リタイア後のシニア男性は、社会とどのようにつながるのか。中高年層の取材を長年続けているジャーナリストの若月澪子さんは「地域社会のつながりが失われた今、シニア男性はお金を稼ぐか、お金を払うかしなければ社会との接続が難しい。
こうした層を、『フリマアプリ』が無料・低額でつないでいる」という――。
■「出会い系」2.0のゆるさ
春は出会いの季節。別れの季節。そして引っ越しの季節。引っ越しをしなくても、不用品が一年で最も排出される季節。
そして家から出てきた不用品はこの「SDGsなご時世」、見知らぬ人の元へ旅立つこともある。
「私は赤いスポーツカーで向かいます。70代のおじいちゃんです」
この日、埼玉県在住のTさん(77歳)は自宅近くのコンビニの駐車場で、「白いニット帽の女性」を待っていた。サングラスをかけたTさんは、クリーム色のウインドブレーカーに、スポーツブランドのキャップ帽をかぶった、ごく普通のシニア男性である。
Tさんは自慢の赤いホンダのスポーツカーの運転席に座り、周囲をうかがう。「一体どんな人が来るのだろう」。Tさんがその女性と会うのは、今日が初めてだ。

待ち合わせの12時半よりも少し早く、30代くらいの白いニット帽の女性が現れた。Tさんのスポーツカーに近づいてくる。
「こんにちは。どうもありがとうございます」
Tさんは運転席から降りて車のトランクを開け、「ブツ」を女性に見せた。Tさんと女性をつないだのは、不用品の譲渡アプリ「ジモティー」だ。
Tさんは自宅に不要な中古テレビがあったので、これを「500円で売ろう」とジモティーに掲載したところ、この女性がメッセージをくれたのである。
■おじいちゃんがスポーツカーで“配達”
女性はここまで電車と徒歩で来たという。19インチの薄型テレビだが、女性に徒歩で持ち帰らせるのは気が引ける。聞けば彼女は車で20分くらいのところに住んでいる。Tさんはサングラスを額に持ち上げながら言った。
「しょうがないな、車で家まで送ってあげるよ」
女性は遠慮しながらも「じゃあ、お言葉に甘えて」と、Tさんのスポーツカーの後部座席に滑り込んだ。知らない男性の車に平気で同乗するのは、自分が「おじいちゃん」だからなのだろうとTさんは考える。

ジモティーは不要品を譲渡するプラットフォームとして、2011年にリリースされた。不用になった衣類やおもちゃ、家具や家電などを自由に投稿でき、地域密着型SNSとして活用されるサービスだ。
2021年より自治体とも連携し、アプリを使用しなくても不用品を持ち込むことができる地域拠点「ジモティースポット」を、名古屋市、川崎市、静岡市など全国に32店舗(2026年1月時点)展開している。
アプリの登録者数は若者から高齢者までおよそ1500万人。掲載料や手数料はかからず、登録は偽名でOK、年齢、性別も非公開にできる。メルカリやヤフオクとの違いは、郵送ではなく直接会って取引する点だ。
ただ、見知らぬ者同士の取引には、どこか「危うさ」が伴う。Tさんもこれまでに約束をすっぽかされたり、不良品をつかまされたりしたこともある。しかし、たいていは気持ちのいい出会いと別れで終わる。
■ジモティーで1300回取引する熟練のワザ
この日も、名前も知らない女性を駅まで送り届け、「本当にありがとうございました。助かりました!」と笑顔で言われると、Tさんの心は達成感で満たされた。
実はジモティーでは、退職後の「時間を持て余した」シニア男性によく出会う。
ジモティーが公開しているデータによれば、ジモティーの利用者は50歳以上の中高年層が半分近くを占めているという。
Tさんはジモティーのリリース直後から登録し、1300回以上利用するヘビーユーザーの一人だ。
Tさんは家電、映画や英会話のビデオテープ、ゴルフクラブなどのスポーツ用品、株主優待冊子などを出品している。航空会社の株主優待で手にした「搭乗チケット半額券」は4枚一組で3000円。ゴルフのアイアンセットは4000~7000円くらいで出品する。
Tさんがジモティーに掲載している文面はこんな感じだ。
「特価で譲ります 東武鉄道・株主優待冊子 1500円。スカイツリー優待券5枚、東武動物公園入場券3枚、東武ストア買い物券10枚(以下、続く)。条件:○○のコンビニまで取りに来ていただける方、ノーリターンノークレームの方」
■年金生活者にとっての物販活動
Tさんは言う。
「株主優待冊子は金券ショップに持っていくより、自分で売ったほうが高く売れる。東武鉄道の金券より、西武鉄道のほうが高く売れるね」
交渉も売買もすべて自己責任。金券以外のスポーツ用品などは、Tさん自身がジモティーで「仕入れ」たものだ。
無料で出品されたものを引き取り、自分で使って、飽きたら売る。だから「利益」は月に3万円もあればいいほうだという。ただし、購入したものを転売することが頻回する場合は、警察に「古物商許可」を届け出る必要がある。無料で譲り受けたものや自分で使用したものを売る場合は、届け出は不要とされている(*1)。
「最近は断捨離も兼ねているよ。不用品が山ほどあるから、無料で譲ることも多い」
Tさんの年金は月23万円。妻と二人で持ち家に住んでいる。生活に困ってはいないが、年金生活者にとって物販は限られた経済活動の一つである。

*1 古物商許可申請 警視庁
■知らない土地や人との出会いの妙味
現役時代のTさんはガラス製品のメーカーに勤務する技術者だった。定年を迎えた62歳以降は、年金を受給しながら他の会社に「技術顧問」として再就職。ジモティーを始めたのはこの頃だ。
72歳で完全リタイアしてからは、週に2~3回はジモティーで不要品を、もらったり売ったりする日々。

パソコンでジモティー内をパトロールすることが日課になっている。
「時間はたっぷりあるから、誰がどんな品を出しているのか、毎日眺めている。自分が売るときには、どんな人が手を挙げてくるかが楽しみ」
Tさんは住まいのある埼玉県内のみならず、「仕入れ」「販売」「譲渡」のために東京、千葉、神奈川まで車を走らせることもある。
「ジモティーを始めてから、ずいぶん道を覚えたよ。知らない土地、知らない人との出会いがある。一番遠くは、カラオケのレーザーディスクを取りに八王子まで行ったっけ。高速料金を節約したいから下道を使って、1時間半くらいかかったけど」
■冒険か、暇つぶしか
Tさんは現役時代、月に数回は地方の工場に出張し、多忙な日々だったという。しかしリタイア後は生活が一変した。
「通勤や出張がないと、出歩くことがないから人に会う機会もなくなる」
介護系業界誌の記者に聞いた話だが、「家にこもりがちな高齢者の社会参加を促そうと、地域で介護予防体操などの教室を開いても、男性はほとんど集まらない」という。男性は公的サービスより「経済活動」のほうが、おのずと動けるのだろう。
「ジモティーはひまつぶし。でも知らない場所に出かけるから冒険みたいで、そこがいいよね……」
不用品を譲れば「ありがとう」と言われる。
引退した自分が社会に必要とされていることを実感できる瞬間だ。フリマアプリがもたらす疑似的な「ビジネス空間」が、シニア男性の居場所を作っている。
■ジモティーは“必要とされる”第二の職場
筆者はこの数年、リタイア後の男性を取材しているが、実は企業社会から退いたシニア男性を社会の中で見つけることは、案外難しい。かつてスーツ姿で世を闊歩していた男性たちは、引退すると分布域が極めて限定的な「希少種」になっていく。
地域社会のつながりが失われた今、シニア男性はお金を稼ぐか、お金を払うかしなければ社会との接続が難しくなっている。こういう人を無料・低額でつなぐのは、フリマアプリなのだ。
シニアが「デジタル弱者」だった時代も終わりつつある。シニア世代のSNS利用は、急激に高まっており、令和6年度(2024年)の60~69歳のシニア層のSNS利用率は77.5%、70~79歳は66.0%だ(*2)。
そして、男性は引退後も誰かに“必要とされる存在”であり続けたいと考えているようだ。
提供する側から提供される側に回った時、疎外感を感じるのかもしれない。誰かを支える側でいることによって、自分が保たれるのだろう。だからTさんは、見知らぬ女性も赤いスポーツカーで送迎してあげるのだ。
シニアと不用品がアプリを通じて人と出会い、役割を与えられて生まれ変わる。大量生産・大量消費が生んだ不用品が、寂しい人をつないでいる。報酬はお金ではなく、「ありがとう」でもいい。
男性にとって社会との関わり方が「ビジネス活動」であり続けるのは、希望でもあり呪縛でもあるのかもしれないが。

*2 総務省・通信動向調査

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若月 澪子(わかつき・れいこ)

ジャーナリスト

1975年生まれ。ジャーナリスト。大学卒業後、NHK高知放送局・NHK首都圏放送センターで有期雇用のキャスター、ディレクターとしてローカル放送の番組制作に携わる。結婚退職後に自殺予防団体の電話相談ボランティアを経験。育児のかたわらウェブライターとして借金苦や終活に関する取材・執筆を行う。生涯非正規労働者。ギグワーカーとしていろんな仕事を体験中。著書に『副業おじさん』(朝日新聞出版)。

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(ジャーナリスト 若月 澪子)

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