人から信頼されるにはどうすればいいか。明治大学文学部教授の齋藤孝さんは「相手の些細な出来事も覚えておいて、ほめることができるかどうかは重要だ。
そのためには、ほめることを想定して『ここが良かった』と思う出来事を記録しておくといい」という――。
※本稿は、齋藤 孝『ほめるは人のためならず』(辰巳出版)の一部を再編集したものです。
■ほめ言葉の出し惜しみグセがついている
「ほめる」=「ポジティブなことをすっと言葉にする」のは意外と難しいものです。
以前、学生が分担で台本を書いて、3人ひと組になり、『源氏物語』全54帖のショートコントをやることにしました。そこで、
「終わった瞬間に笑って拍手をする、そして“面白い!”とひと言言ってね」
こういう条件を出しました。
「どこが面白い」と意見や評価を言うのではなく、ただ、「面白い!」と言えばいいのです。自分の番も回ってくるわけですから、言ってもらった方がいいわけです。ところが、それが初めはなかなかできません。こんなに言いやすい状況なのになぜできないのでしょうか。言葉の出し惜しみグセがついているように見えます。
ご飯を食べて「おいしいね!」と同じで「面白い!」と言えばいいだけです。最初はいろいろなコメントを求めましたが、出てきません。

「ファンタスティック!」
これで行こうかと思いましたが、何だか不自然です。英語ではなく、国語の授業ですから。
■スタンディングオベーションを54回繰り返した
そこで「面白い!」で統一することにしました。
立つ。拍手する。「面白い!」
これをセットにしたら、うまく全員ができるようになりました。
全54帖ですから、54回のスタンディングオベーションです!
最後にはもう、完全に習慣化して、すっと自然に立ってしまうほどです。
初めは発表すると学生たちは恥ずかしがってそそくさと席に戻っていたので、
「喝采を浴びてからにしてね」
と条件をつけたのです。
喝采を浴びる経験は、あまりないものです。
不思議なもので喝采を浴びると、あんなに恥ずかしがっていたのに、どうしたことか。
また前に出たくなるのです。
■エピソードをもとにほめると効果大
先日のことです。
学生が4年生の卒業前に集まりたいと言うのでクラスの30人のうちの20人が集まりました。そのうちのかなりの人数と、思い出を語り合うことになりました。
その学生さんにまつわる思い出でないと意味がありません。
「そういえば、英語のディベートの時の応援がすごい。とても大きな声で励ますように応援していた姿を見て、教師に向いているなと思ったよ」
そんな会話が続くわけです。
これは全て私の記憶に残るエピソードです。具体的なエピソードであればあるほど「それを覚えていてくれたんですね」ということになる。そこでほめることは、自分の記憶に残っていることですからリアルな感じが相手に伝わるのです。
ですから、人間関係の会話においても、記憶は大事です。全部忘れていてももちろん会話はできます。でも、「記憶していて、さっと言える」=「具体的かつ自然にほめること」となるのです。
中には自分は記憶力がよくない。
年のせいで記憶できない。そういう人もいるでしょうが、私は気にしなくてもいいと思います。慣れている領域なら意外と覚えている場合があるので、記憶をチェックするようにしましょう。
具体的なことを思い出せないということもあるでしょうが、まずは思い出す練習をしてみましょう。
■やたらめったらほめても相手を伸ばせない
端的に言えば、正しい称賛、的確な称賛が人を伸ばすのです。やたらめったらほめたところで、ほめた相手が伸びるとは限りません。「的確にほめる」は練習していくと、だんだんその程度がわかってくるようになります。
さらに、「これではお世辞。歯の浮くような言葉にならないように、こう言おう」そういう判断もわかるようになります。その結果、こき下ろす、人を批判する、非難するというのがだんだんなくなってきます。
そうはいってももちろん、相手の悪いところは見えますが、それを指摘するよりは、その時間をほめることに使う方が有益ではないでしょうか。私は教育学者としてこれが教育の本質だなと思うことがあります。

10あったらそのうちの3つをほめればいい。
テニスのコーチをやっていた時に、
「もうちょっとラケットを引くのを早くして、足をこうしてね」
とアドバイスをしたのですが、言い出すとキリがありません。そこを直すと他がまた悪くなってしまうのです。人はできないことを言われてもわからないものです。だから、できている中でいいことを言えばわかるはずだと考えたのです。たとえば球相手が打った中で「いい!」と思うストロークを3つほど選んで伝えます。
そうすると、それがいいんだということがわかるのです。こうしてよいストロークの基準を共有することができました。
■ほめることで目指すべき方向性を共有する
教えるよりもまずは基準の共有が先。
スポーツだけではありません。たとえば書道でも同じです。生徒の側に立つと、まず、先生にお手本を1枚書いてもらって、それを見ながら書きます。
10枚書いたとしたら、そのうち3枚いいものを選んでもらう。3枚のうち1枚でもいいでしょう。「これがいい」と言ってもらうことが大事なのです。
その1枚と先生のお手本を横に置きながら書いていきます。3枚書いたらまた先生に3枚のうちからいい1枚を選んでもらう。それだけで必ずうまくなっていくはずです。
「これだ!」と我々が目指す方向を示すことです。
小学生の時に書道のコンクールがあり、力を入れて書いたつもりでしたが、残念なことに金賞を取ったのは私ではなくクラスメイトの女の子でした。彼女の書を見た時に先生が「この字には勢いがある!」と言ったのです。
よく見てみたところ、筆のかすれがあって、一気に書かれた勢いがあります。確かに……と思いました。私は字を整えることにばかり気を使っていたのです。
だから、どの部分も墨の濃さが一緒。勢いよく運筆しているところはかすれが出るものなのです。それが彼女の字にはあったのです。私たちはそれを共有しました。ただ、今度はみんな勢いがあるということになってしまいましたが……。
■ほめることを想定して出来事をメモしておく
前述しましたが、記憶がはっきりしていると、ほめどころが見つけやすくなります。
卒業式の日には、4年生をひとりひとりほめるのですが、具体的でないといけないので「1年生の時からブックリストのレベルが高かったよね」と、1年生の時の話まで引っ張り出してほめる。そうすると「覚えていてくれたんだ」ということがわかり、学生にとっての最大のほめ言葉になります。それだけ印象に残っていたよということ。
ほめる基盤は「ポジティブなものを見て記憶する」ということです。ほめ言葉を生み出すのには、語彙力が必要だと思われるかもしれません。しかし、記憶しておくとほめる言葉が自然に出てくるのです。
記憶を意識する。
これは記憶力がよい悪いではありません。たいていの人は、自分の関心のある分野に関してはものすごく記憶力がいいものです。
ですので、ほめることを想定しつつ、記憶力を鍛えていく。そのためには瞬間的にメモする、手帳にメモする、スマホのメモ帳でもいいので「これがよかった」と、その時に記録を取っておくとよいと思います。

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齋藤 孝(さいとう・たかし)

明治大学文学部教授

1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー作家、文化人として多くのメディアに登場。著書に『孤独を生きる』(PHP新書)、『50歳からの孤独入門』(朝日新書)、『孤独のチカラ』(新潮文庫)、『友だちってひつようなの?』(PHP研究所)、『友だちって何だろう?』(誠文堂新光社)、『リア王症候群にならない 脱!不機嫌オヤジ』(徳間書店)等がある。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導を務める。

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(明治大学文学部教授 齋藤 孝)
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