商品やサービスを相手に買ってもらうには何が必要か。キーエンスとプルデンシャルでトップの成績を残したSales Navi 代表取締役の田中大貴さんは「私はキーエンス時代にマイクロスコープ(顕微鏡)の営業を担っていた。
商品に対する思い入れはなかったが、営業の原理原則を徹底的に押さえる行動を取ると、成果をあげることができた」という――。
※本稿は、田中大貴『売れる組織 売れる営業』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■インサイト営業こそが重要な時代
現在のインターネット社会に変わる前は、買い手側と売り手側との「情報の非対称性」が厳然と存在していました。
「当社は、こんな商品・サービスを取り扱っていますよ」
それを顧客に案内するだけで、商品やサービスが売れていた時代がありました。つまり、プロダクト営業だけで営業パーソンの存在価値があったのです。
存在を知らなかった商品やサービスを知ることができた。情報の非対称性の解消そのものが顧客の課題解決になったため、それを知らしめる存在として営業パーソンの価値があったということになります。
厳密に言えば、現在も情報の非対称性は存在します。だからこそ「御用聞き型営業」や「プロダクト営業」でも、一定の成果があげられるのです。
御用聞き型営業やプロダクト営業は、ある一定の割合で残っていくでしょうが、これらだけでは、もはや限界が近づいています。
現在は、情報の非対称性に訴求する御用聞き型営業やプロダクト営業をやりつつも、顧客の課題を解決する「ソリューション営業」、さらには顧客自身が気づいていない潜在ニーズを見つけ出して解決する「インサイト営業」を組み合わせないと売れない時代になってきているのです。
■プルデンシャルの要は営業パーソンの質の良し悪し
私がいたキーエンスは「プロダクト営業」を徹底的に極めたうえで、インサイト営業を駆使するスタイルでした。

キーエンスは「世界初」「業界初」を標榜し、ほかにはない機能を付けて付加価値を高めた商品を販売する企業ですから、基本的には機能が良ければ、商品を訴求するだけで売ることが可能です。
インサイト営業の典型がプルデンシャルです。保険商品をはじめとする金融商品、人材、不動産などは扱う商品が同業他社とほぼ変わりません。こうした業界には新規営業がメインで高単価、かつ直販スタイルが多いという共通点があります。
しかも、商品やサービスの独自性などで差別化が図れないため、営業パーソンの質の良し悪しで売り上げが大きく左右されます。その業界からすると、どうにかして営業パーソンの生産性を上げなければ、企業としての売り上げが停滞することになります。
このような業界は、御用聞き型営業やプロダクト営業といった営業スタイルでは成果をあげられません。インサイト営業がとくに求められる業界です。
■顧客のほうが営業パーソンより詳しいケースも
ところが、この傾向はもはや商品やサービスがコモディティ化した業界だけにとどまらなくなっています。
インターネットでこれだけ情報が氾濫したら、顧客は事前にさまざまな情報に触れることができ、下手をすると顧客のほうが営業パーソンより詳しいケースさえあるのです。それほど、時代は変わっています。
顧客が商品やサービスを認知してから購入に至るまでのステップも変わりつつあります。

従来のAIDMA(=Attention〈注意〉・Interest〈関心〉・Desire〈欲求〉・Memory〈記憶〉・Action〈行動〉)から、AISAS(=Attention〈注意〉・Interest〈関心〉・Search〈検索〉・Action〈行動〉・Share〈共有〉)に主流が移っています。
つまり、関心を持ったらすかさず検索し、欲求や記憶を飛ばしてすぐに購入へ至るほど、顧客は営業パーソンと同等以上の速度で詳細な情報を手に入れているのです。
単に商品やサービスを案内するだけの昔ながらの営業スタイルは、顧客に喜ばれません。顧客が満足する「閾値」が、以前に比べて上がっているからです。
これからの営業の原理原則では、顧客が潜在的に抱えている課題を自社の商品やサービスを使って解決するという「顧客の課題解決」が主たる役割になっていきます。この原理原則を意識しなければ、これからは成果があがらなくなっていきます。
■組織の営業力が低い原因
この原理原則が周知されないのは、営業教育の不在が原因です。
営業パーソンは企業に入社するとすぐ、自社の商品やサービスの特徴ばかりひたすら覚え、ただひたすら覚えた特徴を伝える営業スタイルになってしまうからです。
多くの営業パーソンは、商品やサービスの特徴を伝える技術はかなりの高水準です。ところが、顧客が求めているのは商品やサービスの特徴ではありません。
●その商品やサービスを通じ、自分にとってどのようなベネフィットがもたらされるのか

●その商品やサービスに、他社と比べてどのような優位性があるのか

●そのエビデンスは何か
顧客はこういうことを聞きたいのです。
残念ながら、現在の営業教育はこうした観点で行われていません。
その結果、自社の商品やサービスを通じて顧客の課題をどのように解決すればいいのかわからないのが実情なのです。
先ほどお話ししたように、かつてソリューション営業という言葉が流行しました。営業スタイルの歴史的な流れを追うとこうなります。
プロダクト営業→ソリューション営業→インサイト営業
私も明確な定義はわかりませんが、ソリューション営業は顧客の課題をしっかりと確認しようという方向ではあると思います。ただ、そこで言われる課題解決は、どちらかというと顕在的な課題に寄っています。
その後に登場したインサイト営業は、顧客にインサイト(示唆)を与えるという意味で、顧客の潜在的な課題を掘り起こし、それを解決する営業スタイルを意味します。私が営業の原理原則で挙げている顧客の課題解決は、インサイト営業に近い概念です。
ただ、机上で語られる概念自体には誰もが納得したとしても、顧客の潜在的な課題を掘り起こす方法を駆使している営業パーソンはほとんどいません。
具体的に課題を掘り起こし、解決に導く方法もわからないから、せっかく潜在的な課題を引きずり出しても、それが営業としての成果に結びついていないのです。
概念だけが先行し、具体策が見つからないで悩んでいる。結局のところ、そうした営業パーソンが多くなってしまうという悪循環に陥っているのです。
仕事柄、さまざまな企業のマネジメント層に営業の問題点を聞く機会があります。
そのとき、次のような言葉がよく出てきます。
「うちの会社もソリューション(インサイト)営業をやりたいんだけど、なかなか浸透しないんだよね」
これは「営業あるある」です。ここで「浸透しないんだよね」と嘆いている人に、浸透させるためにどのような策が必要と思うか質問しても、ほとんど答えられません。仮にマネジメント層は答えられたとしても、その部下たちは答えられないのが実情です。
■最先端の理論を現場に落とし込める経営層やミドル層がいない
ソリューション営業というワードは2012年ごろ、インサイト営業は2014年ごろに新たな概念として定義され始めたと記憶しています。
ところが、その概念を正確に理解していたのは経営層やコンサルタントが中心です。売れる営業でも理解していなかったかもしれません。
ただ、概念は理解しても、誰もメソッドはわかっていない。とくに現場の営業パーソンからすると、ソリューション営業をしろと言われても、どうやればいいのかわからない。インサイト営業が時代の最先端だと言われても、結局は机上の空論ではないかと思っている。そうした階層間のギャップがあるのではないでしょうか。
最先端の理論は素晴らしくても、それを現場に落とし込めるだけの能力を持った経営層やミドル層がいない。
だから、現場に行き届かない。手をこまねいているうちに、次の新たな理論が輸入され、もともとあった理論は顧みられなくなるのです。
つまり、ソリューション営業も完璧にできないうちに、インサイト営業に目が移ってしまう。どちらも中途半端な状態なのに、違う理論が時代の最先端だと飛びついてしまう。
何も徹底されないまま、現在に至っているのです。そこにこそ、日本企業の営業力の低さの要因があるのではないでしょうか。
■営業に感じる罪悪感の正体と解消方法
営業パーソンには、優れているとは思えない商品やサービス、ほとんど興味を持てない商品やサービスを売らなければならない人がいます。
それを売ることへの罪悪感に申し訳なさを覚えている人は、意外と少なくありません。それに対する解決策のひとつは、3つの自信を持つことです。
ひとつ目は、自分が所属する企業に対する自信です。自分の企業に誇りを持てなければ、その思いは顧客に悟られてしまいます。
2つ目は、自分が扱う商品に対する自信です。
自分もこの商品が好き、この商品は顧客の役に立つと思えなければ、その熱量の低さは絶対に顧客に伝わります。
3つ目は、自分に対する自信です。ほかの人ではなく、自分から買うべきという思いを持てるかどうかが大事です。
これら3つの自信をすべて持てるようになればいいのですが、そんな営業パーソンは必ずしも多くはありません。では、どのような理由があれば自信がなくても納得できるのでしょうか。
その答えこそ、営業の原理原則としての「顧客の課題解決」です。
自信を持てなくても、扱う商品やサービスが顧客の課題を解決するための有効な手段だと思えればいいのです。
■営業の使命は困っている人の問題を解決すること
売り上げを伸ばすために営業をしている人は、売ることそのものに罪悪感を覚えても不思議ではありません。しかし、営業の使命は困っている人の問題を解決することだと納得できれば、営業の捉え方は変わります。
私はキーエンス時代にマイクロスコープ(顕微鏡)の営業を担っていました。文系の私にとって、それまでの人生においてマイクロスコープを使う機会は当然なく、そのため商品に対する思い入れは持ちようがありませんでした。
しかし、週末も使って徹底的にマイクロスコープの知識を叩き込んだ私は、この商品が顧客にとってどのように役に立ち、なぜ700万円もするのかといったことを誰よりも理解していました。
「顧客の課題解決をしている」という営業の原理原則を理解していることは、営業にとって何よりも重要なのです。商品への強い思い入れがなくても、自信が持てなくても、原理原則さえ理解していれば営業はできます。そして、成果をあげることもできるのです。
■顧客のことを顧客以上に理解する
また、顧客の課題解決において何より大切な点は、営業パーソンが顧客のことを「顧客以上に」理解していることです。顧客のことを顧客以上に理解することで、顧客の本質的な課題が見えてくる可能性が高くなります。
顧客の現在の状況はどのようになっているか、顧客の競合はどこで、クライアントにはどんなところがあるか。さまざまな角度から顧客の視点に立って考え、理解を深めることが大切です。
その過程で、顧客自身が気づいていない「潜在的な課題」が見えてくることがあります。内部にいるとわからない点が外部から見るとよくわかるというのは、珍しいことではありません。
だとしたら、いち早く営業パーソンがそれに気づき、新たな視点としてそれを顧客にヒアリングを通じて気づかせてあげれば、潜在ニーズは自然と浮き彫りになってくるはずです。
多くの営業パーソンが勘違いしているのは、自社の商品やサービスの「魅力」を伝えなければ買ってもらえないと思い込んでいる点です。
顧客からすれば、自分や自社が抱えている問題を商品やサービスが解決してくれるのであれば、その商品やサービスはそれだけで十分魅力的なのです。

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田中 大貴(たなか・だいき)

Sales Navi 代表取締役

2008年同志社大学文学部を卒業後、キーエンスに入社。連続で目標を達成したのち、2010年にプルデンシャル生命保険にスカウトされ入社。以来11期連続社長杯入賞。2017年に、当時全国最年少でエグゼクティブ・ライフプランナー(部長)に就任。2017~2021年度には、日本の生命保険募集人登録者、約120万人のなかで上位0.01%しかいないとされるMDRT TOT会員に認定される。順風満帆な営業人生を送る一方で、「道しるべがないがために営業に悩んでいる組織や人」の存在を知り、「営業の道しるべを創る」というビジョンを掲げて2021年にSales Naviを創業。事業を推進する傍ら、ひとりでも多くの営業パーソンが抱える課題や悩みを解決したいという想いから「営業の教科書」をつくることを決意し、『売れる組織 売れる営業』を執筆。

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(Sales Navi 代表取締役 田中 大貴)
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