2023年度、不登校の小中学生は全国で約35万人と過去最高を記録した。フリージャーナリストの前屋毅さんは「全国学力テストなどの結果にこだわる学力偏重の傾向がますます強まっている。
点数だけで評価する『学力』が子どもたちの悩みにつながっているのではないか」という――。
※本稿は、前屋毅『学校が合わない子どもたち』(青春新書インテリジェンス)の一部を再編集したものです。
■取り違えられた教育目的
福井県も、全国学力テストで上位の成績を続けている自治体のひとつです。その福井県の県議会総務教育常任委員会が「福井県の教育行政の根本的見直しを求める意見書」を全会一致で可決したのは、2017年12月19日のことでした。
きっかけになったのは、同年3月に同県の池田町立中学校の男子生徒が飛び降り自殺をとげたことでした。先ほどの意見書には次のように記されています。
「本来、教員は子どもたち一人ひとりに向き合い、みんなが楽しく学ぶことができる学校づくりを推進する意欲を持っているはずであるが、最長月200時間を超える超過勤務があるなど、教員の勤務実態は依然として多忙である。
池田中学校の事件について、学校の対応が問題とされた背景には、学力を求めるあまりの業務多忙もしくは教育目的を取り違えることにより、教員が子どもたちに適切に対応する精神的なゆとりを失っている状況があったのではないかと懸念するものである」
教員の役割はテスト対策ではないにもかかわらず、全国学力テストなどの点数による学力を追い求めてのテスト対策も強要されるなかで、ただでさえ忙しい教員の仕事は多忙を極めることになり、子どもたち一人ひとりに向き合えなかったことが子どもの自殺の背景にある、というわけです。教育目的をテストの成績と「取り違えている」との厳しい指摘もあります。
■生徒を追いこんだもの
この意見書が提出される前に、池田町は学校事故等調査委員会をつくって報告書をまとめています。そして男子生徒の自殺について、「担任、副担任とも、本生徒の性格や行動の特性、気持ちを理解しないまま、宿題等の課題提出や生徒活動の準備の遅れを理由に、担任は大声で叱責するなどし、副担任は執拗な指導を繰り返した」とし、「これらの指導叱責は、本生徒にとっては困難を強いられ、大きな精神的負担となるものであった」と指摘しています。
これを受けて先の意見書が提出されることになったわけですが、もういちど先の意見書を読んでいただければわかりますが、意見書は担任や副担任を責める内容にはなっていません。
担任や副担任を個人的に責めているのではなくて、「学力を求めるあまり」に「業務多忙もしくは教育目的を取り違える」ことによって「教員が子どもたちに適切に対応する精神的なゆとりを失っている」という指摘です。生徒を自殺に追いこんだのは過度に学力を求める県の教育姿勢そのものであり、そこに教員も巻きこまれてしまっていることが問題だ、というわけです。
■過去最多を記録した子どもの自殺
福井県に限ったことではありません。全国学力テストのランキングが大きな注目を集めるのに象徴されるように、日本全国の学校が「学力を求める」姿勢になっています。その学力は、点数で表されるような学力でしかありません。そして、教員は「業務多忙」になり、「教育目的を取り違える」ことになっているのです。
そこで気になるのが、子どもの自殺です。厚生労働省は2025年1月29日、警察庁の統計に基づき2024年の自殺者数(暫定値)を発表しています。全体の自殺者数は減るなかで、小中高生だけは過去最高となる527人でした。そして10代までの自殺の原因・動機として最も多かったのは、学業不振や進路の悩み、友人との不和といった「学校問題」で、全体の44パーセントを占めていました。点数だけで評価する学力が子どもたちの大きな悩みにつながっていることが想像できます。福井県議会が指摘したのと同じ状況が全国的にあるということです。

さらに、こども家庭庁が2019年から2023年までに自殺した子について出席状況を調べたところ、44パーセントの子がきちんと出席していました。登校していたにもかかわらず、教員や学校側は自殺の予兆に気づけなかったことになります。
■結局、教育委員会や学校に丸投げされる
こうした調査結果を受けて2025年1月29日の閣議後記者会見で阿部俊子文科相は、一人一台端末を活用した心の健康観察を実施すると述べました。児童・生徒それぞれにICT端末(ノートパソコンやタブレット)を持たせて授業で活用することで、従来の紙の教科書と黒板ではないデジタル活用の授業にしようという「GIGAスクール構想」を文科省は掲げています。一人一台端末の実現は2024年度を目標にしてしまいましたが、新型コロナウイルス禍でオンライン授業が注目されるなかで前倒しされ、じゅうぶんに利用されているかどうかは別として、いまでは子どもたち全員がICT端末を支給されています。その端末を使って心の健康観察までやろう、というわけです。
阿部文科相は、心の健康観察を端末で具体的にどうやるのか、までは示していません。子どもの自殺が最多になったという結果に対応策を考えていると言いたかっただけなのかもしれません。そうして教育委員会や学校に丸投げされるのは、いつものことです。丸投げされたからといって、教育委員会や学校が効果的な策をとれる可能性は低く、端末を使って子どもたちに「悩んでいることはありませんか」という問いに答えさせるくらいのものではないでしょうか。それで効果があるとはおもえません。
ただ、教員の仕事は増えることになります。
ますます業務過多となり、先ほどの福井県議会の意見書にあった「教員が子どもたちに適切に対応する精神的なゆとりを失っている」状況を加速することにさえなりかねません。問題を悪化させる可能性もあるわけです。
ちょっと話を戻すと、子どもの自殺者の44パーセントがきちんと登校していたということは、56パーセントは不登校、もしくは不登校ぎみだったことになります。不登校と自殺の関連性についても、もっと議論されるべきです。
■「全国学力テストでトップクラス」の副作用
秋田県も、全国学力テストではトップクラスの自治体です。2007年に全国学力テストがスタートしてから、常にトップクラスの成績を維持しています。「秋田に学べ」という自治体も多く、全国学力テストが始まって初期のころは、多くの自治体が秋田県に視察に訪れていました。全国学力テストで順位を上げる施策を秋田県に教えてもらおう、というわけです。
その秋田県の教員から連絡をもらったことがあります。彼は「不登校の児童・生徒が増えているのを実感しています」と言って、「学力トップクラスにこだわった学力偏重に原因があると考えています」と続けました。
文科省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸問題に関する調査」をもとにした秋田県の「児童生徒の問題行動等の状況について」によれば、秋田県内の不登校の数は小学校で、2020年度の278人から、2022年度には476人にと、1.7倍にも増えています。中学校でも777人から1068人と、1.4倍近くの増加です。

■なぜ秋田で不登校の子どもが増えているのか
文科省による不登校の定義は、「何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」となっています。年間30日未満の欠席なら不登校に含まれないわけです。さらに調査では不登校の定義にあてはまらない「長期欠席者」というくくりがあり、2022年度には秋田県内の小学校で435人、中学校でも467人いることになっています。病気や経済的な理由で登校していない子がこんなにいるとも考えにくいので、これも不登校と考えていいのかもしれません。
とにかく、秋田県でも不登校の子たちが増えている。それを先の教員は学力偏重が原因であり、学力偏重の副作用だと指摘しました。それを説明するために教員は、全国学力テストでトップクラスの成績を続けるために、秋田県でなにが行われているのかを説明してくれました。
■重視される「学習規律」とは
「小学校でいうと、重視されているのが『学習規律』です。これができない子は『落ちこぼれ』とみなされ、排除される方向になっていきます。『学習規律ができないのは学習障害があるからだ』というので、特別支援学級に行かされることも珍しくありません」
その学習規律とやらを訊くと、次のような具体例を列挙してくれました。
・授業中は最後まで椅子に座ってよい姿勢で話を聞く

・机の上に置くものの位置が決められている

・鉛筆の数(鉛筆の種類まで指定する教員もいます)も決められている

・鉛筆の持ち方も指導される

・タブレットの置き方も決められている

・教員が板書したとおりにノートをとる

・ノートの色の使い方(問題を赤で囲む、まとめは青で囲むなど)も決められている
■学力を支えているといわれると、逆らえない
これで終わりではなく、まだまだ細かい決まり事がたくさんあるそうです。学習に向かう姿勢をつくり、成績向上につなげるためには、日頃の生活習慣からきちんとしなくてはならない、という考えが根本にあるようです。
そこからは、“がんじがらめ”にされている子どもたちの姿が目に浮かぶようです。学校というよりは、むしろ軍隊に近い光景におもえます。
こういう教育方針に、教員は疑問を感じないのでしょうか。それを先の教員に訊いてみたところ、次のような答えが戻ってきました。
「疑問をもっている教員はいます。しかし、学習規律が秋田県の学力を支えているといわれると、逆らえません。決められたとおりに、やらざるをえない。授業の進め方も、課題を示して自学の時間があって、ほかの生徒たちとの交流の時間があって、最後にまとめをして振り返るという秋田型といわれるスタイルが決められています。これに疑問があっても、『これが秋田の学力を支えている』といわれてしまっては、黙るしかありません」
教員も、また“がんじがらめ”だということです。子どもたちも教員も“がんじがらめ”にして、全国学力テストに代表されるテストで高い点数をとることが優先される現状が浮かびあがってくるのではないでしょうか。

----------

前屋 毅(まえや・つよし)

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。
立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。著書に『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(KKベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)などがある

----------

(フリージャーナリスト 前屋 毅)
編集部おすすめ