優秀でも昇進したがらない人がいる。彼・彼女らは何を考えているのか。
心理学者の榎本博明さんは「仕事人間のなれの果てを知り、自分たちはそうなりたくないと思っている」という――。(第1回)
※本稿は、榎本博明『すぐに「できません」と言う人たち』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■「最低限しか働かない」のは悪なのか
上昇志向の強い人物がいる一方で、昇進には興味がなく、最低限の義務としての仕事さえやればいいといった感じで、仕事へのモチベーションがまったく感じられない人物もいる。
経営者や管理職からすれば、もっとやる気を出して、最低限必要なこと以上の仕事をしてほしいと思うだろうが、それならもっと給料を出すべきだ、給料分の最低限の義務を果たしているのだから文句ないだろう、といった言い分も成り立つ。
給料分の仕事をすれば、それ以上に組織のために動く必要はないというのは、真っ当な考え方である。
だが、日本の職場では、サービス残業という言葉もあるように、組織のために滅私奉公するのが人間として好ましいといった美学みたいなものも根づいており、最低限の義務以上の働きを従業員に求める組織風土があるため、どうしても給料に見合った義務としての仕事をするだけの人物を白い目で見る風潮がある。
このところ滅私奉公のように組織のために働こうという人が少なくなっているのも、組織を自分と重ね、私生活を犠牲にしてひたすら働く仕事人間のなれの果てを見てきた世代だからとも言える。
■「仕事一筋の悲しい末路」を見てきた現代人
仕事中心で、残業がないときも仕事上のつき合いを優先させ、家庭を顧みずに働き続けてきたために、働き盛りを過ぎて暇ができたときには家庭に居場所がなく、家族との心のふれあいももてなくなっていた、そんな中高年も少なくない。
仕事が定時に終わったので帰宅して、家族と一緒に食卓についても、「なんであんたがここにいるの?」といった雰囲気が漂い、どうにも居心地が悪く、用もないのに職場で居残りをしたり、帰りに居酒屋で時間を潰したりする、いわゆる「帰宅恐怖症候群」に陥る仕事人間もひと頃話題になった。
仕事中心の生活で、夜も仕事がらみのつき合いが多く、休日も取引相手とのつき合いでゴルフをするなど、自分の趣味のための時間をもつことがなかったため、働き盛りを過ぎて時間的に余裕ができても、趣味といえるものがなく、自分の無趣味さに気づいて、これまでの人生の過ごし方を後悔したという人もいる。
仕事一途で、人づき合いというと職場や取引先など仕事がらみのつき合いばかりで、プライベートなつき合いがほとんどなかったため、定年退職をしたらだれもつき合う相手がおらず、孤独な日々を過ごす人もいる。
■変化している働き方の価値観
一所懸命に働いて、ようやく定年退職を迎え、これからは自分の好きなように過ごしてよいということになったのに、やることもなければ、つき合う友だちもいない。
そんな仕事人間のなれの果てを知り、自分はそうはなりたくないと思う人たちが出てきたのも当然といえる。
給料以上の仕事はしなくていいと思っているような、仕事へのモチベーションの低い部下に不満をもつ経営者や管理職は、そのあたりの事情を考慮しながらモチベーション・マネジメントを工夫する必要があるのではないか。
従業員の仕事に対するスタンスに苛立ちを感じているという経営者も珍しくない。ある経営者は、そうしたギャップについて、つぎのように語る。
「うちの会社に変わり者がいるんですよ。入社してきたときから、仕事の覚えが早いし、仕事を頼むとこっちの意向をしっかり汲み取って、期待以上の仕事をしてくれるし、頭の回転が速くて会議でも適切な発言をするし、とても頼りになるんですけど、重要なプロジェクトに推薦しようとすると断ってくるし、チームリーダーになってほしいと言っても断るんです。
そこで、なぜ断るのか、その理由を尋ねると、『仕事は責任をもって取り組むつもりですけど、あくまでも稼ぎの手段なので、退社後や休日には趣味に心置きなく打ち込みたくて。そのためには会社にいるとき以外も仕事のことを考えなきゃいけないような立場にはなりたくないんです』って言うんです。能力は高いし、貴重な戦力になれる人材だし、何とか考えを変えてほしくて、話し合いをしているんですけど、どうにも頑固で困ってしまいます」
■「期待されない会社」をあえて選ぶ若者
このように仕事がすべてという人生は避けたいという従業員を抱え、しきりに残念がる経営者も少なくない。
考えてみれば、経営者にとっては会社がすべて、仕事がすべてというスタンスを無理なく取れるだろうが、従業員にとっては会社も仕事も自分の人生の一部を占めるにすぎないので、両者の姿勢にギャップがあるのも当然と言える。ここで、私生活を大切にしたいので、受かった会社の中で、最も自分に期待していなさそうな会社を選んだという人の言い分に目を向けてみたい。
■「私生活を大事にする=いい加減」ではない
「就活をしている際に、いかにも期待されている感じがある会社に入ると、仕事が忙しくなり、定時帰りがしにくく、私生活が浸食されそうな感じがして、そこは避けないとまずいと思いました。
私は、もちろん仕事は嫌いじゃないし、むしろ仕事へのモチベーションは高いほうで、他の人よりかなり仕事はできるという自信はあります。
でも、仕事=人生っていうような淋しい生き方はしたくない。仕事がすべてという人を見ると、何だか淋しい人だなって思ってしまうんです。組織のために生きるのは就業時間内の生活として、それ以外の私生活は自分の好きなように過ごしたいから、残業や休日出勤はしたくないんです」
このような言い分をみると、けっしていい加減な人物ではなく、しっかりした考えに基づいて自分の仕事に対するスタンスを決めていることがわかる。
これには価値観の多様化が関係していると思われる。もちろん経営者に限らず、仕事そのものに意味を感じる人、仕事を頑張ることが生きがいになる人もいるだろう。でも、すべての従業員が「仕事がすべての生活」を望んでいるわけではない。仕事に何を求めるか、人生の中に仕事をどのように位置づけるか。それは人それぞれである。
■「安定か、挑戦か」人生を左右する仕事選び
将来にわたって安定した生活が保障されるような仕事に就きたいから、潰れないような安定した会社に転職したいという人は、なぜそのように考えるようになったのかについて、つぎのように自己分析している。「自分が子どもの頃、親の勤めていた会社が倒産したせいで、貧しい暮らしに追い込まれ、進学も諦めなければならなかった。
だから、倒産しないような安定性を求める気持ちが、自分は人一倍強いのだと思う。
仕事のやりがいとか高収入といった条件も、もちろん気にならないわけではないけれども、やはり会社が潰れてしまったらおしまいだから、何と言っても安定性にこだわりたい」
それに対して、仕事のやりがいに対するこだわりが非常に強い人は、自分の中の思いについて、つぎのように語る。
「自分の力を十分発揮できる仕事、思い切りチャレンジしてるって実感できるような仕事にたずさわれる会社で働きたい。そのためには、すでに仕事の流れが確立し、歯車のひとつにされてしまいそうな大企業よりも、これから創意工夫の余地が大いに残されているベンチャー企業のほうがいいんじゃないかって思う。
ベンチャー企業の場合は、失敗して潰れるリスクもあるし、不安がないと言ったら嘘になるけど、今の時代、いざとなったらアルバイトで食いつなぐこともできるし、とりあえず仕事のやりがいにこだわった選択をしていきたい」
■「真の豊かさを求める」働き方
ワーク・ライフ・バランスが大切などと言われるようになってきたが、仕事生活と私生活のバランスを気にする人は、自分の思いをつぎのように説明する。
「仕事のやりがいとか収入の安定性も大切だとは思うけど、家族や友だちと過ごすプライベートな時間も自分にとっては大切だし、仕事だけの人生にはしたくない。自分の親は仕事一途の人生を送り、毎日のように夜遅く帰り、休日も仕事やつき合いで家にいないことが多く、プライベートなどまったくなかった。
お陰で家族はそれなりの良い暮らしができたものの、あんな淋しい人生は送りたくない。プライベートも楽しめる、真に豊かな生活にしたいから、残業とか休暇といった勤務条件が何よりも気になる」
だれだって潰れそうな会社より、そんな危険のない会社に勤めたい。やりがいのある仕事をしたいという思いも、だれもが抱えているはずだ。給料にしても、安いより高いほうがいいと思うのがふつうだ。残業だらけでプライベートに使える時間がなく、家ではただ寝るだけといった生活を自分から望む人も少ないはずだ。
ただし、安定、やりがい、高収入、プライベートとの両立などといった条件をすべて十分満たすような仕事を見つけるというのは、ほとんど不可能に近い。
そのため、どの条件をとくに重視するかによって、仕事に対するスタンスに大きな違いが出てくるのである。

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榎本 博明(えのもと・ ひろあき)

心理学博士

1955年東京生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを経て、現在、MP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。おもな著書に『〈ほんとうの自分〉のつくり方』(講談社現代新書)、『「やりたい仕事」病』(日経プレミアシリーズ)、『「おもてなし」という残酷社会』『自己実現という罠』『教育現場は困ってる』『思考停止という病理』(以上、平凡社新書)など著書多数。

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(心理学博士 榎本 博明)
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