■「カリスマ経営は時代遅れ」なのか
ニデックの創業者・永守重信氏が経営から退くことになりました。一連の不正会計問題についての責任を問われる中での引退劇です。
その永守会長はつい5年ほど前までは世の中では名経営者としてもてはやされていました。
M&Aによって同業他社をつぎつぎと買収し経営再建をしていく手法で一代でニデックを時価総額8兆円企業へと押し上げました。
平成の時代、なぜ永守流が通用し、世間からもてはやされたのでしょうか? そしてなぜ令和になって永守流は通用しなくなったのでしょうか? カリスマ経営者が通用した時代背景を分析したいと思います。
■株主の損失はすでに1兆円超
本題に入るまえにひとつはっきりさせておきたいことがあります。
不正会計というのは大企業が絶対にやってはいけないことです。決算書を粉飾して銀行から有利に資金を調達する手口の詐欺ですが、振り込め詐欺とはケタ違いの被害者を生む犯罪です。
ニデックの場合、不正会計が問題になって以降、株主は1兆円超の損失を被りました。永守前会長に責任の一端があるのは間違いないのですが、ひとりでできる犯罪ではありません。組織が関与しないとできない犯罪です。
その観点でニデックの不正会計は現在も進行している事件です。
その不正会計がいつごろから始まって誰が関与してきたのかはこれからの責任調査委員会の手で明らかになると思います。
今回、取り上げたいテーマは不正会計が始まる前の旧日本電産が永守流の経営によってイチ製造業から日本を代表する巨大企業にまで上りつめた理由です。
なぜそれができたのか? そして、なぜそのやり方が通用しなくなったのか?
3つの視点で明らかにしていきたいと思います。
視点1:道がつながっていた
まず最初の視点です。永守氏の経営手法とはいったん離れて、旧日本電産の経営環境を眺めながら、なぜ成長できたのかを考えてみます。
そこでわかることは京都のニッチ製造業者が世界企業になるまでの「道」が、後から眺めてみればつながっていたということです。
■平成の「エヌビディア」的存在だった
90年代の日本電産は小型精密モーターのメーカーでした。パソコンの冷却ファンやハードディスクを駆動させる超小型の精密モーターが主力商品です。ガラケーを振動させるモーターも製造していました。
中でも日本電産はHDD用モーターでは当時世界シェア7~8割を占めていました。これは経営の世界ではニッチトップと言って、競争相手が少なく価格競争が起きないことから高収益企業になれる状況です。
ひとことで言うと当時の日本電産は「小さい分野で世界のほとんどを握っている」優良企業でした。
そこからの発展劇で旧日本電産がたどった「道」を眺めてみましょう。
まず小型精密モーターの需要が1990年代~2010年代にかけて急成長の黄金期を迎えます。堅調なPC需要に加えて、スマートフォンが普及し、さらにはクラウドによるデータセンター需要も増大します。
今、エヌビディアがAIデータセンター需要で世界一の企業になったことが話題ですが、日本電産はそのひとつ前のITブームで世界企業になる道を歩いていたのです。
さて、ここに永守流の経営戦略が加わります。
永守流の経営手法とは「利益率を徹底的に追及する経営」です。
■永守流が開いた“次なる扉”
もともとグローバルニッチで利益を出しやすかった企業で、永守氏はその利益率に徹底的にこだわります。
結果として日本の製造業が平均で5~7%程度の営業利益率だった時代に、ニデックの営業利益率は15%まで高まりました。
「日本の製造業でここまで利益率が高い会社は珍しい」
と投資家が評価を始めたのです。
その結果、次の「道」が開けます。それがM&A戦略です。
旧日本電産は同業のモーターメーカーの中で赤字企業を買収します。それを永守流で黒字化させることで企業価値を高めます。
なぜ黒字化できたのかはふたつめの視点で解明することにして、事実を追っていくと、日本電産はモーターだけでなく車載部品メーカー、精密機械メーカーなど周辺分野でも同様の買収を成功させていきます。
この周辺分野への進出は、日本電産の売り物を部品からソリューションへと拡げることにつながりました。
結果として利益率はさらに上を狙えるようになります。
2010年代後半になると投資家は日本電産の前にある新たな「道」に関心を持ちます。EVがつぎの巨大市場になると考えるのです。EVには大量のモーターが必要です。投資家はニデックがEV時代の主役になることを期待したのです。
視点2:ハイプレッシャー経営手法が機能した
ではなぜ旧日本電産ではM&Aを通じて買収した赤字企業を黒字化することができたのでしょうか?
背景にあるのは永守流の、
「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」
という三大精神と呼ばれた標語です。
■「行動方針ほぼ同じ」世界的トップ企業2つ
いまではこの標語はあたかもパワハラの象徴のようにとらえられています。しかしこれと同じような経営方針で成功している企業が世界には存在します。
その典型例はマグニフィセントセブンです。
グーグル、マイクロソフト、アップル、アマゾン、テスラ、メタ、エヌビディアの7社を総称する呼び名がこのマグニフィセントセブンですが、そこで働く企業幹部の行動指針はというと、実はニデックの三大精神とほぼ同じです。
特にテスラとアマゾンはニデックそっくりと言ってもいい企業文化を持っています。
マグニフィセントセブンと旧日本電産にはもうひとつ共通点があります。それは「道」がまだ見つかってはいないけれども、開けてはいるという点です。
どうすればそこに行けるのかがわからなくても市場が成長することだけは確信できるという状況の下では「できるまでやる」社員がいる会社とそうでない会社では成功確率に大きな差がうまれます。
マグニフィセントセブンがAIという「未知の世界」での「道」を拡げてきたことと比較すれば、旧日本電産が既知の「高収益化手法」をあらたに買収した企業に移植するという「ある程度、方法論の見える道」をたどればよかったという点で、旧日本電産のほうが「できるまでやる」ことの成功確率は高かったでしょう。
■では、何が問題だったのか
ただしマグニフィセントセブンとニデックにはひとつ大きな違いがあります。マグニフィセントセブンの経営幹部がなぜ「できるまでやる」のかというと、そのように働くことで得られる報酬が莫大だからです。
俯瞰して違いを比べるとマグニフィセントセブンは100億円の報酬で未知の道を開拓させ、ニデックは1000万円の報酬で既知の道を幹部社員に行進させてきたという違いがあるのです。
視点3:滅びの種がまかれていた
さて、
「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」
の三大精神に立ち戻ると、平成の時代だったからこそこの標語に非常にパワフルな力があったことに気づかされます。
当時の時代環境として就職氷河期があり、デフレ環境があり、失われた十年が二十年になり、従業員にとってはとにかくとんでもなく不安な時代でした。
この時代の大企業の正社員に共通した感情が何だったかというと、
「ここを離れたら他には逃げ場はない」
というものでした。
逃げ場がないからこそ永守流のハイプレッシャー経営手法が成立したのです。
■「人を育てる」という考え方が欠落していた
もちろん当時のマグニフィセントセブンでもアマゾンのジェフ・ベゾス、アップルのスティーブ・ジョブス、テスラのイーロン・マスクの経営手法を振り返ると、永守流以上のハイプレッシャー経営を強いていました。
ただアメリカの場合、人材には日本とはケタ違いの流動性があります。アップルで疎まれたらさっさとアマゾンに転職すればいい世界です。ですからアメリカ流のハイプレッシャー経営にはアメないしはニンジンが必要です。
この点に永守流が時代遅れになった一因があります。
当時は日本の優秀な人材には逃げ場がなかったからニンジンが些少でもハイプレッシャー経営が成立しえたのです。少なくとも時代が平成の間はという話です。
しかし旧日本電産がニデックとなる頃には時代の変化とともに滅びの種が播かれはじめます。
そもそも永守流では成果を出す過程において、人を育てるという考え方が欠落していました。その典型的な現象が後継者不在です。
■なぜ組織は不正に手を染めたのか
そのような状況下で、アベノミクスによって日本企業の経営環境が一変します。
ニデック以外の製造業もつぎつぎと息を吹き返していきます。結果としてニデックの従業員には「できるまでやる」以外に「途中で他社に行く」という選択肢が生まれました。
こうしてニデックでは優秀な経営幹部や後継者候補が社外に流出します。
では優秀ではない幹部はどうしたのでしょうか。
一部のグループ幹部が気づいたことが「できるまでやる」以外に「数字をいじる」ことでも永守会長を満足させられることでした。
かつて日本を代表する経営者としてもてはやされた永守重信会長の経営手法が通用しなくなった理由は、日本経済が復活しはじめたことで転職市場が拡大したことと、永守会長からの叱責をさけるためのより安易な方法に幹部が逃げ道を求めたことが背景です。
永守流は一時代には通用した経営手法でしたが、より長い年表で振り返る場合、その時期にしか通用しない経営手法でもあったということでしょう。
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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経済評論家
経済評論家。未来予測を得意とする。経済クイズ本『戦略思考トレーニング』の著者としても有名。元地下クイズ王としての幅広い経済知識から、広く深い洞察力で企業や経済を分析する独自のスタイルが特徴。テレビ出演などメディア経験も多数。
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(経済評論家 鈴木 貴博)

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