※本稿は、ヤニス・バルファキス『テクノ封建制』(集英社シリーズ・コモン)の一部を再編集したものです。
■レントを超える利潤を追い求める大企業
ソニーは世界初の携帯型音楽デバイスであるウォークマンを発明したとき、莫大な利潤を得た。その後、模倣品による競争でソニーの利潤は減っていき、最後にアップルがiPodを引っさげて参入し、市場を独占した。反対に、市場競争はレント階級(地代などの権益=「レント」を生み出す資産の所有者)の味方になる。
たとえば、ジャックの所有するビルのある地区でほかの人が貧しい人を追い出し、再開発を進めていたとする。ジャックはなにもしなくてもレント(家賃)の相場が上がっていく。文字通り、寝ているあいだにジャックは金持ちになっていく。近隣の再開発が進み、企業がその地域にますます投資するようになると、さらにジャックの得るレントは上がる。
資本主義が栄えるのは、利潤がレントを凌駕している場合だ。生産労働と所有権を、それぞれ労働市場と株式市場を通して販売される商品へと変えることで、利潤はレントに対して歴史的な勝利を収めた。
それは単なる経済的な勝利ではない。レントは低俗な搾取の臭いを放っていたが、それに対して利潤は、勇敢な起業家が大きなリスクを取って市場の厳しい波風をくぐり抜けたことへの正統な報酬という道徳的な優位性を得た。
■しぶとく生き延びるレント階級
だが、利潤が勝利してもなお、レントは資本主義の黄金時代を生き延びた。すでに絶滅したヘビや微生物を含む、私たちの古代の祖先のDNAの名残が、人間のDNAの中で生き延びているようなものだ。
あらゆる資本主義的大企業――フォード、エジソン、GE、ゼネラルモーターズ、ティッセンクルップ、フォルクスワーゲン、トヨタ、ソニーなど――はレントを上回る利潤を創出し、資本主義を支配的な地位に押し上げた。
しかし、巨大ザメに寄生するコバンザメのように、ただ生き残っただけでなく利潤の残り物を食べて成長したレント階級もいた。たとえば、石油会社は特定の土地や海底の採掘権から莫大なレントをがっぽりと受け取ってきた。もちろん、自分たちは損をすることなく地球環境を破壊するというのも、それに付随する特権だ。
当然ながら、石油会社は自分たちの略奪を正当化するために、レントを資本主義的利益に見せかけている。彼らのリターンは賢い低コストの採掘技術に投資したことの見返りで、この技術がなければ、ここで採掘された原油はライバル会社の原油より安価にならなかったかもしれないと誇張する。
■利潤に見せかけてレントを隠す
不動産開発会社も同じで、斬新な建築からの利潤でレントを陰に隠そうとする。民営化された電力事業や水道事業もそうだ。その収益は政治家が民間事業会社に与えたレントから生み出される。こうした巨大レント企業に共通するのは、なにがなんでもレントを正当化したいがために、それを利潤と見せかけることだ。
第二次世界大戦後、資本主義の中でレントは生き残ったばかりか、一段上の存在になった。レントはテクノストラクチャーが台頭したおかげで、つまり莫大なリソースと生産能力と市場でのシェアを持つコングロマリットの集合体が戦時経済から生まれたおかげで、復活を果たした。
テクノストラクチャーに雇われた革新的なマーケターや想像力のある広告担当者が、天才的ななにかを創り出したことで、レントが復活したのだ。そのなにかとは「ブランド・ロイヤリティ(ブランドへの愛着心)」だ。
■アップル製品も昔はただの高級品だった
ブランド・ロイヤリティがあれば、ブランドの所有者は顧客を失うことなく価格を上げることができる。価格のプレミアム(上乗せ分)を支払うことで、たとえばメルセデス・ベンツやアップル製品を持つ人は、安いフォードやソニー製品を持つ人よりも高いステータスを誇示できる。この値段のプレミアムの蓄積が、ブランドのレントになる。
1980年代までに、ブランディングはレントを引き出す力をかなり持つようになったので、野心ある若い実業家は、だれがどこでどんなふうにモノを生産したかよりも、見栄えのいいブランドの企業を所有することを気にするようになったのだ。
1950年代にレントに復活のチャンスを与えたのがブランディングだとすると、2000年代に利潤に対する逆襲のチャンスを与えたのはクラウド資本の台頭だった。ここでレントが世紀の大復活を遂げる舞台が整った。アップルはその立役者になった。
iPhone以前は、スティーブ・ジョブズのガジェットはロールスロイスやプラダの靴とそう変わらない、典型的なブランド・レントを反映したプレミアム価格の高級品だった。アップルは、美しいデザインと使いやすさに定評のあるインターフェイスを備えたラップトップ、デスクトップ、iPodを販売することで、マイクロソフトやIBMやソニーや、そのほか無数の中小競合他社との血みどろの戦いに生き残り、莫大なブランド・レントを徴収できるようになった。
■iPhoneが「ただのかっこいい携帯電話」ではないワケ
だが、アップルを1兆ドル企業へと成長させたブレイクスルーはiPhoneだ。それが単に優れた携帯電話だからではなく、iPhoneのおかげでアップルは秘められた宝箱を開ける鍵を手にしたのだ。
その宝箱とはクラウド・レントだ。
スティーブ・ジョブズがクラウド・レントという宝箱を開けるきっかけとなった天才的なひらめきとは、社外の「サードパーティ開発者」にアップルのソフトウェアを無料で使わせ、開発したアプリケーションをアップルストアで販売するという斬新なアイデアだった。
これによって、たちまちタダ働きの労働者と封臣資本家が生み出され、彼らの働きによって、アップルのエンジニアだけでは到底つくり出すことのできない多種多様なアプリが、iPhoneユーザーのためだけに提供されるようになった。
たちまち、iPhoneはただのかっこいい携帯電話以上の存在になった。ほかのスマートフォンにはない、iPhoneならではのさまざまな楽しさや機能がここでは手に入るからだ。
たとえライバルのノキアやソニーやブラックベリーがより賢く、速く、安く、美しい携帯電話を急いで作ろうとしたところで、痛くも痒くもなかった。iPhoneだけがアップルストアをはじめた。ではなぜ、ノキアやソニーやブラックベリーは自社ストアを開発しなかったのか?
■GoogleがAppleに取った対抗策
もう遅すぎたからだ。
総売上の30パーセントのレントをアップルに支払わなければならない。こうして、アップルストアという世界最初のクラウド封土の肥沃な土壌で封臣資本家階級が育っていった。
アップルのほかに唯一、多くの開発者に自社ストアのアプリを開発させることができたコングロマリットがあった。グーグルだ。
iPhoneが発表されるはるか以前に、グーグルの検索エンジンはGメールやユーチューブを含むクラウド帝国の核になっていた。その後、ここにグーグルドライブ、グーグルマップ、そのほか一連のオンライン・サービスが搭載された。すでに支配的なクラウド資本だったグーグルは、その資本をさらに活用するため、アップルとは違う戦略を取った。
■Apple、Googleという「2大領主」がスマホ界を支配する
携帯デバイスを製造してiPhoneに対抗するのではなく、オペレーティング・システムのアンドロイドを開発したのだ。アンドロイドはソニー、ブラックベリー、ノキアなど、どのメーカーのスマホも無料で搭載できる。
多くのアップルのライバル・メーカーがアンドロイドを採用し、アンドロイドを搭載したスマホの台数が十分に多くなれば、サードパーティ開発者がアンドロイドのストア向けにアプリを開発してくれると考えたのだ。
アンドロイドはソニー、ブラックベリー、ノキアなどのメーカーが自社開発したOSや、自社開発できたはずのOSと比べて、優れていたわけでも劣っていたわけでもない。だがアンドロイドは超能力を備えて登場した。
グーグルが有り余るほど持つクラウド資本だ。それが、ソニーやブラックベリーやノキアには決して引きつけられないサードパーティ開発者を磁石のように引きつけた。ソニーやブラックベリーやノキアは、たとえ嫌々ながらだったとしても、携帯電話メーカーとして封臣資本家の役目を引き受けざるを得ず、ハードウェアの販売によるわずかな利益で生き延びた。
一方で、サードパーティ開発者が開発したアプリをグーグルプレイで販売することで、グーグルは大勢の封臣事業者や封臣資本家が生み出す莫大なクラウド・レントをがっぽりと懐に入れていた。
その結果、クラウド領主2社に支配されるグローバルなスマートフォン業界が誕生した。アップルとグーグルは、タダで働いてくれるサードパーティ開発者が生み出す売上から一定割合をピンハネすることで富を積み上げた。これは利潤ではない。クラウド・レントであり、デジタル版の地代なのだ。
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ヤニス・バルファキス
経済学者
1961年アテネ生まれ。
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(経済学者 ヤニス・バルファキス)