2024年11月、トランプ氏がアメリカ大統領に再選されたころ、兵庫県知事の座を追われた斎藤元彦氏も出直し選挙に勝利した。『ルポ 「トランプ信者」潜入一年』の著者・横田増生さんは「トランプと斎藤知事は支持層にそっくりな共通点がある」という――。

■パワハラ疑惑の斎藤知事を再び選んだ「信者」60人に取材
――新書版の『ルポ 「トランプ信者」潜入一年』(小学館新書)では、2024年11月、兵庫県の斎藤元彦知事が再選されたときの取材も加えられています。そこでは、トランプ大統領に投票したアメリカの有権者と、斎藤元彦氏がパワハラで告発され辞職したあと、再び知事に選んだ人の共通点を見いだしていますね。
【横田増生(以下、横田)】そうです。何が似ているかというと、トランプの支持者も斎藤支持者も「自分たちの知りたいことしか知りたくない」というメンタリティーであること。トランプの支持者は自分が支持している理由を見つけたい。斎藤支持者も斎藤元彦を支持している理由を見つけたい。それは往々にして新聞、テレビニュースという既存のメディアにないから、SNSなどでトランプや斎藤元彦を擁護する発信を見つけ、そこで「“真実”が見つかった」「目覚めた」と確信を深めていくことが分かりました。
■ファクトチェックより「信じたい気持ち」を優先する人たち
――要は、トランプを信じたい、あるいは斎藤氏を県のトップにしたいという感情が先に立って、ファクトが後回しになってしまうということですね。
【横田】ファクトは二の次、三の次ですね。斎藤支持者で僕が取材した60人ぐらいの中で、新聞を読んでいるのは4人だけでした。このうち2人が70代、2人が80代の男性。他の若い世代の50~60人は新聞を読んでいない。
新聞もテレビの報道も「信じない」と言います。
情報源は何ですかと聞くと、FacebookやX(旧Twitter)、TikTok。そういったSNSにはフィルターがかかるから、検索すればするほど、自分たちが見たい情報ばかり届く。そこで「斎藤さんは県政を一生懸命やっていた」「告発した職員たちに足を引っ張られていた」という発信を読む。それは往々にして事実と違うけれど、彼らが知りたいのは“事実”ではなく、自分の感情を支えてくれるような“ストーリー”なんです。
■トランプに否定的な報道は「フェイクニュース」だと決めつける
――それは日本だけでなく、アメリカも同じ現象が起きていると……。
【横田】むしろトランプはその先行例です。「トランプ信者」とは前回、2020年11月の大統領選でトランプが敗北した後でも「トランプは負けていない」と言って、連邦議事堂で暴動を起こしたような人たち。私はその場にいましたが、彼らは見たいものしか見ようとしない。新聞のニューヨークタイムズやワシントンポストはフェイクニュース。CNNもフェイクニュース、そして、トランプ寄りだったFOXニュースも、アリゾナ州でバイデンの勝利を報じたとたん、フェイクニュースと呼ばれるようになりました。
斎藤元彦の件に戻ると、彼自身はトランプほどの“役者”ではないんです。
今回、実際にインタビューもしましたが、何も面白くない。でも、知事選に「NHKから国民を守る党」の立花孝志が立候補し、街頭やYouTubeで真偽不明な言説を繰り返したことで、「トランプ現象」が現れたと思っています。立花孝志が出てこなければ、斎藤元彦は勝てなかったし、「斎藤現象」も起きなかった。
――トランプ氏とフェイクニュースの問題は、いよいよ対岸の火事ではなくなったということですね。
【横田】そういうことです。始めはそう思って取材に行ったわけではないんですが、兵庫県知事選で初日に取材した40代の会社経営者の男性が「テレビは見ない、新聞も読まない、情報はFacebookとX(旧Twitter)で得ている」と言っていたので、4年前にアメリカでトランプ信者から聞いた話に似ていると気づきました。そこからフォーカスして聞いていったら、本当にそっくりの構造になっていたんです。
■アメリカで陰謀論が広まりやすい宗教的な理由
――「なぜトランプ信者はトランプを支持するのか」と考えたとき、やはり既存メディアはフェイクニュースという主張や、「ディープステート(闇の政府)」などの陰謀論を信じている人たちが多いのでしょうか? 横田さんは「キリスト教と陰謀論には親和性がある」とも書いていますね。
【横田】もともとキリスト教には「人知を超えたところで、目に見えない神がみずからの意思で宇宙を支配し、計画を実行している」という考え方があり、そこに陰謀論が入り込む余地があるのです。一方でアメリカは合理主義の国でもあるので、何か不合理なことが起きると、「誰かがよからぬことを企んでいるのではないか」という論理が自然に生まれてくる。これは日本の研究者も指摘していますね。
たとえば、「Qアノン」(国家機密への最高度のアクセス権限を有すると主張し、謎に満ちたメッセージをインターネットに投稿している匿名の人物)の特徴的な主張は「民主党員は子供たちの生き血を吸っている。
その子供たちを窮地から救うのは、神から遣わされたトランプなのだ」というもの。これは日本人には理解しがたい。
■3000万人以上いるキリスト教福音主義派とトランプの関係
――キリスト教といっても、そういった主張をしているのは、バチカンを頂点とするカトリックの信者ではないんですよね?
【横田】カトリックとは違いますね。「エヴァンジェリスト」(キリスト教福音主義派)と呼ばれる人たちです。フロリダやジョージアのトランプ支持者集会で出会った男性信者は、「トランプは神から“聖油”を与えられた」と言っていました。キリストがトランプに聖油をかけ、トランプを選んだというわけです。そういう人はけっこう多かった。
エヴァンジェリストは全米に3000万人以上、国民の2~3割を占め、そのうち7~8割はトランプに投票すると言われています。彼らが重視するのは「中絶禁止」などの政策。人工中絶に反対する政策は男性が支持しやすく、女性は、たとえトランプに投票する人でも、自分たちの権利が奪われることになるので複雑な感情を抱えています。中絶は日本人には信じられないほど大きな政治課題で、トランプがそれに反対する政策をとるから、エヴァンジェリストは見返りに彼を支持するというギブ・アンド・テイクの関係があるわけです。
■株価暴落で損しても、トランプを支持しつづけられるのか?
――アメリカ人は投資をしている人が多いですし、今回、株価が暴落したように、自分に不利益が生じてもトランプを支持し続けるのでしょうか?
【横田】そこは非常に興味深く、注目すべき点です。
たとば、私のに登場するQアノン信者の女性は、以前はオバマ(元大統領)を支持していましたが、オバマケア(国民皆保険制度)が始まって、家族の健康保険費用が400ドルから2700ドルに跳ね上がったことに疑問を持ち、そこからQアノンにはまっていきました。
金銭的な実害を被った人がトランプを信じ続けられるかどうかは、これから明らかになると思います。今はトランプがデタラメでも支持していますが、自分に火の粉が振りかかってきたらどうなるでしょうか。たとえば中小企業を経営していて、関税のせいで事業が立ち行かなくなったり、利益が出なくなったりした場合、それでもトランプを支持し続けるのか。やはり人間、懐事情が一番ですから、そこで変わるかもしれない。
■2020年の大統領選取材で、「アメリカの分断」を実感
――経済政策でトランプが見限られ、支持率がさらに下がる可能性もあるんですね。横田さんは2020年の大統領選で共和党トランプ陣営のボランティアをしましたが、やはりアメリカは赤(共和党)と青(民主党)でかなりの分断が進んでいますか?
【横田】分断は非常に大きいです。住宅地を回ってアンケートを取ったとき、トランプ陣営の証である赤い帽子をかぶっていると、共和党支持者からは大歓迎されますが、民主党支持者からは“だかつ”のごとく嫌われ、敵視されました。家の敷地に数秒入っていたら警察を呼ばれましたし、中指を立てられたこともあります。いわゆる「FUCK YOU」のジェスチャーですが、アメリカの場合は相手に対する最大の侮辱で、それをしたら暴力沙汰になってもおかしくない。
そのようにコアな民主党支持者とコアな共和党支持者は一触即発。両者の間では、もはや話が通じない状況です。
この分断がいつから始まったのかについては、1990年代という見方もあり、トランプはその分断を「作った」わけではありませんが、テレビに出ていたビジネスマンに過ぎなかった彼は、分断に楔を打って「大きくし」、分断に乗じて支持を増やし大統領となりました。それが彼の原動力であるからには、今後も分断は深まるでしょう。
■あと4年、明るい展望は「アメリカの民主主義」に託すしかない
――アメリカの景気は日本の景気を左右しますし、関税で輸出や輸入も大混乱しています。私たちが留学や出張や旅行でアメリカに行くとしても、アジア人差別が強まると不安ですよね。そんな中、明るい展望はありますか?
【横田】トランプの任期を考えると、まだ48カ月のうちの4カ月目に入ったところで、任期が終わるまでは、めちゃくちゃなことが続くとは思いますが、アメリカは腐っても民主主義の国。既に各地で反トランプデモも起きています。来年の中間選挙で民意が変われば、トランプも厳しい政権運営を強いられるかもしれません。
私はに「アメリカの民主主義は死んだ」と書きましたが、国民が常に政治に注意を払い、選挙で投票して声を上げる以外に、政治の暴走を食い止めることはできない。トランプ政権も斎藤知事の県政も、これが民主主義の現在地だと捉えつつ、「選挙に行く」という当たり前のことを続けていくしかないと思います。

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横田 増生(よこた・ますお)

ジャーナリスト

1965年福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て、アメリカ・アイオワ大学ジャーナリズム学部で修士号を取得。93年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務める。
99年よりフリーランスとして活躍。2020年、本書の元となる『潜入ルポamazon帝国』で第19回新潮ドキュメント賞を受賞。その他の著書に、『仁義なき宅配』『ユニクロ潜入一年』など。最新刊は『「トランプ信者」潜入一年 私の目の前で民主主義が死んだ』。

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(ジャーナリスト 横田 増生)
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