■ウイスキーの違いはどこからくるか
コンビニの冷蔵ケースを見てうなだれた。「あ、残念。売り切れだ……」
話題のハイボール缶。その人気は、裾野が広い。「角 ハイボール缶」の350mlや500ml缶は、ワンコインでお釣りがくる。しかも「山崎」「白州」と名の付くプレミアムものも量販店に並ぶことがあり、SNSには「買えた」「買えない」の文字が躍ることも珍しくない。
そんな争奪戦も手に入れると忘れてしまう。確かに違うからだ。ウイスキーを炭酸水で割っただけなのに、香りが立って、余韻が伸びる。いったい、この「違い」はどこからくるのだろう――。
多くの人は、原酒の良し悪しだと言う。あるいは、樽が違う、水が違う、設備が違うとも。
最後の決め手は、“人”のチカラらしい。嗅覚、そして官能力。つまり、香りと味の違いを見抜く“鼻と舌の職人技”が、ウイスキーの味を仕上げているという。
そんな職人たちが集結している場所がある。日本最古のモルトウイスキー蒸溜所、サントリー山崎蒸溜所だ。ブレンダー室で主席ブレンダーを務めるのが、輿石太(こしいしふとし)さん(62歳)。2025年、「卓越した技能者(現代の名工)」として厚生労働省から表彰も受けた、名ブレンダーである。
さっそく山崎へ向かった。
■山崎の水から生まれるやわらかさ
京都と大阪をまたぐ天王山のふもと。JR東海道本線の山崎駅から10分ほど歩くと、森に囲まれた煉瓦造りの建物が見えてくる。
「水がやわらかいんです、とても。ウイスキーの味にやわらぎを与えてくれるのが、この山崎の水です」
開口一番、輿石太さんは、ウイスキーを言葉にしてくれた。
ウイスキーは、大麦などの穀物を発酵させ、蒸溜した原酒をブレンドしてできあがる。160万樽にも及ぶ多彩な原酒をブレンドして、いかに求める味をつくり出すか。その役を担うのが、ブレンダーだ。
「ウイスキーの中味の設計者、と言ってもいいかもしれません」
そのために1日100から200種類の原酒を、来る日も来る日もテイスティングする。繊細な香味の違いを評価し、判別し、原酒の個性を見極める。試作をくり返しながら配合を決め、目指す味をつくりだす。こうした近道のないテストブレンドから、1つの商品ブランドが生まれてくると聞き、思わず訊ねた。
■初めての「官能訓練」では惨敗
「色にたとえれば、原酒はさまざまな黄色や青色。それを混ぜ合わせて緑、つまり完成品にするのですが、黄色や青が多種多彩であればあるほど、思い通りの緑がつくれます。だから、少しでも原酒の違いを見極めるために、テイスティングをくり返す。プールに1滴ずつ水を垂らし、その違いを感知するようなレベルです」
数字にすれば、誤差とも思える100万分の1%の違いに気づける力が求められている、とでも言うべきか。しかも、鼻と舌でそれを判断しなければならない。
「1滴足すだけで、味が確実に変わります。後味の余韻が長くなるのです。だから、いったん味が決まっても、“もう1滴”を探してしまう」
だから、攻めるんです。輿石さんはそう言って微笑んだ。
サントリーに入社し、ウイスキーづくりに携わって43年、ブレンダーになって26年。
「まったく違います。ちっとも味覚は、敏感ではなかった。20代のとき、社内で『官能訓練』を受ける機会がありましたが、情けない結果でした」
それは、7段階で薄めた“異臭”の順番を当てる訓練だったという。カビや墨の臭いの希釈段階を嗅ぎわける。当てる人は、みごと当てる。でも、輿石さんはお手上げだったらしい。
「ダメでしたね。ひどいときには、まったく逆さに濃度をよんだりして。まさか今のような自分の未来があるなんて、思いもしませんでした」
■ブレンド職人ただ1つの秘訣とは
ならばなぜ、輿石さんはここまでの能力を身に付けることができたのか。
「数です、数。
輿石さんは、さらに続けた。
「ウイスキーだけではなく、他のお酒も試します。ブレンダーとして酒の個性を見抜くには、何よりもその“数”が必要なんです」
そしてウイスキーには、高品質な原酒の「つくり込み」と、多彩な原酒の「つくり分け」が求められるという。原酒の質が高く、多彩であれば、幅広いブレンドが可能になるからだ。だが、原酒は樽の中で日々、熟成していく。しかも前述の通り、それは160万樽にも及ぶ。だから原酒の「評価」は、経験がモノを言う。
「3年では足りません。少なくとも、5年くらいかけないと、評価はできません。後輩のブレンダーたちには『あせらず、辛抱強くやろうね』と言っています」
しかも、貯蔵庫のどの場所に置かれるかによっても、まったく違う原酒になるという。環境が変われば、熟成速度も変わっていく。
「そうなんです。どの樽に入れたかによっても、違いが生まれます。新しい樽か、古い樽か。新樽だと、木の成分が出やすいので熟成が速いんですが、古樽になるとゆっくり熟成する。熟成が速くて渋みが出ると、使いにくい原酒になる場合もある。ですから、樽の使い方とローテーションを間違えるわけにはいきません」
■ほとんど介在しない科学的分析
現在、山崎蒸溜所には、約10人のブレンダーがいる。原酒のテイスティングはブレンダー室で行われるが、チームにとってそこは、輿石さんから学ぶ場でもある。
「原酒の『仕分け』をここでやります。使える原酒か、そうではないか。どこまで熟成させるべきか。私もこれまで、先輩たちから学んできました。ただし、数値化して伝えられないところが、ブレンダー業の難しいところで」
だから、チームのみんなで議論をするという。試し、話して、共有する。しかも驚くべきことに、そこに科学的分析はほとんど介在しない。数字では測れない世界。「ウイスキーを飲むのは、人ですから」と、輿石さん。「分析器は、アルコール度数を測る機器くらい。あとは、感覚です。どうすれば、もっとおいしくなるかを、チームで詰めていきます」
ここに、職人の世界と組織の世界が同居する。“孤高の職人”では、ブランドを守れない。チームで舌をそろえる。それが、サントリーの流儀だ。
■戦前から「角」に受け継がれるもの
今では、貯蔵庫の環境や樽の個性などから「かなりの数の原酒を把握できている」と、輿石さん。あれは今、こんな状態だろう、来年はこうなるだろうという地図が頭の中にあるらしい。
「だからテイスティングで、『おや?』と感じたら、貯蔵庫の樽を実際に見にいくこともあります」
樽の異変が、味からわかる。とてつもないテイスティングの力だが、これは創業者で初代マスターブレンダーだった鳥井信治郎氏以降、「100年以上にわたって引き継がれてきたものではないか」と、輿石さんは言う。
「日本人に合う、繊細な味わいのウイスキーをつくりたい。そんな思いから創業者は国産ウイスキーに挑んでいったわけですが、忘れられない出来事がありました」
1940年に発売された「サントリーウイスキー 角瓶」を試す機会があったという。「まさしく“角”だ……」と驚かされた。原酒はもちろん違う。だが、背骨と輪郭が同じだった。日本人の味。時代を超えた源流がそこにあった。
「口に含んだ瞬間にふわっと立ち上がるバニラ香、そして飲み口のキレ。戦前当時の原酒を使って、日本人に合う味を実現させていたんです。この繊細さが、何代にもわたってしっかりと引き継がれてきたんだと、改めて実感しました」
■「いつも真っ赤な顔で働いています」
今や世界も、ジャパニーズウイスキーに魅了されている。毎年ロンドンで行われる酒類コンペティション「ISC(インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ)」で、2003年、「山崎12年」が金賞受賞。10年には「山崎1984」が全部門最高賞受賞。近年も23年、24年、25年と、「山崎」ブランドが最高賞を受賞。同一ブランドでの3年連続受賞はISC史上初の快挙となった。輿石さんを今日もテイスティングに向かわせるのは、こうした時を超えるバトンかもしれない。
実は、お酒は強くない。もちろん口に含んだすべてを飲み込むわけではないが、それでも度数の高いウイスキーだ。輿石さんは、顔を赤らめた。
「酔います。いつも、真っ赤な顔をして仕事をしているんです」
平日の朝は4時に起き、朝食はバナナを1本。昼食を口にすることはない。「空腹を感じることはない」そうだ。夜は、お手製のサラダと薄味のうどん。ドレッシングは使わず、オリーブオイルと塩のみ。繊細な嗅覚と味覚を守るため、味の濃い食べ物は口にしない。
だが、週末になると、輿石さんの姿はひそかに変わるという。次回はそのプライベートタイムにも迫ろう。
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上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年、兵庫県生まれ。89年、早稲田大学商学部卒。アパレルメーカーのワールド、リクルート・グループを経て、94年よりフリーランス。広告、記事、広報物、書籍などを手がける。インタビュー集として、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)、『外資系トップの仕事力』シリーズ(ダイヤモンド社)などがある。2011年より宣伝会議「編集・ライター養成講座」講師。2013年、「上阪徹のブックライター塾」開講。日本文藝家協会会員。
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(ブックライター 上阪 徹)

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