人間にとって一番怖いものはなにか。それは人間かもしれない。
ノンフィクションライターの小野一光さんは、大阪市で起きた「大阪姉妹殺人事件」の取材を続けてきた。判決からわずか2年で死刑が執行された凶悪犯の生涯とは――。
■犯人が警察に語った信じられないひと言
大阪のマンションで姉妹が殺害された。
その一報を受けて、現場に入ったのは2005年11月のことだ。
被害に遭ったのは大阪市内の飲食店に勤める町田由美さん(仮名、当時27)と町田清香さん(仮名、当時19)の姉妹。どちらも飲食店で働きながら、姉の由美さんは友人とブライダル関係の会社を開業する準備をしており、妹の清香さんは看護専門学校への入学資金を貯めようとしているところだった。
11月17日午前3時頃に、マンション4階の一室を火元として火災報知器が鳴り、通報を受けた消防が駆けつけた。消火活動によって、室内のソファと周辺の火はすぐに消されたが、近くで血まみれになった2人の若い女性の遺体が発見されたのである。そしてすぐに遺体の身元は、この部屋に住む町田さん姉妹であることが判明したのだ。
事件が起きてから18日後の12月5日、大阪市内の路上で身柄を確保されたのは、住所不定・無職の山地悠紀夫(当時22。09年7月に死刑執行)。その場で自分の名前を呼びかけてきた刑事に対し、彼は「完全黙秘します」とだけ答えている。

その後の取り調べでは、建造物侵入は認めたものの、殺人については否認していた山地だったが、12月18日には殺人を認め、「人を殺すのが楽しかった」と話し、送検される車内では、報道陣のカメラに向かって笑みを浮かべていた。
■あまりに凄惨な犯行
その犯行内容は酸鼻を極める。大阪府警担当記者は語る。
「事件の4時間前に、ベランダ側から姉妹の部屋へと侵入を試みた山地が、隣接するビル伝いに配管をよじ登ろうとする姿を、近隣住民が目撃しています。そうやってマンション内に侵入した山地は、階段の踊り場に身を潜め、姉妹の帰りを待っていました。
すると午前2時過ぎに姉の由美さんが帰宅します。彼女がドアを開けたところで、背後から室内に突き飛ばしてドアを施錠。ただちにナイフで彼女の左頬を刺したそうです。そして部屋の奥にまで引きずると、幾度もナイフで刺し続けながら性的暴行を加えたのです」
そして山地が目的を遂げたときに、妹の清香さんが帰ってきてしまう。玄関ドアを開錠する音に気付いた彼は死角に身を隠し、彼女が室内に入ると背後から手で口を塞ぎ、いきなり胸にナイフを突き立てた。山地は姉と同じく清香さんを部屋の奥まで引きずると、執拗にナイフで切りつけながら性的暴行を加えたのである。先の記者は続ける。

「いったんベランダに出て煙草を吸った山地は、室内に戻ると由美さん、清香さんの順で心臓に深くナイフを突き立て、止(とど)めを刺しています。そのうえで姉妹の貯金や所持品などを奪い、室内に火をつけて証拠隠滅を図ると、見つけたカードキーで玄関を施錠。階段で2階まで下りてから、隣接するビルの敷地を伝って逃走したことが判明しました」
■あえて大阪から離れなかったワケ
姉妹の住むマンションには、山地がメンバーとして加わっていた、福岡県を本拠とするパチンコのゴト師グループ(不正な方法で出玉を獲得する集団)が、大阪府内で活動するために借りていた部屋があった。そのため、同マンションで彼は姉妹を見かけ、目をつけていたものと思われる。
山地は11月になって、利益を出せないためにグループをクビになり逃走。それから間もなく今回の犯行に及んでいた。
侵入時の姿を目撃されていたうえ、8カ月前の同年3月に、岡山県でパチンコのゴト行為による窃盗未遂容疑で逮捕された際に、採取された指紋と掌紋が、マンションの犯行現場から発見されたものと合致したことで、山地はすぐに重要参考人として浮上する。
だが、犯行に及んだ山地が大阪市から離れることはなく、現場の近所に潜んでいた。前出の記者は逮捕に至る流れを明かす。
「山地は犯行後、コインランドリーで血まみれの服を洗い、その夜は現場から約200メートルしか離れていない公園で寝ています。それからも、本人曰く『地元の新聞で一番詳しい捜査情報を知るため』に、大阪から離れることはしませんでした。
そうした結果、現場からわずか1キロほど先の銭湯から出てきた際に尾行され、100円ショップに入って店の外に出てきたところを捜査員に囲まれ、犯行現場のマンションに隣接するビルへの建造物侵入容疑で逮捕された、というのが一連の流れです」
■母親を殺したときのことが楽しくて
じつはこの事件で逮捕される5年前に、山地は殺人に手を染めていた。
最初の犯行は00年7月で、彼が16歳のときのことだ。山口県山口市で実母(当時50)を殺害し、中等少年院送致の保護処分を受けていたのである。山地は今回の姉妹殺害の犯行動機について、以下のように語っている。
「昔、母親を殺したときのことが楽しくて、忘れられなかったためです。それでもう一度人を殺してみようと思い、2人を殺しました」
山地は母親への殺人で中等少年院に収容されている時期、精神科医との面接を重ね、広汎性発達障害の一種である、アスペルガー症候群である可能性が高いとの診断が下されている。
これは先天的なもので、症状としては知的障害がなく、普通に話している分には問題は見られないが、共感性に乏しく、感情ではなく理論でしか状況を理解できないという傾向を持つ。そのため、相手がどう感じているかということを忖度できずに、一方的に自分の意思を伝えるなど、コミュニケーションに影響を及ぼしてしまうことが多い。
そんな山地は、1983年に山口県で父・浩二さん(仮名)と母・幸恵さん(仮名)の長男として生まれた。
■父の突然の死に母が言ったこと
もともと大工だった浩二さんは、体を壊してパチンコ店に勤めたが、それも長続きせずに辞め、酒浸りの生活を送っていた。生活費は幸恵さんがスーパーで働いて稼いでいたが、決して十分な収入ではなかった。
親子3人が住んでいたのは、山口市中心部にある6畳と4畳半のアパート。大阪での事件を受けて、私が山口市へ取材に行った際には、すでに現存していなかったが、山地家を知る近隣住民は語る。

「お父さんは酔って暴れると手がつけられんかった。ガラスを割ったり、箪笥をひっくり返したり。お母さんにも手を上げてました」
やがて、山地が小学5年生のときに、肝臓疾患を抱えていた浩二さんは、自宅で血を吐き、搬送先の病院で死亡する。通夜の席で幸恵さんが、「死んでせいせいした」と話していることを耳にした山地は、父親の死は母親のせいだと思うようになった。
山地は地元の中学校に進学するが、いじめが原因で2年の2学期からは登校をしなくなった。また、この頃になると、実家の経済的な困窮も表面化した。電気やガスがたびたび止められ、借金取りが自宅にやってくるようになったのである。
中学を卒業してから、山地は友人に誘われて新聞配達を始める。この仕事で初めてみずからの自由になるカネを得た彼は、市内のおもちゃ屋に通い始め、トレーディングカードを使ったゲームを楽しむようになった。
■きっかけは「知らんわ」
やがて16歳になった彼は、おもちゃ屋の女性店員であるAさん(23)に恋心を抱く。彼女には恋人がいたが、7歳下で自分を慕う山地のことも気になっていたようで、ある日、Aさんは彼女に思いを告白した山地を一人暮らしの部屋に招き入れ、肉体関係を結ぶ。
その日、新聞配達を休んだ山地のことを心配して実家を訪れた販売店の店員が、幸恵さんにAさんの存在を話してしまう。
それが事件のきっかけとなった。
山地はAさんから、彼女の携帯電話に何度か無言電話がかかってきたことを聞かされたのである。着信履歴から、すぐにそれは母によるものだということがわかった。息子の行動を気にした幸恵さんが、何度かAさんに無言電話をかけていたのだ。山地は母親が借金で自分を苦しめるだけでなく、恋路まで邪魔しようとしていると思い込む。
その日の夜、山地は幸恵さんを追及。「知らんわ」と言われたことが引き金となった。
山地は幸恵さんの顔を拳で殴ると、首を持って隣の部屋に転がした。続けて顔や背中を蹴り、近くにあった金属バットを手にすると、足や胸や腹に向けて振りおろす。さらに、執拗に顔や腹を踏みつけ続けた。そして我に返ったときには、目の前に血だらけで息絶えた母親の姿があったという。
翌朝、山地は普段通りに新聞配達の仕事に出かけた。
それからカードゲームで遊び、休憩中のAさんを誘って喫茶店でランチを食べると、彼女と雑貨屋でポーチを選び、プレゼントしている。夕方頃に自宅へ戻ると、居間にある遺体を毛布でくるんでから玄関の土間へと運ぶ。やがて未明になり、電話で110番すると、母親を殺したことを告げたのだった。
■確定から2年で死刑執行
06年5月1日、大阪地裁で開かれた姉妹殺人事件の初公判。この裁判において、検察側、弁護側はともに冒頭陳述で、今回の犯行に及ぶ前に、山地が母親を殺害した際、強い興奮を覚えていたことに言及している。
〈被告人は、少年時に実母を殺害した際、激しい暴行を加えたことや、それによって同女が苦痛のなかで死んでいった姿に、かつてない激しい興奮と快感が得られたことを思い出し――〉(検察側冒頭陳述より)
〈被告人は、母親殺害行為に性的な興奮を覚え、射精した――〉(弁護側冒頭陳述より)

地裁で死刑判決を受けた山地は、07年5月に弁護人が出した控訴を取り下げて刑が確定。09年7月28日に死刑が執行されたのだった。

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小野 一光(おの・いっこう)

ノンフィクションライター

1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てノンフィクションライターに。「戦場から風俗まで」をテーマに北九州監禁殺人事件、アフガニスタン内戦、東日本大震災などを取材し、週刊誌や月刊誌を中心に執筆。著作に『完全犯罪捜査マニュアル』『東京二重生活』『風俗ライター、戦場へ行く』などがある。

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(ノンフィクションライター 小野 一光)
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