イラン戦争の勃発により、さまざまなモノの供給に懸念が生じている。特に、原油や液化天然ガス(LNG)には、重大なリスクが発生している。
原油やLNGのほかにも、農業で使う肥料やアルミなどの金属の供給にも問題は発生している。それに伴い、世界的に物価上昇=インフレ懸念が高まっている。それは、私たちの日常生活にも重要な影響を与える。
真っ先に思い浮かぶのは、ガソリン価格急騰だ。ガソリン価格の上昇は、輸送費の上昇などさまざまな経路を通って、物価を押し上げることになる。
■電気代が高騰し、電力供給も不安定に
それに対して、高市政権は緊急対策を表明し、補助金などを出して全国平均のガソリン小売価格を170円程度に抑制しようとしている。それにより、財政支出は増加する。政策経費の調達のために国債発行は増える。財政状態の悪化、さらには財政の信認低下で悪い金利上昇はこれまで以上に鮮明化しそうだ。景気の下振れリスクも高まる。
また、LNGの価格上昇で、電気代が上がることも想定される。天然ガスはわが国の発電源の33%を占める最重要エネルギーだ。近年、AI関連分野の需要拡大で、発電用LNGの需要は増加している。半導体の製造などにも大量の電力が必要であり、LNG確保の問題は主要国の経済成長に直結する。
ホルムズ海峡の封鎖が長引けば、電力供給が不安定化することも懸念される。広い分野で物価が上昇する懸念は高まる。それに伴い、供給制約は深刻化し、景気減速と物価上昇が同時進行する“スタグフレーション”のリスクが高まる可能性がある。
■エネルギーの「大動脈」封鎖のインパクト
3月第2週、WTI原油先物価格は一時120ドル近くまで上昇した。12日、北海ブレント先物価格が100ドル台に上昇して引けた。ブレント価格が100ドル台を上回るのは、2022年8月以来だ。LNG、石炭などほかのエネルギー資源価格の上昇も鮮明だ。
このような価格上昇の背景には、ホルムズ海峡の封鎖長期化への懸念がある。
イランの報復攻撃は予想以上とみられる。世界最大級の石油輸出ターミナルであるサウジアラビアのラス・タヌーラは、予防的措置として操業を止めた。さらに12日、新最高指導者のモジタバ師は徹底抗戦を表明した。
■アフリカ南端まで大回りせざるを得ない
戦争勃発で、船舶運航コストも上昇した。世界の大手保険会社は、イラン領海、ペルシャ湾および周辺海域での戦争リスク補償を適用外に指定した。契約可能な場合、戦争リスク保険料率は20倍程度急騰したようだ。
石油やLNGの運搬船など民間船舶は、紛争海域を避け喜望峰を経由する航路をとらざるを得ない。物流混乱、供給網(サプライチェーン)寸断でエネルギー資源だけでなく、基礎資材、農産物など広範な分野で供給制約が発生し生産は落ち込む。
カタールやサウジアラビアから、パイプラインでLNGや石油を運搬する経路もあるのだが、現在稼働しているものは、紅海経由のものが多いようだ。地中海に直接運び出すパイプラインは、すでに稼働が止まっているものが多い。
パイプラインの輸送能力はタンカーを下回る。エネルギー資源の需給逼迫感は高まり、世界的に物価は上昇することが想定される。イランはホルムズ海峡封鎖で原油やLNGの価格上昇を煽り、トランプ大統領を窮地に追い込もうとしている。イランは、同海峡を支配する力を世界に誇示しているといってもよい。
■日本の財政への打撃も計り知れない
原油価格などの上昇により、わが国ではガソリン価格が急騰した。3月16日時点のレギュラーガソリンの全国平均価格は、1リットル当たり190円を超え、史上最高値を更新した。
また、LNGの備蓄量は3週間ほどだ。備蓄の放出は一時しのぎにしかならない。3月上旬時点の情報をもとに考えると、短期間でホルムズ海峡での安全な船舶航行が可能になるとは考えづらい。
当面、わが国のエネルギー価格はさらに上昇するだろう。航空燃料、肥料、アルミやエチレンなどの基礎資材の不足懸念も高まった。物価上昇の懸念から、イラン戦争の発生以降、わが国の金利は再度上昇し始めた。
イラン戦争の発生後、財政悪化の深刻化を警戒する投資家も増えた。物価対策を最重要視してきた高市首相は、これまで以上に財政出動を進め、モノやサービスの価格上昇を抑えようとするだろう。消費税率の引き下げに関する議論が熱を帯びることも予想される。
減税、給付、補助金などの財源は国債の増発に頼ることになるだろう。物価上昇と財政悪化懸念の上昇で、超長期ゾーンを中心に国債流通利回りに上昇圧力がかかる展開が予想される。
■利上げで住宅ローン、自動車ローンの負担大
物価上昇に歯止めを掛けるため、日本銀行が前倒しで利上げを実施せざるを得なくなるかもしれない。金利が上がると、企業の資金調達コストや借入金の返済、家計の住宅、自動車などのローン返済負担も高まる。基本的に、金利上昇は株価の下落要因だ。
個人消費や設備投資の落ち込みを防ぐため、政府が追加の大型経済対策を発動する可能性も高い。モノの供給網を不全化する戦争の中では、ある意味で、政府が財政出動を進めることは必要だ。
重要なポイントは、わが国は景気対策と同時に、構造改革を推進しなければならないことだ。半導体、ロボット、再生可能エネルギーなどの産業を育成し、経済全体で成長期待を高めることの重要性は高まっている。
高市首相は的を絞って規制緩和を徹底し、産業競争力を高めることを考えるべきだ。今後、わが国経済の財政政策への依存は一段と高まるだろう。それにより、財政破綻リスクは上昇し、「悪い金利上昇」が急速に進む恐れは高い。長い目で見ると、そのリスクは私たちの生活に重大な影響を与えることは間違いない。
■「LNG争奪戦」に日本は勝てるのか
短期的に見ると、私たちの暮らしに最も大きな影響を与えるのはインフレ懸念の上昇だ。特に、エネルギー価格が上がり、それによって電気料やガソリン、食料品などの値段が上がることは、私たちの生活を直撃する。
足元で、LNGの供給には悲観的な見方が多い。LNGは燃焼時に温室効果ガスの発生量が相対的に少ない。脱炭素、そして成長期待高まるAIデータセンター、AIチップ製造の増加にLNG火力発電の重要性は高まっている。イラン戦争で、世界のLNG争奪戦が発生している。
ホルムズ海峡の封鎖により、LNG供給の絶対量は減少する。価格上昇に加え、わが国は円安が進んだ分、他国にLNGを買い負ける恐れは高い。
物価上昇のみならず、LNG火力発電の落ち込みによる電力供給不安に直面する恐れも高い。電力供給不安が本当に高まると、企業は操業度を落とす。業績懸念の高まりも個人消費を下押しし、景況感は悪化すると予想される。こうした展開に準備する国もある。脱原発政策を推進したドイツは経済社会を守るために原発再稼働を議論しつつあるようだ。
■令和のコメ騒動、エッグショックの次は…
LNGの輸入減少は、第一次産業にも悪影響をもたらす。イラン戦争で湾岸地域の石油化学プラントに甚大な被害が及んだ。それにより、肥料の生産能力は急速に低下し、価格は急騰した。
そこに電力料金の上昇が加わると、再度、食品価格が上昇するリスクは高い。令和のコメ騒動、エッグショックといった状況は、これまでにまして深刻化するかもしれない。電力不足が発生すると、医療、介護、教育などの分野にも多大な影響が及ぶ。
イラン戦争で、わたしたちを取り巻く経済環境は転換点を迎えた。物価上昇、エネルギー不足などによる景気減速が同時に進行する“スタグフレーション”のリスクは高まっている。
仮にそれが現実になると、賃上げ機運は雲散霧消するかもしれない。円安、金利上昇、株価急落の“日本売り”が大規模に発生し、高市政権の支持率が急落する展開も懸念される。日本経済の先行きは楽観できない。
ホルムズ海峡の封鎖が長期化する場合、かつて1970年代の“オイルショック”の時のように、トイレットペーパーが店頭からなくなり、物価が“狂乱物価”と呼ばれるほど上がることも想定される。今回は“狂乱物価”の再現にはならないことを祈るばかりだ。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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