※本稿は、西口一希『ブランディングの誤解』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■スニーカーランキングが意味すること
まずは、図表1のランキングをご覧ください。国内で流通する11のスニーカーブランドに関して、2021年12月に筆者が実施したインターネット調査の結果に基づくものです。なお、調査対象の11ブランドは支援先ではなく、第三者の立場で実施しました。
1位は「ニューバランス」で47.7%とほとんど半数に近い数値となっています。続いて2位は「ナイキ」で40.8%、3位が「コンバース」で28.6%、以下「アディダス」「アシックス」が並びます。これが何の数値に基づくランキングがお分かりになりますか。
答えは、「各ブランドの既存顧客に対して『次も同じブランドを買いたいか(次回購入意向)』を尋ねた結果」です。
例えば、ニューバランスでは、同ブランドのスニーカーを所有している既存顧客のうち、47.7%が「次も同ブランドを買いたい」と答えました。ランキング上位のブランドはいずれも、既存顧客が「リピート購入する確率が高い」ブランドと言えます。
この割合が高いほど、いわゆるロイヤルティーが高く、売上高・利益の面で安定的なブランドというわけです。逆に低いブランドは、既存顧客の離反リスクが高い状態です。
■「次回購入意向」を示した人
次に、もう一つの指標を先ほどのランキングの項目に加えました(図表2)。こちらも1位と2位は変わりませんが、3位はアディダス(12.0%)になりました。ただ、1位のニューバランスでも18.1%で、全体的に最初の指標よりも数値が低くなりました。
こちらは調査対象者全体における、「次回購入意向」を示した人の割合です。ブランドは認知しているものの、購入経験がない層の数値が高ければ、潜在的な新規顧客を多く抱えていると読み解けます。ブランドに対して良いイメージや評判が認識されており、ただ知っている人よりも「購入を見込める見込み顧客」である可能性が高いと考えられます。
この調査対象者全体における「次に買いたい人」の割合を、「NPI(ネクスト・パーチェス・インテンション=次回購入意向)」と呼びます。また、本記事の最初に紹介した「既存顧客における『次も買いたい』人の割合」は、「u-NPI(ユーザー・ネクスト・パーチェス・インテンション=顧客内次回購入意向)」と呼びます。
NPIは筆者が提唱した指標で、筆者が創業したM-Force(東京・港)を主体とし、研究と活用が進められています。M-Forceと調査会社のマクロミルによる2年にわたる追跡調査を実施した結果、NPIは認知度や好感度などの指標と比べて、事業成果であるマーケットシェア拡大に対してより有効な先行指標となることが示唆されています(M-Forceは、24年7月にマクロミルへ売却し、マクロミルの100%子会社となっている)。
■認知度、好感度、NPSだけでは分からない
本章で掘り下げたいのは、多くのマーケターが課題を抱える「ブランディングの測定指標」です。
かつて、筆者もブランディングの測定指標に悩んできました。一般的にブランディングの指標としては認知度、好感度、NPS(ネット・プロモーター・スコア)などがよく使われます。ただ、これらの数値が高くなっても、必ずしも事業がうまくいくわけではありませんでした。
そのため、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)に勤めていたころからずっと「ビジネスの今後を予測できるような先行指標がほしい」と考えていました。
ブランディングの成功例として一般的に語られるのは、どれも既に成功したブランドであり、第三者による後解釈がほとんどです。
成功しているブランドは、結果として好感度や各種イメージの指標が高いため、それらの指標を高めれば売れるという誤解を招いています。“ブランディング活動”と称して、ブランドに対する認知度や好感度を獲得するための広告などを出稿し、狙い通りに認知度や特定のイメージが向上したとしても、ビジネスの結果に反映されるとは限りません。認知度、好感度、NPSは高まったものの、売り上げは変わらないというケースを数多く見かけます。
■NPIを越えるものは今のところない
ブランディングが、事業成長のために行うマーケティング活動の一つならば、当然ブランディングの成功は、事業成果に反映されるべきです。
「ブランドが強い」「ブランディング投資をした」と話す一方で、売り上げや利益につながらないという事態は本来あってはなりません。そう考えて、新しい指標も模索した末に、NPIの発案に至りました。
NPIは対象マーケットの顧客全体での、u-NPIはそのブランドの既存顧客の中での次回購入意思を数値化したものです。事業とは新規顧客を増やしながら、既存顧客の継続率を向上させ、離反率を下げることで、積み上げ式に成長するもの。NPIが高ければ高い投資対効果で新規顧客の開拓が見込め、u-NPIが高ければ離反を招きにくい。そのため、売り上げと利益が積み上がるブランドの成長性を示す先行指標になり得ると考えました。
この指標は19年に拙著『顧客起点マーケティング』(翔泳社)で発表し、その活用は海外にも広がっています。今のところビジネスの先行指標としてNPIを越えるものは見つかっていません。筆者が代表を務める会社(Wisdom Evolution Company)では、ブランディングの指標としての有効性を引き続き研究しています。
■NPSは実際の購入行動とは必ずしも一致しない
まずは、NPSとNPIを比較しながら、NPIの優位性について解説します。NPSとは顧客ロイヤルティーを測る指標であり、特定のブランドやサービスを他人に推奨する意欲を評価するものです。顧客に対して「対象の商品・サービスを他の人に薦めたいか」を尋ね、0から10の評価を基に「推奨者(9~10点)」「中立者(7~8点)」「批判者(0~6点)」に分類し、推奨者の割合から批判者の割合を差し引いた数値がNPSです。この数値が高いほど、顧客がブランドを他人に薦める意欲が高いことを示します。
一方、NPIは、消費者や顧客が次回もそのブランドの商品を積極的に選ぶかどうかを測る指標です。
NPSは、商品・サービスを第三者に推奨する度合いを示しますが、実際の購入行動とは必ずしも一致しないことが調査結果で示されています。例えば、高級車などのように、薦めたいと思っても、自分では購入しないケースがあるため、推奨意向と実際の購入行動にギャップが生じます。
■NPIは購入行動に密接に関連している
そこで、NPIの優位性を検証するため、M-Forceとマクロミルで6カテゴリー・54ブランドに対する調査を実施しました。調査では対象カテゴリーとブランドのそれぞれで、20年12月に実施した調査で取得した認知度、満足度、好感度、NPS、NPI、半年、1年が経過した後の金額シェアの相関を調査しました。これらのマーケティング指標と市場シェアを、半年後、1年後でそれぞれで比較して相関関係を分析しています。相関性が高いほど、未来の市場シェアを予測する有効な先行指標だと言えます。その調査結果が図表3となります。数値が1に近づくほど、相関性が高くなります。
半年後、1年後の市場シェアとNPSを比較した結果、相関係数は0.276と最下位でした。
一方で、NPIは市場シェアとの相関性が高く、1年後の相関係数は0.713と最も高い数値を示しました。これは、NPIが市場シェア拡大の先行指標として有効であることを示しており、ブランドの強さや成長性を見極める上で重要な指標として活用できることが証明されています。さらに、u-NPIについても同様に、リピート率や購入頻度と強い相関を示しており、NPSとは対照的に、実際の購入行動に密接に関連する指標であることが明らかになっています。
■優良顧客分析でもNPDは相関性が最下位に
また、本調査では継続的に商品・サービスを購入する、優良顧客に焦点を定めたu-NPIと満足度、NPSとの比較も実施しました。NPIは商品・サービスを認知している層の全体から、次回購入意向が高い層を全て足し合わせて算出するため、離反顧客や対象商品・サービスの購買経験がない層も含まれます。一方、u-NPIは日ごろから商品・サービスを購入している「一般顧客」「ロイヤル顧客」を対象に、次回購入意向が高い層だけを足し合わせて算出します。つまり、顧客全体に占める、継続購入が見込める人の割合を示しています。
これを同様に商品・サービスの半年後、1年後のリピート率や購入頻度の総合指標である「金額SOR(シェア・オブ・リクワイアメント)」の推移と比較しました。金額SORとは特定のカテゴリーの消費金額に占める、商品・サービスの割合を表します。例えば、ビールに年間1万円を使う層の中で、アサヒビールの「スーパードライ」が占める割合と説明すると分かりやすいかと思います。結果として、u-NPIが最も相関性が強く、1年後の相関係数は0.653となり、一方、NPSは0.154でこちらでも最下位となっています。
■次の打ち手のヒントになる
NPIは次回購入意向を測ることで、顧客が次回もそのブランドを選ぶ可能性が高いかどうかを評価し、市場シェアやリピート購入率との相関性が高いため、事業成長の予測においてNPSよりも優れた指標となります。このため、NPIはブランドのロイヤルティーを評価する上で、より正確で実用的な指標として優れた結果を示しています。
筆者は、これまでに40社超の経営サポートと投資活動に関わってきましたが、将来のビジネスを事前予測をする指標としてのNPIおよびu-NPIに手応えは実感していました。この客観的な追跡調査で、将来の予測指標としての有効性が確認され、より多くの企業で広く活用されるのではないかと思います。また、事業の将来性に関する投資家の評価方法として活用される可能性もあると考えます。さらに、投資活動が、顧客の心理と行動にどのような変化をもたらしているかにいち早く気付くことで、継続的な収益性向上が実現できると確信しています。
NPIおよびu-NPIをビジネスの先行指標とすれば、本記事の冒頭で紹介したスニーカーブランドの調査において両指標とも高かったニューバランスや他の上位ブランドは、その後の成長性が高かったと推察できます。
また、男女別のスコアの比較や、本調査で同時に尋ねた各ブランドのイメージ(※履き心地が良い、疲れにくい、足へのフイット感がある、デザインが良い、など)と購入時に重視する項目(※に同じ)のスコアを比較することで、次の打ち手のヒントを得ることができます。本書では調査結果についてさらに詳しく解説していきます。
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西口 一希(にしぐち・かずき)
Strategy Partners代表取締役
1990年大阪大学経済学部卒業後、P&Gに入社。ブランドマネージャー、マーケティングディレクターとして「パンパース」「パンテーン」「プリングルズ」「ヴィダルサスーン」などのブランド担当。2006年ロート製薬に入社。執行役員マーケティング本部長として「肌ラボ」「Obagi」「デ・オウ」「ロート目薬」などの60以上のブランドを担当。2015年ロクシタンジャポン代表取締役。2016年にロクシタングループ過去最高利益達成に貢献し、アジア人初のグローバルエグゼクティブコミッティメンバーに選出、その後ロクシタン社外取締役戦略顧問。2017年にスマートニュースへ日本および米国のマーケティング担当執行役員として参画。2019年株式会社Strategy Partnersの代表取締役として事業戦略・マーケティング戦略のコンサルタント業務および投資活動に従事。戦略調査を軸とするM-Force株式会社を共同創業。著書に『たった一人の分析から事業は成長する 実践顧客起点マーケティング』(翔泳社)、『マンガでわかる 新しいマーケティング』(池田書店)、『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』(日経BP)などがある。
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(Strategy Partners代表取締役 西口 一希)