■逆説①「Suicaは決済手段ではない」
【田中道昭教授(以下敬称略)】10年計画の未来構想「Suicaルネッサンス」が打ち出されたのは2024年12月でした。メディアは「決済競争に本格参入か」と騒ぎましたが、私にはむしろ「Suicaは決済手段ではない」という逆説に映りました。
【JR東日本・喜㔟陽一社長(以下敬称略)】おっしゃる通りで、私たちが目指したのは、移動や少額決済のデバイスから、お客様の生活と深くつながる「生活のデバイス」への進化です。チャージ上限を2万円から30万円に引き上げ、コード決済やビューカードと連携させたのもその一環です。
【田中】決済市場ではQRコードも含めてデジタルプレーヤーがしのぎを削る一方、JR東日本には巨大な基盤があって、喜㔟社長はさらに先を見据えて、顧客と「豊かな時間」の共創に取り組んできた。
【喜㔟】豊かな時間づくりのお手伝いができるから「生活のデバイス」になるのだと思います。昨年12月に発表した「ご当地Suica」では、地域内の決済だけでなく、行政サービスとも連携します。マイナンバーカードと連携させれば、公共施設や医療機関の受付、給付金の申請と受け取りまで可能になる。
災害時の避難所では、救援物資を受けとるたびにSuicaをタッチする仕組みもつくる。安否確認にもなって、何日も利用しないと様子を見にいく。
■「3つの革新」が足枷になっていた
【田中】JR東日本といえば、新宿に本社がある中央集権的な会社という見方が当たり前でした。しかし直接お話をうかがうと、地域共創への熱意が伝わってきます。喜㔟社長がこだわるのは、人びとの暮らしや気持ち、そして共創によって地域の誇りを高めることですね。
【喜㔟】もちろん東京も元気でバリューの高い空間でなければいけません。しかし忘れてならないのは、われわれの会社が地域の皆様に支えられていること。だから教育、医療、観光などの課題にも、われわれの事業を通じてお役に立ちたい。地域の皆さんにしっかり伴走して、豊かな地域社会づくりにこだわっていきたいですね。
【田中】Suicaルネッサンスには、もう一つ重要な視点がありますね。01年11月のサービス開始時、Suicaには3つの革新がありました。タッチアンドゴー、2万円上限、事前チャージです。しかし今、この3つが逆に不便さの原因になっているのではないかと。
【喜㔟】そうなんです。両手に荷物を持ったお客様、ベビーカーを押すお客様は、いちいち立ち止まってタッチしなくてはいけない。だからタッチ不要の「ウォークスルー改札」が求められる。27年春には、広域品川駅エリア――高輪ゲートウェイ駅を中心とした5駅で、電波を通じたウォークスルーを実現します。地方ではGPS機能と人工衛星を使って位置情報で認識するため、改札機そのものが不要になっていきます。
■タッチを超えるSuicaの使い道
【田中】改札の「タッチ」という当たり前を超えるわけですね。
【喜㔟】はい。2万円の上限も、先ほどのコード決済やビューカードと紐づけて、30万円程度まで利用可能にします。事前チャージも、カードの与信枠と連携することで不要。まず、この3つの不便を超える。
その先に、Suicaの新しい当たり前をつくります。高輪ゲートウェイのレジデンスに住む方の睡眠情報や健康情報をSuicaに集約すれば、快適な睡眠をリコメンドしたり、体調に合わせたお食事を提案したりできます。
【田中】Suicaルネッサンスの背景には、JR東日本の経営哲学の大きな転換があると見ています。御社の経営ビジョン「勇翔2034」では、従来の「安全第一」から、「安心」そして「感動」へと価値がシフトしている。マズローの欲求5段階説で言えば、低次の「生理的欲求(移動したい)」や「安全欲求」から、高次の「自己実現欲求(自分らしく時間を使いたい)」へと進化しているのではないでしょうか。
■「安全」の主語は鉄道会社、「安心」は利用者
【喜㔟】その通りです。「安全第一」は設立当時からの原点ですが、今はグループを挙げて「究極の安全」を追求しています。安全に絶対はありません。ただ、われわれはプロですから常にゼロを目指します。
今回の新しいビジョンでは、「安全」という言葉を「安心」に置き換えました。安全はオペレーションに携わる側から見た言葉ですが、お客様の視点から捉え直すと、やはり安心なんです。安全の先に安心があるのではなく、究極の安全に取り組むことによって、お客様に安心を感じていただけるということです。
【田中】「安全」の主語は鉄道会社、「安心」は利用者。
ビジョンの中心にある「当たり前を超えていく」は、感動を生む条件そのものです。期待を超える、当たり前を超えるから感動が生まれる。
■「首都圏~青森の移動に一晩」かけるワケ
【喜㔟】「当たり前」には2つの意味があります。一つは、お客様や地域の皆様がJR東日本グループに抱いている「ここまでの会社」というイメージを超えていくこと。もう一つは、社員一人ひとりが自分たちの仕事に対して無意識につくっている制約や垣根を超えていくこと。この内と外、2つの当たり前を超えて、安心と感動をお届けしたいんです。
【田中】その象徴となるのが、27年度に運行予定の新たな夜行特急列車ですね。速さではなく、時間を楽しむ旅の提供。
【喜㔟】個室タイプの寝台で、東京を夕方以降に出て、青森に翌朝に着くような列車です。ゆったりと夜を過ごし、まさに時間を楽しんでいただく。
【田中】移動の会社ではなく、「人の時間をつくる会社」になるんですね。効率性や移動時間の短縮だけでなく、移動の前後でいかに豊かな時間を過ごせたかに着目されている。まさに自己実現を支えるインフラへの進化です。
■逆説②「高輪ゲートウェイは不動産開発ではない」
【田中】もう一つの逆説が「高輪ゲートウェイは不動産開発ではない」。
【喜㔟】オフィスビルを並べれば収益は最大化できます。しかしレジデンス棟も学校も病院も複合的な文化施設もつくりました。
われわれが目指すのは、100年先を見据えて心の豊かさをつくる実験場です。キーワードは「心の豊かさ」と「実験場」。あそこに集うスタートアップや国内外の企業、アカデミズム、住む方、オフィスワーカー――そういう皆さんと一緒にイノベーションを起こし、社会実装できるレベルになったら、社会に広げていく。課題が生まれたら、また高輪に戻っていく。
【田中】自己実現を支える場への進化ですね。
【喜㔟】そうなんです。Suicaルネッサンスを進めると、改札の概念が消えます。駅ソトと駅ナカの境界がなくなり、街の延長線上に駅がある。駅のホーム上にクリニックや教育機関をつくり、エンターテインメント施設もつくっていきたい。
お客様の生活を起点にして、お客様が集まる駅空間をデザインする。「Beyond Stations」と呼んでいます。
【田中】鉄道ネットワーク型まちづくり「J-TOD」の実験場として、高輪で実装したものを地方の駅へ水平展開していく。
【喜㔟】高輪はあくまで実験場であって、ここで得た知見やノウハウをネットワーク全体に展開していく。駅のあり方を変えれば、地域のあり方も変わっていく。その可能性を追求していきたいと思っています。
■国鉄民営化後「1期生社長」のミッション
【田中】組織改革も大胆ですね。今年7月、36事業本部制へ移行される。
【喜㔟】今の組織は、第一線でサービスを展開する組織、エリアを管轄する支社や本部、そして本社という三層構造です。7月1日に中間層を廃止して、現在の12エリアを36の事業本部に分けます。お客様のマーケット、地域の期待、運行形態などを見て36に分け、意思決定を現場に近づけます。
駅員の仕事をやりながら、観光の活性化や地域の産業振興も自分の仕事としてできる。グループ全体の成長と、社員一人ひとりの働きがいや成長の実感を持てる組織にしていきたい。国鉄時代の業務執行体制を超え、その先にある組織を目指しています。
【田中】最後に、経営者としての哲学をお聞かせください。
【喜㔟】私は国鉄が民営化されて初めて採用になった社員です。国鉄と、本当の意味での民間会社としてのJR東日本との大きな節目をつけなきゃいけない――これがずっとミッションだと思っていました。
鉄道を祖業として守りつつも、モビリティ事業と生活ソリューション事業の「2軸の経営」を推し進める。デジタルの基盤で新しいビジネスストラクチャーをつくって、新しいJR東日本グループをつくっていく。その峠に自分は立っているんだという意識が常にあります。
大切にしている言葉は2つあって、一つは「我より古(いにしえ)を作(な)す」。前例にとらわれず、自分自身が未来の前例をつくる気概でやっていくということです。もう一つは、困難な状況に直面して初めてその人の真価や意思の強さが明らかになるという「疾風に勁草(けいそう)を知る」。時代環境が激しく変わる中にあっても、JR東日本グループは常に強く立っていける企業グループでありたいです。
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喜㔟 陽一(きせ・よういち)
JR東日本社長
1964年生まれ。89年、東京大学法学部卒業後、JR東日本入社。2018年常務、21年副社長を経て、24年より現職。
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田中 道昭(たなか・みちあき)
日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(JR東日本社長 喜㔟 陽一、日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=伊田欣司)

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