英経済紙フィナンシャル・タイムズが「日本にAIのスターが不足するなか、唯一輝く」と称した半導体企業がある。東京・芝浦に本社を置くキオクシアだ。
株価はこの1年ほどで約11倍に急騰し、AIインフラ需要の高まりを背景に世界有数のパフォーマンスを見せている。かつて低迷し、IPO時も注目されなかった地味なフラッシュメモリメーカーが、AIブームの追い風を受けて存在感を急激に高めている――。
■英紙が「日本のスター」と報道
東京・芝浦に本社を構える半導体メーカーのキオクシアに、海外メディアの熱い視線が注がれている。
英経済紙フィナンシャル・タイムズは1月22日、「日本にAIのスターが不足するなか、あるチップメーカーが輝いている」の見出しで取りあげた。記事は、同社株が過去12カ月で約800%上昇したと報道。日経新聞は1月27日、2024年12月に東証プライム市場に上場して以来、キオクシア株は“約11倍”に達したと報じた。最近では一時2万円を突破する場面も見られる。
AIブームが世界を席巻するなか、その恩恵を直接享受できる日本企業は意外に少ない。エヌビディアのような半導体メーカーも、OpenAIのようなAI企業も、世界的知名度のあるものはほとんどが海外企業だ。家電や自動車、ゲーム機器といった日本の“お家芸”分野と比べれば、AI分野で日本はまだ、世界的に十分な存在感を発揮できていない。
こうした状況の中、米ビジネス誌フォーチュンもキオクシアの伸びに注目。2025年の株価上昇率が、世界の主要企業で構成するMSCI世界指数のなかで首位に立ったと指摘している。

キオクシアの顧客リストにはアップルやマイクロソフトといったテック大手が並ぶ、とブルームバーグは報道。AIの賑わいから若干距離感のある日本において、異色の存在となっている。
■今年の製造枠がもう売り切れた
その躍進を支えるのが、同社が設計・製造するフラッシュメモリだ。前身である東芝メモリは、1987年に世界で初めてNAND(ナンド)型フラッシュメモリを発明した技術のパイオニアだ。
最も身近なところでは、パソコンやスマホの記憶媒体(SSD)として使われる。作業中のファイルや撮影した写真を保存しておき、電源を切ったあとも明日また続きから再開できるのは、このフラッシュメモリが覚えていてくれるおかげだ。
キオクシアが得意とするのは、フラッシュメモリの主流2タイプのうち「NAND」と呼ばれるタイプだ。保存や読み出しの速度では先行するNOR(ノア)型に譲るが、その代わりに手頃な価格で大容量の製品を作りやすい。パソコンやスマホに内蔵されるほかにも、ゲーム機やカメラに挿して使うSDカードなど、大容量の記憶媒体で広く採用されている。
このNAND型フラッシュメモリに今、かつてない需要が押し寄せている。AIブームに乗り、AI各社のデータセンターから発注が殺到しているためだ。米テクノロジーニュースサイトのアーズ・テクニカは、同社メモリ部門を統括する中戸俊介常務取締役のコメントを掲載。
説明によると、まだ2026年が始まったばかりの1月現在において、今年末までの生産分がすでに完売しているという。
同社は需要増に対応すべく、三重県四日市の工場で歩留まりの向上を図るとともに、岩手県北上の工場でも2026年中に本格量産を始める計画だ。
■注目されなかったIPO
これほどの躍進を見せるキオクシアだが、株式市場へのデビューは驚くほどひっそりとしたものだった。
キオクシアホールディングスとして2024年12月16日に東京証券取引所で上場を果たしたものの、海外メディアが報道で取りあげることはほとんどなかった。
米ビジネス誌フォーチュンは、1年前にキオクシアが上場した際、市場の反応は冷ややかだったと振り返る。投資家たちは半導体不況で負った傷がまだ癒えておらず、当時多額の負債を抱えていた同社は、GPUブームに沸く市場の熱狂とは無縁の存在だった。
ところがその後、徐々に風向きが変わる。AIを動かすには計算能力だけでなく、大容量の記憶媒体も同じくらい重要だという認識が世界に広がり始めたのだ。
こうしてフラッシュメモリの供給不足が広く認識されるようになり、それまで比較的「地味な部品」であったフラッシュメモリに、重要なAIインフラとして突如スポットライトが当たった。かつて注目すら浴びなかったキオクシアは、AIブームの中心的存在の一つとなっていった。
ブルームバーグが昨年12月30日に報じたところでは、キオクシアの株価は昨年年初来で約540%上昇し、時価総額は約5.7兆円に膨らんだ。モルガン・スタンレーが発表する先進国23カ国の代表的株価指数「MSCIワールド・インデックス」構成銘柄においても、2024年12月の東証上場からわずか1年ほどで年間トップパフォーマーに躍り出ている。

■上司に却下されても諦めなかった発明家
フラッシュメモリは、キオクシアの源流である東芝と切っても切れない関係にある。生みの親となったのが、当時東芝で研究に従事していた舛岡(ますおか)富士雄(ふじお)博士だ。
米電気工学オンラインメディアのオール・アバウト・サーキッツによると、1980年、東芝で研究員として勤務していた舛岡氏は、4人のエンジニアを集め、半ば秘密裏にプロジェクトを始動させた。狙いは、大量のデータを安価に保存できるメモリチップを開発することだ。
試行錯誤の結果、彼らがたどり着いたのは、メモリセル1つにつきトランジスタ1個で済む構造だった。当時の主流技術ではトランジスタが2個必要だったが、この1個の差がコストに決定的な違いを生む。超高速で消去できることから、「フラッシュ」メモリと名付けた。
さぞ東芝は量産に乗り出し、利益を享受しただろう。研究チームは期待でいっぱいだった。ところが、上層部の返答は冷淡だった。米工学専門誌のIEEEスペクトラムによると、返ってきた反応は、「そのようなアイデアは消去してしまいなさい」。フラッシュの名にかかった実に皮肉な命令であった、と同誌は言う。

それでも舛岡氏は諦めなかった。オール・アバウト・サーキッツによると、1984年、舛岡氏はフラッシュEEPROMの詳細をIEEEの学会で発表。数年後には、東芝が世界初のフラッシュメモリの販売にこぎつけた。
ところが、商業的に大きな成功を収めたのはインテルだった。気づけば世間では、インテルこそがフラッシュメモリの発明者だと認識されるようになっていた。先に製品化したはずの東芝にとっては、屈辱以外の何ものでもない。
■不遇の天才がついに認められた
ともあれ、結果として舛岡氏の発明は、東芝に巨額の利益をもたらしたものの、発明者本人はその恩恵にあずかれなかった。
IEEEスペクトラムによると、1990年代後半、デジタルカメラの普及でフラッシュ市場は急拡大し、東芝のフラッシュメモリ事業も勢いに乗った。は数十億ドル規模に拡大した。ところが皮肉なことに、同じ頃、舛岡氏と経営陣の関係は悪化の一途をたどっていた。やがて彼は会社を去る。
その後、利益を正当に配分するよう求めて訴訟を起こしている。
現在、NANDフラッシュメモリはスマートフォンから宇宙探査機まであらゆる機器に搭載され、ノートPCやデスクトップでも旧来の磁気ハードディスクに代わり広く採用されている。一時は上司に「消せ」と言われた技術が、現代社会のデジタル基盤を静かに支えている。
オール・アバウト・サーキッツによると、2006年に訴訟は和解に至り、約8700万円を受け取った。数十億ドル規模のビジネスを生み出した発明への対価としては決して大きな額ではない。それでも、長年の貢献がようやく公式に認められた証しとなった。
■世界が注目した買収劇
時は移り、2017年。東芝がこの虎の子事業を分社化すると、世界中の投資家が買収に名乗りを上げた。
取引は一筋縄ではいかなかった。キオクシアはアップルやデル、ウエスタンデジタルといった大手IT企業と複雑な取引関係を持っており、関係各社の信頼を損なうことなく買収を進める必要があったためだ。
激しい入札競争を勝ち抜いたのは、アメリカの投資ファンド、ベインキャピタルが率いるコンソーシアム(企業連合)だった。アップルやデル、東芝を含む各社から構成されるこのコンソーシアムが、気前よく180億ドル(約2兆7756億円)を払い手中に収めた。
買収にあたり、ベインキャピタルは製造と技術開発の拠点を日本に残す方針を示した。
キオクシアは日本企業だが、顧客の多くはアップルやデルなど海外の大手だ。世界中に顧客を抱えながら、開発や生産は日本で続ける。独立企業としての成長を支えてきたこの体制を、今後も維持する意向だ。昨年12月に果たしたIPO後も、ベインキャピタルが51%で株式の過半数を維持。東芝が32%で続く。
■時代を先取りする着想力
AIがもたらした追い風は、いつまで続くのか。時代の先を読んできた同社の力を踏まえれば、当面は手堅い事業展開が続くのかもしれない。
キオクシアは自社サイトで、舛岡氏がかつて、「走りながら何十曲も聴ける小さな装置」を夢見てフラッシュメモリの開発に勤しんだと、歴史を振り返る。まだインターネットも普及する前、80年代中頃に、iPodや現在のスマホの姿を思い描いていた。
もっとも、キオクシアの将来はこれで安泰というわけではない。
フィナンシャル・タイムズは、キオクシアはAIブームの間接的な恩恵を受けているにすぎないとも指摘する。世界的なメモリ不足が解消されたり、データセンター向けの大型投資が一段落したりすれば、出荷価格は下落に転じうる。
長期的には、製造装置や精密部品など代わりが利きにくい分野を手がける企業のほうが、より堅牢な収益基盤を築きやすい――と同紙は分析している。
■手放しで喜べないAIブーム
なお、需要拡大の明るい話題の一方で気に留めておきたいのが、SSD価格の高騰だ。
パソコンに接続して手軽に保存容量を拡大できるSSDは、技術の発展とともに年々値下がりしてきた。ところがここへ来て、AIブームのあおりを受け、急激な値上がりに転じている。
米PCガイド誌が米Amazonの価格履歴を追跡したところ、売れ筋1位のCrucial P310 1TB SSDは、2025年6月下旬から7月初旬には最安値の59.99ドル(約9250円)だったが、今年1月現在では106.99ドル(約1万6000円)まで上昇していることが分かった。わずか半年ほどで2倍近くに跳ね上がった計算だ。
アーズ・テクニカは、より大容量の2TBや4TBのSSDは、1TBモデルよりも値上がりがさらに激しいと指摘。容量を問わず、価格が近々下がる気配はないと分析している。セールで安く入手できる機会があれば、今のうちに確保しておくことも一考に値する。
キオクシアに次ぐAIブームの寵児が誕生することを期待しつつ、私たちとしてもブームの動向を見据えた賢い動きを取っていきたい。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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