企業の価値はどのようにして決まるのか。公認会計士の白井敬祐さんは「株価が高い会社が良い会社というわけではない。
株価はただの人気投票の結果に過ぎない」という――。
※本稿は、白井敬祐・三ツ矢彰『会計が面白いほどわかるミステリ 決算書に隠された7つの罪』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■一時時価総額5兆円を突破したエヌビディア
2025年10月、米半導体大手エヌビディアの時価総額が、世界で初めて5兆ドル(約760兆円)を突破しました。わずか3カ月で1兆ドルを積み増すという異次元のスピード感は、もはや一企業の成長という枠を超え、世界経済の主役が完全にAIへとシフトしたことを印象づけました。
しかし、ここで1つの疑問が浮かびます。――5兆ドルという価値は、本当に妥当なのだろうか?――「AIバブルはいずれ弾ける」と警鐘を鳴らす投資家もいれば、「これはまだ序章に過ぎない」と強気を崩さない専門家もいます。この議論の正体を見極めるには、「ファイナンスの仕組み」を理解しなければなりません。
そこで、エヌビディアのような企業の価値がどう決まるのか、そして私たちが「高すぎる株価」の罠に陥らないために知っておくべき「お金の正体」について、基本から解説します。
■現在のお金を未来の価値で考える
もし、あなたが「今すぐもらえる100万円」と「1年後にもらえる102万円」、どちらかを選べるとしたら、どうしますか。
多くの人は金額の多さや、すぐ手に入ることだけで判断しがちです。しかしファイナンスの世界では、この2つは条件次第では「同じ価値」と考えます。
例えば、今すぐ100万円をもらい、年利2%の定期預金に預けたとしましょう。

1年後の価値:100万円 × 1.02 = 102万円
1年後にはぴったり102万円になりますね。この、お金が時間とともに(利息などで)増えていく価値のことを「時間価値」と呼びます。
逆に、「未来のお金」を「現在の価値」に計算し直すこともできます。
現在の価値 = 102万円 ÷ 1.02 = 100万円
なお、将来のお金を現在の価値に計算し直すことを「割り引く(わりびく)」と言い、計算された現在の価値を「割引現在価値」、計算に使う金利を「割引率」と呼びます。
■未来を現在の価値で見て損得を判断する
この「割引現在価値」の考え方は、企業の重要な投資判断でこそ真価を発揮します。例えば、社長が「1000億円投資すれば、10年後に1500億円になって返ってくる!」と言ったとします。
割引率を5%とすると、10年後にもらえる1500億円の割引現在価値は約920億円です。現在の1000億円を投資して、現在の価値で920億円しか得られない。これは「損する話」だと、冷静に判断できるのです。
この「未来を現在の価値で見る」という考え方は、株価を理解するうえでも重要です。図表4のとおり、株価の正体を知るための、シンプルな公式があります。
■会社の実力と期待度を測る2つのモノサシ
株価は、企業の現在の「実力」だけでなく、投資家たちの未来への「期待」が掛け算されて決まります。
この2つを測るモノサシがEPSとPERです。
1.「企業の実力」を測るモノサシ【EPS】
1株当たり利益(EPS:Earnings Per Share)は、「1株当たり、会社がいくら利益を稼いだか」を示す指標です。EPSが高いほど「実力のある会社」といえます。
EPS(円) = 当期純利益 ÷ 発行済株式数
2.「みんなの期待度」を測るモノサシ【PER】
株価収益率(PER:Price Earnings Ratio)は、「企業の実力の何倍期待されているか」を示す指標です。1株当たり利益(EPS)は1年間の利益なので、今の株価(投資に必要となる1株当たりの値段)をEPSで割ると、「その投資の値段が、何年分の利益に相当するか」がわかり、それは「投資したお金を回収するのに何年かかるか」の目安にもなります。
PER(倍) = 株価 ÷ EPS
■1株当たり利益が同じ会社、どちらが投資に適しているか
ここで、2つの企業を比べてみたいと思います。
この2社の資料を見比べて、あなただったら、どのような投資判断を行うかを考えてみてください。
(A) 株価が高いほうが良い会社だ。帝国製菓に投資すべき。

(B) どちらの株価も割高だ。今は投資を見送るべき。

(C) 角川製菓は地味なわりに株価1000円は期待されすぎており割高だ。


(D) 帝国製菓は、現在の実力に対して株価9000円は期待されすぎており割高だ。
正解はDです。株価という数字の大きさに惑わされてはいけません。株価はただの人気投票の結果にすぎないのですから、重要なのは、その人気が実力に見合っているかどうかです。2社のEPSとPERを整理すると次のとおりです。
帝国製菓 角川製菓

EPS(実力) 100円 100円

株価     9000円 1000円

PER(期待度) 90倍 10倍
両社の稼ぐ実力(EPS)は同じですが、帝国製菓は「投資回収に90年かかる」ほど過剰に期待されています。これはニュースなどによる熱狂が株価を押し上げた「割高」な状態です。もしブームが去り、期待が剥がれ落ちてPERが業界平均の20倍まで下がったらどうなるでしょうか……?
帝国製菓の新しい株価 = EPS100円 × PER20倍 = 2000円
株価は約80%も大暴落してしまいます。これが「期待バブル」の恐ろしさです。
■エヌビディアの時価総額は「バブル」なのか
冒頭に挙げたエヌビディアはどうでしょうか。時価総額5兆ドルという数字だけを見ると、本文で紹介した「帝国製菓」のような危険なバブルに見えるかもしれません。しかし、投資のモノサシであるPER(期待度)を当てはめると、意外な景色が見えてきます。

2025年末時点のエヌビディアの実績PERは約47倍です。一方、ライバルのAMD(アドバンスト・マイクロ・デバイシズ)は110倍(※26年2月現在、約78倍程度に低下)を超えており、市場はAMDに対してより高い成長期待を織り込んでいます。
「あれ? エヌビディアのほうが圧倒的に時価総額が高いのに、PERはAMDより低いの?」
そう思った方は、株価の公式を思い出してください。
株価 = EPS(実力) × PER(期待度)
エヌビディアは株価も上がっていますが、それ以上にEPS(実力)が爆発的に伸びているため、PERが極端に膨らむのを抑えているのです。
■EPSはわずか2年で17倍に
具体的な数字を見てみましょう。エヌビディアのEPSは、ここ数年で驚異的な成長を遂げています。
決算期 EPS(1株当たり利益)

2023年1月期 0.17ドル

2024年1月期 1.19ドル

2025年1月期 2.94ドル

(出所)Kabutanより取得
わずか2年で、EPSは0.17ドルから2.94ドルへと約17倍に膨らみました。単に株価が上がっているのではなく、「稼ぐ力」そのものが爆発的に成長しているのです。
帝国製菓の問題は、EPSが横ばいなのに株価だけが上がり、PERが90倍まで膨らんでいたことでした。一方、エヌビディアはEPSの急成長が株価上昇を「正当化」しているため、PERが47倍に収まっているのです。
ただし、安心するのは早計です。市場平均のPERは一般的に15~20倍程度。
47倍という数字には、依然として「高い期待」が込められています。
この数字が正当化されるには、今後もEPSが急成長を続けるという前提が必要です。もし成長が鈍化すれば、割安に見えた約47倍のPERは一転して「割高」となり、株価は大きく下落するでしょう。市場では「AI投資ブームはいつまで続くのか?」という懸念もささやかれています。
■成長が止まれば状況は一変する
冒頭の疑問に戻りましょう。「エヌビディアの5兆ドルは、バブルなのか?」
答えは、「今のところ、実力(EPS)の急成長に支えられている」です。帝国製菓のように期待だけで膨らんだバブルとは、現時点では性質が異なります。しかし、成長が止まった瞬間、状況は一変します。
ビジネスパーソンとして重要なのは、「高いから危ない」「成長しているから安心」と決めつけないこと。
・「実力(EPS)」がどれほどのスピードで伸びているのか

・その成長に対して「期待(PER)」が過剰になりすぎていないか
この2つの視点を常に意識すること。これこそが、AI時代の荒波を乗りこなすための、本質的なファイナンス思考なのです。

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白井 敬祐(しらい・けいすけ)

公認会計士

2011年、公認会計士試験に合格後、清和監査法人、新日本有限責任監査法人、有限責任監査法人トーマツにて監査業務やIFRSアドバイザリー業務などに従事。
その後、株式会社リクルートホールディングスへ転職し、IFRS連結決算、開示業務などを担当。2021年7月に独立開業。現在は、大手公認会計士試験予備校であるCPA会計学院にてCPAラーニングの実務家講師を務める。「公認会計士YouTuberくろいちゃんねる」を運営。

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三ツ矢 彰(みつや・あきら)

漫画家・イラストレーター

ファンタジーから実務/知識系まで軽快な筆致で描く。

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(公認会計士 白井 敬祐、漫画家・イラストレーター 三ツ矢 彰)
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