■「ダイソー」創業者、躍進の原点
苦労ほどありがたい恵みはない。困難に揉まれ、人間が鍛えられた先に、回り回って徳や運が味方につき、自ずと運命は拓けていくのだと実感します。
一方、恵まれることは不幸が訪れる序曲です。現状に甘んじた瞬間、国も会社も人も衰退の一途を辿ります。
恵まれない幸せ、恵まれる不幸せ――。これが、私の経験から伝えたい教訓です。
100円ショップの先駆けとして知られ、国内外に約5600店舗を展開する業界最大手「ダイソー」。同ショップを手掛ける大創産業の創業者・矢野博丈氏が、80歳で逝去される数カ月前のインタビューで述べた言葉である。
今年、創業54年目を迎える同社だが(法人化は1977年)、現在でも毎月1000種以上もの新商品を開発するなど、お客を飽きさせない工夫を絶えず凝らしているのだという。
常に強烈な危機感を持ち続けることが、企業躍進の源泉となっていることを感じさせる。
■半世紀近くにおよぶリーダーたちの言葉の宝石箱
今回、『1日1話、読めば心が熱くなる365人の人間学の教科書』を編むにあたり、1978年の雑誌「致知」創刊以来、戦後の復興期を支えた巨星から令和を牽引するリーダーまで、無数のリーダーたちの言葉に触れた。
その経験を通して、矢野氏の言うような「恵まれない」状況、圧倒的不利な状況下から一筋の光を見出し、一業を築いてきた人々に共通することがあると確信するにいたった。
「結果を出すリーダー」とは、いかなる逆境にも決して屈することなく、それをむしろ飛躍の糧とし、難局を突破していくのである。
■「全部100円でええ!」から始まった
矢野氏が29歳の時に広島で始めた雑貨移動販売が原点となる「ダイソー」もまた、とても恵まれたとはいえない環境からのスタートだった。
ある日のこと、露店を開く予定で前日にチラシを配っていましたが、天気予報で終日雨ということもあり、当日は休むつもりでした。ところが午前10時には空が晴れ上がり、お昼頃空き地に着くと、チラシを持つ大勢のお客さんが当店を待ちわびていたのです。
急いで商品を降ろすや否や、お客さんが勝手に箱を開けては「これいくら?」と迫ってくる。当時は300種類を超える商品を揃え、値段もまちまち。普段は伝票を見ながら値札をつけていましたが、確認する暇もありません。
必要に迫られた末、「ああもう、全部100円でええ!」と口にしていました。このひと言をきっかけに飛ぶように売れたことが、100円均一の始まりです。100円ショップは、偶然の産物なのです。
■お客様の“目つき”が変わった瞬間
こうして矢野氏は「100円均一」という道を見出したものの、すぐに生活が楽になったわけではない。
極めつけは100円均一を始めて概ね4年が経過した頃、お客さんから「この前、買うたらすぐ壊れた。安物買いの銭失いや」と大声で罵られたのです。「安物買いの銭失い」というのは、商売人にとってきつい言葉です。情けなくて仕方がありませんでした。
それでも、その痛烈な言葉をきっかけに、私の商業観を一から見直すことができました。儲からなくてもいい、たとえ100円でもいいものを売りたい。その一心で商売に向き合うようになりました。
当時は原価が70円以下の品物しか仕入れていなかったため、安物と言われないように利益を度外視して原価を引き上げ98円や99円の商品も取り扱うようにしたのです。そうすると、「えっ、これ100円でええの?」とお客さんの目つきが変わり、飛ぶ鳥を落とす勢いで売れ出しました。
自分の利益など顧みず、お客さんの立場に立った商売を貫く。本当の意味での顧客第一主義に徹することで、後々よい結果が巡ってくることを教えてもらいました。
■「恵まれない幸せ、恵まれる不幸せ」
矢野氏は続けて、次のように述べている。
私の20代は、恵まれたいという一心で必死にもがき続けた10年間でした。
運命の女神を恨み続ける日々でしたが、27歳の頃に参列したある結婚式で京都のお坊さんがこんな話をしていました。「好むと好まざるとに拘らず、これからお二人には艱難辛苦が押し寄せてきます。それを乗り越えたら、きっといい人生が送れるでしょう。人生に無駄なことは一つもありません」と。
その言葉を聞いた時、「何を馬鹿言うんだ。俺の人生無駄しかないじゃないか」と腹を立てましたが、帰りの電車でふと考えてみると、私は人一倍艱難辛苦を与えられたではないか。もしかすると運命の女神に見限られているのではなく、運がいいのかもしれない。
そう思うようになってから、心の霧が晴れ始め、少しずついいことが起こるようになりました。
冒頭に紹介した「恵まれない幸せ、恵まれる不幸せ」という矢野氏の言葉は、まさに自らの経験を踏まえて湧き上がってきた実感そのものなのだろう。
■「ないない尽くし」から何ができるか
続いて、読者の皆さんにこんな質問をしてみたい。
たとえば、あなたが靴専門メーカーの社長だったとする。創業からまだ間もなく、知名度はない。資金もなければ、ネットワークも、取引先からの信用もない。
おまけに一般の運動靴は、大手メーカーが多数の職人を擁し、全国に代理店を網の目のように張り巡らせている。
さて、あなたなら、そこから事業開拓の糸口をどのようにして見出すだろうか。ないない尽くしの状況から、一体どのように勝ち筋を見出すだろうか。
■誰からも見向きもされなかった「オニツカタイガー」
これとまったく同じ状況下から始まり、高級ファッションブランド「オニツカタイガー」を一から育て上げたのが、アシックス創業者の鬼塚喜八郎氏である。
いまや世界中に愛好家を持つオニツカタイガーだが、その立ち上げ時には誰にも見向きもされず、苦難の連続であった。
鬼塚氏は、この事業を軌道に乗せるためにどのような手を打ったのか? 2000年、氏が82歳の頃に行った講演の中でその方策が語られている。
どんな堅い板でも、錐(きり)で切り込んでいけば、小さくとも必ず穴は開きます。そのように特定の消費者が求めているものをマーケットリサーチし、その一点に集中して商品化していく。これが「錐モミ商法」です。
当時(1952年頃)、一般の運動靴は大手メーカーが多数の職人を抱え、全国に代理店を網の目のように張り巡らせていました。そのようなところに参入していっても私どものような零細企業はとても太刀打ちできません。
調べてみると、運動靴でも競技用となると専門メーカーはあまりありませんでした。なぜなら、市場が小さくて、あまりうまみがなかったからです。
しかし、私は逆に「これだ」と思った。山椒は小粒でもピリリと辛い。競技用シューズなら、「錐モミ商法」でなんとかやっていけるのではないかと思ったのです。
■中小企業が生き残るための「差別化戦略」
ただ、競技用といっても、陸上競技、野球、テニス、バレーボールとさまざまな種類のシューズがある。その時、鬼塚氏が目をつけたのは、中でも一番難しいといわれる「バスケットシューズ」だった。
同じ苦労をするのなら一番難しいものから入っていって、とことん追究していき、自分のものにしたならば、ほかのものは簡単につくれるのではないか――。
そんな考えもあって、バスケットシューズという「錐」で市場に切り込んでいくことにしたのだという。
そして苦心の末にでき上がった試作品を、当時全国でも有数の強豪チームだった神戸高校女子バスケットボール部に持ち込み、練習が始まる午後3時には体育館に行って、球拾いをしながら、選手がどんなフットワークをしているのか、靴にはどんな細工が要るのかを徹底的に研究。
半年後に、滑りやすい体育館の床でも急ストップ、急スタートのできる国産初のバスケット専用シューズ「オニツカタイガー」をつくり上げた。
■どこの問屋も相手にしてくれない…
しかしいくら画期的な商品とはいえ、普及への道は容易くない。
無名の悲しさか、できあがった「オニツカタイガー」をどこの問屋も相手にしてくれませんでした。
そこで、私は頂上作戦と称して、神戸高校の松本幸雄監督に紹介状を書いてもらって、近県の強豪チームの監督やコーチを訪問してPRしました。松本さんの紹介ということもあり、監督やコーチは使ってみて良さがわかると、地元の有力運動具店を紹介してくださいました。
そうやって頂上から下りていって口コミで愛好者の裾野を広げていき、5、6年で最終的には50%のシェアを獲得するまでになったのです。中小企業は大手と同じ土俵では太刀打ちできません。徹底した差別化作戦。これこそが中小企業が生き残っていく方法だと思います。
■箱根駅伝の躍進を呼んだ伝統の「錐モミ商法」
今年の正月に行われた箱根駅伝は、青山学院大学3連覇の話題で持ち切りだったが、一つ注目したいのはアシックスの躍進である。5年前の2021年大会でナイキの着用率は実に95.7%(210人中201人)にまで達し、アシックスは0人という結果だった。
しかし翌年の大会で、アシックスはシェア率を11.4%まで急回復させると、着実に着用者数を増やし続け、2025年大会ではついにナイキの23.3%を逆転。トップのアディダスに次ぐ25.7%にまで引き上げた。
その大躍進の陰にあったのが、「Cプロジェクト」というチームの存在だった。これは「速く走ること」を徹底的に追求するために、各部署の精鋭を集めた社長直轄組織として2019年に生まれたもの。鬼塚喜八郎氏の言葉「まず頂上から攻めよ」にある、「CHOJO(頂上)」のCの頭文字を冠した名称であるという。
一点集中の「錐モミ商法」。頂上から攻めていく「頂上作戦」。これぞ小が大に勝つ経営の極意と呼べるだろう。そしてその鬼塚氏の創業者魂は、昭和から平成、令和へと時代が移り変わったいまも脈々とアシックスに受け継がれていたのである。
さて、あなたのビジネスはどうだろうか。あなたの組織はどうだろうか。
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小森 俊司(こもり・しゅんじ)
致知出版社書籍編集部
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学1年の時、文章を見てもらった某雑誌の副編集長から「君みたいな人間は、東京に行って潰されてきたらいい」と言われ、一念発起。在学中に執筆したダチョウ倶楽部とナインティナインの評論記事が、雑誌「日経エンタテインメント!」に掲載される。2004年致知出版社入社。月刊『致知』で10年間、企画・取材・執筆に携わり、2014年より書籍編集部へ。2020年に刊行した『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(藤尾秀昭・監修)が31万部を突破し、ベストセラーに。「読者が選ぶビジネス書グランプリ2022」で総合グランプリ受賞。
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(致知出版社書籍編集部 小森 俊司)

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