※本稿は、上村恭介『大人の旧車イズム』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■敗戦から約20年で「世界初」を実現
コスモスポーツは、日本の自動車史に燦然と輝く、技術的象徴のような存在である。単なる世界初の2ローター・ロータリーエンジン市販車という枠を超え、戦後の荒廃から立ち上がった日本の技術者たちの信念と柔軟性、ものづくりの哲学を体現した、歴史に残る名車として位置づけられている。
広島に本拠を置くマツダ(当時の東洋工業)は、第二次世界大戦で甚大な被害を受けた。企業としての体力は極めて低下していたが、そのわずか約20年後に自動車工学史上で唯一無二の革新と言えるロータリーエンジンの市販化を世界で初めて実用レベルにまで高めた。
コスモスポーツこそが、その歴史的背景を物語る証しとなり、日本の技術者精神を象徴する存在として語り継がれている。
■他メーカーは「悪魔の爪痕」を克服できず
ロータリーエンジンの原理はドイツ・NSU社のフェリックス・バンケルが考案したものである。ピストンを持たず、三角ローター(ローターは正確には「三葉ルーロー曲線」に近い形状)とペリトロコイド曲線のハウジングにより吸気・圧縮・爆発・排気を連続的に行う構造を持つ。
構造が簡素に見える一方、実用化には膨大な問題があった。最大の課題は、「悪魔の爪痕」と呼ばれたハウジング内壁の摩耗である。
ローターの頂部に取りつけられる3つのアペックスシールは、通常のガソリンエンジンにあるピストンリングのように燃焼室を密閉するために機能するが、材質が不適切であればハウジングを引っ掻き、微小な隙間を生む。わずかな隙間でも圧縮率が低下し、失火、振動増大、始動性の悪化など致命的な不具合を引き起こした。
当時、NSU社からロータリーエンジンの理論的ライセンスを取得した世界各国のメーカーは、研究段階でこの問題に直面。技術的解決の目処が立たぬ中、次々と撤退していった。そんな状況下でも諦めることなく、逆に実用に耐えうるエンジンとして完成させたのがマツダであった。
アペックスシールの材質研究は金属からセラミック、さらには牛骨まで試すという執念の領域に及び、最終的には振動係数の調整やシール形状、素材などによって世界中のどのメーカーも解決できなかった問題を克服したのだ。
■被爆地の企業がアメリカの技術を取り入れた
特筆すべきは、ローターハウジングの複雑なペリトロコイド曲線である。
数学的に非常に難度の高い曲線であり、当時の自動車メーカーでコンピューター使用が一般的ではなかった時代、マツダは国産メーカーの中でも最も早くコンピューターを導入して形状解析を行った。
このストーリーには皮肉にも、原爆開発を加速させるためにアメリカが導入したコンピューターが、その被害を受けた広島の企業の技術革新にも繋がるという歴史的反転が存在している。
だがマツダはそこに拘泥せず、技術として有益なものは柔軟に取り入れた。ここにも、戦後日本のしなやかさと胆力が表れている。
ロータリーエンジンの開発に従事した技術者集団は、その後、マツダの社長となる山本健一氏を筆頭に「ロータリー四十七士」と呼ばれ、戦後の日本復興を象徴する技術者魂を持った集団として語り継がれている。
こうして完成されたロータリーエンジンを世界で初めて2つのローターを直結して2ローターとして搭載したのが、1967年にデビューしたコスモスポーツ(初期型L10A、後期型L10B)だ。
■マツダ・ロータリーの「始祖」の実力
10A型ロータリーエンジンは、わずか491cc×2ローターの排気量から110psの最高出力を7000回転で発生させる。
その最高出力は後期型では128psまで高められ、最高速度は初期型で185km/h、後期型では200km/hを実現していたのだから驚く。
前輪にはダブルウィッシュボーン式サスペンションを、後輪はド・ディオン式を採用。ロータリーエンジン独特の滑らかな回転フィールは、当時のどのレシプロエンジンとも異なり、まるで電気モーターのように高回転まで振動が少なく吹け上がる特性を持っていた。
2ローターとしても小型でコンパクト。部品点数もレシプロエンジンより圧倒的に少ない。その小型形状が奏功し、コスモスポーツの低いボンネットラインと美しいフロントマスクが実現したともいわれている。
■車体の随所から職人の手仕事を感じられる
車体デザインは、日本車でありながらヨーロッパの本格的な小型スポーツカーのようであり、流線形でシャープなフロントノーズとドアからテールに向かって直線的に引き締められたプロポーションを持つ。リアタイヤ上部がカバーリングされ、空力を意識しつつゴージャスなデザインにまとめ上げられた。
インテリアのデザインも秀逸で、特に運転席周りはドライバーオリエンテッドで飛行機のコックピットを思わせ、多くのカーファンを夢中にさせた。
現在、国内市場に流通する個体は年に数台と極めて少なく、レストア現場にとっても希少車中の希少車である。
ロータリーエンジンは構造が単純に見える半面、レシプロとは異なる専門的知識を必要とする部分が多い。
外装レストアも同様に非常に困難だ。メッキのバンパーやモール、独特の曲線を描くフェンダーラインなど、当時の技術と金型を再現するには高度な工芸的加工技術が求められる。
とはいえ、コスモスポーツはレストアを進める過程で、単なる機械の集合体ではなく、車体の各所から技術者が直接手仕事をして加えた産物であることが明確に感じ取れる。現代車が精密な工業製品へと変革したのに対して、コスモスポーツには職人気質の手作業と手間の積み重ねによる“温度”が存在するのだ。
■「ながら運転」なんてもってのほか
コスモスポーツが誕生した時代には、現代のような厳しい安全規制が少なく、エアバッグが装備されていない車両が多い。中にはヘッドレストやシートベルトすらせずに走行をする事が合法な車両もある。旧車は新車当時の法規が適応されるため、現代の安全基準を満たしていない状態でも公道を走行することができる。
しかし、その危険さは、むしろ旧車オーナーの安全運転意識を高めている。余裕がない車両だからこそ、スマートフォンはもちろん、ナビの操作などの「ながら運転」は皆無であり、現代車よりも事故率が低いといわれる理由もここにある。旧車は運転者に「機械への敬意」と「集中力」を半ば強制する存在であり、それもまた運転の楽しみとして、魅力のひとつとなっている。
■“レアで美しい旧車”を超えた存在
コスモスポーツは、マツダがトラックや三輪車メーカーから脱皮して総合自動車メーカーへと成長する過程で生まれた車であり、技術者たちの信念と柔軟性、そして粘り強さを象徴している。単に“レアで美しい旧車”というだけではなく、日本の工業文化の根幹を示す教科書のような存在として捉えるべきである。そうした意味では、他の旧車とは一線を画す存在となっていると言える。
レストアの現場では、この車に触れるたびに戦後の技術者たちが歩んだ苦難の道のりが蘇る。ロータリーエンジンという世界が諦めた技術を形にした努力は、現代の技術者、そして旧車を愛する者全てにとって大きな示唆を与える。
ただ粘り強かっただけではなく、正面突破できない課題には発想を変え、材料を変え、振動特性を見直し、時には常識を破る手法を試す。コスモスポーツの開発史は、「諦めず、しかし固執せず」という日本的な強さそのものと言えるのだ。
コスモスポーツは単なる旧車ではない。機械としての美しさと歴史的背景の奥深さ、そしてロータリーエンジンという唯一無二の技術を兼ね備えた「名車」なのである。
■「楽で安全な現代車」との違いが魅力的
現存台数は少なく、レストアの難度も高い。しかし、それでもなお多くの愛好家が憧れ、出会いを待ち続ける理由は、コスモスポーツが単なる乗り物ではなく、「日本の誇り」を背負った歴史遺産そのものだからだ。国産名車の中でも、コスモスポーツほど「日本そのもの」と評されるモデルは多くない。
現代車が極度に安楽かつ安全になり、“工業製品としての自動車”に触れている感覚が薄れていく中で、旧車は人間が機械を扱う際の原点を呼び起こす存在となっている。加速・減速・操舵・機械音・振動のすべてに明確な因果があり、乗り手の技量や理解がそのまま走行に表れる。スマートフォンを操作するように“なんとなく扱う”ことは許されず、常に意識的でなければならない。だがその緊張感こそが、旧車にしかない魅力の核となっている。
そして今もなお、コスモスポーツの前に立つ人々は、この車が生まれるまでに積み重ねられた努力と、その背後にある日本人の粘り強さを必ず語る。レストアという作業が単なる修理ではなく、歴史の継承であることを強く実感させられる一台でもあるのだ。
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上村 恭介(うえむら・きょうすけ)
「クラシカ横浜」店長
1988年東京都生まれ、神奈川県で育つ。法政大学在学中にカナダのトロントへ留学。卒業後は自動車メーカーのスズキ株式会社へ入社。その後、株式会社ヨネキチへ転職。取締役として健康食品の企画・製造の責任者を務めるかたわら、同社の車両販売部門であるクラシカ横浜の店長を兼任。クルマに関するYouTubeチャンネル『クラシカch』を運営し、登録者は10万人以上。
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(「クラシカ横浜」店長 上村 恭介)

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