※本稿は、西口一希『ブランディングの誤解』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■リブランディングの多くは失敗する
ブランドは長く商品を展開する中で、徐々に業績が右肩下がりになる時期を迎えることがあります。そのてこ入れとして用いられる手段の一つに「リブランディング」があります。このリブランディングの失敗は、枚挙にいとまがありません。
リブランディングの目的が低調気味なブランドをてこ入れして、売り上げを上げることだとしても、明確な顧客イメージや何を便益と独自性とするのかのイメージを持たず、闇雲にブランド名やロゴを変えたり、プロダクトの中身を変えたりすることはむしろ悪手です。既存顧客が対象のブランドを想起できなくなり、むしろ離反率の増加を招く恐れがあります。
リブランディングの典型的な失敗例は、低迷する業績を「情緒的価値や心理的価値をブランディングでつくる」ことで、底上げしようとするケースです。著名なデザイナーを起用し、新たなロゴや統一感のあるデザインなどで、かっこよく見せようとして、結果的に顧客を失う事例は数多くあります。
■批判が相次いだローソンのパッケージデザイン
ローソンのプライベートブランド(PB)の失敗はその典型例でしょう。
同社は20年春にPBのパッケージデザインをベージュを基調としたパッケージに油彩タッチの商品イラストを載せ、ローマ字で商品名を記載した、まるでシンプルな雑貨のようなデザインに全面刷新しました。
お気に入りの食器や雑貨とともに並んでいても違和感のないようなデザインを採用することで、価格だけで選ばれる従来のPBから、「ローソンのPBだから」を理由に選んでもらえるようなPBへと生まれ変わることを目指した刷新でした。
意欲的なデザイン刷新でしたが、ローソンの意図に反して、顧客からはネットを中心に「商品が分かりにくい」といった批判が相次ぎました。
例えば、納豆は「NATTO」、豆腐は「TOFU」といったローマ字の表記は顧客視点では見慣れないため、ぱっと見で何の商品か分かりにくい。さらに、商品カテゴリーを問わずに同一フォーマットを採用していたため、統一感はありましたが、かえって区別のしづらさに拍車をかけました。
ローソンは批判を受け、PBのリブランディングから2~3カ月後に、約700品目の全パッケージの再改修を決断。PBのパッケージの再改修にさらなるコストをかけることになりました。
本来PBのパッケージで伝えるべきことはおいしさなどだったはず。ところが、商品のよさが伝わらない方向にリブランディングをしてしまった。これではうまくいきません。リブランディングは商品・サービスを買う理由、競合ブランドを選ばない理由が分かっていて、その強みを増幅させる、あるいは理解させるための目的でしか成立しません。
なお、2024年時点では、ローソンはこの問題を解決し、「おいしさ」や「中身の魅力」が伝わるパッケージへ変更し、業績も好調です。
■全てがマイナスに作用してしまう…
また、離反者にアピールし、戻ってきてもらおうとしたとしても、元のブランド名やロゴで認知していた人は、新しいブランド名やロゴを認識できません。ブランドを構成するロゴやパッケージに対する顧客の認知度が新規、既存ともにゼロベースになるため、全てがマイナスに作用するというケースはこれまで何度も起こってきました。
例えば、老舗のお菓子のブランドに関して若年層の顧客が減っているのであれば、若者にとってその便益と独自性が合っていない可能性が高いです。
お菓子を食べる時間が減り、スマートフォンを使う時間が増えているのであれば、可処分時間がスマホに置き換えられたということです。つまり既存の商品では便益と独自性が成立しなくなっているということ。では、売るべきお菓子はという課題に立ち返ると、プロダクトやサービスそのものの問題になるはずです。
■「顧客不在」になっていないか
リブランディングの名の下に、ブランド名を変えたり、はやりのタレントを広告塔に使ったりしても、根本的な課題の解決にはつながりません。
特にパッケージ変更をして、既存客を失うケースは非常に多いです。ブランディング巧者といわれるプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)でも、かつて「リジョイ」というシャンプーのてこ入れのために、パッケージデザインやロゴを刷新したところ、売り上げが下がってしまったケースがあります。
「顧客不在」で、企業を起点とした「リブランディング」は成功しません。もしそのようなリブランディングを実行したいと考えている担当者がいた場合、「ロゴやデザインを変更したことで、誰がそれを評価して購入してくれるのでしょうか?」「今のデザインは誰が評価していないから購入しないのでしょうか?」と尋ねると、立ち止まって、考え直すきっかけになるでしょう。
■マイルドクレンジングオイルの失敗
その対象ブランドが企業の基幹商品だった場合、経営危機につながる恐れすらあります。健康食品や化粧品通販事業のファンケルは1997年の発売以来、主力商品だった「マイルドクレンジングオイル」(以下、マイクレ)のパッケージを2012年に刷新しました。
「よりスタイリッシュなブランドにする」という目的で行われた化粧品事業の大々的なリブランディング計画の下、ボトルの色を、従来の青から白へ変更したのです。当時、売り上げを3割以上伸ばすという目標を掲げ、全社的に相当な投資がなされたといいます。
「青色のクレンジング」。マイクレのパッケージの特徴である青いボトルにちなんで、ファンケルの顧客は商品をこう呼びます。長年愛用する顧客にとって、パッケージの色は、小売り店の棚でひと目見て商品を識別するための大事な記号です。
顧客はマイクレを青いボトルと認識しているから、迷わず商品を選んで購入できていました。その青色のパッケージを白に変えたことで、顧客が店頭で商品を認識できなくなったのです。
■複数の商品が売り上げ不振に…
この大々的なリブランディングによって、マイクレだけでなくサプリメントなど複数の商品が売り上げ不振に陥りました。結果的に13年3月期、ファンケルは創業以来初の赤字を計上。13年1月には、ファンケルの創業者である池森賢二氏が経営再建のため急きょ8年ぶりに経営へと復帰しました。
マイクレはパッケージデザイン変更後に約1年で、元の青色のボトルに戻すことになりました。売り上げ低迷の原因がパッケージだと判断したのは、「商品を見つけられない」という声が顧客から相次いだこと、中身は変えておらずパッケージのみの刷新だったためだといいます。
この再改修が奏功し、売り上げは回復しました。
多くの顧客にブランディングで刷り込んだ名称や色などの記号と、そのプロダクトの便益と独自性のいずれかを変更する場合、離反者がかなり増えるリスクがあります。新規顧客は獲得できたとしても、ロイヤルティーの高いLTV(顧客生涯価値)に貢献する優良顧客の離反率が高まり、結果として売り上げが落ちてしまうということは往々にして起こり得ます。
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西口 一希(にしぐち・かずき)
Strategy Partners代表取締役
1990年大阪大学経済学部卒業後、P&Gに入社。ブランドマネージャー、マーケティングディレクターとして「パンパース」「パンテーン」「プリングルズ」「ヴィダルサスーン」などのブランド担当。2006年ロート製薬に入社。執行役員マーケティング本部長として「肌ラボ」「Obagi」「デ・オウ」「ロート目薬」などの60以上のブランドを担当。2015年ロクシタンジャポン代表取締役。2016年にロクシタングループ過去最高利益達成に貢献し、アジア人初のグローバルエグゼクティブコミッティメンバーに選出、その後ロクシタン社外取締役戦略顧問。2017年にスマートニュースへ日本および米国のマーケティング担当執行役員として参画。2019年株式会社Strategy Partnersの代表取締役として事業戦略・マーケティング戦略のコンサルタント業務および投資活動に従事。戦略調査を軸とするM-Force株式会社を共同創業。
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(Strategy Partners代表取締役 西口 一希)