※本稿は、河野龍太郎、唐鎌大輔『世界経済の死角』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■「ドル基軸通貨体制」はこの先も続くのか
【唐鎌大輔(みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)】米中の対立が激しくなる中で、アメリカの通貨であるドルを基盤とする世界経済の仕組み、いわゆる「ドル基軸通貨体制」が揺らぐのではないか、という話をよく耳にしますが、河野さんはこの点についてはどう思われますか。
【河野龍太郎(BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト)】戦後、世界の貿易や金融取引でドルが中心的な役割を担う「ドル基軸通貨体制」が続いてきましたが、たしかに、新興国の経済力が増しているため、相対的に見るとアメリカの経済規模は以前ほど圧倒的ではなくなっています。一見すると人民元やユーロの影響力が強まり、ドルの地位が脅かされているようにも見えます。
しかし、実際には、ドル基軸通貨体制は、ここ10~15年の間に、むしろ強化されている側面もあります。
たとえば、日本やヨーロッパの大手銀行は、海外での取引を行う際、まずグローバル金融市場でドルを借り、それを新興国に貸し付けることで利ざやを稼いでいます。
2008年のリーマンショックの際には、こうした日本やヨーロッパの大手銀行がグローバル金融市場でドルを調達できなくなり、一時的な「ドル不足」が世界的に発生しました。そのとき、アメリカの中央銀行であるFRBがベン・バーナンキ議長の下で、グローバルな「最後の貸し手」としての役割を果たすことを決断しました。
■世界中央銀行のような役割を果たしたFRB
【河野】「最後の貸し手」というのは、金融市場を考える際の重要なキーワードです。金融危機が発生したときに、皆が万が一に備えて資金を蓄えておこうとするので、金融市場で資金が不足するようになります。
これは一国の話ですが、グローバル金融市場で危機が起きると、ドル資金の奪い合いが起こったので、FRBがあたかも世界中央銀行のような役割を果たし、各国の中央銀行を通じて、市場にドル資金を供給したということです。
具体的には、FRBはECB、日本銀行、カナダ銀行、イングランド銀行、スイス国立銀行の5大中央銀行に対して、各国の通貨とドルを無制限に交換(スワップ)できる仕組みを導入しました。これが「通貨スワップ協定」です。
当時、各国の大手金融機関が欲していたのは、ドル資金でした。これら5つの中央銀行は、自国通貨ならいくらでも金融市場に供給できますが、ドルを供給できるのは当然にしてFRBだけです。
■中国はFRBになれない
【唐鎌】結果的に日銀は、FRBから調達したドル資金を日本国内の銀行に、ほぼ無制限に供給できるようになり、危機的な事態は収束に向かいましたね。
【河野】はい。その後、コロナショックの際には、FRBはその5大中央銀行に加え、オーストラリアやニュージーランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、韓国、ブラジル、メキシコ、シンガポールなど有力な新興国を含む9つの中央銀行にも、ドルを積極的に供給しました。
結果的にアメリカのFRBは、リーマンショックとコロナショックという2つの危機を通じて、「グローバルな最後の貸し手」としての機能を果たすようになったわけです。
このように、FRBが世界の中央銀行として機能している限り、ドル基軸通貨体制は簡単には崩れないと、これまでは断言することができました。
【唐鎌】アメリカ以外の国の中央銀行が、自国通貨で同じことができるとは考えにくいですよね。
【河野】その通りです。中国が国際的な人民元システムを作り上げたとしても、世界的な金融危機が起きたとき、中国がFRBのように無制限の資金供給を行う能力をすぐに身につけるとは考えにくいでしょうね。
■トランプ大統領のBRICS加盟国に「100%の関税」発言
【唐鎌】ECBは債務危機の際、域内市場を対象として無制限に資金を供給する措置に踏み切ったことがあります。とはいえ、域外市場に向けてユーロを無制限に……というのは難しいでしょうね。基軸通貨であるドルでそれをできるFRBは、やはり特別です。
しかし、そうした圧倒的な通貨を擁しているにもかかわらず、トランプ大統領は2024年11月、再任を控えた段階で、BRICS加盟国に対し「もしBRICS共通通貨を創造し、脱ドル化を進めようとするならば、100%の関税をかける」といった趣旨の脅しをかけました。
BRICS共通通貨など近い将来に実現するとは思えませんが、それでもけん制をかけるあたりに、アメリカの有する特権の大きさと、それを失うことによる損害の大きさをトランプ大統領も認識しているのだと感じました。
【河野】私もトランプ氏の2024年11月のBRICS加盟国への100%の関税発言には、強い興味を持ちました。
現在のドル基軸通貨体制は、アメリカにとって非常に有利な仕組みになっています。通常、新興国が経済力をつけるためには、まず先進国から資金を借りて投資する必要があるはずです。そのため資本が先進国から新興国へ流れるのが、本来の自然な流れです。
しかし、現在の「ドル基軸通貨体制」では、ドルを持たないと新興国は国際金融システムに参入できません。
そのため新興国は、アメリカが発行するドル通貨やアメリカ国債などの負債を手に入れるために、必死に資本輸出をしているのです。つまり、新興国がアメリカに投資しているわけです。
■アメリカの「途方もない特権」
【唐鎌】本来なら資本は先進国から新興国へ流れるものですが、実際には新興国がアメリカのドルを求めて資本を流出させるという、通常とは逆の現象が起きている、ということですね。
【河野】はい。アメリカは経常収支の赤字が続いています。これは、所得よりも個人消費や設備投資などの支出が多いことを意味しています。
本来、こうした状況が続くのは、海外からの借金を重ねているということであり、経済的には不健全なはずです。それでもなお成り立っているのは、新興国が単なる紙切れであるはずのドル通貨やアメリカ国債を喜んで購入しようとするからです。
もしアメリカが、この「途方もない特権」を振りかざすようになれば、たとえば中国が「ドルの代わりに、人民元など複数の通貨を裏付けとした新しい仮想通貨を導入しよう」とグローバルサウスに呼びかける可能性もあります。
「途方もない特権」というのは、1960年代初頭、フランスのドゴール政権の財務相だったジスカール・デスタンが、ドル基軸通貨体制があまりに非対称的であることを批判する際に用いた言葉ですが、当時よりもはるかに特権は強くなっています。
■人民元を基軸通貨は現実的ではない
【河野】現在、国境をまたぐ世界の多くの商取引や金融取引はドルで行われており、各国はドルを外貨準備として保有する必要があります。
しかし、もし中国をはじめとする各国が「互いの通貨を外貨準備として持ち合う」という合意をすれば、ドルの重要性は低下し、各国は外貨準備として保有するドル国債などのドル建て資産を売却することも、理論上は可能になります。
ただ、万が一、中国が人民元を国際通貨にしようとした場合、問題になるのが、「キャピタルフライト(資本逃避)」です。
権威主義国家の中国が金融システムを便利にしすぎると、中国国民が資金を海外に逃避させ、それが中国経済の安定性を損なう可能性があるため、中国は、現段階ではそういった方向に一気に舵を切れません。
そのため人民元を、ドルのように自由に使える基軸通貨にするのは難しいのが現状です。
【唐鎌】実際、これだけ西側陣営と対峙しながら、中国はドル決済圏である「SWIFT(国際送金のための通信ネットワーク)」から抜けていませんよね。ドル決済圏に所属していることのメリットも理解しているのだと察します。
■ケインズが提案した共通通貨
【河野】私もそう思います。そもそも新たな国際通貨制度への移行には、長い年月を要します。ただ、中国主導の国際金融システムを作る方策がまったくないわけではありません。
歴史を振り返ると、現在の国際金融システムは、第二次世界大戦が終結する前年の1944年に、アメリカのニューハンプシャー州のブレトン・ウッズという保養地で作られました。
だから、ブレトン・ウッズ体制と呼ばれていて、このときIMFや世界銀行の創設が決められたわけですが、その仕組みは、アメリカのハリー・デクスター・ホワイトという財務次官補と、イギリス側の代表だった経済学者のジョン・メイナード・ケインズが中心となって設計したものです。
当時、イギリスは基軸通貨の座をアメリカに奪われまいと抵抗しましたが、結局、米ドルが中心の体制になりました。
アメリカの反対で実現しませんでしたが、この「バンコール」というのが、アメリカの「途方もない特権」を抑える鍵になるかもしれません。
こうした背景を踏まえると、中国が、新たな国際金融システムとして「人民元を基軸通貨にしようとする」のではなく、「ケインズが提案したバンコールのような共通通貨を導入しよう」と打ち出すことも、一つの戦略になり得るのです。
【唐鎌】なるほど。必ずしも人民元を足掛かりにしないことで「自国のことばかり考えているわけではない」というアピールにもなりそうですし、一つの可能性として面白いですね。
■新興国は資本規制を歓迎
【河野】ポイントはそこです。この通貨の裏付けとして、人民元だけでなく、インドのルピーやブラジルのレアルなど、主要な新興国の通貨も組み入れるとどうなるでしょうか。
中国にとっては、アメリカから基軸通貨の地位を奪うという大きなメリットを得ると同時に、自国からのキャピタルフライトを抑える効果も期待できます。
さらに、自国だけでなく複数の有力国の通貨を使うという仕組みは、「民主的」であるとの印象を与えやすく、グローバルサウス諸国からの支持を得る可能性もあります。場合によってはヨーロッパや日本に対しても、この通貨制度への参加を呼びかけるかもしれませんね。
ただし、こうした仮想の国際決済通貨、たとえば「バンコール」のような構想がスムーズに機能するためには、一定程度の資本規制が必要となります。
現在のように、グローバルな資本移動が高度に発達した状況下では、新興国通貨を裏付けにした仮想通貨制度がうまく機能するとは考えにくい、という見方も少なくありません。
ただ、そう考える人は、重大な事実を見逃しています。それは、グローバル資本市場の自由化によってメリットを受けているのは、主に先進国の金融機関だけであるということです。
グローバル資本市場の変動に翻弄されてきた新興国は、むしろ資本規制を歓迎すると思います。
■グローバルサウスやBRICsの存在感
【唐鎌】おっしゃるような新しい共通通貨を作る可能性を軽視してはいけないと、私も感じています。日本の報道を見ていると、グローバルサウスやBRICsについて「今後、看過できない存在になる」という危機感はさほど大きくありません。しかし、予断は許さないはずです。
そもそも新興4カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国)の総称でしかなかったBRICsは2011年に南アフリカ共和国が加入し、BRIC「S」と表記されるようになりました。2024年からはイラン、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、エチオピアが加わっています。
このタイミングでサウジアラビアも加わる予定とされていましたが、アメリカと中国の間で緊張感が高まる中、この話をしている今の時点ではまだ最終判断を保留しており、加盟国のステータスにはありません。
また、アルゼンチンが加わる計画もありましたが、2023年8月に加盟を決断した反米左派政権が同年12月に親米政権に代わり、やはり参加が見送られました。
とはいえ、2025年1月にインドネシアが加盟し、現状での加盟国は10カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ、エジプト、エチオピア、イラン、UAE、インドネシア)です。
■日本の為政者が認知すべき論点
【唐鎌】この10カ国だけでも世界の石油供給に占めるシェアは30%程度にのぼり、態度保留中のサウジアラビアが加われば、40%程度にまで高まります。
万が一これらの国々がドル建て取引に執着しないのだとしたら、かなり大きな話になります。
中東産油国は、原油取引の決済通貨をドルに限定した上で、外貨準備としてアメリカ国債を購入・備蓄してきた歴史があります。いわゆる「ペトロダラー体制」というものですが、これがドルの基軸通貨性を支えている部分は小さくありません。
しかし、たとえば、中国がBRICSの加盟国やグローバルサウスの国々を人民元経済圏に取り込み、原油取引の人民元化などに踏み切る可能性は、絶対にないとは言えないはずです。ペトロダラー体制ならぬ「ペトロ人民元体制」といったところです。
もちろん、一夜にしてそうなるとは思いませんが、中国がドル一強体制に挑戦する姿勢を持っていることは、現実感を持って認識すべきだと思います。日本の為政者においても認知していただきたい論点と感じます。
■「それならクラブから抜けよう」となるか
【河野】ポンドからドルへの基軸通貨の移行には30~40年の長い年月を要しており、一夜にして事態が変わるという話ではありません。皆が使うから自分も使うという「ネットワーク外部性」や様々な制度的補完性が働くため、現行の基軸通貨には相当に強い慣性が働きます。
ただ、この議論が「遠い未来の話」とは言えなくなってきたのは、トランプ政権下で大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長に指名されたスティーブン・ミランという人物が、2024年11月に公表した論文の中で、次のように主張しているからです。
「各国は安全保障や国際金融システムに“ただ乗り”している。その恩恵を受けている以上、相応の費用を負担すべきだ」と。しかし、我々からすれば、そもそもこの「ドル国際金融システム・クラブ」はアメリカが創設し、アメリカ自身が「途方もない特権」を享受している体制です。
それにもかかわらず、「さらに会費(負担)を引き上げます」と言われたら、「それならクラブから抜けよう」と考える国が出てきても不思議ではないはずです。
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河野 龍太郎(こうの・りゅうたろう)
BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト
東京大学先端科学技術研究センター客員教授。1987年、横浜国立大学経済学部卒業。住友銀行、大和投資顧問、第一生命経済研究所を経て2000年より現職。23年より東京大学先端科学技術研究センター上級客員研究員を兼務、25年より同大客員教授。日経ヴェリタス「債券・為替アナリストエコノミスト人気調査」で、2024年までに11回の首位に選出。著書に『成長の臨界』、『グローバルインフレーションの深層』(ともに慶應義塾大学出版会)、『日本経済の死角』(筑摩書房)など。
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唐鎌 大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト
2004年、慶應義塾大学経済学部卒、JETRO(日本貿易振興機構)、日本経済研究センター、欧州委員会を経て08年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。財務省「国際収支に関する懇談会」委員(24年3月~)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(24年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(ともに日経BP)など。TV・ユーチューブ出演:テレビ東京「Newsモーニングサテライト」、TBS CROSS DIG with Bloomberg「CROSS DIG Economic Labo」など。Note「唐鎌Labo」で考察を発信中。
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(BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト 河野 龍太郎、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト 唐鎌 大輔)

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