※本稿は、田中大貴『売れる組織 売れる営業』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■日常会話に出てくるほど浸透しているか
どの企業も、カルチャーを掲げることぐらいはやっているかもしれません。広報戦略として取り組むのが常識で、上場していればIRとして行うことも必須です。
ところが、それが行動指針としてブレイクダウンされていないうえ、その確認が日々行われていないことが、浸透・定着しない要因であるのは間違いありません。
カルチャーを決めるのは、創業者をはじめとする企業のトップです。一般的に、その想いはメンバーに下りていくときに伝言ゲームになっていきます。重要なことは、管理職に限らずすべてのメンバーにとってそのカルチャーがどれだけ腑に落ちているかです。
キーエンスでもプルデンシャルでも、みんなが腑に落ちているからこそ、日常会話に出てくるほど浸透しているのです。結局、トップ層の想いを落とし込む作業をしなければ、浸透も定着もしません。
腑に落ちても、勝手に日常化するわけではありません。浸透させるための施策や演出は欠かせません。
■カルチャーの浸透と定着に重要な飴と鞭の使い分け
キーエンスとプルデンシャルにおいて特筆すべきは、飴と鞭の使い分けです。
キーエンスでは、常にカルチャーを再現する姿勢が求められます。何の目的も持たずに商談に行こうとすれば、鞭を振るわれるのです。
プルデンシャルの場合は、鞭はありません。その代わり、数々の飴玉がぶら下げられています。大々的に表彰されれば、それをやることが良いことだと見えるので、誰もがそれを目指すべきだという意識にさせられます。
営業パーソンは、本質的には負けず嫌いです。自分が選ばれずに他人が選ばれたら、次は自分が選ばれたいと思うものです。そうすると、それまで以上に能動的にカルチャーを体現しようとします。
そのための飴であり、そのための鞭です。
プルデンシャルのコアバリュー表彰などは、非常にわかりやすい演出です。ある特定の人ばかりが推薦されることで、推薦されない人は自己嫌悪に陥ります。私も、選ばれなかった時期があるので、かなり切なくなってしまった記憶があります。
「いくら成果(数字)をあげても、私はダメなんじゃないか」
そう思わされてしまうのです。
実際、プルデンシャルでは数字を上げているから尊敬される文化もあれば、一方でコアバリュー表彰を受けているから尊敬される文化もあります。
もっとも尊敬を集めるのは、数字を上げながらコアバリューも体現している人です。日本の生命保険募集人登録者約120万人のなかで上位0.01%しかいないとされるMDRTには「MDRTプルデンシャル会」といった組織があり、その会長や理事になれるのは、数字とコアバリューの両面で優れている人だけです。
こうしたカルチャーが根づいているので、両方を目指そうというモチベーションが働きます。
そのような演出をしても、一部の人だけが目指して、残りの大半が冷めた目で遠くから眺めているようでは、カルチャーは根づきません。組織全体で働きかけることによって、全員がカルチャーの体現を意識し、強い組織になっていくのです。
■カルチャーの浸透と定着のための人材の採用
もちろん、万人に合うカルチャーは存在しません。
それを設計する力が、カルチャーが浸透していない企業は弱いか、あるいは設計しようとしていないのです。
本来は、本腰を入れてやる必要があるはずです。人材の採用にも関わる事柄だからです。どのような人材を集めるかは、企業のカルチャーに依存するところが大きいのです。
私がキーエンスに在籍した間、キーエンスを離職する人はあまり見ませんでしたが、辞める人は基本的に2パターンです。
勤続年数が短いうちに辞める人は、そもそもキーエンスのカルチャーに合わない人。もうひとつのパターンは、私のように次のキャリアアップを目指す人です。
総じて、カルチャーに合わずに辞めていく人たちの率のほうが低いと言われています。それはカルチャーと個人の感覚にミスマッチが生まれていない証拠です。
■キーエンスが採用時に学歴を見ない理由
そういう人を集められるのは、新卒を採用する段階で異なる種類の適性検査を複数回行い、キーエンスのカルチャーを体現できそうな人を見抜いているからです。
キーエンスにふさわしいのは「負けず嫌い」「素直」「ルールを遵守する姿勢」を備えた人材です。
また、キーエンスは採用時に学歴を見ません。志望動機や、自己PRも求めません。営業としての素質があり、「負けず嫌い」で「素直」で「ルールを遵守する姿勢」があるかどうか。そこが問われます。
実際、私の同期にもいろいろな人がいました。学問に秀でた東京大学出身者、キックボクシングの日本チャンピオン、水泳でジュニアオリンピックに出場したアスリート、世界50カ国を放浪してきた旅人など、その道で何かを極めた人が数多くいました。
もちろん、自分こそがナンバーワンになるという自信満々な人たちなので、考え方も多様でしたが、キーエンスのカルチャーに合うかどうかが、採用時にはもっとも重要視されていたのです。
■そこで働きたい、入ったからにはそこにいたいと思えるか
こうしたカルチャーをつくれば、営業力が強化され、成果があがるのでしょうか。
企業のカルチャーには、企業が理想とする思考や行動指針が表現されています。それが営業組織に落とし込まれれば、成果をあげるための行動指針もおのずと定められてくるはずです。
それを徹底し、普段の思考や行動に落とし込むことで、成果はあがってくると考えられます。
それに加えて、カルチャーづくりは営業パーソンを辞めさせないためにも重要です。
経営層やマネージャーの視点からすると、せっかく営業パーソンとして育てたのに、他社に移られては損失です。カルチャーをうまく根づかせることによって、それに合った人たちがいかに自社に対してロイヤルティを持ってくれるか、いかに長く続けてもらえるか。
いま自分が所属している企業が最高だと思ってもらい、ひたすら営業に没頭してもらう。それが辞めさせない要因になります。
成果をあげられる組織にするために、徹底的に仕組み化することと、組織のカルチャーを強くすることは、ストレートにリンクしているわけではありません。
企業が自信を持って営業の型をつくり、その型通りにやってもらうことで、売れない営業を減らすことができる。そうした仕組みをつくったうえで、企業としての魅力的なカルチャーを構築し、誰もがそこで働きたい、入ったからにはそこにいたいと思わせる。
その二重のエッセンスによって、トータルで見ると高い営業力のある組織になれるのです。
成果をあげる組織は、営業パーソンが自社を好きになっています。
自分の所属する企業が好きだから、自社が提供しているメニューを信じて一生懸命営業する。営業の型と組織のカルチャーが両面で充実している企業は、最強の営業力を持てるはずなのです。
----------
田中 大貴(たなか・だいき)
Sales Navi 代表取締役
2008年同志社大学文学部を卒業後、キーエンスに入社。連続で目標を達成したのち、2010年にプルデンシャル生命保険にスカウトされ入社。以来11期連続社長杯入賞。2017年に、当時全国最年少でエグゼクティブ・ライフプランナー(部長)に就任。2017~2021年度には、日本の生命保険募集人登録者、約120万人のなかで上位0.01%しかいないとされるMDRT TOT会員に認定される。順風満帆な営業人生を送る一方で、「道しるべがないがために営業に悩んでいる組織や人」の存在を知り、「営業の道しるべを創る」というビジョンを掲げて2021年にSales Naviを創業。事業を推進する傍ら、ひとりでも多くの営業パーソンが抱える課題や悩みを解決したいという想いから「営業の教科書」をつくることを決意し、『売れる組織 売れる営業』を執筆。
----------
(Sales Navi 代表取締役 田中 大貴)