※本稿は、飯田哲也『Ei革命』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
■自動車産業に100年に一度の変革
世界の自動車産業は今、100年に一度の地殻変動、すなわち「カーマゲドン(※1)」と呼ぶべき未曽有の変革の渦中にある。この変化は、単なる動力源のモデルチェンジという次元をはるかに超え、産業構造、ビジネスモデル、そしてクルマという製品の概念そのものを根底から覆す、非連続的かつ不可逆的なパラダイムシフトである。その進行は、イノベーションの普及プロセスを示す「S字カーブ」を描き、指数関数的な速度で加速している。
この巨大な変革の波は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、馬車が自動車に駆逐された歴史的な転換を彷彿とさせる。当時、多くの馬車メーカーや関連業者は、自動車の登場を一時的な流行と侮り、あるいは既存事業の改善に固執した結果、歴史の舞台から姿を消した(図表1)。現代の自動車業界で起きていることも、本質的にはこれと同じである。100年以上にわたり産業の頂点に君臨してきた内燃機関(ICE)車は、その役目を終えようとしており、電気自動車(EV)がその座を奪いつつあるのだ。
しかし、カーマゲドンの本質を理解する上で極めて重要なのは、これが単なる動力源の転換、すなわちエンジンからモーターへの置き換えにとどまらないという点である。破壊は、以下の三つの層で同時に、そして相互に深く連関しながら進行している。
第1層:ハードウェアの革命(EV化)
第2層:ソフトウェアが価値を定義する革命(SDV化)
第3層:AIがモビリティを再定義する革命(AI自動運転化)
■誰が勝者となり、誰が敗者となるか
本稿では、この3層構造を解き明かし、誰が勝者となり、誰が敗者となるのか、そしてこの世界的な潮流から取り残され、「自動車敗戦」の様相を呈している日本の現状と、その根深い課題について論じていく。
自動車市場における最も表層的かつ強力な変化は、EVへのシフトである。世界のEV(バッテリーのみの電気自動車BEV+プラグインハイブリッド車PHEV)販売台数は、まさにS字カーブの急峻な立ち上がり部分にあり、指数関数的な増加を示している。2024年には、EVは世界の年間新車販売台数全体の22%・1700万台超を占めた。2025年の年間EV販売台数はシェア25%以上・2000万台の大台を突破する見通しで、そのうち60%以上を中国市場が占めると見られている(図表2)。
この数字は、EVがもはや一部のアーリーアダプター向けニッチ製品ではなく、完全にメインストリーム市場に浸透しつつあることを示している。対照的に、1世紀以上にわたって市場を支配してきた化石燃料(ICE)車の販売台数は、2017年から2018年をピークとして明確な減少トレンドに入っている。これは、消費者の需要がEVへと不可逆的にシフトしていることの何よりの証左であり、ICEの時代が構造的な終焉を迎えつつあることを物語っている。
※1:「カーマゲドン」とは、自動車産業と市場の急激な変化を指す造語で、ハルマゲドン(人類最終戦争)をもじったもの。2024年12月に英国のスカイTVが同テーマで特集した番組のタイトルから借用した。
■日本が「世界の潮流」から隔絶されたワケ
この世界的な潮流の中で、日本の立ち遅れは危機的といえるほど深刻である。2024年時点での新車販売台数に占めるEV比率は、わずか3%、バッテリーEV(BEV)に限ると1%台に過ぎない。
これは、EVシフトを牽引するノルウェー(97%)は言うに及ばず、世界の主要市場である中国(47%)、欧州(24%)、米国(11%)はもちろんのこと、ベトナム(22%)やタイ(18%)など新興国と比較しても、絶望的といえるほどの低水準である(図表3、図表4)。
この立ち遅れの背景には、複合的な要因が存在する。
充電インフラの不足と利便性の懸念
マンションなどの集合住宅が多く、戸建て中心の欧米に比べて基礎充電環境の整備が遅れている。公共の急速充電器の数や出力も不十分であり、消費者の「充電切れ」に対する不安を払拭できていない。
急速な技術進展に立ち遅れた急速充電インフラ
日本の急速充電インフラの規格CHAdeMOは、三菱や日産が2010年前後という早期に実用EV車を発売したことと相まって、一時期は世界の標準規格を目指していた。ところがほぼ同時期にテスラが高性能のEVと高出力・デジタル化・優れたUXの急速充電インフラネットワークを自前で整備。そのなかで、充電性能も充電利便性もEV自体の性能も追いつけないまま、日本車のEV性能もEV充電インフラも旧い規格・性能のまま停滞してしまい、それがEVに対するネガティブな印象を強化する原因にもなった。
政府・メーカーの戦略の迷走
日本政府や国内自動車メーカーは、長らくハイブリッド車(HV)や水素燃料電池車(FCV)を重視する戦略を掲げ、世界的なEVシフトの潮流を静観、あるいは軽視してきた。その結果、EV専用プラットフォームの開発や大規模なバッテリー生産体制の構築で大きく出遅れた。
消費者マインドとメディア報道
メディアではEVに対するネガティブな側面(航続距離、充電時間、バッテリー劣化、電力供給への懸念など)が強調される傾向があり、消費者の間に慎重な空気が醸成されている。
電力事情への不安
原子力発電所の稼働停止以降、日本の電力供給体制は脆弱性を抱えており、EVの普及が電力需給を逼迫するのではないかという懸念も根強い。
これらの要因が複雑に絡み合い、日本のEVシフトを阻害する強固な岩盤を形成しているのである。
■破壊の3層構造――変わりゆくゲームのルール
カーマゲドンの破壊性を真に理解するためには、EV化というハードウェアの変化だけでなく、その奥深くで進行している、より本質的な3層構造の地殻変動に目を向けなければならない(図表5)。
第1層:EV化――ハードウェアと製造プロセスの革命
EV化は、単に動力源をエンジンからモーターとバッテリーに変えるだけではない。それは、自動車の設計思想と製造プロセスそのものを根底から覆す革命である。その急先鋒が、テスラであり、テスラを猛追し一部では凌駕しつつある中国のEVメーカー群だ。
彼らが主導する製造プロセスの革新の代表例が、一体成型技術である「ギガキャスティング」だ。これはテスラが創発し2020年の上海工場で最初に導入した技術で、従来は多数の鋼板部品を溶接して組み立てていた車体後部(あるいは前部)を、巨大なアルミダイキャストマシンで一気に成型する技術である。これにより、部品点数と製造工程が劇的に削減され、コストダウン、生産スピードの向上、車体剛性の強化、軽量化を同時に実現する。
■テスラが覆した「自動車の常識」
さらにテスラは、製造工程を根本から見直す「アンボックスド製法」を提唱している。これは、従来のベルトコンベア式の組み立てラインを廃し、車の主要ブロック(前後ボディ、フロアバッテリーなど)を並行して組み立て、最後にそれらを合体させるという、モジュール式の生産方式である。この製法は、工場の設置面積を大幅に縮小し、生産効率を飛躍的に高めるポテンシャルを秘めている。その他、ヒートポンプ、蓄電池の構造体一体化、48Vシステム、イーサネット通信などテスラが生み出した革新は数多い。
これらの革新は、100年間ほとんど変わらなかった自動車の大量生産方式の常識を覆すものであり、既存のサプライチェーンや工場設備を持つレガシーメーカーにとっては、模倣が極めて困難な、高い参入障壁となっている。
■価値の中心がハードからソフトウェアへ
第2層:SDV化――モビリティのiPhoneモーメント
破壊の第2層は、車の価値の中心がハードウェアからソフトウェアへと移行する「ソフトウェア規定自動車(SDV)」への転換である。これは、競争の本質を完全に変える、最も重要な変化といえる。
SDVの世界では、車の性能や魅力は、もはやエンジン出力や燃費、乗り心地といった物理的な要素だけで決まるのではない。むしろ、搭載されたソフトウェアが提供する体験価値(UX)によって定義される。その核心技術が、無線通信によるソフトウェア更新「OTA(Over-The-Air)アップデート」である。
OTAによって、自動車は購入後(納車後)も、あたかもスマートフォンのように機能が向上し、セキュリティが強化され、全く新しいサービスが追加されるようになる。たとえば、自動運転性能の改善、航続距離の向上、新しいインフォテインメント機能の追加などが、ディーラーに車を持ち込むことなく、自宅の駐車場で行われる。これにより、自動車は「所有した瞬間から劣化が始まる耐久消費財」から、「所有し続けることで進化し、価値が高まるデジタルデバイス」へと、その存在意義を根本から変える。まさに「走るスマホ」化と呼ぶべき現象である。
■iPhone登場と同レベルの劇的変化
テスラが、大衆向けEVの先駆けとなった「モデル3」を発売した2017年が、自動車業界の「iPhoneモーメント(変革を起こした瞬間)」と呼ばれているのはこのためである。2007年に初代iPhoneが登場し、タッチスクリーンとアプリという優れたソフトウェア体験によって、わずか数年で従来の携帯電話(ガラケー)市場を破壊した歴史に倣った呼び方である。統計からも明らかなように、この年からテスラ・モデル3が原動力(テスラ・ドリブン)となって、世界全体でEVの本格的な普及が離陸した。
SDV化はまた、自動車メーカーのビジネスモデルをも変革している。OTAを通じて顧客との継続的な関係を維持し、自動運転機能やプレミアムコンテンツなどの機能をサブスクリプション形式で提供することで、車両販売後も収益を上げ続けることが可能になるのだ。
■クルマは「自律的に移動するロボット」へ
第3層:AI自動運転化――モビリティのChatGPTモーメント
破壊の最終層にして、最も社会に与えるインパクトが大きいのが、AIによる完全自動運転(FSD)技術の確立である。これが実現したとき、自動車は単なる人の運転を前提とした移動手段から、自律的に移動するロボット、すなわちロボタクシーへと変貌を遂げる。
この分野で他社を圧倒的にリードしているのが、やはりテスラである。テスラのアプローチが革新的なのは、LiDAR(レーザーセンサー)という高価な外部センサーや多大な労力と時間、費用を要する高精度3次元地図(3Dマップ)などに依存する従来の自動運転手法とは一線を画し、人間が運転するのと同じように、カメラ映像(ビジョン)のみを入力情報として、AIのニューラルネットワークが状況判断から操作までを一貫して行う「ビジョンベース・AIエンドツーエンド」方式を採用している点にある。
そのため、自動運転の商用化で先行するウェイモが3Dマップの整備に時間を要する一方で、テスラは、一気に拡張が可能である(図表6)。規制が認めれば、テスラは今日からでも世界中、どこでも自動運転が可能となる。
■2025年、AI自動運転「ロボタクシー」が始動
この方式の最大の強みは、世界中で実際に走行している800万台以上のテスラ車から、膨大な実走行データを収集し、AIの学習データとして活用できることだ。このデータ収集と学習のループが、他社には追随不可能なスピードで自動運転技術の精度を飛躍的に向上させている。
この技術が成熟した先に生み出されるのが、「ロボタクシー」である。人の運転を必要としない完全自動運転のタクシーが実現すれば、移動コストは劇的に低下し、人々は車を「所有」する必要がなくなるかもしれない。
テスラは、2025年6月にテキサス州オースティン市で、このロボタクシーの商用サービスを開始した。この出来事は、モビリティの世界における「ChatGPTモーメント」として、後世に記憶されることになるだろう。生成AIであるChatGPTの登場が、人々の働き方や情報との関わり方を一変させつつあるように、AI自動運転を核とするロボタクシーは、私たちの移動と生活の概念そのものを覆すほどのインパクトを持つと予測される。
■日本メーカーは「遅滞者」と評価された
この3層構造の破壊的変化は、自動車業界の勢力図を情け容赦なく塗り替えつつある。
国際クリーン交通委員会(ICCT)が公表した、主要自動車メーカーのゼロエミッション車(ZEV)への移行状況に関する包括的な評価レポートは、その現実を冷徹に突きつけている(※2)。この評価において、EV専業のテスラと、EVシフトに国を挙げて取り組み急速に実力をつけた中国のBYDが、唯一「リーダー(Leaders)」として最高評価を獲得した。対照的に、トヨタ、ホンダ、日産といった日本の主要メーカーは、GMやフォードといった米国のビッグ3と共に、「遅滞者(Laggards)」という極めて不名誉なカテゴリーに分類される結果となった。
この趨勢は、世界のEV競争の主戦場である中国市場で、特に顕著に現れている。かつては品質とブランド力で高い評価を得ていた日独のレガシーメーカーが圧倒的な市場シェアを誇っていたが、現在ではその構図は完全に崩壊した。BYDをはじめとする中国のローカルブランドが、価格競争力と消費者のニーズを的確に捉えたSDVとしての魅力を武器に市場を席巻し、日本やドイツ、米国などの旧OEMの中国でのシェアは急速な縮小を余儀なくされている(図表7)。競争力の差は、企業の財務状況にも明確に表れている。
テスラやBYDが、すでにバッテリーEV(BEV)事業単体で黒字化を達成し、高い利益率を確保しているのに対し、日独米など多くのレガシーメーカーは、EV事業への巨額投資が先行し、いまだにその赤字に苦しんでいるのが実情だ。これは、EV専用設計によるコスト優位性と、ソフトウェアによる新たな収益源を持つ新興勢力と、衰退してゆく既存のICE事業の巨大な資産としがらみを抱えながら転換を図るレガシーOEM勢力との間の、ビジネスモデルの根本的な差に起因している。
※2:Shen, C., et. al., The Global Automaker Rating 2024/2025. 国際クリーン交通委員会(ICCT)
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飯田 哲也(いいだ・てつなり)
環境エネルギー政策研究所 所長
1959年、山口県生まれ。京都大学大学院原子核工学修了。東京大学先端研博士課程単位取得満期退学。原子力産業に従事後、北欧での研究を経て、2000年にNPO法人環境エネルギー政策研究所(ISEP)を設立。国の中央環境審議会地球環境部会委員など歴任。著書に『エネルギー進化論』(ちくま新書)、『エネルギー政策のイノベーション』(学芸出版社)、『1億3000万人の自然エネルギー』(講談社)などがある。
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(環境エネルギー政策研究所 所長 飯田 哲也)

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