なぜ企業不祥事は後を絶たないのか。リスクマネジメントコンサルタントの秋山進さんは「組織のルールそのものが逸脱行為を招きやすい設計になっている場合がある。
その一例が、2019年に注目されたかんぽ生命保険の保険商品における不適切営業問題だ」という――。
※本稿は、秋山進『企業不祥事の真相 「普通の人」を悪者に仕立てる歪んだ構造』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。
■かんぽ生命の「大規模不適切販売」
不祥事が起こるたび、世論は「個人のモラル」「経営者の統率力」「管理職のマネジメント」などに怒りの矛先を向けがちである。しかし、実は、個人や管理職の問題ではなく、組織のルールそのものに問題があり、そのルールのもとで仕事をすると、よほど強い監視の仕組みがない限り、かなりの確率で逸脱行為をしてしまうようなことがある。
ここでは、ルールに問題があるケースとして、
「かんぽ生命保険の大規模不適切販売」
を考えてみたい。
2019年6月、前年のNHK「クローズアップ現代+(プラス)」による報道から火がついたかんぽ生命保険(以下、かんぽ生命)の保険商品における不適切営業問題では、2014~2018年度に行われた特定事案(調査対象となった契約)は18万2912件にのぼると確認された。そのうち、1万2836件が「法令違反または社内規則違反の疑いがある」として募集人調査の対象となり、最終的に法令違反と認定された事案は48件、社内規則違反は622件となった。
対象となった契約者のうち70%以上が60歳を超えており、高齢者を中心とした被害が目立った。その結果、2019年12月、金融庁はかんぽ生命および日本郵便に対して新規の保険販売を3カ月間停止する命令を下し、その後、日本郵政、かんぽ生命、日本郵便の3社の社長が相次いで退任した。
■社員を追い詰めるインセンティブ設計
実はここでも、このルール下で事業を運営すれば、普通の人でも容易に逸脱行為に走ってしまうであろうというインセンティブ設計のまずさが存在したのである。
背景から説明しよう。郵政民営化を経たかんぽ生命は、2010年代後半に「新契約の拡大」を主要な経営指標のひとつに掲げ、日本郵政グループ全体の中期経営計画でも「保障重視の販売」や「保有契約の純増」を明確に打ち出していた。

こうした方針のもと、実際の営業活動を担う日本郵便の渉外社員には、販売件数や保険料額に関して高い目標が課され、その達成状況は社内ネットワークを通じて可視化・共有された。営業成績の優秀者は社内ランキングで公表・表彰され、海外研修旅行といったインセンティブを得る仕組みも設けられていた。
さらに2015年には、日本郵便およびかんぽ生命の渉外社員を対象とした人事制度の改定が行われ、報道によれば、基本給のおよそ1割強を削減し、その分を営業実績に応じて支給される「営業手当」に振り替える仕組みが導入された。この制度改定によって、社員の生活が販売成果に強く依存する構造がつくり出され、結果として「目標を達成しなければ生活が成り立たない」という圧力が現場に浸透することになった。
■「真の新規顧客」を獲得するのは難しい市場環境
そのような追い詰められた状況下にあって、本件は発生した。
新しい保険商品の販売にあたり、販売現場を統括する日本郵便(郵便局)は、営業成績のカウント方法として次のようなルールを運用していた。
・既存のかんぽ生命の契約者に新しい保険を追加契約してもらった場合、新契約から6カ月以内に旧契約を解約すると、新規顧客とはみなされず、営業成績は半分しかカウントされない

・既存契約を解約して新しい保険に乗り換えた場合も、解約から3カ月以上の期間を空けなければ、新規顧客とみなされず、営業成績は半分しかカウントされない
この制度は、既存契約の単なる乗り換えではなく、本当の意味での新規顧客獲得を促すことを狙ったものである。それ自体は営業方針として理解できるが、生命保険文化センターの2019年調査によれば、18~69歳の生命保険加入率は82.1%と、すでに8割超が加入済みであった。こうした市場環境において真の新規顧客を獲得することは極めて難しく、現場の販売圧力を一層高める結果となった。
■不正が常態化・正当化し、違法行為に発展
このような営業評価ルールのもとで、現場はどのように反応したのか。代表的なのは次の2つの不適切行為である。
① 二重徴収:既存契約を解約せずに新契約を追加し、保険料を6カ月間二重に徴収することで新規契約扱いを維持する。


② 無保険期間の創出:旧契約解約から新契約加入まで3カ月以上空けることで、新規契約扱いを得る。
いずれも、顧客利益を犠牲にして営業成績を稼ぐ手法であった。
そして、このように不正が常態化し正当化されると、さらに重大な違法行為に発展する。
報道などによると、
・顧客に無断で申込書を作成・提出し、後から事情を説明すれば許されると考えた(私文書偽造の可能性)

・契約時に顧客が通院事実を申告したにもかかわらず、契約成立を優先して告知書に記載しないよう促した(不告知教唆)

・契約者本人に会わず、親族の書類だけで契約を成立させた(重要事項不告知)
などである。
こうした行為は最終的に、1万2836件もの「法令または社内規則違反の疑い」として募集人調査の対象となったのである。
■制度設計の段階で予測できたこと
もちろん、実際に不適切行為を行った郵便局員は責任を問われるべきである。しかし、このような営業評価指標を設定すれば、どのような逸脱行為(場合によっては違法行為)が発生しうるかは、制度設計段階で予測できたはずだ。
制度策定側は、「多少の逸脱は避けられないが、営業の勢いをつけるためにはやむを得ない」と考えた可能性もあれば、単純に現場の実情を把握しておらず、このルールで正当な新規営業が進むと信じた可能性もある。いずれにせよ、制度導入前に営業担当者へのヒアリングや現場検証を行っていれば、問題発生は容易に想定できたと考えるほうが自然である。
制度設計者が現場に違法行為をさせる意図を持っていたわけではないにせよ、すでに8割の国民が生命保険に加入している市場環境下でこのような評価ルールを導入するのは、極めてリスキーだったと考えられる。
※参考:かんぽ生命保険契約問題特別調査委員会「調査報告書」2019年12月18日
■ルール設計を誤れば、誰もが犯罪者になりうる
このケースを振り返ると、制度や評価のルールの設計を誤ると、普通の人でも合理的に不正に誘導されることがわかる。
不正に関わったのは“通常は誠実に職務を果たしている人”たちである。
彼らを逸脱行為に走らせたのは、倫理感の欠如ではなく、ルールが生み出した「合理的な行動選択」であった。
再発防止のためには、
・組織全体で共有する善悪基準の明確化

・長期・短期の双方に照らした適切な業績評価ルールの策定

・透明性確保とリアルタイム監査の導入

・問題行為に対する確実な懲罰の仕組み
などが必要である。
とりわけ重要なのは、業績評価ルールの設計である。評価の設計を誤れば、不正は必ず起こる。経営陣や幹部は、ルールづくりを単なる管理業務ではなく、組織を守る最重要経営判断と認識すべきである。
ルールは人を守る盾にも、足を踏み外させる坂道にもなる。守れば報われるルールをつくれば、人は健全に振る舞う可能性が高まる。逆に、ルール設計を誤れば、誰もが犯罪者になりうる。ここで示した事例は、その厳粛な事実を突きつけている。

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秋山 進(あきやま・すすむ)

プリンシプル・コンサルティング・グループ代表取締役

リスクマネジメントコンサルタント。京都大学卒業後、リクルート入社。社長室からスタートし、事業企画・商品企画などを担当。
独立後、活動領域をリスクマネジメントに移し、産業再生機構下で再建中であったカネボウ化粧品CCO代行、上場企業の社外取締役や社外監査役、日米合弁企業の執行役員、財団法人の理事、学校法人の監事、NPOの理事長など、多様な組織形態の経営にかかわる業務を遂行する。現在は、リスク管理委員会やコンプライアンス委員会のアドバイザー、ガバナンスやコンプライアンスに関する講演や研修を行っている。著書に、『社長! それは「法律」問題です』(共著、日本経済新聞出版、2002年)、『職場の「やりづらい人」を動かす技術』(KADOKAWA、2018年)、『これだけは知っておきたいコンプライアンスの基本24のケース』(日本能率協会マネジメントセンター、2020年)、『転職1年目の教科書』(日本能率協会マネジメントセンター、2021年)ほか著書多数。

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(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表取締役 秋山 進)
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