ホンダNSXは日本を代表するスーパースポーツカーとして高く評価されている。クラシックカー専門店「クラシカ横浜」店長の上村恭介さんは「高性能と実用という、相反する要素が見事に両立した車だからこそ、所有者の心を掴んで離さない」という――。

※本稿は、上村恭介『大人の旧車イズム』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■日本の自動車史に名を刻んだ初代NSX
国産車の歴史の中でも、NSXほど特異な位置を占めるモデルは他にはない。
初代ホンダNSX(NA1型)は、単なる高性能スポーツカーという枠を超え、世界に通用する“スーパースポーツカー”を目指した、日本の自動車開発における金字塔である。
その設計思想には、走りへの純粋な追求と日常生活での使いやすさを両立させるという、ホンダならではの独特の戦い方が色濃く反映されている。
NSXの根幹は、ミッドシップ・リアドライブ(MR)レイアウトを採用していることにある。
これは、エンジン(NA1型は、2977ccの水冷V型6気筒DOHC VTEC C30A型エンジンを採用)を車両中央付近、運転席の後ろに配置し、後輪を駆動する方式だ。
エンジンという車の構成部で最も重いコンポーネントを車体の中心近くに置くことで、ヨー方向(回転方向)の慣性モーメントを最小限に抑え、車両の旋回性能を飛躍的に向上させている。
■「運転しづらい」と思わせないスポーツカー
一般的なMR車は、その構造上、居住性や視界を犠牲にしがちである。たとえば、エンジンが運転席の後ろにあるため、エンジン音や熱が室内に伝わりやすく、また後方視界の確保が難しい。これは、レーシングマシン的な走りの楽しさの追求に開発意識を全振りした結果であり、ドライバーに車両への適応を強いるスパルタンな性格になる傾向がある。
過去にイタリアのMRスポーツカーとして人気の高いアルファロメオ4Cに乗った際には、MRレイアウトによる不便さを痛感した。
ドライビングはめちゃめちゃ楽しい。
けれど、同時に運転しづらいなぁ……とも思う。後ろも横も見えないし、街中だと駐車すら怖い。MRだからそれが当たり前、そんな感覚だ。
しかし、NSXは違った。
NSXはMRなのに視認性がすごく良いのだ。そこにまず「日本が造った、ホンダだから成し得たMRなのだ」と感じさせられる。
■視界が良く、市街地でも扱いやすい
そして、それは偶然ではない。ホンダはF1レースなどさまざまなモータースポーツ活動で得た知見と経験を背景に、走行性能だけを極端に追求することもできた。しかし彼らは、「日常で扱えるMR」という矛盾ともいえるテーマに真正面から向き合ったのだ。
日常的な運転環境が考慮されたがゆえにミッドシップ車では異例とも言える広範な視界は、ドライバーの緊張感を和らげ、結果として高い運動性能を安全かつ快適に享受することを可能にした。視界の良さは、市街地での扱いやすさにも貢献している。
NSXの技術的な偉業のひとつに、量産車としては世界初のオールアルミ製モノコックボディの採用が挙げられる。
これにより、車両重量はわずか1350kg(5MT車)に抑えられ、運動性能の向上に大きく貢献している。この軽量ボディにより、V6 DOHC VTECエンジンであるC30A型(最高出力280ps/7300rpm、最大トルク30.0kg-m/5400rpm 5MT車)のポテンシャルは最大限に引き出される。
■MR車の運転には緊張感がセットだが…
C30A型エンジンは、ホンダのテクノロジーの結晶であるVTEC(可変バルブタイミング・リフト機構)を搭載。低回転域では実用的なトルクと扱いやすさを、高回転域では吸気・排気効率の向上による爆発的な加速性能を実現している。
さらに、チタン製コンロッドの採用や、共鳴チャンバー容量切り換えインテークマニホールドシステムなど、当時の最先端技術を惜しみなく投入することで、自然吸気V6エンジンながら高回転域での爽快なフィーリングと耐久性を両立させているのだ。
このパワートレインと軽量ボディ、そしてMRレイアウトの組み合わせにより、NSXは卓越した動力性能と理想的なコーナリング性能を獲得している。
NSXの真価は、その「優しさ」にもある。これは、単に乗り心地が良いというレベルではなく、スーパースポーツカーでありながら、ドライバーにその高性能を押しつけることのない設計思想に由来する。
一般的な高性能MR車は、硬質な足回りやダイレクトすぎる応答性により、常にその「非日常」を主張する傾向がある。路面の段差一つ一つが強烈に伝わり、ドライバーは絶えず車体の挙動に神経を集中させなければならない。
しかし、NSXはダブルウィッシュボーン式サスペンションのセッティングにより、スポーツカーとしての楽しさを確保しつつも、不快な突き上げを巧みにいなす懐の深さを持つ。
■「能ある鷹は爪を隠す」を体現している
この乗り味は、日常の一般道ではまるで運動性能の高い乗用車を運転しているかのような滑らかさとして体感される。
しかし、ひとたびアクセルを踏み込み、高回転域に達すれば、VTECの作動とともにエンジンのメカニカルサウンドと吸気音がドライバーを包み込み、車体との一体感を享受できる。
まさに聴きたい時には聴かせるが、聴きたくない時には静かに構えるという、ドライバーの気持ちに寄り添うかのようなサウンドチューニング。
この「優しさ」は、オーナーがNSXを手放さない大きな理由の一つとなっている。高性能車が持つ特別な所有欲を満たすだけでなく、”操る喜び“が愛着を一層高め満足感を与えてくれるからだ。ドライバーに過度な負担を強いることなく、極限の性能を穏やかに提供するこの特性は、まさに「能ある鷹は爪を隠す」という日本の美学に通じるものがある。
NSXの優しさは、最高の技術力を背景に人を中心に考えるというホンダの哲学を具現化した、時代を超えて愛されるべき名車の証しと言えよう。
■NSXオーナーがなかなか手放さない理由
もちろん、NSXの走りは間違いなくスポーツカーそのものだ。軽快なターンイン、低い重心がもたらす旋回性能、レスポンスの良いエンジンフィール。走り出した瞬間に、ミッドシップのメリットは存分に感じられる。
にもかかわらず、乗り味にはとげとげしさがなく、日常生活では驚くほど自然で馴染む。この“馴染む”という感覚こそ、NSXという車の本質ではあるまいか。
多くのスーパーカーが、まるで誇示するかのように性能を押しつけてくる一方で、NSXは必要な時にだけ牙を見せる。

街中では静かに穏やかにしているのに、サーキットへ持ち込んだ瞬間、「お前、こんなにすごかったのか!」と驚かされる。押しつけがましくないけれど確実に高性能。この二面性は、他のMR車ではあまり見られない。
MR車は本来、不便さと引き換えに得られる走りの楽しさが魅力だ。走りを通じて”機械と対話する時間“を楽しむことこそがMR車の醍醐味と言えるのだ。だがNSXはその楽しさを残しつつ、不便さだけを極力排除している。
「他のMRは“俺に合わせろよ”という雰囲気があるが、NSXはこちらに合わせてくれる」
そんな感覚が、NSXを手放すオーナーが極端に少ない理由の一つとなっているのかもしれない。
■乗れば乗るほど好きになる、そんな車
NSXは生産台数が少なかったこともあり、現在中古市場でも希少車として扱われている。しかし、希少な理由は単に生産数が少ないからではないと考えられる。
その理由は、とにかくオーナーが「売らない」からだ。
所有欲を満たすだけの車はいくらでもあるが、乗れば乗るほど好きになって離れられなくなる車はそう多くない。高性能と実用という相反する要素が見事に両立した車だからこそ、所有者の心を掴んで離さない。

私自身、もともとはNSXに対する知識が希薄であったが、上司である社長が所有していた1台を運転した日、その印象は一変した。
最初は怖かった。乗りづらい車だと思っていた。でも走り出した瞬間、「なんて懐の深い車なんだ!」と一瞬で価値観が変わった。
気づいたら試運転の範囲を大幅に越えて、遠くの街中にまで走りに行っていた。“乗れば分かる”というのはこのことか。まさに、NSXを象徴する言葉だと思った。
■高性能だけど日本らしい優しさも感じる
日本では歴史的価値を“体験”として受け継ぐ文化が弱く、クラシックカーの価値が十分に理解されていない現実がある。
社会的な地位も名誉もあり、高級車を何台も持つ人物も、旧車の前では少年のように謙虚になり「壊れたらどうしよう」「自分が車に合わせないといけないよね」と語る。旧車は、マウントの取りようがない、歴史そのものだ。だからこそ、乗る人の姿勢まで変えてしまうと思っている。
旧車を見に来店されるお客様の姿は、どこかNSXの持つ美学とも重なる。
高い性能があるからこそ優しくなれる。主張しすぎず、しかし芯は強い。その佇まいは、日本の文化や職人性をも象徴しているかのようだ。
NSXは世界と戦うために造られたスーパーカーでありながら、日本らしい優しさを失わなかった。高性能であることを、決して押しつけてはこない。必要な時だけ牙を見せる余裕。乗れば離れられなくなる魅力。
海外のスーパーカーのように派手ではない。だが、その静かな佇まいの奥には、たしかな誇りと情熱が宿っている。強さと優しさ。そんな人間味すら感じさせる車、それがNSXという存在なのだろう。

----------

上村 恭介(うえむら・きょうすけ)

「クラシカ横浜」店長

1988年東京都生まれ、神奈川県で育つ。法政大学在学中にカナダのトロントへ留学。卒業後は自動車メーカーのスズキ株式会社へ入社。その後、株式会社ヨネキチへ転職。取締役として健康食品の企画・製造の責任者を務めるかたわら、同社の車両販売部門であるクラシカ横浜の店長を兼任。クルマに関するYouTubeチャンネル『クラシカch』を運営し、登録者は10万人以上。400本を超える自動車紹介動画を公開してきた経験に基づいた表現でクルマの魅力を発信し、旧車業界を牽引する。

----------

(「クラシカ横浜」店長 上村 恭介)
編集部おすすめ