アレグラ、ロキソニンなど、市販でも手に入る処方薬、いわゆるOTC類似薬の保険適用見直しをめぐって議論が進んでいる。医師の木村知さんは「国は『1880億円の医療費を削減できる』とする。
『国民の負担が軽くなる』というが、大ウソだ。それを裏付けるデータを発表しているのは、ほかでもない、改革を進める厚労省だ」という――。
■花粉症患者の約9割が「仕事に影響」
いよいよ花粉症に悩む人が急増してきました。
読者の皆さんのなかにも、鼻水、鼻づまり、目のかゆみで、この記事を読むどころではない人も少なくないかもしれません。
私の記事が読めないくらいならさほど大きな問題ではないかもしれませんが、こと仕事や学業となったら、これらの症状による集中力低下が大きな影響をおよぼしかねません。
たしかに直接命にかかわる疾患ではありませんが、たかが花粉症、されど花粉症。個人に与える影響はもちろん、それにとどまらず、大きく社会、国家にまで影響しうるものと言っても、けっして大げさではありません。

※調査の対象は、全国の20歳から60歳までの社会人(男女)6601名を対象に、花粉に「とても困っている」「やや困っている」と回答した2933名のうち、無作為抽出した1651名。
パナソニックが2026年2月に発表した調査によれば、同社が実施した「社会人の花粉に関する調査」において、花粉症の社会人の88.6%が「仕事に影響がある」と回答し、労働力低下を自覚しているとのことです。
またパフォーマンスが低下していると感じる時間は1日あたり平均約3.2時間。個人への影響は数字のうえでも甚大です。
さらにこれらの結果と最新の毎月勤労統計調査(厚生労働省)や労働力調査(総務省統計局)を元にして推計したところ、その経済損失額は日本全体で1日あたり「約2450億円」に該当することがわかったというのです(ちなみに2025年版の同社試算では「1日あたり約2320億円」)。


つまり、花粉症は、もはや個人への影響レベルではないことが、数字上もあきらかと言えるでしょう。
■「経済損失約10兆円」という衝撃データ
また、花粉症が消費行動にも影響をおよぼしていることも分析で示唆されています。外出をひかえることでレジャーや飲食などサービス消費そのものが中止されてしまう傾向があり、第一生命経済研究所の試算(2019年公表)においても、1~3月の3カ月間で、外出抑制による家計消費の押し下げ効果が約5691億円に達すると報告されています。
この数値は全国知事会などの公的な提言資料でも引用される、社会に定着した指標です。
ほかにも、厚生労働省の研究班(大久保公裕教授ら)による「ヒノキ科花粉症患者の労働生産性の低下による経済的損失の試算」(2024年)があります。
ここでは、令和2年における就業者総数6724万人に、全国疫学調査によるスギ花粉症の有病率38.8%をかけ、花粉症である就業者は少なくとも2609万人と推定。これに1人あたりの労働損失費用として別に算出された38万8312円を乗じることで得た、国家レベルの経済損失は年間約10兆円という衝撃的な数値も示されています。
これはじつに日本のGDPの約1.8%に相当する、きわめて深刻な数字です。
この一人あたりの労働損失費用の算出根拠は、症状悪化による直接的な欠席と、先述のアンケートにおける「パフォーマンスが低下」のような、出勤しているものの症状により業務効率が低下している状態(プレゼンティーイズム)からなっています。
このようにみていくと、花粉症による経済損失の主要因は、「労働現場での損失」と「市場での損失」の大きく2つあると言えましょう。
■損失抑止とは逆行する国の動き
つまりこれらのどちらの要因による「損失」であっても、その損失を抑止もしくは緩和するためには、花粉症に適切な医療が早期におこなわれる必要があることは、あらためて言うまでもないのです。
花粉症の治療については昨年同時期の拙記事で述べていますのでご興味の方はご覧いただきたいのですが、本稿では、ここまで述べてきたようなマクロレベルでの影響について、今の政治が逆行しかねない施策を実行に移そうとしていることについて指摘したいと思います。

それは私が以前から指摘し続けている、OTC“類似薬”(しつこいですが私は「OTC本家薬」と呼称。詳しくは記事連載「保険外し政策の深層」をご覧ください)にたいする自己負担増政策、つまり市販薬と同じ成分の処方薬に対し、従来の3割負担に加えて「選定療養」として25%の上乗せ徴収を行う政策のことです。
この政策が対象として挙げている医薬品のなかに花粉症にもちいる抗アレルギー薬が含まれていることは、すでに多くの人がご存じのことでしょう。とくに花粉症でお悩みの方には、それこそ大きな打撃を与えかねない政策です。
■内服治療は“早め”が肝心だが…
先ほど受診された患者さんも、多忙でなかなか医療機関を受診できなかったため市販薬でつないでいたものの、出費がきつくなってしまったとのことでいらっしゃいました。来年からの自己負担増についても、当然ながらご存じで、大きなため息をついていました。
花粉症の内服治療は、症状がひどくなる前のまだ軽い早期のうちから始めておくのが常識ですが、自己負担増とされることで、できるだけ出費を抑えようとギリギリまで服用を我慢してしまう人も増えることが容易に予想されます。
来年から本当に政策が実行されれば、経済的な事情による適切な治療の遅れや中止のために症状がコントロールできずに苦しむ人が増え、先にお示しした国家的な経済影響が、さらに甚大となる可能性も大いにあり得ることでしょう。
自民党と日本維新の会との連立政権が推し進めようとしている「OTC本家薬」の自己負担増政策をみるかぎり、現政権がこの花粉症によるわが国の経済的損失を、あまりにも過小評価し軽視していると思わざるを得ないのです。
■期待される削減効果は約1880億円
そもそもこの政策によって、どれだけの医療費削減効果が「期待」されているのでしょうか。
報道によれば、政府は医療費ベースで約1880億円の財政効果を見込んでいるといいます。
この数字を見て驚かれた方も多いのではないでしょうか。

花粉症に悩む人たちだけでなく、そのほかの対象となる薬剤で健康を維持している人たちの負担を増やしてしまう政策。にもかかわらず、削減されるかもしれないのは、「たったの1880億円」なのです。
そしてこれらの政策を強引に推し進めることで、現在の年間10兆円ともいわれる経済損失が、さらに膨らむ可能性もあるのです。
政府が「1880億円の医療費を削った」と胸を張る一方で、その50倍以上、じつに10兆円以上の経済価値が、花粉症による生産性低下によってわが国から消えていく。100円玉1個をケチるために5000円札をドブに捨てるような判断を、果たして「賢明な政策」と呼べるでしょうか。
まさに「爪で拾って、箕でこぼす」という諺が見事に当てはまる“大愚策”といってもよいのではないでしょうか。
■こうして日本の経済は沈んでいく
そもそも「10兆円の損失」というデータは、国が自らの予算(厚生労働科学研究費)を投じて算出させた「公的なエビデンス」です。国費を投じて「花粉症対策こそが経済成長のカギである」と証明しておきながら、打ち出してくる政策は、その解決策である医療アクセスを「自己負担増」という壁で遮断してしまうもの。
これはもはや、右手で成長のスイッチを押し、左足で全力のブレーキを踏んでいるようなものと言えないでしょうか。
高市首相は施政方針演説で、「成長のスイッチを押して、押して、押して、押して、押しまくります」と述べましたが、このまま強引にこの間違ったスイッチを「押し」まくれば、“たかが花粉症”によって、わが国の成長はさらに鈍化していくことでしょう。
今からでも遅くありません。「OTC本家薬」の自己負担増政策を実行にうつせば、患者さん個人が困るのはもちろんのこと、わが国の社会、国家に甚大な影響をおよぼしかねないことは、もはや「国が主導した研究データ」から明白なのです。

わが国の成長の足を引っ張るこの「大愚策」。自民党と日本維新の会の国会議員の皆さんは、花粉症についてもう一度よく勉強しなおしたほうが、よろしいのではないでしょうか。

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木村 知(きむら・とも)

医師

1968年生まれ。医師。東京科学大学医学部臨床教授。在宅医療を中心に、多くの患者の診療、看取りをおこないつつ、医学部生・研修医の臨床教育指導にも従事、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。著書に『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(いずれも角川新書)など。

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(医師 木村 知)
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