※本稿は、角幡唯介『43歳頂点論』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■以前の40代のイメージ
30代前半ぐらいまで、40以降の人生について次のようなイメージをいだいていた。
40をすぎると加齢で身体が動かなくなり、現役の探検家としての活動はむずかしくなるだろう。
身体能力が落ちていくのに、それまでの生き方にしがみつき、若い頃とおなじ活動に執着するのはどこかみじめだ。長い人生、年齢相応の生き方があるわけだから、加齢に抗わず活動をシフトチェンジしてゆくのがカッコいい大人というものではないか――。
では具体的にどのような生き方を想定していたかというと、それは取材作家として仕事をつづけることである。
27歳から32歳まで新聞記者として勤務していた経験があり、それがきっかけで私は物書きに転じた、ということはすでに書いた。
学生時代からつづける登山・探検活動は、私にとっては生きることそのものなのでやめられない。しかし文章を書くのも面白く、これまたやめられない。
ならば探検してそれを自分の言葉で物語にしあげるのが生き方としてベスト、ということになり新聞社を退職してフリーの身となった。
■三人称文体のほうが書いていて面白い
他者を取材して書くことは、自分の行動や頭のなかを文章に置きかえるのとはまたちがった魅力がある。
自分のことは主観的な視点で書くので文体は一人称となる。だが、他者の話を書くときは俯瞰的視点から三人称で語る文体となる。
一人称文体は私そのものだが、三人称文体は客観的な立場にたつので、私と文章とのあいだにどこか適度な距離が保たれ、文章のリズムがまったく異なったものとなる。
純粋にライティングの魅力でいえば三人称文体のほうが書いていて面白い。もともとそんな感覚があったので、40を過ぎて体力が落ちたら探検、登山、冒険は趣味的レベルにとどめ、仕事としては取材作家に専念するんだろうなぁと漠然と想像していた。
ではなぜ40以降をこんなふうにとらえていたかというと、経験が浅かったがゆえに加齢の妙味を読み誤っていたからだと思う。
当時は体力まかせで山に登ったり極地で旅をしたりしていたので、経験がもたらす世界の拡大に想像がおよばず、40以降を単なる下降期としてしか認識できていなかった。
ところが現実にはどうか。48歳の私はいまだにバリバリで極地探検をつづける一方、40以降に本格化すると予想していた取材活動からは完全に手を引いた。私は人生を読みちがえていたらしい。
■取材をやめた理由
余談だが取材(ここでは事実を突き止めるため他人にインタビューすることとする)をやらなくなったのには、はっきりとした理由がある。
30代後半の頃、操業中に漁船が沈没して漂流した沖縄のマグロ漁師をテーマにとった『漂流』(新潮文庫)という本を書いたのだが、その取材で彼の足跡をたどるうちに、私は彼の故郷である伊良部島(いらぶじま)の漁村佐良浜(さらはま)の海洋民文化にすっかり魅了されることとなった。
彼の人生を支配し、その行動に決定的な影響をあたえた佐良浜の特異な歴史と文化。そのエートスが臓腑(ぞうふ)にまでしみこんだがゆえに漂流した漁師。
取材をすすめるうちに私のなかに、このふたつを重ね合わせることで海と人間という抽象的なテーマでノンフィクションを書けるのではないか、という野心がめばえた。
そしてなんとか書き上げたとき、しかし私はふたつの矛盾する思いに引き裂かれたのだった。ひとつは海と人間を深く考究する作品ができたという満足感だ。
多くの漁師、島民に話を聞き、カツオ漁船やマグロ漁船にのり、漂流現場のフィリピンにも何度か足をはこび、取材のかぎりをつくすことで、海に生かされ、海に殺される人間の生き様を描くことができた。そういう自負があった。
■実体験ではない以上、究極のところはわからない
でも一方で、これだけ深掘りできた自負があるのに、究極のところはわからなかったという虚しさが拭えない。実体験ではない以上、他人のことをどんなに取材しても決定的なところはわからない、そんな無力感だ。
漂流も海洋民文化も私自身の経験ではない。
他人に話を聞いてどんなに心を揺り動かされたところで、そこから生まれる言葉は最後まで解釈の枠を出ない。なぜなら私は当事者ではないからだ。これは読み手がどう思うかの問題ではなく自分自身にたいする言葉の説得力の問題である。
つまり、経験が根拠になければ自分自身への決定的な説得力をもちえず、それが真実だと確信できず、どこか居心地が悪いのだ。
それ以来、私は取材から身を引き、基本的に一人称による文章作品だけを執筆することに決めた。それが39歳のときだ。
■自分の内側を根拠にして言葉を生み出す
そのころはまだ三人称作品を書きたいというライターとしての欲求は多少あったが、自分にたいして説得力のある言葉が生まれないならあまり意味がない。それからは自分の行為が根拠となったものだけを書くことにした。
同時に実体験にもとづく探検ドキュメンタリーのほうも、そのころから書き方を変えるようになった。
私がめざすのはいつも人間のいない荒野の真っ只中である。しかし、自然のなかを旅しても日々は単調で、極論すると遭難でもしないかぎり書くに値するような面白いことは何もおきない。
単独行だと会話すらないのだから、自然のなかの旅ほど執筆にむかないものはないわけだ。そのため、30代前半までは自分の探検と過去の探検家の行動をクロスさせる構成で本を書くことが多かった。
過去の探検史を交差させることで内容はスリリングになり、作品のリーダビリティーも高まる。しかし40歳を境にこれをやめ、自分の行動の動機やひっかかりを深く分析し、それを言語化することに努めるようになった。
自分の内側を根拠にして言葉を生み出す、という意味では、これも取材をやめたのと理由はおなじである。
■経験をもとに思考し生まれる言葉の説得力
経験をもとに思考すると、不意におそろしく説得力のある言葉が生まれる瞬間がある。
読書をつうじて獲得した知も、ただそれだけでは通り一遍の情報にすぎないのだが、そこに経験の作用がくわわると、表面的なものにすぎなかった知が骨の髄までしみこみ、ああそういうことだったのかと腑に落ちて、言葉そのものが私という存在を、私をとりまく世界をつくりあげる重要な成分となり、生きることの豊かさを増すのである。
言葉は私と外の世界とをつなぎとめる結節点だ。真に説得力のある言葉を数多く見つけ、それで外界を理解することにより、無味乾燥だった外界は私とのあいだに有機的連動をおこし、豊かで深みのある世界にかわる。他人に話を聞いたり、本で仕入れた知識で内容をごまかしたりしても世界を深める本質的な言葉は見つからない。
執筆スタイルの変化を見ても30代後半から40歳ごろにかけて、私は経験がもつ力に覚醒していったのだと思う。
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角幡 唯介(かくはた・ゆうすけ)
ノンフィクション作家 探検家
1976年、北海道芦別市生まれ。
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(ノンフィクション作家 探検家 角幡 唯介)

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