■在来線は値上げ、新幹線は格安きっぷにタイムセール
JR東日本が3月の運賃改定で在来線の運賃を値上げした一方で、近年は閑散期に格安で新幹線などに乗れる切符を打ち出している。その一つが、「キュンパス」(正式名称「旅せよ平日!JR東日本たびキュン♥早割パス」)だ。

キュンパスは、2024年から毎年発売されている平日限定の乗り放題パスで、新幹線を含めたJR東日本エリアの路線が原則として乗り放題となる。2026年版では、2月12日から3月12日までの平日が利用期間として設定された。価格は1日用が1万円、連続する2日間用が1万8000円であり、破格の設定といえる。
さらに、昨年6月には、JR東日本で初となる本格的な「タイムセール」も行われた。対象となったのはオンラインで購入できる「新幹線eチケット(トクだ値)」で、利用期間は6月2日から22日までの乗車分。利用日ごとに発売日を分ける形で、5月下旬から順次販売された。
■最大約60%引きの大盤振る舞い
このタイムセールの特徴は、その割引率の大きさにあった。区間によっては最大で約60%引きという、通常の「トクだ値」をさらに上回る割引率で、JR東日本としては極めて異例の水準が設定された。割引対象は乗車券と特急券を合わせた総額で、新幹線の普通車指定席が対象となった。
対象列車は、秋田新幹線「こまち」、山形新幹線「つばさ」、上越新幹線「とき」などで、いずれも首都圏と地方都市を結ぶ中長距離区間が中心だ。例えば、東京―秋田間は通常期で片道1万7800円(※26年3月の値上げ前)かかるところ、セール価格では7000円台前半まで下がった。東京―新潟間も、1万円超から4000円台前半となり、片道で6000円以上安くなった計算だ。

人気区間では発売直後に完売するケースが相次いだ。
利用時期・列車・販売方法を細かく制限したうえで、大幅な割引を打ち出した点は、先述したキュンパスと共通している。いずれも「誰でも、いつでも使える割引」ではなく、需要が落ち込みやすい時期や列車に利用を誘導する、極めて戦略的な商品設計だと言える。
では、なぜJR東日本は最近になって新幹線の安売りを始めたのだろうか。
筆者が考える理由は2つある。
■空気を運ぶよりマシ、Z世代へのきっかけづくり
一つは、閑散期の売り上げを補うためだ。鉄道事業は構造的に固定費が高い事業であることから、多くの乗客が利用する繁忙期であっても利用が落ち込む閑散期であっても、かかる経費にそれほど大きな差はない。このため、閑散期に潜在的な需要を掘り起こすためにチケットの安売りを行っても損にはならない。「空気を運ぶよりは格安ででも乗ってもらったほうが得」というわけだ。
実際、キュンパスによる閑散期対策はしっかり効果が出ているようで、JR東日本によると2月の新幹線断面輸送量(特定の地点・区間を通過する利用者数)は前年比106%(速報値)だったという。
もう一つの狙いは、普段は新幹線に乗る機会のない若者に対して格安で乗車できる機会を提供し、乗車のきっかけづくりを与えることで需要を掘り起こすことだ。
Z世代と呼ばれる、1990年代後半~2010年代初めに生まれた今の若者たちは、従来の若者よりも自動車の所有や運転に対する関心が弱い傾向があるといわれている。
維持費の高い車を所有するよりも、スマホや旅行にお金を使う傾向の強い彼らに「新幹線」という新たな移動の選択肢を与えることで、将来の「お得意様」に育て上げようとしているのだろう。
■「平日限定」で閑散期需要をコントロール
JR東日本のグループ経営ビジョン「勇翔2034」を見ると、同社は地方都市の過疎化の進行と、想定以上のペースで減少する出生数に危機感を抱いていることが読み取れる。
「より首都圏への人口集中が加速する」と分析しており、こうした中で継続的な成長を遂げるためには、潜在的なニーズを掘り起こすことができるような商品やサービスを開発し、鉄道事業と非鉄道事業(生活関連事業)を連携して効率よく増収を図っていくことを目指すとしている。鉄道事業は、2031年度には2024年度の1兆8515億円から2000億円の増収の2兆円超えを目指す。
グループ経営ビジョンと照らし合わせると、キュンパスの販売やタイムセールが、閑散期において、特にJR東日本の営業エリアの新幹線の需要の掘り起しに貢献していることは間違いない。さらにキュンパスは、新幹線を降りた先のJR在来線にも乗り放題となることから、特に首都圏在住者の地方への旅行を活発にし、地域経済の活性化も期待できると言えよう。また、同社の視点からは、利用条件が厳密に指定されていることから、特に閑散期の潜在需要のコントロールをしやすい設計となっているともいえる。
■JR東日本「キュンパスは移動のきっかけ作り」
こうした自社完結型のサービスの推進については積極的に見える一方で、青春18きっぷのような、JR旅客6社を横断的に利用できるサービスについては縮小傾向にある。青春18きっぷは、2024年冬の利用分から、それまで期間内の任意の5日間利用できるというルールから、期間内の「連続する3日間」または「連続する5日間」利用に変更され、SNS上では「改悪だ」と騒ぎになった。実際、こうした利便性の低下を受けてか、2024年度の販売枚数が約42万枚と、前年度の約62万枚から3割以上も減少している。
JR東日本は閑散期における格安サービスについて、どのような狙いを持っているのか。質問を行ったところ以下の回答が得られた。

「キュンパスやタイムセールについては、移動のきっかけ作りを行うことで、列車の利用促進だけではなく、お客様の移動と消費をつなぐ体験価値を向上させることで、目的地となる地域の活性化などさまざまな目的をもって設定しています」
■旅客輸送に捉われない新幹線物流サービス「はこビュン」
こうした「移動」の枠を超えた取り組みの先に、JR東日本は中長期ビジョン「ライフスタイル・トランスフォーメーション(LX)」の創造を掲げている。社会課題に向き合い、生活様式そのものを革新するというこの概念を、最も分かりやすく具現化しているのが、新幹線物流サービス「はこビュン」だろう。
これは、新幹線を単なる旅客輸送の手段から、社会を支える「高速物流インフラ」へと再定義する試みだ。1編成を丸ごと荷物専用に改造した車両が、鮮度が命の生鮮食品や、高度な品質管理が求められる精密機械・医療用品、さらには献血の血液といったものまでを正確なダイヤで運んでいく。
深刻化する物流ドライバー不足という「2024年問題」への解を示しつつ、地方の特産品を鮮度を保ったまま大消費地へ届ける。この既存アセットの多機能化こそが、同社の目指す「LX」の正体といえる。
■業績は好調も、安全対策や地方の切り捨てには疑問符
こうした施策が奏功してか、近年の業績は好調だ。
2025年3月期の決算においては、2兆8875億円の売上高に対して経常利益が3256億円となり、株主に対する配当金の総額も、2024年3月期の321億円から2025年3月期の385億円に増配となった。
キュンパスやタイムセールなどの施策を活用して、顧客の新規開拓を行い、売り上げを伸ばすのは結構なことだ。だが、最近のJR東日本はどこか「浮足立っている」気がしてならない。
キュンパスの利用可能日であった2026年3月4日には、東北新幹線の福島県内の区間で倒木による停電が発生し、ダイヤに大きな乱れが出た。東北新幹線では、走行中に列車の連結が外れて分離するなどのトラブルが相次いでおり、鉄道事業に対する信頼が揺らいでいる。

ハイテクな攻めの姿勢とは対照的に加速しているのがローカル線の切り捨てだ。千葉県の久留里線の末端区間である久留里―上総亀山間を、2027年3月末をめどとした廃止方針を固めるなど、赤字路線の整理には極めてドライで、「地方路線の需要創出については消極的な姿勢である」との声もある。
■公共交通としての責任を問い直せ
JR東日本が掲げるLXが、単なる高収益路線の効率化と、地方路線の切り捨てを正当化する言葉であってはならない。新幹線物流の「はこビュン」や格安パスによる需要喚起は確かに鮮やかだが、その一方で「青春18きっぷ」に見られるような広域ネットワークの利便性は損なわれつつある。
鉄道事業の本質は、点(駅)と点(駅)のネットワークを構築することで、社会の血流を維持することにある。戦略的な格安きっぷで「移動のきっかけ」を作る巧みさは評価すべきだが、それを受け止める地方の「線」が細り、安全が脅かされるようでは本末転倒だ。同社が真に「生活様式を革新」しようとするならば、目先の増配や高効率な施策の陰にある、公共交通としての「責任の重み」を今一度問い直す必要があるだろう。

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鉄道 乗蔵(てつどう・のるぞう)

鉄道ライター

1980年代生まれの乗り鉄。小学1年生からの愛読書がJTB全国版時刻表で、漢字や地名、数の概念などはすべて時刻表で覚えた。小中学生時代のニックネームは「歩く時刻表」。日本の鉄道全路線に乗りつぶし中で、JR線は完乗まであと4路線に迫る。最後の乗車路線の終着駅ではオフ会をやるのが夢。
経営管理修士(専門職)の学位があり、経済が専門。

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(鉄道ライター 鉄道 乗蔵)
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