「AIに仕事が奪われる」と言われてから10年ほどが経った。麗澤大学工学部教授の宗健さんは「『10~20年以内に米国の雇用の47%がAIやロボットによって代替される可能性がある』と指摘していた2013年の論文は、その後、学術的に反証されている。
ただし、生成系AIの進歩はすさまじく、世の中をどう変えていくかは誰にもわからない」という――。
■今のところ、AIで仕事は無くなっていない
昔ほどではないが、いまでもインターネット上の掲示板には一定のユーザーが居るようで、つい先日も「野村総研が2015年に発表した『AIに代替される可能性が高い職業、低い職業』リストを今見ると、真逆になってる例がある」という興味深いスレッドがあった。
このスレッドの「野村総研が2015年に発表した『AIに代替される可能性が高い職業、低い職業』リスト」の元となったのは、通称「オズボーン論文」と呼ばれるオックスフォード大学のマイケル A. オズボーン准教授(当時。現在は教授)とカール・ベネディクト・フレイ博士が2013年に発表した「The Future of Employment(雇用の未来)」という論文だ。
オズボーン論文では、「10~20年以内に米国の雇用の47%がAIやロボットによって代替される可能性がある」とされており、世界中でバズワードとなり日本のメディアでも繰り返し扱われたので、見聞きしたことがある人も多いと思う。
そして、10年以上経過してみて改めて世の中を見てみると、仕事は全然AIに置き換わっていないじゃないか、ということで冒頭のスレッドが立ったということのようだ。
■オズボーン論文は学術的にはほぼ否定されている
そんなに簡単にAIがヒトの仕事を置き換えられるはずはない、そもそもの分析手法が間違っているといったオズボーン論文への反証は2018年頃までには出尽くした感があり、学術的にはほぼ否定されているのだが、一度、世の中に広がった言説は簡単には消えない。
オズボーン論文への反証は以下のようなものだ。
オズボーン論文で無くなるとされた単位は「職業」だったが、実際には一つの職業は複数の「タスク」から構成されており、たとえ「タスク」が自動化されたとしても、「職業」がまるごとなくなるわけではない。
オズボーン論文では一部の「タスク」が自動化されれば「職業」がなくなるとされているから、そこが大きな問題、ということだ。
また、一部のタスクが無くなるかどうかの判断自体も専門家が行ったわけではないことも批判の対象となっている。
さらに、オズボーン論文ではAIによって新たに生まれる仕事を全く考慮していないことも批判の対象となっており、たとえ新しい技術が登場しても、一気に仕事が置き換わるわけではないことも指摘されている。

オズボーン論文以外にも、AIによる雇用への影響を予測した研究には、ドイツマンハイムZEW研究所メラニー・アーンツ研究員らによるものがあり、この研究では47%ではなく、米国では9%、ドイツでは12%であるとされており、どうやらこちらのほうが多くのコンセンサスを得ているようだ(※)。

※岩本晃一「人工知能(AI)等と『雇用の未来』『人材育成・働き方』」、岩本晃一「AIが雇用に与える影響:最近の研究動向」などに詳しい。
■生成系AIの進歩はすさまじい
しかし、メディアで未だに、「AIによって仕事が無くなる」的な記事が多いのは、メディアの商業主義の弊害だろう。
ただし、2013年の予測が外れたからといって、未来予測に意味がないわけではない。2006年にスマホが登場してから世の中が一気に変わったように、この2~3年で劇的に進歩している生成系AIが世の中をどのように変えていくかは誰にも分からない。
生成系AIの代表格であるChatGPTが登場したのは、ほんの2年ちょっと前の2022年11月だが、その進歩と普及速度、社会へのインパクトにはものすごいものがある。
まだヒトの様々な作業(タスク)をそのまま置き換えることはできないが、様々な作業(タスク)のかなりの部分を生成系AIは担えるようになっている。
簡単なプログラムは書いてくれるし、音声データから文字起こししたデータを投入すれば議事録を作ってくれるし、論文を与えればプレゼン用のPowerPointも一瞬で作ってくれる。
知財的にもクリエイターへのリスペクトという意味でも大きな問題があるとは思うが、「ジブリ風」イラストも簡単に作ってくれるようになっている。
■「正しい日本語をロジカルに使えること」が必要
しかし、一方で生成系AIを使いこなすには、「正しい日本語」が使えて、ロジカルな考え方ができることが必要だ。
たとえば、Excelである列に「姓 名」のように姓と名がスペースで区切られて入力されている場合に、姓、名を別の列に分離したいとする。そのときに、「Excelで姓名をスペースで分ける方法を教えて」と生成系AIに指示するのと、「ExcelでのC列にある姓名を全角と半角が混在したスペースの前後で分けて、姓をD列に、名をE列に入れる方法を教えて」と指示するかで回答は違う。

もちろん後者のほうがより的確な内容が返ってくる。
これは簡単な例だが、プログラムを書かせる場合にはもっと細かい指示が必要で、ロジカルで分かりやすく、間違った解釈をされない日本語で生成系AIに指示をする(「プロンプトを書く」という)必要がある。
プロンプトは、文章とは限らず、項目毎の箇条書きだったりもするが、いずれにしても正しい日本語をロジカルに使えることが必要だ。
■2000年頃を境に「仕事に必要なスキル」が上がっている
AIによって仕事がどのように変化していくかも重要な視点だが、そもそもパソコンが一般に普及し始めた2000年頃を境に、仕事に必要なスキルはどんどん上がっている。
例えば、営業という仕事でも、1990年代まではパソコンが使えなくても、やる気と長時間労働で業績を上げることはできた。使うツールも、固定電話とFAXに加え携帯電話があるくらいで、メールはまだ一般的ではなく、発注伝票を手書きすれば良かった。
それが、今では営業といえども各種の受発注に関わるシステムを使いこなし、コミュニケーションも電話がほとんどなくなり、メールやチャット、TeamsやZoomなどのツールに置き換わっている。
さらに、企画書はPowerPointで作ることが一般的で、見積もりもExcelで計算することがほとんどだろう。
ほんの20年くらいで、普通の仕事をするために必要なスキルはどんどん上がっているのだ。
■生成系AIによりスキルの一部が不要になるかもしれない
そして、今は、プログラミングやデータサイエンスの素養が必須だと言われ、生成系AIも使いこなす必要があると喧伝されている。
仕事に必要なスキルはどんどん増えても全ての人が必要な新たなスキルを身につけられるわけではないが、今までと少し違うのは、生成系AIの使い方を覚えれば、これまで必要だったスキルの一部が不要になる可能性があることだ。
例えば、ExcelのVBA程度のプログラミングは、生成系AIが書いてくれるようになったことで、VBAのスキルが曖昧でもある程度使いこなせるようになっている。

AIによって無くなる仕事もあれば、新たに生まれる仕事もある。そしてAIに関係なく残る仕事もある。
大切なのは、AIだけではなく様々な社会の変化に適応していくことだ。
これまでも様々な変化が起きたが、多くの人が変化に適応しようと意識していなくても、少しずつ適応できてきている。
今起きている変化にもきっと多くの人は適応できるだろう。

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宗 健(そう・たけし)

麗澤大学工学部教授

博士(社会工学・筑波大学)・ITストラテジスト。1965年北九州市生まれ。九州工業大学機械工学科卒業後、リクルート入社。通信事業のエンジニア・マネジャ、ISIZE住宅情報・FoRent.jp編集長等を経て、リクルートフォレントインシュアを設立し代表取締役社長に就任。リクルート住まい研究所長、大東建託賃貸未来研究所長・AI-DXラボ所長を経て、23年4月より麗澤大学教授、AI・ビジネス研究センター長。専門分野は都市計画・組織マネジメント・システム開発。

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(麗澤大学工学部教授 宗 健)
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