※本稿は、出口治明『誰も行ったことのない場所へ行こう。そして誰もやらなかったことをやろう。』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■「怠慢」で人間関係はおかしくなる
人間関係をおかしくする最大の要因は、コミュニケーションの失敗です。個人と個人の話にとどまりません。歴史を振り返っても、情報共有の失敗による失策があります。
ビジネス上のつきあいであれ、家族や友人同士であれ、人と人の関係は不安定なものです。多くの関係にはやがて「別れ」が訪れますが、出会ってから別れるまでのあいだにも、さまざまな形で関係は揺れ動きます。
あなたにも、身近な人とのあいだに気まずい空気が流れたり、ちょっとしたことで感情的に対立して、お互いに不愉快な思いをした経験があるでしょう。その原因は何だと思いますか?
一方が「相手を困らせてやろう」という悪意を抱いているケースもあるとは思います。利害が激しく対立すれば、人間は相手の気持ちを傷つけることも厭い といません。
でも、そこまで明確な悪意を持った時点で、その人間関係はすでに破綻しているともいえるでしょう。問題は、お互いに悪意はなく、相手との関係を壊すつもりもないのに、不穏な空気が生まれて人間関係がギクシャクするケースです。
そうなる原因は、人と人が何でつながっているかを考えればわかるでしょう。人間同士の結びつきでもっとも大切なのは、いうまでもなくコミュニケーションです。したがって、人間関係をおかしくする最大の要因もコミュニケーションの失敗にほかなりません。
「世の中のいざこざの因になるのは、奸策や悪意よりも、むしろ誤解や怠慢だね」(竹山道雄訳、岩波文庫)
これは、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』の中で、主人公のウェルテルが友人に送った手紙に書いた言葉です。
ウェルテルの母親と親戚の叔母の関係がおかしくなり、母親は叔母のことを悪しざまにいうのですが、彼が見るかぎり、叔母はそんなに悪い人ではない。いざこざを生んでいるのは悪意ではなく、誤解や怠慢だというわけです。
ここでいう「誤解」がコミュニケーションの問題であるのは誰でもわかるでしょう。では「怠慢」とは何かといえば、こちらもコミュニケーションの話です。
コミュニケーションのズレや行き違いが「誤解」なら、「怠慢」はコミュニケーションの欠如。
■「以心伝心」はトラブルのもと
古来、日本では「以心伝心」が美徳とされてきました。口に出していわなくても相手に真意が伝わるのが良い関係だというわけです。
その背景には、「和」を重視する文化があったのかもしれません。自分の意見をはっきりと口にすると波風が立ち、周囲との摩擦が生じるので、そういう人は協調性がないと見なされました。だから日本では、「空気」を読んで、相手が黙っていてもいいたいことを忖度する人が好かれてきたのでしょう。
でも、いまや「以心伝心」はトラブルのもとでしかありません。同じような価値観やライフスタイルを持つ人々だけで暮らしていた前近代の小さな村社会ならともかく、近代社会は多様な人々の集まりです。「いわなくてもわかってくれる」などということはあり得ません。
いや、昔の村社会だって、コミュニケーションの怠慢によるトラブルはいくらでもあったでしょう。たしかに「以心伝心」で人間関係がうまくいくこともあったでしょうし、それはそれで居心地がよいのかもしれませんが、言葉にせずに伝えられることには限界があります。
たとえば、コミュニケーションの怠慢によるいざこざの中でもよくあるのは、「イベントへの誘い忘れ」です。
こういう場合、幹事が「あの人は呼びたくない」と悪意を持ってわざと声をかけなかったこともないわけではないでしょうが、ほとんどは「誘い忘れ」です。
幹事は「声をかけなくても来るだろう」と思っていたけれど、相手は誘われないから自分がのけ者にされたと勘違いして腹を立てる。よくあることです。
■ギリシャ神話で大戦争が起きた背景
もし何かの事情でその人を誘わないことにしたとしても、それを事前に伝えないのは怠慢でしかありません。それが「以心伝心」でわかり合えるわけがないからです。
コミュニケーションに手を抜かず、「今回は急な日程だったから、たまたまその場にいる人だけで決めた。次回はぜひ」とでもいっておけば、人間関係に波風が立つことはないでしょう。
イベントへの招待といえば、ギリシャ神話にもこんな話があります。開催されたイベントは、英雄ペレウスと海の女神テティスの結婚式。大神ゼウスによって盛大に開かれたのですが、そこに不和の女神エリスが招待されませんでした。
怒ったエリスは結婚式に乱入し、「いちばん美しい人へ」と書かれた黄金のリンゴを投げ込みます。すると、美貌に自信のあるヘラ、アテナ、アフロディテという3人の女神が「これは私のものだ」とそのリンゴを奪い合いました。招待しなくても結局は面倒なことになるのですから、さすがは不和の女神です。
そして、このつまらない争いがきっかけとなって、戦争が始まりました。10年にもおよんだトロイア戦争です。事前に適当な理由をつけて招待しないことを伝えておけば、エリスも乱入まではしなかったでしょう。
その些細なコミュニケーションをしなかったことで大戦争になったのですから、やはり手抜きはいけません。
■日露戦争の終わらせ方に怒った暴徒たち
もうひとつ、コミュニケーションにまつわる戦争の話をしておきましょう。こちらは神話ではなく、現実に起きた日露戦争の話です。
当時、明治政府の元老だった伊藤博文は、1904年にロシアとの戦争が始まったときから「終わらせ方」を考えていました。強国ロシアが相手では勝ち目が薄いのはわかっていたので、できるだけ早く有利な条件で停戦条約を結ぶ作戦を立てたのです。
そのために伊藤は、米国大統領のルーズベルトと親友だった金子堅太郎を派遣し、戦争終結の斡旋を依頼させました。
これが功を奏して、ロシアは劣勢だった1905年にルーズベルトの斡旋に応じ、日露両国はポーツマス条約を結んで講和したのです。これ自体は、先手を打った伊藤の外交センスが光った出来事でした。
しかしこの講和で日本はロシアから賠償金を取れなかったため、国民は納得しません。ポーツマス条約に反対する国民大会が東京の日比谷公園で開かれたときには、怒った暴徒たちが新聞社や内務大臣官邸を襲撃し、多くの交番や警察署などが焼き討ちされる事件が起きました。
伊藤の見事な手腕によってうまく講和できたのにこんなことになってしまったのは、政府や報道機関と国民のあいだの「コミュニケーション」に問題があったからです。
ロシアとの総力戦で戦費も兵力も底をついていた日本は、日本海海戦などで勝利はしていたものの、すでに継戦能力を失っていました。戦争が長引けば、ロシアの巻き返しによって負けた可能性が高いでしょう。
ところが国民は、そういう現実を知らされていませんでした。国民が見聞きしたのは、「日本軍がロシア軍を叩き潰した」といった威勢のよい報道ばかり。
だから「勝利のために若い兵隊たちの命がたくさん失われたのに、賠償金も取らないとは何事だ!」と義憤に駆られたのです。
■「情報の共有化」の大切さ
また、米国のルーズベルト大統領が停戦のために尽力してくれたことも伝わっていませんでした。
これでルーズベルトの親日感情も失われ、やがて米国には日本脅威論が生まれました。それがなければ、のちの第二次世界大戦は違うものになっていたかもしれません。
ここから学ぶべきは「情報の共有化」の大切さです。「いわなくてもわかるだろう」とコミュニケーションで手を抜くのは、情報の共有化をサボることにほかなりません。
個人と個人の人間関係も、政府と国民という大きな関係も、コミュニケーションを怠らずに正しい情報を共有しないと、思わぬトラブルを招いてしまうのです。
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出口 治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)前学長・名誉教授
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒業後、日本生命保険に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年、ネットライフ企画(現・ライフネット生命)を設立し、社長に就任。2012年に上場。2018年よりAPU学長。読んだ本は1万冊超。主な著書に『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『全世界史』(上・下、新潮文庫)、『一気読み世界史』、『一気読み日本史』(日経BP)、『自分の頭で考える日本の論点』(幻冬舎新書)、『教養は児童書で学べ』(光文社新書)、『人類5000年史』(I~V、ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義』シリーズ(文春文庫)、『日本の伸びしろ』(文春新書)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『復活への底力』(講談社現代新書)、『「捨てる」思考法』(毎日新聞出版)など多数。
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(立命館アジア太平洋大学(APU)前学長・名誉教授 出口 治明)

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