社会に出ても「数学」を使うことなど全くないのに、なぜ勉強しなければならないのか。この疑問に、東京大学理科三類に現役合格後、2019年にミス東大に選ばれ、今春より医師になった上田彩瑛さんが答えた――。
※本稿は、上田彩瑛『数学を武器にしてみよう!』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■私が、数学が好きだった理由
数学ほど、好き嫌いがはっきり分かれる科目は、ほかにないかもしれません。
そして同時に、「大学の合格不合格の鍵を握っているのは数学だ」と言われる、重要な教科でもあります。そのため、数学が受験校の入試科目にある場合、嫌でも真剣に取り組まなければなりません。
受験生時代、私の周りにはそれこそ「この人は数学の天才かも。自分とは頭の構造が違う」と思える方が複数いましたし、「自分自身に特別な才能を感じる」なんてことは、1ミリもありませんでした。
ただ、私が数学好きだった「理由」は、「数行、あるいは1行しかない問題を解くために、解答用紙にびっしり数式を書き込んで解き上がると、かなりの達成感を得られる」、これに尽きるかもしれません。
数学の問題は、ほかの教科に比べるとかなりコンパクトです。英語や現代文では長文の読解問題が出され、物理や化学などでも図やグラフが示されることが多い。問題用紙も数学に比べると厚くなります。
でも、数学は、問題自体はとてもコンパクト。1行の問題を解くために、一から必要な要素を挙げて、つなげて、組み立てて、一つの解答を導き出す──そのことが、すごく楽しかったんですね。
社会人の方の仕事にたとえて言うと、上司から指示を少しだけもらって、完璧な資料をつくったときの喜びのようなもの。会社で働いたことがないので、想像ですが……(笑)。
あるいは、材料だけ与えられて、レシピなしで完璧なガトーショコラがつくれたときの快感。説明書なしに飛行機やお城のプラモデルを完璧に組み立てられたときの達成感。そうしたものに近いのかもしれません。
自分の力で、美しくて完璧な「答え」を導き出せたときの快感は、正直言って、あらがい難いものがあります。
■唯一の正答が用意されている「ゲーム」
しかも数学は、答えが一つしかない場合が多いです。国語の論述問題や英作文、和訳などはさまざまな解答があり得ますが、数学の問題のゴールは一つだけ。自分の思考を積み重ねた結果、唯一の正答にたどり着くことができた、という喜びは、ほかではなかなか味わうことができないかもしれません。
特に、社会に出て働き出すと、仕事で「唯一の正答」がある場面はかなり少ないのではないでしょうか。「唯一の正答」がある数学の喜びを享受できるのは、学生の特権なのかもしれません(もちろん、社会人になってからも自分で数学の問題集を買ってきて問題を解けばいいのですが、そういう方は少ないようです)。
ある意味、数学はゲームだと思っています。
数学の喜びはそれだけではありません。自分が考えたこと、自分の頭の中にあるものを、誤解なく相手に伝えられるということにも、魅力を感じます。
ここで一点補足しておくと、数学の解答は一から自分でつくり上げるものではなく、まずは先人たちの思考をトレースしてそれを取り入れることが必要です。この点が、巷で「数学は暗記だ」と言われる部分なのかもしれません。
その暗記部分をベースに自分のオリジナルの思考を研ぎ澄ませて、考えていることを初めから終わりまですべて他人に伝えることができ、他人がそれを読んでくれるという経験は、ほかではあまりないことかもしれません。
さらに、日本語ではなく数式で記述するわけですから、誤解が生まれる余地がありません。言葉のコミュニケーションには必ず誤解がつきまといますが、数式のコミュニケーションには間違って伝わる心配がない。それもなかなか気持ちいいものです。
ただ、こうした喜びを得るには、ある程度の演習量が必要です。
数学の問題をただ解き続けるだけでなく、たとえば応用問題などある程度難易度が高い問題に取り組む際に、例題を活用し、正答することで、初めて得られるものです。
ですから、「数学、面白くない」と、途中であきらめる方がいるのかもしれません。でも、一歩一歩、数学の勉強を続けていけば、視界が開けてくる瞬間が必ず訪れます。
■女子は数学に向いていないのか?
巷では、「女子は数学に向いていない」と言われがちです。私も「女子なのに数学が得意なんだね」と言われたことがあります。
そういった人たちが性差をどのような点に見出して発言しているのかは想像の域を出ませんが、数学が、解法・ポイントを積み重ねたうえで、出題者とのコミュニケーションをすることによって完成する、努力の結晶であるという認識をもとにすると、こうした世間の風潮を真に受けて、女子が「どうせできないから」と思って数学の勉強をあきらめてしまうのは避けたいものです。
数学に苦手意識を持ってしまっている方も、出題者とできるだけ誠実なコミュニケーションを目指すつもりで、問題に取り組むところから始めてみてはいかがでしょうか。
そもそも、なぜ人は数学が苦手になるのでしょうか。
ある問題の解法を丸暗記して試験に臨んでいる場合、その問題と似た問題が出たときは丸暗記した解法をあてはめたら、うまく正答を導き出すことができたとしても、少し捻った問題ではそのまま解法をあてはめることができず、解けずに嫌になってしまった、ということもあるかもしれません。
解法を丸暗記するだけではダメなのです。「解法のポイント」を理解していなければ、数学は解けません。
裏を返せば、「解法のポイント」の習得を積み重ねれば、数学は苦手科目ではなくなるでしょう。
自分の頭の中に、使える「解法のポイント」をたくさん持っておいて、どんな問題が出てきても対応できるようになる。そんな対応力を身につけることが、高校数学の勉強のゴールだと思います。それは性別とは全く関係ないことではないでしょうか。
■なぜ高校で数学を勉強するのか
ここまで述べたことは、「なぜ高校で数学を勉強するのか」という問いにもつながってきます。
なぜ数学の問題を解かせるのか。その生徒の、何の力を、テストで判断しようとしているのか。私は、それは次の「二つの力」だと思っています。
一つは、「解くためのポイントを理解して、解答を導き出すための論理を組み立てる力」。そしてもう一つは、「自分の持っている解法のポイントを、求められている形でアウトプットする力」。
数学の解答では、論理の飛躍は認められません。自分の思考過程を、相手にきちんと伝わるように書く必要があります。
いわば、「相手にわかるように説明する力」が求められるのです。
大学に入ってから、数学を使ったことはほとんどありません。複素数平面や解と係数の関係が、一般の方の日常生活に役立つ、ということはあまりないでしょう。
ではなぜ勉強するのかと言うと、数学そのものより、数学の解答を記述する際に求められる力を身につけるためだと考えます。その点、知識を問う理科(の一部)や社会とは全く異なります。
そして、独学で学ぶのではなく、学校や塾に行く理由も、「解くためのポイントを理解して、解答を導き出すための論理を組み立てる力」と関わっているのだと思います。
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上田 彩瑛(うえだ・さえ)
東京大学理科三類
2000年大阪府生まれ。大学1年時に2019年ミス東大コンテストでグランプリに輝く。現在、ワタナベエンターテインメントに所属しテレビ番組などにも出演中。趣味のダンスは受験勉強のリフレッシュとして高3まで続けた。
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(東京大学理科三類 上田 彩瑛)
※本稿は、上田彩瑛『数学を武器にしてみよう!』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■私が、数学が好きだった理由
数学ほど、好き嫌いがはっきり分かれる科目は、ほかにないかもしれません。
そして同時に、「大学の合格不合格の鍵を握っているのは数学だ」と言われる、重要な教科でもあります。そのため、数学が受験校の入試科目にある場合、嫌でも真剣に取り組まなければなりません。
受験生時代、私の周りにはそれこそ「この人は数学の天才かも。自分とは頭の構造が違う」と思える方が複数いましたし、「自分自身に特別な才能を感じる」なんてことは、1ミリもありませんでした。
ただ、私が数学好きだった「理由」は、「数行、あるいは1行しかない問題を解くために、解答用紙にびっしり数式を書き込んで解き上がると、かなりの達成感を得られる」、これに尽きるかもしれません。
数学の問題は、ほかの教科に比べるとかなりコンパクトです。英語や現代文では長文の読解問題が出され、物理や化学などでも図やグラフが示されることが多い。問題用紙も数学に比べると厚くなります。
でも、数学は、問題自体はとてもコンパクト。1行の問題を解くために、一から必要な要素を挙げて、つなげて、組み立てて、一つの解答を導き出す──そのことが、すごく楽しかったんですね。
社会人の方の仕事にたとえて言うと、上司から指示を少しだけもらって、完璧な資料をつくったときの喜びのようなもの。会社で働いたことがないので、想像ですが……(笑)。
あるいは、材料だけ与えられて、レシピなしで完璧なガトーショコラがつくれたときの快感。説明書なしに飛行機やお城のプラモデルを完璧に組み立てられたときの達成感。そうしたものに近いのかもしれません。
自分の力で、美しくて完璧な「答え」を導き出せたときの快感は、正直言って、あらがい難いものがあります。
■唯一の正答が用意されている「ゲーム」
しかも数学は、答えが一つしかない場合が多いです。国語の論述問題や英作文、和訳などはさまざまな解答があり得ますが、数学の問題のゴールは一つだけ。自分の思考を積み重ねた結果、唯一の正答にたどり着くことができた、という喜びは、ほかではなかなか味わうことができないかもしれません。
特に、社会に出て働き出すと、仕事で「唯一の正答」がある場面はかなり少ないのではないでしょうか。「唯一の正答」がある数学の喜びを享受できるのは、学生の特権なのかもしれません(もちろん、社会人になってからも自分で数学の問題集を買ってきて問題を解けばいいのですが、そういう方は少ないようです)。
ある意味、数学はゲームだと思っています。
唯一の正答が用意されていて、頑張ってゴールにたどり着こうとする。そして問題が解けるとうっとりする(笑)。ゲームで敵を倒したとき、ステージをクリアしたときに、達成感が得られるのと似ています。
数学の喜びはそれだけではありません。自分が考えたこと、自分の頭の中にあるものを、誤解なく相手に伝えられるということにも、魅力を感じます。
ここで一点補足しておくと、数学の解答は一から自分でつくり上げるものではなく、まずは先人たちの思考をトレースしてそれを取り入れることが必要です。この点が、巷で「数学は暗記だ」と言われる部分なのかもしれません。
その暗記部分をベースに自分のオリジナルの思考を研ぎ澄ませて、考えていることを初めから終わりまですべて他人に伝えることができ、他人がそれを読んでくれるという経験は、ほかではあまりないことかもしれません。
さらに、日本語ではなく数式で記述するわけですから、誤解が生まれる余地がありません。言葉のコミュニケーションには必ず誤解がつきまといますが、数式のコミュニケーションには間違って伝わる心配がない。それもなかなか気持ちいいものです。
ただ、こうした喜びを得るには、ある程度の演習量が必要です。
数学の問題をただ解き続けるだけでなく、たとえば応用問題などある程度難易度が高い問題に取り組む際に、例題を活用し、正答することで、初めて得られるものです。
ですから、「数学、面白くない」と、途中であきらめる方がいるのかもしれません。でも、一歩一歩、数学の勉強を続けていけば、視界が開けてくる瞬間が必ず訪れます。
■女子は数学に向いていないのか?
巷では、「女子は数学に向いていない」と言われがちです。私も「女子なのに数学が得意なんだね」と言われたことがあります。
そういった人たちが性差をどのような点に見出して発言しているのかは想像の域を出ませんが、数学が、解法・ポイントを積み重ねたうえで、出題者とのコミュニケーションをすることによって完成する、努力の結晶であるという認識をもとにすると、こうした世間の風潮を真に受けて、女子が「どうせできないから」と思って数学の勉強をあきらめてしまうのは避けたいものです。
数学に苦手意識を持ってしまっている方も、出題者とできるだけ誠実なコミュニケーションを目指すつもりで、問題に取り組むところから始めてみてはいかがでしょうか。
そもそも、なぜ人は数学が苦手になるのでしょうか。
ある問題の解法を丸暗記して試験に臨んでいる場合、その問題と似た問題が出たときは丸暗記した解法をあてはめたら、うまく正答を導き出すことができたとしても、少し捻った問題ではそのまま解法をあてはめることができず、解けずに嫌になってしまった、ということもあるかもしれません。
解法を丸暗記するだけではダメなのです。「解法のポイント」を理解していなければ、数学は解けません。
裏を返せば、「解法のポイント」の習得を積み重ねれば、数学は苦手科目ではなくなるでしょう。
自分の頭の中に、使える「解法のポイント」をたくさん持っておいて、どんな問題が出てきても対応できるようになる。そんな対応力を身につけることが、高校数学の勉強のゴールだと思います。それは性別とは全く関係ないことではないでしょうか。
■なぜ高校で数学を勉強するのか
ここまで述べたことは、「なぜ高校で数学を勉強するのか」という問いにもつながってきます。
なぜ数学の問題を解かせるのか。その生徒の、何の力を、テストで判断しようとしているのか。私は、それは次の「二つの力」だと思っています。
一つは、「解くためのポイントを理解して、解答を導き出すための論理を組み立てる力」。そしてもう一つは、「自分の持っている解法のポイントを、求められている形でアウトプットする力」。
数学の解答では、論理の飛躍は認められません。自分の思考過程を、相手にきちんと伝わるように書く必要があります。
いわば、「相手にわかるように説明する力」が求められるのです。
私は、この二つの能力を磨くために、高校で数学を勉強しているのではないかと思っています。
大学に入ってから、数学を使ったことはほとんどありません。複素数平面や解と係数の関係が、一般の方の日常生活に役立つ、ということはあまりないでしょう。
ではなぜ勉強するのかと言うと、数学そのものより、数学の解答を記述する際に求められる力を身につけるためだと考えます。その点、知識を問う理科(の一部)や社会とは全く異なります。
そして、独学で学ぶのではなく、学校や塾に行く理由も、「解くためのポイントを理解して、解答を導き出すための論理を組み立てる力」と関わっているのだと思います。
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上田 彩瑛(うえだ・さえ)
東京大学理科三類
2000年大阪府生まれ。大学1年時に2019年ミス東大コンテストでグランプリに輝く。現在、ワタナベエンターテインメントに所属しテレビ番組などにも出演中。趣味のダンスは受験勉強のリフレッシュとして高3まで続けた。
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(東京大学理科三類 上田 彩瑛)
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