党利党略があったというほかなく、これも選挙制度の悪用に近い。
それをメディアだけではなく、総務省や政治家も厳しく指摘しなくなっているのは深刻です。選挙制度の運用について、極めて恣意的なことが行われていると言わざるを得ません」
昨年暮れ、維新の地方議員が一般社団法人の理事に就任することで、国民健康保険料の支払いを逃れた脱法行為も明らかになった。
「『違法でなければ合法』と言い逃れようとするような手口で、日本の性善説を前提とした法体系を政治家が歪めているという事態が起きているのです」
国民は怒りの矛先を衆院選に向け、投票行動で意思表示するしかない。

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角谷 浩一(かくたに・こういち)

政治ジャーナリスト

1961年(昭36)4月3日、神奈川県生まれ。日大卒。テレビ朝日報道局などを経て現職。永田町、霞が関に幅広い人脈を持つ。中央政策研究所主任研究員。TBS系「ゴゴスマ」などでコメンテーターも務める。映画評論家の顔も持ち、年間300本鑑賞。

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(政治ジャーナリスト 角谷 浩一 聞き手・構成=亀井洋志)
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