■「責任ある積極財政」の「責任」とはどういう意味か
2026年2月20日、高市早苗首相は施政方針演説において、日本の国力強化に向けた「責任ある積極財政」を掲げ、官民投資を促進する方針を打ち出した。「圧倒的に足りないのは国内投資だ」と述べ、半導体やAIなど17の戦略分野への多年度にわたる成長投資を表明したことで、表面上は大規模な財政拡張路線への転換と受け止められがちだ。
しかし、真に注目すべきは、「積極財政」という言葉以上に、その頭につけられた「責任ある」という修飾語である。
首相は演説の中で「マーケットからの信認を損なう野放図な財政政策をとるわけではない」と明言し、成長投資についても「債務残高の対国内総生産(GDP)比引き下げにもつながるよう管理する」と強調した。
事実、2026年度における国の予算案(一般会計当初)ではその基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)が1.3兆円の黒字。また、同予算案では、国債残高(対GDP)が2025年度末の170%から、2026年度末で166%まで低下する見通しになっている。
2026年度に補正予算を組めば、この見通しは変わるが、現時点における高市政権の実態は、市場の信認を死守しながら、緩やかながらも着実に財政再建を進めるという、極めて現実的でしたたかなスタンスなのである。
■日本はすでに「デフレからインフレへ」
こうした現実的な財政運営の背景には、日本経済が直面している歴史的な構造転換がある。日本経済の最大の課題は長い間、「デフレからの脱却」であった。1990年代のバブル崩壊以降、物価が持続的に下落し、名目賃金の上昇も停滞した。
しかし2022年以降、事態は一変する。ロシアのウクライナ侵攻や米中対立といった国際秩序の変容、エネルギー価格の急騰、円安による輸入物価の押し上げなどが重なり、国内でも複合的要因でインフレ圧力が高まった。当初は「インフレは一時的」との見方も多かったが、消費者物価指数(総合・コア)が2%を超える状態は2025年12月まで40カ月以上も継続していた。1985年以降の長期データを振り返っても、これほど持続的に物価が上昇した局面はない。消費者物価指数(コアコア)は2026年1月も2%を超えており、日本経済は単なる一時的なインフレではなく、「デフレ経済からインフレ経済への構造的転換」を遂げたと判断するべきだ。
■物価高に賃金は追いつかないが…
現在の政治情勢からも明らかなとおり、デフレを脱却しても、それが直ちに経済に望ましい結果をもたらすわけではない。昨年の春闘では大企業を中心に5%前後の賃上げが実現したが、中小企業を含む全体の実質賃金は目減り傾向が続いている。名目賃金の上昇が物価上昇を上回らなければ、家計の生活水準はむしろ低下し、消費者態度指数の伸び悩みや生活防衛的な消費抑制行動につながる。
一方で、日本財政はこのインフレによって一定のベネフィットを受けている。物価上昇に伴う「ブラケット・クリープ(Bracket Creep)」によって所得税や法人税の税収が膨らみ、政策的経費も実質的に圧縮されているからだ。さらには、既発の国債は固定金利であるため、インフレによって債務残高の実質的な価値が目減り(対GDP比で改善)する効果もある。
■「インフレ率より金利が低い状態」が生み出す円安圧力
インフレ経済への転換との関係で、筆者がいま最も注視しているデータが「実質政策金利(名目政策金利-インフレ率)」の推移である。
2024年以降や直近のデータを見ると、アメリカやイギリスの政策金利は3~4%前後、インフレ率(消費者物価指数コア)は2~3%程度であり、実質政策金利は概ね1%前後の正(プラス)の水準にある。ドイツやフランスも同様に実質金利はマイナスになり難い状況だ。一方で日本は、日銀が金融政策の正常化を徐々に進めているものの、インフレ率(消費者物価指数コアやコアコア)が2%を上回る中で政策金利が依然として1%未満にとどまり、実質政策金利が「恒常的にマイナス」の状態に沈んでいる。
為替レートは長期的には実質金利差が重要な説明変数となる。例えば、アメリカの実質金利がプラス1%、日本がマイナス1%であれば、その2%の金利差は投資家にとって明確な収益率格差だ。マネーは高い収益率を求めて円からドルへと移動し、結果として為替は円安方向に進む。これが輸入物価を押し上げ、さらなるインフレ圧力を生んでいる。
過去(2014年の消費増税時やコロナ禍)の一時的な現象とは異なり、主要国がインフレ抑制のために実質金利をプラス圏へ回帰させた現在においても、日本だけがマイナス圏に取り残されている事実は極めて重い。
■利上げか放置か…極端なシナリオと財政再建の重要性
インフレは前述の通り財政に恩恵をもたらすが、それは2~3%程度の水準であればこそだ。デフレに戻ってもまずいが、5%を超えるような高インフレも市場の信認を損ない、制御不能に陥る危険性を孕んでいる。
いずれにせよ、インフレが持続する以上、日銀は利上げを通じて徐々に実質金利をプラスに転換し、円安圧力を低下させることが求められる。
しかし、巨額の国債残高が存在する日本において、金融政策の正常化は容易ではない。国債残高はすでに1000兆円を超えており、長期金利が1%ポイント上昇すれば、国債の借り換え等を通じて約10年かけて利払い費が10兆円も増加する。2%上昇なら20兆円、3%上昇なら30兆円もの負担増だ。
ここで、我々は2つの極端なシナリオを警戒しなければならない。
一つ目は、インフレ率が5%を超えても日銀が財政への配慮から利上げを見送るシナリオだ。この場合、名目税収は増えるが通貨の信認は失墜し、円安がさらに加速する。輸入物価の高騰で実質賃金は一段と圧迫され、国民生活は困窮し、長期的には社会不安を招くリスクが大きい。
二つ目は、為替防衛のために大幅な利上げを強行するシナリオだ。理論上は通貨価値が回復するが、利払い費の急増に加えて金融機関が保有する国債の含み損が急拡大する。これが信用不安につながれば、逆に市場が「日本売り」に傾き、意図に反して円安が進行するという逆説的な結果をもたらす恐れがある。
放置も大幅利上げも、ともに財政・経済を破滅的な不安定化に導く危険を持っている。
■高市政権の財政運営はどこに向かうのか――目指すべき「中庸戦略」
これらの極端なシナリオを回避するための現実的な解は、「中程度のインフレ(2~3%)の維持」+「日銀の緩やかな利上げ」+「着実な財政再建」という三本柱を同時に進める「中庸戦略」しかない。高市政権の政策決定プロセスを追うと、まさにこの細い糸を渡るようなバランス感覚が見て取れる。
例えば、家計の痛みを和らげるための「食料品の消費税率ゼロ(2年間)」という政策について、当初市場は行き過ぎた緊縮志向の転換という言葉に反応し、長期金利は一時2%を超え、為替も乱高下した。
しかし高市首相は、直後の記者会見や演説を通じて「財源は特例公債(赤字国債)に頼らず、既存財源の見直しで確保する」と火消しに回り、一定の財政規律を維持する意思を明確にした。
これにより長期金利の上昇圧力は低下し、円安の進行にも一定の歯止めがかかった。「食料品の消費税率ゼロ」を実施した場合、それが2年で終了できるとは限らず、その実施については慎重な判断が必要だが、高市政権が単に需要超過を招くバラマキを行うのではなく、市場との対話を通じて「規律ある財政運営」を行う政権であると市場が再評価した結果である。
「責任ある積極財政」とは、魔法の杖ではない。成長のための戦略的な投資(アクセル)を踏みつつも、インフレ率の適切な制御も含め、中長期的な債務残高対GDP比の引き下げという財政規律(ブレーキ)を同時にコントロールしていくという、極めて難度の高い財政運営の宣言でもある。
インフレ経済下における日本経済の安定は、この「責任(=財政規律)」の部分がいかに厳格に実行されるかにかかっている。
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小黒 一正(おぐろ・かずまさ)
法政大学経済学部教授
1974年、東京都生まれ。97年京都大学理学部物理学科卒業。
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(法政大学経済学部教授 小黒 一正)

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