※本稿は、田口れん太『投資の超プロが教える! カブ先生の「銘柄選び」の法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■インフレとバランスを考慮すると…
株式投資を始めようとしている方も、すでに始めている方も、全体の資産のうちどれくらいを株式投資に振り向けるべきかは、とても重要なポイントでしょう。
この問題を考えるうえで、我々の年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のポートフォリオが良い参考になると私は考えます。
GPIFは年金運用機関として、20歳からの納付開始から65歳の支給開始まで、45年という長期的な視点で運用を行っています。そのため、インフレを十分に考慮したポートフォリオ設計がなされています。
また、日本国民の資産を預かるGPIFは、日本人特有の保守的な考え方も考慮したうえで、リスクとリターンのバランスを十分に検討したポートフォリオ構成を採用していると考えられます。
ですから、一攫千金を狙うのではなく、長期的な株式投資の好パフォーマンスを享受したいと考える私たちにとって、最も参考になる運用モデルといえるでしょう。
■目減りリスクの高い現金はゼロ
具体的にGPIFのポートフォリオを見てみましょう。図表1のとおり、資産は日本株、外国株、日本債券、外国債券の4つに分割されています。ただし、実際の運用においては、常に各資産が正確に25%ずつという配分で厳密に運用されているわけではなく、各資産について上下6~8%程度の変動が許容されています。
この資産配分を初めて目にした方々の反応は、まちまちです。
反応1「現金はゼロなのか。全部現金だと思っていた」
そのとおり、GPIFのポートフォリオでは現金比率はゼロとなっています。これはインフレを十分に考慮した結果です。第1回で説明した100年定期預金のような悲劇を避け、現金保有による資産の目減りが起こらないよう設計されているのです。
■現金・預金は全体の25%程度でいい
一方で、一般的な日本人の資産構成を見てみると、図表2のとおり、現預金の比率が54%と非常に高くなっています。これは、インフレリスクをあまり考慮していない資産配分といえます。言いかえれば、資産の実質的な価値が目減りしやすい、脆弱なポートフォリオ構成となっているといえます。
GPIFは年金運用機関ですから資金の出入りが予測可能ですが、個人の資産運用においては、予期せぬ突然の支出への備えは必要でしょう。そのため、現金や銀行預金をゼロにするのはリスキーです。個人の場合、GPIFの国内債券部分に相当する25%程度を現金や銀行預金として保有するのが1つの目安となるでしょう。
また、図表2のアメリカの例を参考に、全体の10~15%を現預金とすることを目標にしてもいいかもしれません。
別の観点として、現預金を失業時の備えとして考える方法もあります。
この方法を採用する場合、6カ月分の生活費を現預金として確保し、残りの資産を4分割して投資に回すという戦略が有効でしょう。
■日本人の資産構成はむしろ高リスク
もう一度、図表2をご覧ください。現在の日本人の資産構成は、5割以上が現預金となっています。これは単に保守的というレベルを超えて、インフレに対して極めて無防備な状態といえます。
資産を保有しているご本人は安全な運用だと考えているかもしれませんが、実際にはリスクの高いポートフォリオとなっています。これは第1回で説明したとおり、日本人がお金持ちになってからインフレを経験していないことによる弊害ではないでしょうか。
長期投資の観点からすれば、株式比率50%はむしろ保守的な部類といえるでしょう。世界の年金運用を見てみると、ノルウェーの年金は約70%、カナダの年金に至っては85%を株式に投資しています。カリフォルニア州の退職職員年金でも55%が株式投資です。こうして見ると、日本のGPIFはむしろ株式比率が低い部類に入り、決してリスクをとりすぎているとはいえないことが分かります。
■アメリカ人が株式に資産を託す理由
反応2「株の比率が全体の半分なんて、リスクとりすぎでは?」
これほど株式比率が高いのは、株式と債券のリターンの差に理由があります。
日本の場合、2000年以降のTOPIXの年間平均リターンは2.5%でした。一方、債券(NOMURA-BPI総合)の平均年率リターンは約1%で、株式のほうが若干高い収益となっています。
米国市場ではその差がより顕著です。同期間の米国S&P500指数の平均年率リターンは約6.5%、債券(ブルームバーグ債券指数)は約4.5%と、株式が明らかに高いパフォーマンスを示しています。
この実績を反映し、図表2のとおり、アメリカ人は資産の約40%を株式に投資し、投資信託も含めると50%を超えています。対照的に、日本人の株式保有比率はわずか11%で、投資信託を含めても15%に過ぎません。
このように見ると、日本人のポートフォリオは保守的すぎると言わざるを得ません。GPIFの資産配分やアメリカ人の資産構成に近づけていくほうが、より合理的な選択だと考えられます。
■円安トレンドに合わせた海外資産
反応3「外国債券と外国株が半分? そんなにたくさんの資産が海外なの?」
これから始まる長期的な円安トレンドを考えると、むしろ当然の配分だと私は考えます。円高局面が訪れたとしても、それは一時的な現象に過ぎないでしょう。この見方の根拠となっているのが「国際収支の発展段階説」です。
この理論は1957年に経済学者のクローサーが提唱したもので、国は次の6段階で発展すると説明しています(図表3)。
①未成熟な債務国
②成熟した債務国
③債務返済国
④未成熟な債権国
⑤成熟した債権国
⑥債権取り崩し国
この理論を具体的にイメージしてもらうため、私のサラリーマン人生にたとえて説明してみましょう。
私が1988年に大和証券に入社した当時、給料は少なく、デート代や飲み会代で財布はいつも寂しい状態でした。手取り額が少ないうえ、社会保障費や税金が引かれ、「学生時代のバイトのほうが裕福だった」と嘆いたものです。
貯金はゼロで、生活費は高水準。社会経験の少ない未熟な若者がやることは決まっています。私はサラ金から50万円を借り、年利20%で毎月数万円の返済をしていました。これは国でいえば「①未成熟な債務国」の段階です。
■「未成熟な債務国」から「成熟した債権国」へ
30代に入ると状況が変化します。外資系への転職で給料が上がり、生活費の赤字はなくなりました。サラ金の借金は返済できたものの、今度は住宅ローンを抱えることになります。これは「②成熟した債務国」の状態です。
その後、外資系証券での重要な仕事を任されるようになり、給料とボーナスが増加。生活費を賄うだけでなく、住宅ローンの繰り上げ返済も可能になりました。これは「③債務返済国」の段階です。
ヘッドハントを経てさらに給与水準が上がり、住宅ローンを完済。貯蓄や投資を始められるようになりました。これが「④未成熟な債権国」の段階です。そのうちに投資用マンションを購入し、配当金や家賃収入だけで生活できるようになりました。これは「⑤成熟した債権国」の状態です。
さて私は3年前に会社を退職しました。会社員としての所得はゼロとなり、収入の大部分は配当金と投資用マンションの家賃収入です。今のところ貯蓄や投資の取り崩しは始まっていませんが、将来的に何らかの理由で高額の支出が続けば、「⑥債権取り崩し国」の段階に移行する可能性があります。
■日本は「債券取り崩し国」への移行期
国際収支の発展段階説は、国の貿易収支と経常収支に注目します。
この理論を為替市場に当てはめると、日本の将来的な円安の可能性が見えてきます。特に注目すべきは、通貨が大幅に下落するのは「⑤成熟した債権国」から「⑥債権取り崩し国」への移行期であるという点です。
イギリスの事例は、この理論を理解するうえで非常に示唆的です。
図表4をご覧ください。かつての大英帝国時代、イギリスは貿易収支、経常収支ともに黒字でした。しかし第二次世界大戦後、貿易収支は小幅な赤字となり、1970年頃から大幅な赤字に転落します。それに伴い経常収支も1970年代から赤字に転じ、1983年以降は恒常的な赤字が続いています。
つまりイギリスは1970年頃から貿易収支と経常収支が赤字となり、「⑤成熟した債権国」から「⑥債権取り崩し国」へと移行しているのです。
■1ドル=250円まで下落する未来
この状況がポンドに与えた影響は劇的でした。
図表5をご覧いただければわかるとおり、1971年に865円だったポンド円レートは、1978年には359円と、半値以上の下落。そして1980年代には、1980年の535円から1989年の217円まで下落しました。さらに半値程度の下落です(現在は200円程度で推移)。
これは「⑤成熟した債権国」から「⑥債権取り崩し国」への移行期に起きた通貨下落の典型例といえます。
私は、日本も同様の道をたどる可能性が高いと考えています。具体的には、5~10年程度でドル円レートが250円程度まで下落する可能性があると考えています。その兆候は、既に日本の貿易収支に表れはじめています。
■日本の基幹産業に陰りが見えている
その典型的な例が自動車産業です。日本の輸出額の約2割、関連製品を含めると3割以上を占める自動車産業に、重要な変化が起きています。2023年、中国は日本を抜いて自動車輸出台数で世界1位となりました。生産台数を見ても、中国の3000万台に対し、日本は900万台と大きな差がついています。
特に電気自動車分野での中国の台頭は顕著です。2024年8月の中国市場での販売実績を見ると、日本メーカーは軒並み前年比マイナスとなっています。この状況は、1960年代から70年代にかけてのイギリス自動車産業の衰退を彷彿とさせます。
1960年代前半はアメリカ、ドイツに次ぐ世界3位の自動車生産国だったイギリスは、1970年代のオイルショックの時期、ガソリン代の高騰や排ガスなどの環境規制強化への対応に出遅れて、急速に競争力を失いました。
一方で、燃費と環境性能に優れた日本車は、オイルショック以降シェアを伸ばし、1980年代には世界最大の自動車生産国となりました。1960年~1970年のイギリスと日本の関係は、現在の日本と中国の関係に似ています。
■投資初心者の「投資の第一歩」
このような状況を考えると、資産を円だけで保有することはリスクが高いといえるでしょう。GPIFが資産の半分を外貨建てにしているのは、極めて合理的な判断だと考えられます。
ただし、現在100%銀行預金という方が、いきなりGPIFの資産配分を目指すのは現実的ではありません。投資初心者の方は、以下のような段階的なアプローチをお勧めします。
1.まず生活費6カ月分を現預金として確保
2.残りの資産を5年程度かけて時間分散投資
3.または初年度に目標額の半分を投資し、その後経験を積みながら、徐々に投資額を増やす
たとえば1000万円の預金がある場合、生活費が月20万円なら120万円を現預金として確保し、残り880万円を年間176万円ずつ、5年かけて分散投資していく方法が考えられます。
日本株に限定しても、220万円を5年で分散投資する、あるいは初年度に110万円を投資し、その後徐々に投資額を増やしていく方法が有効でしょう。
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田口 れん太(たぐち・れんた)
日本証券アナリスト協会検定会員
機関投資家向け日本株営業担当として25年超の経験をもつ。1988年、早稲田大学卒業。1990年より大和証券ジュネーブ支店、UBS証券、メリルリンチ証券、バークレイズ証券等に所属し、機関投資家やヘッジファンドのファンドマネージャーから高い評価を得る。2006年、アジアマネー誌にて日本株ベストセールス1位となる。2015年よりみずほ証券に所属し、個人投資家向け株式講演、YouTubeチャンネル出演等に従事。わかりやすい講義が個人投資家より人気を集める。2023年、独立。現在は個人投資家向けに株式講演を行う。カブの被りものを被って講演するスタイルが人気を博している。2018年より日本証券新聞にて投資コラム「私の尻馬投資法」を連載している。
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(日本証券アナリスト協会検定会員 田口 れん太)